第12話 ドキドキの要因
セバスチャンの姿が完全に見えなくなるまで見送ると、私はカイルさんの顔に視線を戻した。
柔らかな蒸栗色の髪。綺麗なコバルトグリーンの瞳は、瞼に隠されていて、今は見えない。
顔だけの印象だと、カイルさんこそ王子様――って感じするんだけどなぁ……。
んで、第一印象でも思ったけど、王子の方が騎士。
なんだか鍛えてるみたいな身体つきだし、愛馬は白馬じゃなくて黒馬だし――。
……まあ、王子は白馬しか乗っちゃいけない、ってワケじゃないけど。
やっぱり、イメージってもんがあるじゃない?
カイルさんは……線が細いってほどではないけど、見た目は普通の少年みたいだもんね。
……でも、もしかしたら……脱いだら意外とマッチョだったり……?
――って、違う違う!
何考えてるのよ、私!?
今は、そんなどーでもいーこと考えてる場合じゃないでしょっ!?
カイルさんが頭打って、危険な状態かもしれないってゆーのに、細いの細くないの、マッチョだのマッチョじゃないのって……バカじゃないのっ!?
「う~~……。ごめんなさいっ、カイルさん! もう変なこと考えないからっ!」
首を大きく左右に振ると、抱き抱えているカイルさんに向かって頭を下げる。
「……ハァ。疲れた……。早く戻って来てくれないかなぁ、セバスチャン。カイルさんが心配だし、私もこのままこうしてたら、なんだか、その――」
……妙にドキドキして来ちゃって、どーしていーかわかんないよ……。
でも、王子に感じたドキドキと、カイルさんに感じてるドキドキは、同じものなのかな?
……だとしたら、それっていったい……どーゆーことなんだろ?
このドキドキは……もしかしたら、あの……年頃の子ならだいたい、経験するとゆー……。
『恋』……ってものなんだろうか?
「ち――っ、違う違う! きっと違う! 絶対違ぁーーーーーうっ!」
再び首をぶんぶんと左右に振ると、私は大声で否定した。
――そう。違う。たぶん違う。
ホントのホントに、違うってば。
王子へのドキドキは、あの、突然何をするかわからない困った性格に、ヒヤヒヤさせられてるから……それを、ドキドキと勘違いしてるだけ。
カイルさんへのドキドキは……今、この状態だもん。心配で、ドキドキしてるだけだよ。
……うん。きっとそう。絶対そう。
そうに決まってる――!
この時の私の様子を、陰でこっそり覗いてる人がいたとしたら……。
一人で首を横に振ったり、縦に振ったり、百面相したり……と、さぞや滑稽に映ったことだろう。
でも、しょーがないじゃない!
こんな変な感情に振り回されたことなんて、今まで一度もなかったんだから!
向こうの世界では、晃人以外の男の子なんて、ほとんど気にしたことなかったし……晃人は幼なじみとしてしか、認識してなかった。(ごめん、晃人……。でもまあ、晃人が好きなのは桜さんだったんだから、私が謝る必要はないか)
それに、周りの女の子達は、毎日のように恋だの愛だのって、キャーキャー騒がしかったけど……私にはイマイチ、ピンと来なかったんだよね。
……『恋』、かぁ……。
私にも、いつか理解出来る日が来るのかな?
そんなことを思いながら、ぼーっと空を眺めてたら……遠くから、何やら大きな動物が走って来るような……ダダッ、ダダッ……って感じの音が聞こえて来た。
……ん?
――どんどん近付いて来る――?
音のする方へ目を向けると、王子が黒馬のアルフレドを走らせて、こっちに向かって来るところだった。
「王子!――ちょうどよかった。カイルさんが大変なのっ!」
王子はアルフレドの手綱を引くと、大きくうなずいた。
「セバスから話は聞いている。もう大丈夫だ。私が彼をアルフレドに乗せて、城へ戻ろう。君はここで待っていてくれ。彼を送り届けたら、すぐ迎えに来る」
「私は一人でも大丈夫です! だから早く、カイルさんをっ!」
早口で告げると、サッと王子の顔色が変わった。
……ように、見えたんだけど……。
私が一瞬ひるんだ隙に、王子は素早く下に降り、私の腕から自分の腕へとカイルさんを移して、軽々と抱き上げた。
――すごい!
自分とそれほど変わらない背丈の男性を、ああも簡単に!
感心して見守る私をよそに、王子はカイルさんを馬の背に横向きにうつ伏せると、また馬上の人になった。
「じきにセバスも追いつくだろう。それまで、ここでじっとしているんだ。――いいね?」
厳しい顔で言いつけられ、素直にうなずくと、王子はようやく、いくらか和らいだ表情を見せてくれて、私はホッと息をつく。
彼は『はっ!』という掛け声を発し、アルフレドと共に、颯爽と駆けて行った。
王子の姿が見えなくなると、とたんに体中から力が抜け、私はその場にへたり込んだ。
これでもう、大丈夫だよね――?
カイルさん、ちゃんと目が覚めるよね?
外傷はなかったみたいだから、脳とかに異常が見つからなければ、問題ないと思うんだけど……。
でも、ちょっと待って?
この世界の医学って、脳の異常を調べるとか、そんなレベルにまで、達してたりするのかな?
そこまで考えたら、一気に不安が押し寄せて来た。
今までの印象だと、医学が進んでる世界だとは、とてもじゃないけど思えない。
だって、手紙を鳥に託して、届けさせてたりするし……。
携帯、スマホはもちろんのこと、コンビニだってデパートだって、たぶんないし……。(この雰囲気で、実はある――ってことだったら、それはそれですごい)
水道は一応あるみたいだけど、どの程度使えるものなのか、まだよくわかってないし……。
とにかく、旧時代の雰囲気、醸し出し過ぎてる世界なのに……。
うわぁ……めっちゃ心配になって来た。
王子には、セバスチャンもじき追いつくだろうから、それまでじっとしてろって言われちゃったけど……。
もう、大人しく待ってなんかいられない!
一人で城に戻ろう!
私が決心した、その時だった。
「ひ……姫様ぁ~……。お、お待たせ……致し、ましたぁ~……」
今にも死にそうな声を出し、セバスチャンがヨタヨタと歩いて来るのが目に入った。
「セバスチャン!……だ、大丈夫? 足元がおぼつかないけど……」
「……も……もんだい……ございま、せん~~~……。少々、頭が……くらくら、致しますが……。こ、この程度のこと――で、倒れる……ようなこと、は……ございま――せ――……」
バタン!
言ってる側から、セバスチャンが地面に倒れ込んだ。
「ちょ――っ! セバスチャンってば! 全然大丈夫じゃないじゃない!」
慌ててうんしょと抱き上げると、彼は、どこか遠くを見つめながら、
「も……申し訳……ございま、せん……。姫さ――ま……。やはり、私は……や……痩せ、なければ……なりません……なぁ……」
途切れ途切れにつぶやく。
……セバスチャン……。
自分でも気にしてたんだね、体型のこと……。
私はその言葉を受け止めると、大きくうなずき、心から賛同の意を示した。
第6章はここまでとなります。
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