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intelude [ turning point ] - WANCO

 追加背景“踏破する者ストライダー


 ──とく駆け抜けよ。光の下も闇の中も、その先の未知は等しく踏みるべき道であり──


 ◇ ◇ ◇


> “代替現実 適用外区域アウトオヴサービス


 新宿プリンスホテル三階の喫茶店には、下の階にある私鉄始発駅の改札をガラス越しに見下ろすことができる席がある。改札手前の表示板で時刻を確かめてから、再び後方の二人組へと注意を向ける。

 そろそろ喜多ちゃんたちが《氷鳳アイスガルーダ》を倒している頃だろうか。氷の羽根は怖いけど、ヤジ君はあっさり避けているんだろうな。


「いい加減、持ち場に戻らないとマズいんじゃないのー。王国騎士のイベントが残ってるでしょ」

「や、それは第一隊の板室イタムロサンに任せてあるんで。それよりも、今はこっちの方が重要」


 正面に座っている本名不詳のサブマスターに対してささやくと、彼も小声で応えつつ、緑色のマドラーで前方──私にとっては背後を指し示す。

 後方のテーブル席に座る二人組の男は、小型のノートパソコンで喜多ちゃんの様子を監視しているらしい。それだけでも腹が立つというのに、さっきから話を聞いていればヤジ君にまで手を出しそうな様子だ。


「まったく。ふたりがチートするわけないじゃないの」

携帯情報端末(PDA)や携帯ゲーム機で動かせるツールなんざ、たかが知れてるってのにねェ」


 そういう話じゃないのだけれど、ここで騒ぐわけにもいかないので睨むだけにする。しかし、帽子と縁無し眼鏡を外して、ロゴ入りシャツの上からジャケットを羽織るだけで結構印象がかわるものだ。声をかけられるまで気付かなかった。


「ずっとその格好なら、真面目に見えるのにねー」

「はっはっは、そう褒めなさんなー。そういう三輪サンも、若奥様には見えねっすよ」


 ジーンズ履いて、髪をまとめて帽子に突っ込んだだけだけれど。まるっきり少年ですな、という感想は褒め言葉と受け取っておく。

 それにしても、どうしてサブマスターが仕事を放棄してこんな場所にいるのだろう。冷えた紅茶を飲みながら視線で問いかけると、彼はさらに小声で答えを返した。


「アイツらが使ってるツールの大元、自分が開発した運営用の観戦ソフトだって言えば分かりますかね」


 鷹匠たかじょう君──もとい鳥飼君が不正改造者を釣るために配布したツールを、彼が提供したということだろうか。

 臨時のサブマスターというのは建前で、実際は鳥飼君と同じように不正改造者を見張っていたのか。


「大人しく警察に任せときなさい」

「三輪サンも一般市民っしょ。こっちとしても、外野から余計なちょっかい出されると観測結果に響くんで、早めに潰しときたいんすよ」


 観測結果とは何のことか。尋ねようと私が口を開く前に、彼は椅子から立ち上がった。


「そろそろ動きそうなんで、先に出ますわ。連絡は“幻想世界ファンタズマル”経由で送るんで」

「“……ふン。せいぜいバレないように気をつけるんだな”」


 彼はそのまま、こちらを気にすることなく店を出て、改札へと降りる階段へと消えていった。


 ◇ ◇ ◇


> “代替現実 適用外区域アウトオヴサービス


 別れた二人組の片割れを追って、新宿から北へと歩く。

 太陽は傾きつつあるものの、その日射しは首とか腕とかに対して順調に継続ダメージを与えてくる。鞄の中の日傘が恋しいけれど、今は我慢するしかない。

 相手は携帯電話で誰かと話しながら、無警戒に歩いている。しかし、大久保へ向かう山手線沿いの裏道は人通りが少なく、会話の内容を聞き取れる距離まで近づくことは難しい。アレの通話記録を辿れれば、いろいろ引っ張りだせるんだろうけど。

