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青の時代 2  作者: 森 鉛
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第三章 双刀の魔女 第二話

 遠征前日の夜、ウォルフはヒマを持て余していた。

 忙しいメレディスやヴィンセントの手を煩わせるなと、あてがわれた部屋から出ないように言い含められたウォルフは、その日は旅の疲れもあってぐっすりと眠ってしまったが、翌日になるともう退屈で仕方がなかった。クレアを助ける算段がなんとか整った事で安心はしていたが、出来れば自分の勘を取り戻しておきたいと、狭い部屋でトレーニングなどもしてはみた。しかし半日もしない内にやる事が無くなってしまい、差し入れられた食事を一人淋しく食べ終わると、後はひたすらごろごろしていた。

 そこにヴィンセントとリサが、ワインを片手に食事に誘って来た。二人で誘いに来る所が嫌味だと思ったウォルフだが、誰でもいいからとにかく話が出来ればいいと、ほいほいと後を付いて行く。

 ヴィンセントの私室に招かれ、用意されたテーブルに付く。リサは私服に着替えており、外交官の制服姿よりもさらに胸が強調され、ウォルフはつい目が行ってしまう。その視線に気付いたヴィンセントがリサを抱き締め、「あんまり見るな、減る」と文句を言う。リサは顔を赤くし、「ちょっと、ヴィンス」と抗議するが、恋人の胸に顔を埋めたまま自分から腕をほどこうとはしない。いきなりつまらない場面を見せつけられたウォルフは、話題を変えようとさっそく質問をぶつけた。

「昨日の会議の事を聞いていいか?……いつまで抱き合ってるんだお前達は」

 ようやく椅子に腰掛けたヴィンセント。リサがグラスにワインを注ぐ。

「うるせえ。お前だって明日から、王女を颯爽と助ける騎士様になるんだろう?ヒゲぐらい剃れ」

「………。お前んとこの王様は面白いなぁ、どうすりゃあんな国王が出来上がるんだ」

 不自然に違う話を始めるウォルフ。ヴィンセントは得意げに話し出す。

「可愛げが無くっていいだろ、見た目は美少年なのに中味は居酒屋の親父だからなぁ。あれは先々代の国王陛下そっくりだって話だぜ。あの口調は爺さん譲りな訳だ」

「べらんめぇな国王なんて初めて見たぜ。意外と言ってる事はまともだがな」

「そうじゃなきゃ誰も相手になんかするもんか。歴代の四人の国王の中でも一番の切れ者だって評判なんだぜ、あれで」

 ウォルフはふと思い出した。アルフリートの口調が誰かに似ていると思っていたのだが、それは街道の宿屋の親父が酔っぱらった時の言い方にそっくりなのだった。

「それにしても若いな、…二十歳か。お前もそうだが、元帥といい、宰相といい、なんでトランセリアの閣僚はあんなに早く昇進するんだ?」

「それはこの国の特性だな。『優れた人材は歳若い内から取り立てた方が、長く使えて結局おトク』って方針があってな、若い内から地位を与えてがんがんこき使うのさ」

「いくらなんでも二十三歳の軍務長官はないだろう。実戦に出して大丈夫なのか?」

「ウチのお姫様を甘く見るな。あれは戦をする為に生まれて来たような女だよ」

 食事をしながら何やらこまごまとヴィンセントの世話を焼いていたリサが、横から口を挟む。

「ヴィンス、その言い方じゃちょっと失礼よ。シルヴァ様はよく気の付くお優しい方ですよ」

「まぁあれで陛下の前じゃ可愛くなるらしいからなぁ」

「?…どういう事だ」

「あの二人は婚約者だよ。元帥は同時に将来の王妃な訳だ」

 リサのグラスにワインを注ぎながら言うヴィンセント。リサはほんの少し目許が赤くなり、大層色っぽかった。ウォルフは面白く無さそうにそれを眺め、がつがつと料理を口に運ぶ。

「……そんな話は聞いた事も無いぞ、すげぇ国だなここは。……お前達そんなに飲んでいいのか?忙しいんじゃないのか」

「もう出征前の仕事はあらかた片付いた、後は現場仕事だ。次はリグノリアの宮廷で会う事になるな」

「よくもまぁ一日で遠征準備が整うもんだ」

「それは違う。イグナートの侵攻からこっち、軍はずっと臨戦体勢をとっていたのさ。斥候は山ほど送ってるし、演習だって相当やっている筈だぜ。今回の出兵は予想された範囲内の事だ」

