第1話 いつも見る夢
大きな桜の木の前で、私はたった一人でたたずんでいる。
ざざあ――ざざざざあ――っ。
桜の花が、枝が――風もないのに大きく揺れる。
今にも動き出しそうなほど強く、ざわざわ、ざわざわと、枝や葉を揺らして。
(……私に、話し掛けてるの?)
そっと幹に触れると、たちまち突風が巻き起こった。
地面にある大量の花びらを、一気に上空へと舞い上げる。
舞い上げて……あっと言う間に、数え切れないほどの花びらが私の周囲を取り囲む。
桜、桜、桜……。
辺り一面、桜の花びら。
完全に視界を奪ったそれは、私を外に出すまいとする意思を持った生き物のようだ。
(……まるで檻みたい)
急に恐ろしくなった私は。
ギュッと目を閉じ、両手で耳をふさいでうずくまる。
――瞬間。
辺りは漆黒の闇に呑み込まれ……。
声にならない叫びを上げた後、私は――……。
私は…………。
「おいっ、桜!」
いきなり大声を上げられ、私はビクッと肩を揺らした。
――あ、いっけない。
ここ、学校だった。
窓際の一番後ろの席だから、陽が当たって暖かくて……つい、ウトウトしてしまってたみたい。
慌てて上体を起こし、声の主を確かめる。
「……なんだ、晃人か。びっくりさせないでよ」
晃人だった。
家が近所で、小中高と全て一緒の腐れ縁。
まあ、早い話が幼馴染ってヤツだ。
一部の女子達が、『カッコイイ』って言ってるのを耳にしたことがあるから、まあ、かっこいい部類に入るんだろう。
……付き合いが長過ぎて、イマイチ、ピンと来ないけど(ごめん、晃人)
私は『うーん』とうなって伸びをしてから、再び晃人の方へ顔を向けた。
晃人は『なんだ』と言われて傷ついたのか、不満げに顔をしかめる。
「びっくりさせないでよ、じゃないだろ。どうしたんだよ、机なんかに突っ伏して? なんか悩み事か?」
「べつに。悩みってワケじゃない(ウトウトしてただけだ)けど。……例のあれが、ちょっとね」
「『例のあれ』?」
「前に話したことあるでしょ? 何度も何度も、同じ夢を見るって」
「――ああ、あれか。まだ続いてんのか?」
「うん。今も見てた」
「今ぁ?……なんだ、寝てたのかよ」
晃人は『心配して損した』とでも言いたげな顔をしてから、私を軽くにらむ。
すぐに真顔になった彼は、しみじみとした口調で。
「けど、大分長いよな……その夢との付き合いも。小学校入った頃からだろ?」
「うん。十年くらいになるかな」
「十年……っつーと、おまえが『神隠し』に遭った頃か」
「……『神隠し』……ねえ……」
神隠しって言っても、たった一日だけのことなんだけど。
どうやら私は、幼い頃に『神隠し』に遭ったことがあるらしい。
自分のことなのにハッキリそうだと言い切れないのは、それ以前の記憶が、スッパリと抜け落ちてしまっていたからだ。
「ホントに神隠しだったのかなぁ? 姿消えてたのって、たった一日だけなんでしょ? それで神隠しって言われてもねぇ……」
「まあ、腑に落ちないのもわかるけど……。俺は、おまえが姿消した場面に居合わせてたワケだからさ」
晃人は隣の机に軽く腰掛け、腕を組んだ。
その頃のことを思い出しているのか、窓の外――ずっと遠くに目をやる。
「ホント、そうとしか思えないような消え去り方だったんだぜ? 一瞬目を離した隙に、キレイさっぱり消えちまってさ」
「消えたって言っても、その時私達、神社の境内で遊んでたんでしょ? あそこって、大きな木がいっぱいあって薄暗いし、隠れられるようなとこたくさんあるじゃない」
私が反論したら、晃人は口をへの字にした。
自分の言ってるいことが信じてもらえていないようで、不満なんだろう。
「いや、でもさ。ほんの数秒だぜ? いくら隠れるとこたくさんあるったって、すぐ捜し回ったんだし」
「捜すの下手だったもんねー、晃人。かくれんぼで鬼になったら、なかなか終わらなかったじゃない?」
「ぐ……! かくれんぼとは全然違うだろ、この場合!」
「そーお? 同じだと思うけど」
「違うって! 絶対!」
顔を真っ赤にし、悔しそうに言い張る晃人は、ちょっぴり可愛かった。
私はクスッと笑ってから、さっきの晃人と同じように窓の外に目をやる。
今は初夏。
放課後と言っても、外はまだ明るい。
……そう言えば。
あの頃も、同じくらいの季節だったっけ。
あの頃。
神隠しに遭った頃、私は六歳になったばかりで……。
あ。
ちなみに私――神木桜は、今年高校に入学したばかりの十六歳。
神隠しにあった年から、ちょうど十年経ったってことになる。
……桜、か。
桜の花も、この名前も気に入ってるけど、夢の中の桜は……。
あの桜吹雪は、好きじゃない。
一面舞い散る桜の花びら。あれを見てると、何故だか無性に不安になるんだ。
――どこか。
ここではないどこかへ、連れて行かれる気がして……。
――っと。
あぁ、違う違う。
今は桜じゃなく、神隠しの話だった。
え~っと……とにかく。
私は六歳の頃、一日だけ神隠しに遭ったんだそうだ。