 改札を通って私鉄に乗ったもうひとりの方は、あのサブマスターが追跡しているはずだ。鞄からゲーム機を取り出し、蓋を開いてスリープ状態を解除する。新着メッセージは届いていない。


 幅広剣ブロードソード小盾バックラーを構えた狼の獣闘士ウォービーストは、液晶画面の中で主の指示を待つように静かに佇んでいる。寿退職してからポイントやクーポン目当てで始めた“幻想世界”だったけれど、趣味の合う近所の主婦と協力しあったり、イベントでマクロ君や喜多ちゃんを玩具にしたりしているうちに、このキャラと一緒に走り回るのが楽しくなっていた。

 ゲーム機を鞄に戻して、前方へと注意を戻すと、男は通話を終えて駐輪場へと入っていくところだった。

 相手の顔写真は既に送ってあるし、ここで追跡を打ち切っても特定は時間の問題かもしれない。

 喜多ちゃんやヤジ君に被害が及ばないうちに対処できるなら、それに越したことはないけれど、怪しまれては元も子もない。


「“足には自信があるが……ま、斥候が無理しても本末転倒か”」


 気を取り直し、鞄からデジカメを取り出した。

 街並みを撮る振りをしながら、駐輪場から出てきた男を撮影する。


 さて。このまま歩いて、新大久保からさっさと電車で戻ろう。


 ◇ ◇ ◇


> “神樹の地下迷宮 ── 六鍵祭壇オールタ・ヘキサ


 およそ一時間後。鳥飼君から指定された待ち合わせ場所は、西口広場の世界時計前だった。

 本屋を出て西口へと向かうと、世界時計前の広告用ステージは、“調整中”と書かれたプレートを吊るしたロープで囲まれていた。

 ステージ上を見ると、床に埋め込まれた装置から配線を引き出して作業を行っている数名のスタッフとは別に、見知った顔を発見する。


「結局、所沢まで行ったんだけどさァ。鳥飼サン、こーゆーのって捜査費とかで何とかならない?」

「こちらかはら何も頼んでませんよ。というか、何ですかそれは……出金伝票なんていつ書いたんですか」


 ロゴ入りシャツ姿に戻ったサブマスターと、アロハの鳥飼君。男ふたりがロープを挟んで何やら言葉を交わしている。

 速足でふたりの方に接近して、鳥飼君が受け取ろうとしない紙切れを横から掴み取った。


「……交通費はともかく、食費に通信費って」

「必要経費ってことで」

「自分の会社に請求しなさいな」


 “出金伝票”を四つに裂いて、丁重にお返ししたところで、記名欄を見ておけば良かったと気付く。

 まあ、いいか。確か誰かが格さんと呼んでいたはずだから、本名はどうせジェームズ・カークウッドか、アツミ・カクノシンか、その辺りじゃないかな。

 ジェームズ氏と私のやりとりを見守っていた鳥飼君が、片手をあげて口を開いた。


「それはそれとして。お二人のお陰で成果を上げられそうです。助かりました」

「喜多ちゃんのためなら、日に焼けるくらい我慢なのよ」

「こっちとしても“Kitty”のチームには頑張って貰いたいんで、別に構わねえっすよ」


 どうも気になるな。この男は不正改造者チーター対策のために出てきたようなことを言いつつ、疑っていないはずの喜多ちゃんたちに注目している。

 そういえば、確か喫茶店でも何か言っていなかっただろうか。


「いったい、喜多ちゃんたちの何を観測しているわけよ」

「何って聞かれると、難しいなァ」


 私の問いかけに対して、彼は言葉を濁らせ、人差し指で頬を掻いて考え込んだ。隠す気は無さそうだけれど、そんなに説明しにくいことなのか。

 しばらく悩んでいた彼は、私たちをロープの内側に招き入れつつ、少しだけ丁寧な口調で告げた。


「んじゃあ、ぼちぼち説明するんで中へどうぞ」


 ◇ ◇ ◇


> “神樹の地下迷宮 ── 六鍵祭壇”


