開幕罵倒は悪役の嗜み
生まれ変われるならドウェイン・ジョンソンやジェイソン・ステイサムのようなカッコいいハゲになりたい(Amazon prime観すぎ)
〈Destiny Blood アップデート中…………アップデートが終了しました〉
昨日の夜に作っておいた新しい魔人を選択、今回はデスパレードだからマイルームはコンクリート丸出しの廃墟っぽい部屋だ。
家具らしいものと言えば、雑に使われくたびれているソファー、電気をどう引っ張っているのかわからないが冷蔵庫と、ごちゃごちゃしたケーブルが伸びているターミナルデバイスだけ。このあたりが曲がりなりにも世間と国家に認められているJEABDとの違いなのかな。
アジサイさんはもうログインしているみたいだけど、会う前に設定とアーツの見直しをしておこう。深夜のテンションで作り上げたからトンチキなことをやっているかもしれないし、冷静な頭での確認は必要だ。
「それじゃちゃっちゃと確認しますかね」
ターミナルデバイスで魔人のエディット画面を開けば、タイプ・スタイル、魔人の設定、外見、アーツの設定などをカスタマイズできるようになる。
エディット画面に浮かぶのは、お馴染みシャチの魔人。白と黒のオリジナルカラーはそのままに、黒い部分に赤いひび割れのようなスキン加工を施したものだ。
真面目にランキングを狙うのなら使い慣れたサードオルキヌスを改造して作ったほうがいいだろう、という結論に至った結果こうなった。タイプもスタイルもGTレクスとモロ被りのビースト・アタッカーだけど、これが一番しっくりくる形なんだから仕方ない。やっぱね、尻尾ですよ尻尾。
デスパレードにしたことで鰭にギザギザが入ったりして人相がちょっと悪くなったかな?スタイルもアタッカーにしたので若干マッシブな体つきに。それとシューターの時は鰭に指が生えている感じだったのに対して、ほぼ人間の腕と変わらないものに変化。これで殴り合いや掴み、投げ技がやりやすくなった。
ちなみにアップデート後すぐにネットに上げられた情報では、やはり全タイプ・スタイルのスタン攻撃性能は軒並み下方修正されていたそうだ。アルケミストの麻痺毒なんかはまだ使えるレベルではあるらしいけど、それら以外ではスタンをメインとした戦術を立てるのは難しいだろう。
沸々と怒りが再燃しそうだが、過ぎたことは仕方ないと割り切るしかない。今は新しく作った魔人の方が優先だ。
まずは設定とポリシー……昨日の俺よ、ちょっとこの設定はキツすぎやしませんか?少し修正しておこう、無理なく感情移入できるものでないとダメだ。
アーツは……移動攻撃系をもう少し盛ろう。あとは掴みからの投げ技をBP技に一つ入れて、細部をちょいちょいちょいっと弄りまして……うん、良くまとまったんじゃないか。
〈アジサイよりフレンドコールが来ています〉
なんというばっちりなタイミングだ。はいはい出るよ出るよ。
ブィン、と現れたメッセージウィンドウの【YES】をタップしてて通話開始。
「こんばんは、赤信号さん。どうでしょう、魔人の方は仕上がりましたか?」
「デスパレード分だけですが」
「ありがとうございます。こちらも協力者を見つけることができましたので、よろしければ昨日と同じ場所へ来ていただけますか?チームを組む以上、ある程度の打ち合わせは必要ですから」
「……わかりました」
「では、お待ちしています」
ふぅー……そうだよな、チーム戦だから顔合わせはやるよな。じゃないととんでもない事故を起こしかねないし、こればっかりは避けては通れないか。
「大丈夫、大丈夫だ。俺ならいける、今の俺ならやれる」
初めての人が怖いのは当然だ。だってその人は俺のことを知らないし、俺はその人のことを知らない。何を言えば喜んでくれるのか、何を言われたら傷つくのか、どんなことに興味があるのか。それを互いに知らないのだから、怖くて当たり前だと思う
だが俺にも友達ができたし知り合いも増えた。それは世の人から見れば微々たるような数かも知れないが、0と1は違う。俺は着実に成長し、変わっている。
「どんな人が来るのかはわからないけど、ここで逃げるわけにはいかない。……行こう」
この間ハンバーガー屋の注文で完敗を喫したけど、自信を持つのだ赤石信吾!実はまだリアルの顔見知りは青ときーちゃんだけだけど、胸を張るのだ赤石信吾!
