最終話 それぞれの未来へ
神様は両手を上げて『う~ん』と伸びをすると、
「じゃあ、オレ……そろそろ行くよ」
スッキリした顔で告げてから、ヘヘッと照れくさそうに笑った。
無邪気にも思える神様の言葉に、胸が詰まる。
私に止める権利なんてないのはわかってるし、神様が桜さんに会いたいって気持ちも、すごくよくわかるけど……。
神様の力はとても弱ってて……無事に向こうに辿り着けるって保証は、どこにもない。
どこにもないのに……。
「あのっ!」
不安が募って、どうしても、声を掛けずにはいられなかった。
「――ん? なんだ?」
「あ……。えっと、その……。お――お父様には、何も挨拶せずに行っちゃうの?」
「え……?」
「だっ、だって! お父様の中に、神様の片割れさん――『あいつ』がいるんでしょ? 自分の片割れに、何も言わずに行っちゃって、後悔しない?」
「…………」
真面目な顔して黙り込んでしまった神様を、ドキドキしながら見守る。
お父様は、神様の言う『あいつ』さんの記憶を引き継いでるだけ。ホントはもう、お父様の中に『あいつ』さんはいない。
それは、お父様に聞いて知ってるけど……。
神様は、まだお父様の中で『あいつ』さんは生きてるって、信じてるってことだったし……。
やがて。
「……もう、いいんだ」
ぽつりとつぶやいた神様に、私はハッと目を見張る。
「『もういい』って……どーゆーこと?」
神様は、少し寂しそうに笑いながら、
「本当はさ、わかってるんだ。ずっと……わかってたんだ。あいつはもう……とっくに、この世界からいなくなっちまってる……ってこと」
「えっ!?」
「知ってたけど……わかってたけど、認めたくなかった。あいつがもう、この世のどこにもいないなんて。もう……二度と会えないなんて……」
「……神様……」
「オレ、逃げてたんだ。自分がとっくに、一人きりになっちまってるってことから。もうどこにも、オレと同じ存在なんていないんだってことから、さ……」
一瞬、泣きそうな顔をした。
でも、弱気な自分と決別するみたいに、大きく首を横に振ると、
「確かに、もう……あいつはいないけど。その代わり、おまえら人間がいてくれた。たまにだけど、会いにも来てくれたし……話も聞いてくれた。それでオレ、やっとわかったんだ。オレはずっと、一人きりなんかじゃなかったんだって。怖がることなんて、何もなかったんだって」
キラキラした笑顔で、そう言ってくれて……。
「オレ、おまえらと出会えてよかったよ。お陰で楽しかった。……人間は、嫌な部分も結構あるし、すごく酷いことも、平気でする時があるけど……。でも、それと同じくらい、良い部分もあるし、良いことだってするだろ? それがやっとわかって……桜も好きになれたんだ。……オレ、今までずぅーーーーーっと、幸せだったと思うよ」
「神様……」
「もう、いいんだ。これっきりで消えちまっても。オレは絶対、後悔なんかしない。桜に会える前に、力尽きても……やれるだけやったって、満足していられる。――うん、絶対!」
そこで、神様はスウ~……っと私の前まで移動して来て、優しく頭に手を置くと、ぽんぽんと軽く叩いた。
「だからさ、おまえも心配なんかするなよ。これは、オレが望んですることなんだからさ。こうすることが、イッチバン、オレにとっての幸せなんだから」
「う……うん……」
「ほらっ、笑って見送ってくれよ。オレ、もう行くからさ」
「……う……ん……」
涙が溢れそうになるのを必死に堪え、私はムリヤリ笑顔を作った。
応えるように、神様も笑い返してくれて……。
「じゃあな! 扉はおまえの後ろにあるから、ビシッと選んで、ちゃんと戻るんだぞ!」
「……うん……」
「だから、泣くなって! おまえが泣くと、泣いてた時の桜を思い出しちまうから、嫌なんだよ。……ほらっ。笑えってば!」
「う……うん……」
「よし! じゃあ……ホントのホントに、もう行くからな? 元気でいろよっ?」
「……うん。……うん……」
「たっくさん、迷惑掛けちまって、ごめんな! そんで、ありがとな!……リナリアッ!!」
「――っ!」
最後の最後に、私の名を呼んで。
神様は、一瞬のうちに、私の前から消えた。
……行ってしまった。
本当に、行ってしまったんだ。
そう感じたとたん、堪えても堪え切れなかった涙が、あとからあとから溢れて来て……何もない、真っ暗な空間へと落ちて行った。
……神様。
やっと……私の名前、呼んでくれたね。
ありがとう。
短い間だったけど……神様と話せて、すっごく楽しかったよ。
生意気で、意地っ張りで……寂しがり屋な、可愛い神様。
夢の中で、ずっと呼んでくれてたのに……長い間、気付けなくてごめんね?
今まで、本当にありがとう。
――どうか、無事でいて。
元気なままの神様で、桜さんに会えますように――。
神様に別れを告げてから、私は、そうっと後ろを振り返った。
「わっ。……ホントだ。扉が二つ浮かんでる……」
右は――金色の窓枠の付いた、真っ白な扉。窓枠には、赤と黒のステンドグラスがはめ込まれている、アンティーク調の扉だ。
左は――真っ青に塗られた扉。窓枠のガラスには、和柄の麻の葉文様が描かれているけど、地中海テイストっぽい扉だった。
神様の言った通り。
二つの扉を目にした瞬間、私は迷うことなく、片方の扉の方へ手を伸ばしていた。
「……この扉の先で待ってるのが、私が選んだ人……。ううん。とっくに選んでたけど、自分では気付けなかった人へと続く未来、か……」
大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出すと、私は気合を入れるように声を上げた。
「――よし、行こう!」
ドアノブへと手を掛け、えいやっとばかりに右に回すと、勢いよく開け放つ。
こうして私は、未来への最初の一歩を踏み出した。
ここまで長いお話を読んでくださり、ありがとうございました!