 いつの間にか空になっていたワインの瓶を逆さに振り、もう一本開け始めるヴィンセント。久しぶりのいい酒にウォルフも上機嫌になっていた。気になっていた事を訊ねる。

「鉱脈ってなんだ?」

「……良く覚えてたな。……ノーコメント」

「なんだよ、教えろよ。……俺はもうプロタリアに戻る気はねぇよ」

「…じゃあヒントだけ。イグナートがリグノリアに突然侵攻した最大の理由がそれだ、判るだろ」

「………そういう事か。…俺もおかしいと思ってたんだ、それであんな無茶を。……そんなにでかいのか」

「でかいでかい。…金の相場ががらりと変わるかもしれん…痛てっ」

 リサがヴィンセントのどこかをつねったらしい。彼は酔っぱらって相当口が軽くなっていた。

「…ヴィンス、それ以上飲んじゃダメ」

 リサがクギを刺す。ヴィンセントは手に持ったワインを、ウォルフのグラスにどぼどぼと注いだ。

「おっとっと。俺も明日は遠征に参加するんだから、あんまり飲ませるなよ」

「はいはい。あれは鉱脈の場所がまずかったな。国境を跨いじまってたからな。またリグノリアの国王はお坊ちゃん育ちで、外交が下手だったしなぁ」

「……とても優しい父親だったと、クレアは言っていたな」

 ウォルフはたまらなくクレアに会いたくなった。離れて数日しか経っていないのに、少女の事を思うと懐かしさと不安で胸が締め付けられた。リサがそっと手を伸ばし、優しくウォルフの髪を撫でた。泣いていると思ったのだろうか。ウォルフは真面目な顔で二人に言った。

「今回の件では本当に世話になった。まだどうなるか分からんが、ヴィンセントもリサも、感謝している。ありがとう。いつか必ずこの礼はする」

 頭を下げるウォルフにヴィンセントは照れくさそうに言った。

「よせよ、俺達は仕事でやってるんだから礼なんかいらねぇよ。それにお前はきっかけになっただけだしな」

「判っている。それでも助けてもらった事には変わりない、メレディス将軍にも礼はするつもりだ」

「…ウォルフ。必ずクレア王女を助けてあげてね、こんな戦争は、十四歳の女の子にはあまりにも過酷だわ」

 リサが潤んだ瞳で小さく告げた。彼女は少女の運命に心から同情しているようだった。

「ああ…。約束する。……ところでお前達はまだ結婚しないのか…、…てっ!」

 ヴィンセントの足がテーブルの下でウォルフの脛を蹴った。リサがちらりと流し目をヴィンセントに送る。

「おっとウォルフ、明日は早いんだろ。もう寝た方がいいんじゃないか、さあさあ」

 立ち上がってせかせかとウォルフを送り出すヴィンセント。(まずい事聞いたか…)と思ったウォルフだったが、特に同情する気も無く、促されるままあてがわれた部屋に向かった。帰り際に振り向くと、ヴィンセントの腕にしっかりと手を回したリサが、にこにこと手を振っていた。



 夜営の天幕を少しだけ開け、クレアは月を見ていた。慣れぬ行軍の最中は気も紛れるが、一人になって考えるのはウォルフの事ばかりだった。優しげな微笑みを浮かべる彼の顔を思い浮かべる度に、胸の奥にずしりと痛みにも似た悲しさが沸き起こる。石の固まりでも飲み込んだかのように、胃の辺りが重くわだかまっていた。ウォルフに思いを馳せれば、身を切るような切なさに涙が溢れ出しそうになる。決して兵の前で泣くまいと心に決めていたクレアは、彼の事を考えないようにと努めるのだが、そんな事は到底出来ようも無かった。

 ベッドに戻り、枕に顔を押し付け、護衛の騎士に気取られぬように、声を殺して少女は泣いた。街道の宿屋でウォルフに買ってもらったクシを握りしめ、それがまるで彼そのものでもあるかのように頬ずりする。三万を越える軍勢に守られながら、クレアは半身をもぎ取られたような心細さと必死で戦っていた。


 軍議の後、クレアはダルガルにだけは自分の心を打ち明けていた。それは決して兵士達の前では言ってはいけない事だと、少女にも分かっていた。

「もし、我が軍が劣勢に立たされるような状況になったら、迷わず私の身をイグナートに差し出しなさい。…いえ、生きて虜囚の辱めを受けるならば、いっそこの首を切り落としてください。兵を一人でも多く生き延びさせてほしいのです。……もう、…誰にも死んでほしく…ありません。…どうか、お願いします」

 老将軍はじっとその言葉に耳を傾けていた。彼の知っている王女は、ただ明るく、苦労など知らぬ華やかな王族の姫君だった。今、目の前にいる少女は、自分の身を犠牲にしても、名も知らぬ兵士の命を救ってほしいと訴える、支配者の責務を全うしようとするまぎれも無い真の王だった。ダルガルは黙ってクレアの前に膝を付き、その白い手を押し抱くと言った。

「姫のお気持ち良く分かり申した。それがしが全力を持って姫の御身をお守り致します故、何も御心配なされる事はございませぬ。……ただ、万が一、姫のおっしゃるような事態になったならば、我が手で、この剣で姫のお命をお断ちします。決して、きゃつらの手になど掛けさせは致しませぬ。…お約束…致しまする」

