第2話 王子の熱情
なんだろう……?
これまでにも何度か、抱き締められたり、キザなことや、意味深なこと言われたりってことはあったのに……。
今日の王子は……なんだか、今までとちょっと違う。
どこか寂しそうで……心細そうで。
不用意に拒絶しちゃいけないって気にさせるってゆーか……。
「君といると、今まで知らなかった自分に、たくさん気付かされる。君が他の男の話をするだけで、落ち着かない気持ちになったり、君の視線が他の男に向けられるだけで、胸が締め付けられるように傷んだり。君が他の男に笑い掛けただけで、たとえようのない焦燥感に苛まれたり。……君に出会ってから、私の心はかき乱されてばかりだ。一時たりとも、凪いでくれはしない。終始騒ぎ、焦り、傷付き、惑い……嫉妬に支配されそうになる。……リア。君を誰にも渡したくない。私だけのものにしたい。永遠に私を――私だけを見ていて欲しい。……お願いだ。どこにも――もうどこにも行かないでくれ!」
胸の内を全て吐き出すように――そして、すがるように訴えて来る王子は、常に堂々として見えた彼とは、別人みたいに思えた。
落ち着いた年上男性――って雰囲気は、微塵もなくて……。
ただ、不安に怯える子供のように感じられた。
「リア。……こんな私をどう思う? 『情けない』と呆れるかい? 『迷惑だ』と腹を立てるかい? それとも……『気味が悪い』と嫌うだろうか――?」
……ううん。
そんな風には思わない。
むしろ……どうしてだかわからないけど……ちょっと、ホッとした。
「たとえそうだったとしても、私は君に打ち明けたことを、後悔などしないよ。どんなにみっともなかろうと――どんなに滑稽だろうとも、全て私の本心だから。……君が私を変えたんだ。君のことしか見えない、哀れな男に。君のことしか考えられない、愚かな男に」
王子の手から、胸から――熱い体温と、激しく脈打つ鼓動が伝わって来る。
……変えた?
変えたって、私が? 王子のことを?
王子がこんなに辛そうなのは……私のせい、なの……?
息苦しさと、あやふやな後ろめたさに、めまいがする。
王子は、決して私を責めてるワケじゃない。
でも、苦しめてる原因が私なら……やっぱり、私が悪いんじゃないかって……私に落ち度があったんじゃないかって、妙に落ち着かない気分になって……。
「君の前では、私はただのちっぽけな男だ。くだらない嫉妬に胸を焦がし、身勝手な独占欲に囚われ……時折、我を忘れて、君を困惑させてしまう。強引に想いを押し付けても、迷惑がられるだけだと、わかっているのに。……止められない。止められないんだ。いつか君に、完全に拒絶されてしまうかもしれない。そんな恐れを、常に抱いているのに……どうしてもダメなんだ」
吐息まじりのささやきが、耳をくすぐる。
……どうすればいいんだろう?
王子が弱気になってる今、何か気の利いたことでも言って、安心させてあげたい。
そんなに苦しまないでくださいって、伝えたいけど……。
でも、王子を苦しめてるのは私なんだから……いったい、どうすればいいのか……。
……王子を苦しめたくない。
王子には、いつも笑ってて欲しい。
意地悪だけど……いつも突然、変なこと言ったり、したりするけど……。
でも、私……王子のこと、嫌いじゃない。――ううん、好き。
好き……なんだと思う。
好き、だけど……正直なことを言えば、私……カイルさんのことも気になってる。
カイルさんが桜さんのことを好きなら、応援したいって、最初は思ってたのに……。
好かれてる桜さんが羨ましいって、胸がズキズキすることも、何度かあった。
だからホントは、カイルさんの口から『同情だったのかも』って言葉が聞けた時、一瞬、ちょっと――ううん、かなり嬉しかったんだ。
王子に対する気持ちと、カイルさんに対する気持ち。
それが『恋』ってものなのかどうかは、まだ、よくわからないけど……。
カイルさんのことが気になってる。――これも事実。
王子のことが好き。放ってなんておけない。――これも事実。
自分でも、どっちの気持ちの方が、より強いのかなんて……全然わからない。
……嫌だな。自分の気持ちがわからないなんて。
二人とも好き、なんて……。
私はいつから、こんなに優柔不断で、嫌な子になっちゃったんだろう?
「あの……。王子は私に、どうして欲しいんですか?」
「――え?」
「王子を苦しめてるのは、私なんですよね? だったら、私はどうすればいいんですか? どうしたら、王子は苦しみから解放されるんですか?」
「……リア……」
「私が……私が王子のこと好きって言ったら――王子のことだけが好きって言ったら、その苦しみは、王子の中から消えてなくなるんですか? 嫉妬とか、独占欲とか、そんなもの全部……感じなくて済むようになるんですか?」
頭に浮かんだ言葉を、次から次へと口に出しながら、私は王子の背中に手を回し、上着をギュッと掴んだ。
抱き締め返す勇気なんかなかったし、まだ、気持ちのハッキリしてない私には、そうする資格もないと思ったから。
……でもこれじゃあ……必死にしがみついてるって感じで、なんだかカッコ悪いなぁ……。
「君が私だけを好きになったら……嫉妬や独占欲から解放されるのか、か……」
王子は独り言のようにつぶやくと、小さくため息をついた。
「……いや。それは無理だろうな。君が私だけを見てくれたとしても……それらの感情から逃れることなど、きっと出来はしない」
「そんなっ! どうして――!?」
「それが……『人を好きになる』ということだから、だろうね。……まあ、そういう感情とは無縁だという人間も、いるのかもしれないが……。少なくとも、私には不可能だ」
「不可能って……。だって、それじゃ……私はどーしたらいいの? 何をしても、王子の苦しみは消えないってゆーなら……私にはもう、どーすることも……」
王子は無言のまま、抱き締めていた手を解いた。
それから後ろに手をやって、私の手を優しく外し、顔の前まで持って行くと……指先にそっとキスする。
「――っ!」
不意打ちを食らって、心臓がドクンと跳ね上がった。
……ホントにもう、どーしてこの人は……。
こーゆー恥ずかしいことを、真顔で出来ちゃうんだろう?
「ありがとう、リア。君は本当に優しいね。……けれど、その優しさは……今の私には、少々酷だ」
「えっ?……酷、って……?」
王子の寂しげな微笑みに、ひやりとした。