この【桜咲く国の姫君(2023.09.27.【桜舞う国の訳あり身代わり姫】から、元のタイトルに戻しました)は、著者が生まれて初めて書き上げた長編恋愛ファンタジー……なのですが、思い入れだけは、無駄にたっぷりある作品です。
何せ、設定を思い付いたのは遥か昔――中学一年生の時だったのですから。
もちろん、その頃考えていたのは、ほんの少しの設定だけでしたし、内容も、恋愛が中心ではなく、もっとほのぼのとしたお話でした。
何故、そんな昔に考えた話を、書き始めたのかと申しますと。
このお話を書き出す前(平成二十五年三月頃)、急に、オリジナル小説を書こうと思い立ちまして。
まずは何を書こうかな? 中高生向きのお話なんて、書いてみたいなぁ……。
などと、あれこれ考えていた時に、最初にくっきりと思い浮かんで来たのが、このお話だったのです。
その時はまだ、ここまで恋愛色の強いお話になろうとは、思ってもいませんでしたが……。
『異世界ファンタジー』から『異世界恋愛ファンタジー』への路線変更は、著者としても、全く予想外のことでした。
――あ。そうそう。
予想外と言えば、このお話を書いている途中で、最初に予想外のことをしてくれちゃったのは、何を隠そうカイルだったりします。
最初の設定では、彼は『主人公のことを密かに想いつつも、決して打ち明けたりはせず、常に側にいて、主人公を支えて行く一途な少年』という役割だったはず……だったのですが。
ハッと気付いた時には、気持ちを前面に押し出して来るキャラへと、大きく変貌してしまっていて、かなり焦りました。
「ちょっとちょっと、カイル!? あなた、いったいどーしちゃったの!? なんでそんな、いきなり積極的になっちゃってるの!? 告白までしちゃってるの!?」
なーんてツッコみながら、執筆していたくらいです。(いや、マジで)
自分で書いておいて、何言ってんだ? なんて呆れられてしまうかもしれませんが。
登場人物が、いきなり一人歩きを始めてしまったように感じられる瞬間って、結構あるのですよ。
自分では、A地点を目指して、頑張って来たつもりだったのに。
一人(もしくは数名)の予想外の言動によって、B地点だったり、C地点だったりと、思いもよらない方向へ、軌道修正させられる事態にも、度々陥ったりしますし。
こういうこと、お話を書いたことがある方でしたら、わかっていただけるのではないかな~?……と思うのですが。
まあ、それはともかく。
最初に困った行動をし始めたのは、間違いなくカイルです。
それをきっかけに、ギルも負けじ(?)と、グイグイ主人公に迫ってくようになってしまいましたし……。
困ったことは確かなんですが、その予想外の言動を楽しいと感じたり、ワクワクしたりもした……ということも、否定出来ません。
自分で書いてるはずなのに、外側から彼らを眺めてるような――観客にでもなったような感覚を、彼らから何度もプレゼントしてもらえました。
その点は、すごく感謝しています。ありがとう、カイル。そしてギルも。
以上のことを考えると、一番困惑させられたり、振り回されたりしたのは、主人公だけ……だったのかもしれません。
彼女には『お疲れ様』と、労いの言葉を送っておきましょう……。
さて。
このお話は、ここで一区切りとさせていただく訳なのですが、続きもちゃんとございますので、どうかご安心くださいませ。
さすがに、こんな中途半端なところでは、終われませんしね……。
一区切りつけさせていただく理由は、二つございます。
一つは、この先、お話は二つに分かれるから――ということ。
二つにというのは、もちろん、リアがギルフォードを選んだ場合の『ギルフォードルート』と、カイルを選んだ場合の『カイルルート』のことです。
初めのうちは、サイト運営していた頃(閉鎖したのはいつ頃だったか、既に思い出せないのですが)の人気投票で、上位だった方だけ、続きを書くつもりだったのですが。
ありがたいことに、どちらにも、同じくらい票が入りましたので、思い切って、二つのお話を書くことにしたのでした。
もう一つの理由としましては、割合としては、ごく僅かではあるにしろ、この先の展開で、流血シーン、及び、R12? R15?……と悩んでしまうシーンが、出て来てしまうからです。
今の時点では、全て書き上がっているのは『ギルフォードルート』のみですので、『カイルルート』がどうなるかはわかりませんが、『ギルルート』はR15に設定しています。
ちなみに、ギルフォードルートである【赤と黒の輪舞曲】(平成二十六年六月八日完結済)は、電子書籍も分冊版(第一巻~四巻)と完全版がございましたが、現在は取り下げております。
カイルルートは、平成二十九年七月に、第一巻の販売を開始いたしましたが、こちらも現在は取り下げており、KDP(Kindle Direct Publishing)も退会済みです。
2023年11月現在、『カイルルート』は連載中ですが、『ギルフォードルート』は完結&全話公開済みです。
リアとギルの恋の行方を見届けたいと思われる方は、こちらもよろしくお願い致します。
それでは。この拙いお話に、長い時間お付き合いくださいまして、誠にありがとうございました!
お暇な時にでもご感想などいただけますと、今後の創作活動への意欲や糧となります。お気が向かれましたら、どうかよろしくお願い致します。
※2023.11.08.あとがき加筆修正