 静かに頭を垂れる将軍は、孫ほど歳の離れたこの少女に、心からの忠誠を誓った。おそらく生きては帰れぬだろう戦場へ、リグノリア最後の王族と、そして只一人の将軍は、手を携えて立ち向かう。



 翌早朝。

 扉が乱暴に開き、ウォルフは飛び起きた。どかどかと入って来たのはメレディスの副官だった。彼は甲冑一式を放り投げると、大声でウォルフを急かした。

「エルスハイマー!すまん、忘れてた!まだ寝てやがったのか、お前の甲冑だ、早く着替えろ。支度が出来たら王宮正面に集合だ。閲兵式が始まる、急げよ!」

 彼は慌ただしく言い放つと、来た時と同じようにどかどかと出て行った。二日酔いにはなっていなかったが、まだ眠気の取れないウォルフを、副官の連れて来た二人の侍女がてきぱきと着替えさせてくれる。顔を洗い、準備の整ったウォルフが、礼を言って部屋から飛び出そうとすると、侍女の一人が声を掛けて来た。

「場所…お分かりになりますか?」

「……そうだ、分かんねぇ」

 ウォルフはほとんどこの部屋から出してもらえなかったのだ、王宮の構造など全く知らなかった。侍女に案内され、王宮の正面広場に辿り着くと、既に三万の軍勢が整列していた。それは壮観な眺めだった。ウォルフを見つけたメレディスの副官に手招きされ、列の前にこそこそと入り込む。

「お前は俺の指揮下に入ってもらう事になった、メレディス将軍の副官のタウンゼントだ。よろしく、エルスハイマー」

 手を差し出す副官と握手を交わし、ウォルフも挨拶を返す。

「世話になるな、タウンゼント。ウォルフで構わん、こちらこそよろしく頼む」

 居並ぶ将兵達の目がウォルフに注がれる。元レッド・ドラグーンの准将が、今回の遠征に同行するという事は、既に噂として広まっていた。甲冑を身に付けたウォルフは、逞しい身体がさらに大きく見え、一際目立ち、かつ見栄えも良かった。自分に向けられた視線を感じ、さらに久しぶりの軍人としての行動は、ウォルフに緊張感と興奮を与えていた。

 やがて彼等の間からざわめきが消える。今回の遠征の総司令官である、軍務長官シルヴァ元帥が、メレディス将軍と共に現れた。宮廷騎士団の銀と黒の甲冑を見事に着こなした彼女は、さらに凛々しく、まさに勝利の女神が地上に降り立ったかのように見えた。

 国王アルフリートがバルコニーに姿を現わすと、全軍に緊張が高まった。ウォルフは、この歳若い王が意外な程人望がある事に気付き、驚きを隠せなかった。

「親愛なる我がトランセリア第三軍の兵士諸君!いよいよ訓練の成果を見せる時がやって来た」

 アルフリートが軍勢に向かって話し出す。彼の声は広場の隅々までよく通った。最初はごく当たり前の挨拶だったが、後半は違った。

「この遠征は各国の注視の中遂行される。リグノリアの働きなぞ誰も見てはおらん。世界が見ているのは我々トランセリアだ!諸君ら第三軍の機動力を大陸中に見せつけてやれ!イグナートのクソ野郎共の横っ面張り倒してこい!勝利は君達の物だ!!女神の加護のあらん事を!」

 歓声と雄叫びが怒濤のごとく広場を揺らした。踏みならす足が、突き出される腕が、大地をびりびりと震わせる。兵士達は口々に王の名を叫んだ。ウォルフはたまげてその光景を見ていた。そしてなんとなく嬉しくもなった。何処の世界に、閲兵式で『クソ野郎共』と叫ぶ国王が居るだろうか。ウォルフにはアルフリートの人気の理由が分かるような気がした。彼は『言っている事が分かりやすい』王だったのである。

 シルヴァが進み出て片手を挙げる。歓声が止み、一同の視線が彼女一人に注がれる。シルヴァは何の緊張も気負いも無く、静かに命令を下した。

「今回の作戦は機動力が最も重視される。第三軍の神速をもってイグナートを叩き潰す。一糸乱れぬ行動こそが、勝利を握る鍵だと肝に命じろ。騎乗!」

「騎乗!」

「騎乗!」

 次ぎ次ぎと命令が復唱され、三万の軍勢が馬上の人となる。トランセリアの深い青の旗が翻り、バルコニー前を通って出陣して行く。それを見つめる国王は、なんとバルコニーの手摺の上に立って居た。周囲の侍従や閣僚がヒヤヒヤしながらそれを見ているが、兵士達は大喜びだった。拳を振り上げ、アルフリートの名を呼び、三万五千の騎馬が続々と駆け抜けて行く。リグノリア奪還作戦の幕が切って落とされた。