 調整を行っているスタッフから離れた場所で、サブマスターに勧められたパイプ椅子に座る。


「プレイ記録ログの解析チームから最初の報告があったのは、去年の春頃だったかな」


 いきなり始まった話に、慌てて聞く体勢をとる。立ったままの鳥飼君は、どうやら携帯電話で録音を始めたようだ。


「特定条件下での行動に偏重が見られるプレイヤーが複数見受けられるが、不正改造の痕跡は無し。偏重の度合いや方向性はプレイヤーによって異なる、というのがその報告で」

「偏重というのは、例えばどういったものですかね」

「戦闘時の被ダメージ率が低いとか、エリア踏破にかかる時間が短いとか。それから、レア称号や隠しイベントの遭遇率が高いとか。操作機器の違いや技量、勘によるものとするには、無理がある数値が挙がっていて。まあ、とにかく、解析チームが原因を特定できなかった異常な事象については、観測と検証を引き継ぐ専門チームがあってね」


 この男はそのチームの一員というわけだろうか。監視していたのは不正改造者ではなく、原因不明の現象だと。


不具合バグ不正改造チートじゃないってのは確かなのね」

「それはもう。行動の偏重は“近接クロース”か“同期シンクロ”の操作でのみ発生していて、その辺りは何度も検証済みってことで」

「原因は今も調査中ということですか」

「まァね。とはいえ、仮説が立っていないわけじゃないけどな」


 言葉は続けられる。


「“Augumented(オーグメンテッド) Sense(センス) Holder(ホルダー)”。うちのチームでは“ASH(アッシュ)”と呼ばれているプレイヤーたちは、“幻想世界”を現実と同様に知覚する能力、“拡張知覚(AS)”を持っていると推測される。彼らは“拡張知覚”による脳の認識と、サーバ上で処理されるデータとの差異を、視覚や聴覚、嗅覚などによって感じ取ってしまう。それが近接操作で行動偏重が起きる原因ではないか、と」


 お前は何を言っているんだ。隣を見上げれば、鳥飼君も理解が追いつかない表情をしている。


「つまり、えっと?」

「変な音が聞こえるとか臭いがするとか、サポート部が困惑するような問い合わせが何件か来てるんだよ。音はともかく、臭いまで表現するシステムなんて作ってねえってのに」

「単なる思いつきの話ではないと」


 サブマスターは頷いて、右手の人差し指を立てた。


坂槇智樹さかまきともきは隠蔽されたエリアの存在を“匂い”によって感知した。このステージの下に用意されている“封印迷宮”や、“花園神社フラワー・ガーデン”へと通じる隠し通路は、このイベント中には公表しない予定だった」


 続いて中指が動く。


栃之屋次弥とちのやつぐやは、近接操作での戦闘において通常は考えられない反応速度を見せている。接近戦が苦手な“妖術士ソーサレス”は相手の攻撃が届かない距離で戦うのが基本だが、彼はそれに反し、なおかつ成果を上げている」


 そして薬指。


喜多美咲きたみさきは“ASH(アッシュ)”の中で最も異質な存在だ。彼女はパラメータやフラグが変化しない“無駄な行動”を繰り返さないし、他のプレイヤーが見逃している隠しパラメータを順調に増やしている。彼女が何を知覚しているのかは完全に不明だが、運営上このまま放置するわけにはいかない」


