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Part,32

「まりい、起きなさい」

 自分を呼ぶ声にまりいはうっすらと目を開ける。

「……?」

 そうだ。獣を倒した後に眠ってしまったんだ。また彼に助けられたのだろうか。だったら悪いことをしてしまった。

「ごめんなさい。ショウ……」

 だがそこにいるのは栗色の髪の少年ではない。

「何寝ぼけてるの」

 呆れ顔で立っているのは数年前からまりいが住居を共にする女性だった。

「つかさ、さん?」

「朝ごはんできてるから早く着替えてきなさい」

 彼女は椎名つかさ。まぎれもない、まりいの儀母だった。

 つかささんがいる。まぎれもない、ここは現実。

 ショウがいない。あれは夢だったのだろうか。それとも――

「まりい?」 

「……はい」

 夢とも現実ともおぼつかないまま、まりいは義母に返事をした。

『この世界があなたにとって何なのか。それは私では答えられません。あなたが夢だと思うのであればそうでしょうし、逆もしかりですから』

 かつて水の精霊が語った言葉を思い浮かべる。あれを夢にはしたくない。でもこうしてここに――地球にいるという状況はなんなのだろう。

「顔色が悪いわね。今日は休む?」

 制服を着て台所のテーブルについたまりいに義母が声をかける。実際、まりいの顔色はすぐれなかったが当人は気に留める様子もなく食事に手をつける。

「大丈夫。なんともないから」

「本当に?」

「本当」

 本人がこう言っている以上、何を言っても無駄だ。つかさは説得をあきらめ義娘と共に朝食をとることにした。

「まりい、今日はすぐ帰れる?」

 そう言ったのはまりいが朝食を食べ終えた時だった。

「特に用事はないけど」

「そう……」

 彼女にしては歯切れの悪い返事にまりいは首をかしげた。どうしたのだろう。いつもならすぐに用件を言うはずなのに。

「学校が終わったらすぐに帰ってきて。でも無理はしないこと。具合が悪かったら先生に言って早退するのよ?」

 念をおすつかさにただならぬ気配を感じ、まりいはこくこくとうなずいた。

 あんなにたくさんの出来事が、たった数時間で済まされてしまうなんて。やはりあれは夢だったのだろうか。

 やはり夢と現実ともおぼつかないまま、まりいは靴を履いた。玄関のドアを開けると、その先にあるのは見慣れた光景。

「まりい、おはよっ」

「おはよう、由香ちゃん」

 友人の声に、まりいはあわてて笑顔をとりつくろった。

 アパートの階段を降りるとそこには友人がいて。二人して学校までの道のりを歩く。それはまりいにとってごくありふれた日常だった。

 ……日常? 

 だったら今までのことはどうなるの? 同じ年頃の少年や少女と出会って旅をして。時には獣と戦ったり時には何もない草原で野宿をしたり。普通に考えればまずありえない事態だが、まりいにとってはそれも日常だった。

「顔色がよくないわね。何かあったの?」

 つかさと同じことを言われ、まりいは苦笑した。本当にそんな自覚がなかったのだ。強いて言えば――

「夢をみたからかな」

 あんなことがあったから。夢と現実の境目がわからなくなって混乱してしまったんだ。

「夢って前に言ってた?」

「うん」

 まりいは由香にことの一部始終をかいつまんで話した。男の子と出会って旅をしたこと。自分と似た容姿の女の子と友達になってお城へ行ったこと。全てを話すと由香は大きなため息をついた。

「スケールの大きな夢ね」

「そう思う」

 お互いに顔を見合わせて笑う。

 本当に壮大な夢だった。ショウとシェリアに会って三人で旅をして。おまけに領主の館で大立ち回りを演じてみせたのだ。でもそれは夢。現実ではそんなこと、自分にできるはずがない。

 ……本当に?

「まりい、それ何?」

「え?」

「首のところで光ってるように見えたんだけど。見間違いかな?」

 何のことだかわからず、まりいは由香の視線をたどる。

 視線の先にあったもの。それは、まりいの首もとで光るペンダント――アクアクリスタルだった。



 夢の中であるはずのものがどうして実在するの? 制服の中にしまったペンダントを見つめながら、まりいはずっと自問自答していた。

 あれは夢ではなかったの? 