 馬を走らせながら、ウォルフはクレアの事を考えていた。少女の今を思い巡らし、期待と不安とが彼の心に渦を巻いていた。ここまでのウォルフの行動は大変順調と言えた。トランセリアに出兵させ、リグノリアとの連係も取れたようだ。問題はここからだった。こちらは両軍合わせて七万。イグナートは八万いる。一万の不利があり、しかも敵は城を背負って戦えるのだ。不安はまだあった。トランセリアはともかく、リグノリアに将軍はダルガル一人であり、軍勢も寄せ集めに近い物だろう。補給線も無く、後ろ楯に付いてくれる国も無いのだ。本来ならあと半月は、進軍を遅らせるべきだったかもしれないが、そんな事をしていたら逆にイグナートに攻め込まれてしまうだろう。数万の人員を半月も持たせる余裕も無いのかもしれない。

 いずれにせよ事態は動き出してしまった。ウォルフはシルヴァやメレディスと話をしたいと思っていたが、遠征中に司令官と口を聞ける機会など、巡って来るとは思えなかった。

 進軍のスピードに身体が慣れた頃、タウンゼントが話し掛けて来た。

「よう、大丈夫かい。三年のブランクがあるって聞いたぜ」

「ああ、ちっと慣れて来た所だ。……少し聞いていいか、城攻めの用意が見当たらなかったが…」

「なんだ知らないのか。リグノリアの王都は平城で戦には向いてないんだ。奴らは城から少し離れた平原に陣を張っている」

「そうか、…それでああも簡単にイグナートに落とされた訳か」

「そうだ。それに城攻めがあったら第三軍は出ないさ。俺達は大陸最速の騎士団なんだぜ」

 にやりと笑って胸をはるタウンゼントに笑いかけ、ウォルフは少し安堵した。その条件なら五分の戦いができると踏んだからである。

「そろそろいいかな。おいウォルフ、ちょっと付いて来てくれ」

 タウンゼントは何やら部下に指示を与えると、馬を飛ばし始めた。ウォルフはあわててあぶみをあおるが、さすがに神速を自負する彼等に付いて行くのは容易では無かった。なんとか追い付いた時には、もう彼は目的である宮廷騎士団の本隊に追い付いていた。

 第三軍の濃灰に緑のラインが入った甲冑と異なり、黒地に銀のラインが施された甲冑に身を包む彼等は、宮廷騎士団一万の中から、さらにシルヴァが選りすぐった精鋭の五千だった。どの顔を見ても、古参兵独特の凄みが滲み出ていた。ウォルフを見掛けて気さくに声を掛けて来る者もいれば、じっと殺気に近い視線を浴びせて来る者もいた。

(くわばらくわばら、皇帝騎士団の連中そっくりだぜ…)そんな事を思いながら、タウンゼントに馬を近付けるウォルフ。そこは総司令官シルヴァの本陣だった。彼女は馬を走らせながら、次々に訪れる伝令の報告を受け、短く指示を出し、傍らにぴたりと寄り添った二人の副官と、なにやら打ち合わせをしている。まるでそこが彼女の執務室でもあるかのように、自然に仕事をこなしていた。

 タウンゼントはシルヴァに報告をし、ウォルフを手招きする。馬を寄せて気付いたが、副官の一人は女性だった。事務方なのかもしれないが、甲冑の着こなしは堂に入っていたし、手綱さばきも見事な物だった。ウォルフに静かに目礼したその瞳からは、経験を積んだ騎士の風格が感じられた。

(戦上手の女がそんなに沢山居るのかよ、この国は…)閉口しながらも、ウォルフはシルヴァに声を掛けた。

「お呼びですか、閣下」

「ああエルスハイマー、ちょっと待っててくれ」

 シルヴァは副官と少し言葉を交わすと、なめらかに馬を並べて来た。兜を被っていない彼女は、長い黒髪が風になびき、白い顔があらわになっていた。こうして見ると随分美しい女性だとウォルフは思った。目付きの鋭さと、額の傷が無ければ、華やかなドレスを纏う他国の姫君達にも、全くひけを取っていないだろうと思われた。さらにウォルフは背中に目がいった。幅広で肉厚そうな短剣が二本、クロスさせて背中に括られている。腰の長剣二本を合わせ、彼女は合計四本の剣を身に着けていた。はったりや飾りで無いとしたら、相当の技量の持ち主だという事になる。シルヴァが口を開く。

「おぬしダルガルに会ったか?」

「はい、少しですが話をしました」

「印象を教えてほしい。おぬしの考えで構わぬ」

「……老齢ですが凄みはありました。軍人としては一流の人物だと思います、ただ…」

「?…なんだ」

「状況を考えれば仕方が無いのかもしれませんが、なにか思いつめているような雰囲気でした」

「ふーむ。押された時にどう出ると思う?降伏か、撤退か、あるいは玉砕か」

「………難しいですね、…クレアの命は自分が守ると言ってくれましたから、いや…しかし…」

「…クレア王女はどんな人物だ、これなら判るだろう」

 少し笑いを含む声で訊ねるシルヴァ。ウォルフは目を合わせずに答える。

「普通の少女です。見た目より芯が強くて頭はいいと思います。人に対する思いやりもありますし、他人の気持ちにも結構気が付くようでした」

「おぬしそれは惚れた欲目が入っていないか?」

 シルヴァは今度ははっきりと笑ってそう言った。ウォルフは顔が熱くなるのを感じたが、きっぱりと答えた。

「でも本当の事です。あいつは自分を探しに来た賞金稼ぎの男の命を助けてくれと、俺に頼みました。もう人が死ぬ所は見たく無いと、自分の首を落とせば俺は助かるからとも…そう言いました」