覚悟を決めてマイルームからヒデオシティへと移動。一瞬の暗転の後に降り立った街は、アップデート直後ということもあって凄い数のプレイヤーだ。戦闘用マップよりもかなり広く作られているおかげである程度の余裕があるのは、人混みが苦手な俺にとってとても助かるね。
一日ぶりのカフェテリア・ユスティーツにたどり着けば、昨日と同じオープンテラス席に座って噂の助っ人らしき人と雑談しているアジサイさんが目に入った。やっぱりあの人よく目立つなぁ、おかげで助かるけど。あ、手を振ってくれてる。俺に気づいたみたいだ。
「こんばんは、赤信号さん。さっそく紹介しましょう、こちらが一緒にチームを組むツキクサです。私の現実の友人で下位の方ですがランカーでもありますので、実力は確かです」
「どうもどうも、ツキクサです。話はアジサイから聞いてるよ。よろしく」
アジサイさんが連れてきた助っ人は、どこか飄々とした感じの男性だった。
アバターとしては特徴の塊みたいなアジサイさんとは違い、アンダーリムの眼鏡をかけている以外は至って普通。三十歳手前くらいの顔つきで若干の釣り目。さらにビシッと決まったオールバックの髪型が、スマートなインテリヤクザのような印象を与える。
しかし類は友を呼ぶというか、ランカーの友達はランカーなんだな……足を引っ張らないようにしないと。
「よ、よろしくお願いしましゅ」
噛んだ。もう、ベッタベタな噛み方をしてしまった。誰かスコップがあるなら貸してくれ、自分用の墓穴を掘って埋まるから。もしくはタイムマシンでもいいぞ、三秒前に戻って自分をシバいてくる。殺せ、いっそこの世から消し去ってくれ。
「人見知りなんだっけ?ボクは気にしないから、ゆっくり慣れてくれるといいな。マイペースだよ、マイペース。ゲームの中で、それも勝負がかかってる場面でもないんだから。自分のペースでいこうじゃないか」
人類史上最もしょうもないだろう理由で自己の消滅を願っていると、菩薩のような穏やかさでツキクサさんが慰めてくれた。なんだこの人、いい人じゃん!
「騙されてはいけません、ツキクサは人に勧める以上にマイペースなやつです。警告するのが面倒だからという理由だけで味方ごと相手を攻撃しますよ」
はいはいそこまでとアジサイさんがツキクサさんをぐいっと横に押しやる。なんだ、ツキクサさんってダメな人なんだな!
「アジサイは素の状態だと固いねぇ。まあいいや、始めますか」
クルクル回る俺の手のひらはさておいて、打ち合わせが始まる。要はお互いの魔人について深く理解しあい、チームとしてのロールプレイの方針やらなんやらを決めてしまおうというものだ。
個人のポリシー、戦いに対するスタンス、呼び方や掛け合いのしかた、ロールプレイを崩さずに意識共有をするための合言葉や隠語……話し合わないといけない内容はたくさんある。はたして俺の精神は持つだろうか。ああ、チンアナゴに戻りたい……。
「こんなところで一通り情報共有は終わりかな?」
「素晴らしい時間でした……ランダムマッチで一期一会を楽しむのも良いですが、こうしてじっくりと設定やその他諸々について話し合うのもたまらないものですね。ね、赤信号さん」
「(緩慢に頷きながら光が消え失せた目で虚空を眺めている)」
お、終わった……のか?もう、喋らなくていいのか?『ぼくのかんがえたさいきょうにくーるなまじん』について根掘り葉掘り聞かれたうえに意見交換までして細部を詰めるという過酷な作業は、もう終わったのか?