 それだけ言って、彼は手を下ろした。説明は終わりということか。


「実証実験を行うのが一番だと思いますが、それができない理由があるんですか」

「“ASH(アッシュ)”に該当するプレイヤーは未成年の少年少女に限られている。その扱いは慎重に、というのが上からのお達しだ」


「なるほど。それで喜多さんのイベント参加に合わせて臨時のサブマスターになったわけですか」

「正確には、応募に合わせてかな。彼女は今回のイベントに関して当選確実だった」

「応募したのは前日だったみたいですけど」

「そうそう、参っちゃうよなァ。ギリギリになって申請が来ちゃうもんだから、調整に苦労したっての」


 鳥飼君の質問に答えながら、サブマスターは両手を膝の上に乗せ、俯いて溜め息をつく。


「で、特別枠で参加させた喜多ちゃんに、どんなペナルティを与えようっての?」

「それは無いって。自分の目的はあくまで観測と調査だし、可能性の芽を摘むような馬鹿な真似はしねえよ」

「なら、まあ、いいけど」


 彼女の勘がその“拡張知覚”によるものだとしても、非があるわけじゃないんだから。


 ◇ ◇ ◇


 ステージの調整を行っていた作業スタッフの一人が、サブマスターに近付いて耳打ちする。


「あー、了解。んじゃ、試験運転といくか」


 彼は近くに置かれていたバッグの前にしゃがみ込むと、中を漁り始める。しばらくして腰を上げた彼の手には、黒いゴーグル型のサングラスが握られていた。


「折角だから、おふたりサンに付き合って貰いましょうかね」

「何でしょうか」

「まァまァ、いいから」


 手渡されたサングラスは思っていたより重かった。指示されるままにそれをかけ、左側にあったスイッチを押し込む。

 僅かな機械音が耳元で鳴り始めるのと同時に視界全体が暗くなり、やがて暗い洞窟の景色が浮かび上がってきた。


「アカウント設定、位置調整完了。もう見えてるかな」

「ええ、見えてますよ」


 鳥飼君の声がする方を見ると、そこには黒い僧服の神官銃士ホーリィファイアが立っていた。周囲を見回せば、この数日間で何度も見た光景が広がっている。天井に空いた穴から僅かに差し込む光、足元には円形の祭壇。


「これって、ここ? じゃなくて祭壇の上なの?」

「正解。ちゃんと同期とれてるな」

「視界専有型のディスプレイは、公共の場での使用が制限されているはずですが」

「やだなァ、ちゃんと役所の許可は取ってあるって。開発チームから新型の実地検証を頼まれててさ。そんなわけで、鳥飼サン、そのまま北側の青い光の上に移動したってください。段差に気をつけて」


 祭壇の上をゆっくりと歩く神官銃士。現実世界でコードか何かを引っ掛けたら大惨事だしねえ。


「……立ちましたよ」

「あー、ちょっとズレてんな。どっちのせいだこりゃ」

「何がどっちだか知らないけれど、私はどうすればいいわけー?」

「あっと。三輪サンは祭壇の真ン中にどうぞ」


 薄暗い洞窟の中、祭壇の上を慎重に移動する。西口広場の喧騒と熱気に対して、見えている景色は静かで涼しげだ。


「これでいい?」

「どうも。こっちが正常ってことは、ハードが悪いんかな」


 サブマスターはぶつぶつと呟きつつも、私と鳥飼君の立ち位置を細かく指示していく。何度目かの移動の後、検証が終わったのかサングラスを外すことを許された。


「使ってみて違和感を感じたところとか、何か問題点とかあれば今のうちに聞いとくけど」

「いえ、特には。タイムラグは体感できませんでしたし」

「周りの音がうるさいと没入感は無いかなー、とは思うけど」

「こいつを使うのは静かな施設の中なんで、その辺は大丈夫かな」


 サングラスを受け取りながら、サブマスターは満足そうに頷いた。


 稼働試験を始めたらしい立体映像ディスプレイが、彼の背後、祭壇ステージの上に立つ神官銃士と獣闘士の虚像を映し出している。

 一瞬、獣闘士の狼の瞳と目が合ったような、そんな気がした。

> Next Day 4-1

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