「………なるほど。…分かった、後で夜営の時にもう一度話を聞かせてくれ。それまではこの進軍速度だ、頑張って付いて来いよ」

 笑って本陣に戻って行くシルヴァ。ほっと息を付いたウォルフの元に、タウンゼントが近寄る。

「話は済んだか。じゃあ戻るぞ」

 今度は速度を緩めて馬首を並べる。タウンゼントが嬉しそうに話し掛けて来た。

「どうだい、ウチの元帥は」

「だんだん判ってきた。最初はお飾りの司令官だと思ってたよ」

「戦場に着けばさらにびっくりさせられるぜ、楽しみにしとけ。…おっと来た来た」

 再び自分の隊に戻ると後はひたすら走り続けた。途中でわずかな小休止を取っただけで、日が暮れ、辺りが闇に包まれるぎりぎりまで進軍は続いた。軍勢はリグノリア王都から半日足らずの位置まで到達した。


 夜営と言っても天幕を張るわけでも無く、馬を繋ぎ、火を起こして、その回りで簡単な食事をするだけだった。交替で仮眠を取る彼等にとって、ここは既に戦場なのだろう。ウォルフは道中で馴染みになった騎士達に馬を託すと、歩いて本陣に向かった。

 本陣も全く他と変わりは無く、焚き火の回りで幕僚達が集まっていた。よく見ればその中にシルヴァも居た。彼女は副官達と立ったまま食事をしていた。近付いてみて、さっき自分が食べていた物と全く同じメニューな事にウォルフは気付き、びっくりしてつい口に出してしまった。

「閣下も同じ物を召し上がっているのですか?…あ、失礼しました」

「ああ、来たか。…コーヒー飲むか?」

 シルヴァはウォルフにカップを渡すと、火にくべてあったポットを取り、コーヒーを注ぐ。あっけに取られるウォルフを余所に、黙々と食事を続け、食べ終わると自分にもコーヒーを入れ、話し始めた。

「同じ戦場に立つのだから同じ物を食べるのは当たり前だ。まぁ私は女だから量は少し違うがな」

「はぁ…。そういうものですか」

 気の抜けた返事をするウォルフ。シルヴァはしばらく火を見つめていたが、やがて周囲を見渡し、全員が食べ終わったのを見計らって口を開いた。

「よし、軍議だ」

 小さなテーブルが持ち出され、地図が広げられる。ランプに照らされた地図を幕僚が取り囲む。皆立ったままだ。メレディスもその中に居た。辺りには他の兵達の焚き火がぽつぽつと見え、横になって仮眠を取る者も見える。ここが本陣だと知らなければ、見ても分からないだろうとウォルフは思った。

 シルヴァはてきぱきと地図を指し示し、明日の作戦を確認していく。幾つかの受け答えがあった後、ふいにウォルフは名前を呼ばれた。

「エルスハイマー、ちょっといいか。クレア王女は自軍が崩れ去った時、降伏すると思うか。自らの命を兵の為に差し出す覚悟があると思うか。どうだ」

 突然の質問に一瞬戸惑ったウォルフだったが、その答えははっきりと判っていた。

「はい、人が死ぬ位なら、自分の首を差し出すでしょう。間違いありません」

 周囲から小さく感心したような声が上がった。シルヴァは言った。

「自信たっぷりだな。おぬしならそれを止められるか。こちらとしては、可能な限りリグノリアに戦線を維持してもらいたいのだ。非道な事を言うようだが、どんなに兵の損失が大きくてもだ。クレア王女を説得できるか」

「………最後までは無理でしょう。どこかであいつは自分を犠牲にします。それに…もし俺が行けば、俺があいつの首を落とさなくてはならなくなる…。あいつは…俺に殺されたがっていましたから。…俺の腕で…死にたがっていました…」

 終わりの方は声にならなかった。ウォルフの後ろからそっとハンカチが差し出された。シルヴァの女性副官のセリカだった。ウォルフは涙を流してしまっていた。気恥ずかしくて、軍議の輪を少し離れ、涙を拭った。