アジサイさんのGTレクスとツキクサさんのアイシレリィの詳細な設定をもらえたのは良かったんだけど……労力とリターン釣り合ってる?釣り合ってるよな?釣り合ってると思おう、そうじゃないとやっていけない。
「お疲れのようだね、赤信号さん。イベントがタイムアタックなら、多少ロールプレイがおざなりになろうともタイムが出せればいいんだけどね。でも今回のイベントはスコアアタックだから、ロールプレイも重要な要素なのさ」
「もちろん他プレイヤーが観戦に来ることもあります。そこでキャラクターとしてではないプレイヤー発言ばかりでは萎えるでしょう?せっかくのイベントです、入念な準備をして楽しみ、楽しませましょう」
はい……と力ない返事をすることしかできない我が身の情けなさ。むしろこの人たちは打ち合わせの後の方が活き活きとしてないか?これがデスブラ一本に捧げてるプレイヤーと他のゲーム掛け持ちしまくりの俺との差か……。
でも、自らも楽しみつつ観戦者すらも楽しませようという気概はとてもいいものだ。GTレクスの持つビースト最強の称号はきっと多くの観戦者を集めるだろうから、そこで俺がしょっぱいことしちゃあダメだよな。
なに、背伸びしろってわけじゃない、こんだけ話し合ってみんなでこれでいこうと決めたんだ。だったら後は全力でプレイするだけってな。
「それじゃあとりあえず、初級から一通りやってく?」
「そうですね。肩慣らしとロールプレイの調整、ボルトレイダーの性能把握も兼ねて、まずはスコア度外視でゆっくりやりましょう」
ツキクサさんとはもちろん、アジサイさんとだって味方という立ち位置では初めてだ。簡単なところから慣れさせてもらえるのは嬉しい。
インターフェースをポチポチと操作して、イベント戦の初級に固定チームでの参加を行う。ランダムマッチングもあるけど、記録狙いならやっぱり固定だよな。
転送されたバトルフィールドは『半壊都市・ガンマシティ』。突如現れた新型魔人ボルトレイダーたちによって襲撃された、その名の通り至る所に破壊の痕跡があるマップだ。
……よし、気合入れろ俺。今からお前は赤石信吾でも赤信号でもない、デスパレード所属の魔人『クリムゾルカ』だ。近くにいる二人もアジサイとツキクサではなく、GTレクスとアイシレリィだ。
「魔人の匂いがすると思えば、テメェらも例の新型狩りかァ?先に言っとくが、美味いメシは早いモン勝ちだぜェ?」
暴竜を秘めるチンピラが凶暴な笑みを浮かばせると。
「相変わらず理性も知性もないようだな、GTレクス。本能と欲望だけでここまで生き延びられたことだけは褒めてやろう。なぁ、クリムゾルカ?」
眼鏡を押し上げつつ、皮肉を飛ばす冷血漢。
「すべての魔人はいずれ俺が始末する。今生きていようが大して変わりはない」
二人と目を合わすこともなく、俺が吐き捨てれば。
「ゲハハハハ、言うじゃァねェかカスどもが!ブチ殺してやりてェのはやまやまだが、まずは新型からだ。聞いた話じゃ五体いるっていうからなァ」
「腸は煮えくり返るが……構わない、お前たちはまた別の機会にしよう」
「フッ。脳味噌筋肉の暴れトカゲと復讐中毒の半魚人でも、さすがに数の差くらいはわかるようだな。いいだろう、新型の排除までは殺さないでおいてやる。では行くぞ」
これで俺たちの準備は整った。待っていろよボルトレイダーズ、襲撃を受けるのはお前たちの方だ。
……ところで、シャチは魚類じゃないってツッコんだ方がいいのかな?
アジサイ「罵倒の応酬こそが悪役チームでしょう!」
ツキクサ「そのとおりだ、多少の時間ロスは無視してでも開幕のやり取りは入れないと」
赤「(魔人全部を憎んでる設定にしててよかった……)」