「椎名」

 名前を呼ばれ、顔をあげる。そこにいたのは担任の教師だった。

「今日の当番だったよな。放課後職員室に来てくれ」

 その言葉でまりいは自分が日直だったことを思い出す。

「顔色が悪そうだな。大丈夫か?」

 本日三回目の台詞に、まりいはただただ苦笑するしかない。そんなに私って頼りないのかな。空都クートではたくさんのことができるようになったのに。

「無理なら坂井みたいに他の誰かに頼んでも――」

「大丈夫です。ちゃんとできます」

「そうか。じゃあ放課後頼むな」

 去りゆく教師にまりいは小さくうなずきを返す。大丈夫。これくらい一人でもできる。空都でもできたんだ。これくらいできないはずがない。

 だがそれは、まりいにとっては誤算となった。一人ではなく二人だったのだから。

「ああ、椎名も来たな。これ二人で今日中にとじといてくれ」

 呼び出されたのは、まりい一人ではなかった。

 まりいの通う中学では日直はクラスの男女が一名ずつ名簿順に受け持つことになっていた。したがって、『え?』と声が重なったのもなんら不思議ではない。渡されたプリントの束と同じ声を発した少年を、まりいは交互に見つめた。

「冊子作るの手伝ってくれるんだろ? 本当なら日直の坂井と椎名のはずだったけどお前がひどくやりたがってたから代わってくれって頼まれたって言ってたぞ?

 じゃあ頼むぞ、大沢」

 教師の言葉に、大沢と呼ばれた男子生徒は引きつった笑みを返した。ちなみに『坂井』とは本来まりいと日直を共にすることになっていた男子生徒の名だった。

 荒々しくドアを閉めた少年に、まりいは内心怯えていた。どうしたんだろう。何かいけないことをして怒らせてしまったのだろうか。そもそもこの人とはさっき顔を合わせたばかりなのに。

 もっとも少年が怒っていたのは本来ならばまりいと共に仕事をすることになっていた友人のことについてなのだが、まりいの知るところではない。

「……運ぼうか。これ」

 ようやく怒りがおさまったのか、そう声をかけてきた少年にまりいはこくりとうなずく。

 黒い髪に同じ色の瞳。漆黒でもなければ赤毛でもない、ただの黒。背もそれほど高くはなく、かと言って低いわけでもない。特徴がない――強いて言えば身長のわりにややあどけない顔立ちをしている、それが特徴だろうか。大沢という少年は典型的な日本人そのものだった。

「重いだろ? 半分持とっか?」

 プリントの束を抱えながら大沢がまりいに声をかける。

「…………いえ、いいです」

 まりいとしては、そう言うのがやっとだった。これくらい一人でもできる。周りに迷惑をかけてはいけない。

 すると大沢の足が止まった。何事かとおずおずと顔を上げると、何を言うでもなく静かにまりいをにらみつけている。

 それから先の行動は早かった。びくびくするな。同じクラスなのだからもっと普通に話せ。終いには、まりいの持っていたプリントを強引に奪い取りずんずんと前を歩く。それはいつかのショウとまりい、そのものだった。

(もしかして、いい人なのかな)

 少年の後姿を見ながら漠然と思う。少なくとも悪い人であればまりいの荷物を持ってくれたりはしないだろう。

(頑張らなきゃ)

 ショウとだって時間をおけばちゃんと話すことができたのだ。大丈夫。ここでだってできないはずがない。まりいは小さく拳を握った。

 やがて少年が足を止める。

「椎名、あのさ……」

 視線を足元に移し、決まり悪そうに頭をかいている。どうしたんだろう。また何かあったのだろうか。

「大沢く――」

 声をかけようとして――突然襲ってきた息苦しさに、まりいはいてもたってもいられなくなる。それは幼い頃からずっと感じていた痛み。

 どうして。これから頑張ろうとしていたのに。

「椎名!」

 少年の声がひどく遠くに聞こえる。ゆっくりとくずれゆく自分の体を、まりいは他人事のように感じていた。

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