「ウォルフ」

 声を掛けたのはメレディスだった、ウォルフは素直に謝った。

「申し訳ない、軍議の最中にみっともない所をお見せして。もう大丈夫ですから」

「ああいいんだ、悪い事聞いちまってすまなかったな。…これを返しておくよ」

 メレディスの手には黒いマントが握られていた。ウォルフは一瞬受け取るかどうか悩んだが、それを手に取った。

「ありがとうございます、将軍」

「それとこれは明日君に貸そうと思って持って来た。私の私物だが…、使うかい」

 細長い袋の中に、中央から二つに分割された見事な槍が入っていた。ずしりと重いそれは、ウォルフに戦場の記憶を思い起こさせた。

「お気遣い頂き申し訳ありません。お借りします。……将軍、大門で自分に声を掛けてくれて、ありがとうございました。あれが無ければ、俺は単身でリグノリアに身を投じていたでしょう。そうなれば……」

「それはどうかな?事というのは意外と自然に成っていく物だよ。私の目に触れなくても、君は我が国を動かしたと思うがね。…まぁいいか。明日は早い、今夜は良く休んでおけよ」

「……はい、ありがとうございます」

 ウォルフはセリカにハンカチを返し、シルヴァに一言詫びを入れるとその場を去った。シルヴァは何か言おうとしたが、結局口には出さなかった。



 毛布に身を包み、副官のセリカと共に横になったシルヴァは、声を掛けられ目を覚ます。二、三時間は眠っただろうか、まだ夜は明けていなかった。もう一人の副官ロベルトの報告を聞き、シルヴァは手早く顔を洗い、口をすすぐと、焚き火の回りに集まった幕僚達に声を掛けた。

「イグナートが動いたか」

「はい、リグノリアの本隊に移動し始めています。まだ戦火は交えていないようですが、時間の問題です」

「八万全てか」

「そのようです」

 シルヴァの問いに落ち着き払って答えるメレディス。してやられた、と彼等は思っていた。動きの鈍いイグナートが、夜間に全軍を移動させるとは予想していなかった。シルヴァは一瞬考え、言った。

「夜明けまで何時間ある」

「三、四時間といった所です」

「かなり稼げるな。よし、兵を起こせ!五分で出るぞ!」

「はっ!」

「斥候を倍出せ。進路の安全とイグナートの現在位置、戦場の地形が判ればなお良い」

「それは既に指示を出しております」

「さすがだメレディス。夜駆けになる、速度は半分でよい。距離が縮められればいい。どちらにせよ夜が明けるまで、戦にはならん」

 シルヴァは自ら荷をまとめながら、次々と命令を下していく。夜営地は一気に騒々しくなり、馬がいななき、兵が走り回った。


 ウォルフはいきなり叩き起こされた。わけも判らず荷をまとめ、馬に跨がる。あくびを噛み殺しながら、夜の闇に馬を走らせる。周囲の話を聞き、ようやく事情が判ると一気に不安が押し寄せ、眠気が吹き飛んだ。(間に合うか…)夜駆けの危険は良く知っていたウォルフだったが、この時ばかりは、無性に馬を駆り立てたかった。


 馬上の人となったシルヴァは冷静に考えていた。到着が遅れれば、遠征そのものの意味が無くなる。アルフリートはああは言ったが、一戦も交えぬ訳にはいかないだろう。しかしリグノリアが降伏、或いは全滅した状態では、兵の志気を保つのは極めて困難だ。ダルガルがどこまで持たせるか、こちらがいかに早く戦場に着くか。全軍の到着は待っておれぬだろうとシルヴァは思っていた。せめて八割、三万近くはほしい。トランセリアの全ての兵が夜明けを待ち望んでいた。


 イグナート派遣軍総司令官オルロック元帥は、陣の移動が上手く行った事に満足していた。用意した逆木や塹壕が無駄になったが、あのまま両軍から挟撃を受けるよりは遥かにマシだと思われた。リグノリアのダルガル将軍は老齢ではあったがその分経験豊かで、油断の出来ない相手だ。リグノリアと対峙している後ろから速度のあるトランセリアに掻き回されたら、数で勝る自軍でも勝敗は危うくなる。寄せ集めのダルガルの陣を早々に力で叩き潰し、クレア王女の身柄を確保してしまえば、トランセリアと戦わずして勝利を手に出来るだろう。

 トランセリアはあのシルヴァが直々に兵を率いるとのことだったが、オルロックは差程気にしてはいなかった。いくらバーンスタイン将軍の娘だといえど、女の身でどれほどの力があろうものかと思い、様々に聞こえる噂など当てにならない物だと考えていた。もう一人の将軍も剛碗で鳴らすシュバルカでは無く、まだ昇進したばかりの名前も聞いた事の無い、彼に言わせれば小僧の様な年齢の男だった。バーンスタインが死に、グレンやバイロンの引退したトランセリアなど、恐るるに足らずと元帥は部下達に語った。最大の心配事はもっと別な部分にあったが、それを口に出す訳には行かなかった。

 

