第1話 最悪の目覚め
その日の目覚めは最悪だった。
目を開けたとたん、頭はズキズキするし、体は重いしだるいし……。
ベッドから半身を起こしてからも、両手で頭を抱えて、しばらく動けなかった。
――こんなことは初めてだ。
子供の頃から、寝付きも寝覚めもいい方だった。
こんな風に、最悪の朝を迎えたことなんてなかったのに……。
「おはようございます、サクラ様。昨晩は、よくお眠りになられましたか?」
頭を抱えたまま横を見ると、いつの間にかセバスチャンがいた。
起こしに来てくれたんだろうけど、すぐには反応出来なくて、
「うぅ~……。おはよ、セバスチャン……」
どうにか顔を上げ、言葉を返す。
「いっ、いかがなされました、サクラ様っ? もしや、体調をお崩しになられたのでは?」
「ん~……? いや、そーゆーワケじゃない……と、思うんだけど……」
「ふむ。昨日は大変な一日でしたからなぁ。お疲れなのでしょう。――もう少々、お休みになられますか?」
「ん~……。ううん、大丈夫。……起きるよ」
ベッドから足を出し、靴を履いて立ち上がると、おかしなことに気付いた。
「――あれ? 私、着替えずに眠っちゃったの?」
「あ……はい。昨夜、ギルフォード様をお部屋へご案内いたしました後、戻って参りますと、サクラ様は、既にお休みでいらっしゃいまして……」
「そう。ギルフォー……」
そこで一気に、昨夜の記憶が蘇った。
……そうだ、私……。
昨日の夜、王子にキスされて……『おやすみ』って……。
うわーーーーーっ!
……どっ、どーしよー!?
おでことは言え、キスなんかされちゃって……。
今日王子に会ったら、どんな顔すればいーのぉーーーーーっ!?
……なんて考えてたら、頭痛もだるさも、どっか行っちゃってた。
「サクラ様? なにやらお顔がの色が……。やはり、熱でもございますのでしょうか?」
心配そうに、セバスチャンが私の顔を覗き込む。
「ちっ、違うの! これは熱とかじゃなくて――っ!」
慌てて否定するけど、熱くなってしまった顔は、なかなか元の状態には戻せなくて、更に焦った。
あーもーっ、どーしてくれるのよ朝っぱらからっ?
恥ずかしくて恥ずかしくて、どーしていーのかわかんないよっ!
軽いパニック状態に陥ってたら、ドアをノックする音がして。
「おはようございます。入室してもよろしいですか?」
――あ。
エレンさんだ。
「うむ。入りなさい」
セバスチャンの返答の後、エレンさんが大きな水差しのような物を右手に、洗面器のような物を小脇に抱えて入って来て、私とセバスチャンに一礼した。
「おはようございます、セバス様、サクラ様」
「おはよう、エレンさん。……えっと……。手に持ってる、それは……?」
「――あ。申し訳ございません。すぐにご用意いたしますね」
そう言うとエレンさんは、サイドテーブルの上に洗面器のようなものを置き、その中に向かって、水差しのようなものの中身を、そうっと注ぎ始めた。
「それ、水……だよね?」
「はい。こちらでお顔をお清めくださいませ」
顔……。
姫様は、部屋でこうやって顔洗うのか……。
洗顔石鹸とかは、さすがにないんだろうけど。
「ありがとう、エレンさん。毎朝こーやって準備するの? 大変だね……。でも、私は姫様じゃないんだから、お世話してくれなくても大丈夫だよ? 洗面所とか水飲み場とか、教えてくれれば、あとは自分で勝手にやるから」
「なりませんっ!」
「――え?」
突然セバスチャンが大声出して、びっくりした。
「確かに、サクラ様は姫様ではございません。しかし――! サクラ様は、姫様の代理を務めてくださると、おっしゃったではございませんか」
「それは、まあ……そーだけど。でもさ。王子にだってバレてるんだし、姫様のフリは、国王様の前だけでいーんじゃない?」
「なりませんっ!」
「えーーーっ? どーしてー?」
「サクラ様のことは、私とギルフォード様、他三名しか存じ上げないのですから、姫様のように生活していただかなければ困ります。事情を知らぬ者に、怪しまれるような行動は、極力控えてくださいませんと」
うっ。
そりゃそーか……。
私は姫様の代役なんだもんね。姫様っぽくない行動は、しちゃダメなんだ……。
「わかったよ、セバスチャン。勝手言ってごめんね。これから気を付けるよ」
私は素直に謝ると、洗面器の水を掌ですくい上げ、パシャリと顔に掛けた。
洗顔と歯磨きを済ませたら、今度は朝食。
すぐに、アンナさんが持って来てくれるってことだった。
歯磨きでひとつ驚いたのは、この世界にも、歯ブラシがちゃんと存在してたってこと。
柄の部分はツヤツヤとした木材で、ブラシ部分はなんとかってゆー動物の毛……で出来てるんだって。
歯磨き粉は、良い香りのする植物と、灰と鉱物をすり潰して作った粉と、その他もろもろを混ぜ合わせたもの。
磨いた後は、スッキリ爽やかって感じだった。
この世界、私が思ってたより、意外と文明進んでるのかも。
ザックス王国は水も豊富で、水道設備も整ってるってことだったし。
……まあ、テレビやパソコン、スマホなんかはないけどね。
そこが寂しいっちゃあ、寂しいかな。
エレンさんが用意してくれたドレスに着替え、椅子に腰掛けて。
窓の外をぼーっと眺めながら、私はつらつらとそんなことを考えていた。
――あ、そうそう。
ブラは、二日連続でつけるのはさすがに嫌だったから、エレンさんにこっそりお願いして、洗ってもらえることになった。
すっごく恥ずかしいから、自分で洗いたかったけど……。
そう言うとまた、『とんでもないことでございます!』とかって反論されちゃうだろうから、恥を忍んでお願いした。
……で、この国にも、ブラみたいなものは存在するのかな? と思って訊いてみたら、ないって返事で……。
じゃあ、女の人達はどーしてるのか、って話になるよね?
どうやら、女性は厚手の布地を胸元に当てて、二重三重にぐるぐる巻きにして、両端を背中で結んだりして、胸のボリュームを押さえてるらしい。(この世界では、体の凹凸をアピールして色気を振りまくような女性は、『はしたない』とされて、白い目で見られちゃうんだって。胸元が大きく開いたドレスは、上流階級の女性達は着ないって話だった)
なんか、サラシ巻いてるみたい。すごく窮屈そうだよね……。
ん~……。
しばらくここにいることになるなら、そーゆーのも、これからどうするかとか、いろいろ考えなきゃいけないかな……。
なーんて思ってたら、またノックの音が。
「おはようございます。ご朝食をお持ちいたしました」
「あ、はーい。入って、アンナさん」
私が返事すると、ワゴンのようなものをガラガラと押しながら入って来て、ぺこりと一礼。
ワゴンの上には、パンや飲み物、フルーツっぽい物、食器などが載ってる。
「おはようございます。お待たせしてしまいまして、申し訳ございません。すぐにご用意いたしますね」
にっこり笑顔のアンナさんに、私も挨拶を返そうと口を開きかけたんだけど……。
彼女の後ろから姿を現した人物が、視界に入って来たとたん、ピタリと固まる。
「おはよう、サクラ。昨晩はよく眠れたかい?」
機嫌良さげに声を弾ませ、アンナさんの後ろから現れたのは、ギルフォード王子だった。