 クレアは突然揺り起こされ、一瞬自分が何処に居るのか判らなかった。目の前に、自分付の女性騎士の顔があり、すぐに現実を思い出した。

「姫様、敵襲です。すぐにお支度を」

 クレアは飛び起き、軽い女性用の甲冑を身に着ける。女性騎士が着替えを手伝いながら、状況を説明してくれる。侍女や小姓は一人も居なかった。クレアが同行を許さなかったのだ。この数日間、クレアは身の回りのほとんど全てを自分の手でこなしていた。女性とはいえ騎士の手を煩わせる事は、戦力の低下になると少女は考えたのだ。

 身支度を整え、天幕から外に出る。あたりは薄暗く、ようやく夜が明け始めた頃だった。遠くから戦の音が聞こえる。クレアは震える手を押さえ、ダルガルの元へ走った。


 イグナートの夜間移動に気付いたリグノリアは、すんでの所で夜襲を防ぐことが出来た。ダルガルはトランセリアと分断されての個別撃破を最も怖れ、偵察の為の斥候を幾人も放っていた。夜間の攻撃は正直意外な事だったが、老練な将軍は冷静に命令を下し、トランセリアに使者を出し、一万を前線に投入して、イグナートの侵攻に対応する。まだ夜が明けきらず、本格的な戦闘はこれからだろうと思われた。

 地の利はややこちらが有利だったが、数は圧倒的に敵が上回っている。しかも三万五千の自軍は、ろくに訓練もしていない寄せ集めの集団だ。苦心して配置を工夫したが、やはり満足できる動きでは無く、命令に対して反応が鈍かった。いかにして時間を稼ぐか、勝利を得るにはそれしか手が無いだろうと、ダルガルは考えていた。


「全軍全速!」

 シルヴァはついに号令を発した。次第に明るくなる空に、兵士達がじりじりと焦れるのを押え込み、足元が確かになる迄彼女は待った。下らぬ事故で兵力を減らしたくなかった。ましてやここは敵陣だ、どんな罠や伏兵があるかもしれぬ。東の空が真っ赤に染め上がった時、シルヴァの右手が動いた。

 大地を揺るがし、街道から平原へ駆け抜け、大陸最速を自負する三万五千が疾駆する。びりびりと地面から伝わる振動に、ウォルフは自分の気持ちが高まるのを感じていた。レッド・ドラグーンの一員として、戦場を駆け巡った記憶が蘇る。あの地平線の向こうにクレアが待っている。ウォルフは指が白くなる程手綱を握りしめていた。


 リグノリアは既に全軍で戦っていた。ダルガルは自ら一万を率い、じりじりと前線を下げつつ、戦力の低下を極力防いでいた。若い二人の准将も驚く程粘りを見せ、動きの鈍い自軍を声を枯らして叱咤し、なんとか持ちこたえていた。しかし圧倒的な数の違いは、リグノリア軍を少しずつ削り取るように追い詰めていく。もはや二万を切ったか。一万五千を割れば、総崩れになる恐れがある。ダルガルは悩んだ。その時自分はどう動くか、クレア姫を守り、再び落ち延びるか。華々しく敵陣に突入をかけ、武人として死ぬか。兵を鼓舞し、血まみれの剣を振り続け、ダルガルの意志は定まらなかった。


(意外に粘る)

 オルロック元帥は焦れていた。トランセリアにかき回される前に、リグノリアの残党を潰しておかなければならない。兵力の分割を避け、討伐軍も伏兵も出さず、城の守備兵もぎりぎりまで削ってこの数を確保したのだ。その上危険な夜間行軍までして、リグノリアを先に叩くことが出来ねば旗色が悪くなる。どうあろうとも早急にクレアを手中に収めねばならない。

(思えばこの遠征で上手くいったのは、最初の夜襲だけではなかったか。各国の反応は今一つだったし、トランセリアのようにあからさまな敵視を見せる所まで現れる。本国への増援要請も色好い返事は帰って来ず、二か月も経てば兵にも里心が付き始め、志気は下がる一方だ。その上……)

 そう心の中で愚痴を言うオルロックが、最も危惧していた事が王弟派からの横槍だった。スパイなどという生易しい物では無く、将軍や准将の中にも明らかに彼に対して反意を見せる物が幾人か居たのだ。そもそも貴族達まで手に掛ける意志はオルロックには無かったし、王族の子供達は人質にでもするべきだったろう。一部の軍の独走は、もう彼の手に負える物では無くなっていた。

(初めに殺し過ぎたか。もう少し事を穏便に運び、傀儡政権でも立てるべきではなかったか。国王派に付いたのがそもそもの失敗だったかもしれん。王弟派ならば果たしてどうだったか……)

 国王と王弟の反目は、派遣軍に酷い混乱を巻き起こした。時には正反対の命令書が同時にオルロックの元に届いたりもした。リグノリアの貴族と血縁のある自国の貴族達からは、抗議や撤兵の意見が出されているとも聞き及ぶ。肝心のプロタリアは開戦以来何一つ反応を見せなくなっていたし、この戦に勝って支配権を確立しなければ、全てが振り出しに戻る可能性が高かった。

(それにしても粘る。ダルガルをもっと早く潰しておくべきだったか。あの死に損ないめ、まさかクレア王女を見つけ出すとは予想外だった。グローリンドはのらりくらりと交渉をはぐらかしおるし、三万五千にもなってしまえばそうやすやすとは叩けぬ。しかし粘りおる…)

 もう太陽は地平線から完全に姿を現わしていた。


「全軍停止!斥候!」

 ついにトランセリアが戦線に到達した。シルヴァは少しでも馬を休ませ、遅れた者を待つ為に、十分の停止を命じ、地形を確認させる。兵はよく着いて来ていた。シルヴァは副官のロベルトに声を掛ける。

「何人居る」

「九割は居ると思われます」

「上出来だ。メレディス!居るか」

「はっ」

「もう待てん。斥候が戻り次第出るぞ。遅れた者はまとまって進軍するように伝えろ」

「心得ております。…ご武運を」

「…ちょっと慌てたが、これならなんとかなる。見てろ」

 シルヴァはにっこりと笑い、メレディスの肩をぽんぽんと叩いた。心なしか宮廷に居る時よりも、彼女は生き生きとしているように見えた。


 ウォルフは槍をしっかりと繋いでいた。ずっしりとしたその重みは不思議と彼の心を落ち着かせる。震える指で包みを解き、真っ黒なマントを身に纏った。周囲からざわざわと声が上がる。三年の月日を全く感じさせない程、それは彼の背中にしっくりと馴染んだ。身体中の血が熱くたぎっていく。しかし驚く程頭は冴え渡り、冷静だった。

 タウンゼントは声を掛けようと近付いたが、ウォルフの全身から立ち上る殺気に、言葉を失った。戦場に降り立った悪魔、まさしくそれが『レッド・ドラグーン』だった。


 シルヴァの右手が静かに上がる。全軍を静寂が支配する。総司令官の檄が響き渡る。

「我が精鋭たるトランセリアの騎士よ!諸君らの神速を持って、非道なるイグナートを殲滅せよ!正義は我にあり!!」

 歓声が怒濤のごとく辺りの空気を震わせる。一瞬の後に振り下ろされた右手が、統制された猛獣を野に放った。

「突撃!!」

 限界まで引き絞られた弓から矢が放たれるように、雄叫びを挙げる騎士の群れが平原を疾走する。ウォルフは驚愕した。戦闘速度は明らかに自分より上だと感じた。進軍中のスピードは真の全速では無かったのだ。ウォルフは喜びと興奮で身体が震えた。(勝てる)彼は直感し、さらに馬を駆り立てた。


「抜刀!!」

 一斉に鞘から引き抜かれた剣が、朝日を受け無数の光の乱舞を作り出す。イグナートはがっちりと陣を構え、矢を射かけ、殺到する三万を待ち受けて居る。両軍が戦端を開くかと思われたその瞬間、トランセリアの黒い奔流は四つの流れに分散し、敵陣をかすめてくるりと円を描く。イグナートの方形陣がぐにゃりとその形を歪め、流れに引き寄せられるように不格好に伸びる。メレディスは矢継ぎ早に命令を発し、第三軍三個師団を手足のごとく操り、数で上回る敵陣をあざ笑うようにかき乱した。堅固な守りを誇るイグナートの陣は、みるみるその形を崩し、あちらこちらにほころびが出来始めていた。

 シルヴァは自らの宮廷騎士団五千を率い、突入の機会を伺いながら敵を屠っていく。両手に持った長剣が左右に振られる度に、馬上から敵兵の身体が消えていく。『双刀の魔女』その二つ名こそが、彼女が自らの非力さを補う為に、研鑽と工夫を重ねて培った二刀流に与えられた物だった。副官のセリカとロベルトは影のようにシルヴァの傍らに付き従い、元帥の守備に隙を作らない。トランセリア全軍から凄腕を集めて作り上げられた宮廷騎士団の猛者達も、敵を倒しながら次々と発せられるシルヴァの号令に瞬時に反応し、騎馬戦の手本とも称えるべき見事なスピードと剣技を披露した。

 やがてチャンスは訪れた。メレディスの芸術的用兵と、シルヴァ率いる宮廷騎士団の猛攻に、縦横無尽にかき回されたイグナートの方形陣は、当初の姿を失い見るも無惨な乱戦へと変わり果てている。混乱する命令系統に右往左往する敵兵に隙が生じる。敵司令官オルロックを守護する本陣まで、ぽっかりと空白が開いた。シルヴァはわずかなその間隙を見逃さなかった。

「続け!!」

 最大の好機と見た元帥の突入に一瞬も遅れを取る事無く、宮廷騎士団の銀と黒の固まりが本陣に殺到する。守備兵を蹴散らし、血にまみれた五千と一本の剣が最後の陣に突き刺さった。

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