海よ、俺は帰ってきた!(河)
今回からラオシャン二期です
とりあえず私の一番好きな魚からやります
俺の人生を変えた、いや人生そのものであるとも言えるフルダイブVRゲーム【ザ・ライフ・オブ・オーシャン】ことラオシャンには色んな都市伝説がある。
曰く、本当の開発元はゲーム会社ではなくとある研究機関である
曰く、たった1人のために開発されたゲームである
曰く、世界の海洋に関係する学者の半数以上が開発に参加している
曰く、本来はゲームではなく最高峰の海洋シミュレーターとして作られた
曰く、マンボウチャレンジをクリアした者は未だ5人に満たない
これらの他にも噂は多数存在するが、当然ながらラオシャンの開発・運営会社はまともに取り合っていない。1つのゲームとしてはあまりにも常軌を逸したリアルな海の再現がそこまでの話を生んだのだと、だいたいの人には考えられている。
そして俺自身はというと、ものスゴくどうでもいいの一言に尽きる。
開発元がどこだろうと誰かのために作られたものだろうと開発に誰が関わっていようと、今こうしてラオシャンを楽しく遊べている以上どうでもいい。誰であろうとラオシャンをこの世に産み出し俺の手に届かせてくれたことへの感謝は変わらない。
そんなわけで俺は今、シロサケとして繁殖のためにかつて自分が生まれた川への遡上真っ只中である。右を見ても左を見ても、なんなら上も下も前も後ろも鮭、鮭、鮭。心の弱い人がこの川の中に突き落とされたらショックで気絶するんじゃないかと思うほどの大群だ。
そしてこの大群、そのほとんどがNPC鮭なわけだが俺のようなPC鮭もそれなりにいる。今はまだ河口から少し上がったところなのでそこまで気を遣うことはないが、あるていど鮭慣れしたプレイヤーはしばらくしたらそのポジションを群れの中心付近へと調整し出す。
その理由はズバリ生き残るため。遡上が進み川が浅くなってくると熊などの捕食者に狙われ出すからだ。さらに大型の鳥類なんかも上空から襲いかかってくるため、群れの外側はかなりリスクが高い。
それなら誰も外側にいかないのでは?と思うが、中心だと段差や流れが急な場所だと周りの鮭に踏み台のようにされ遡上そのものに使う体力が増える。というか本当に運が悪いと押し潰され死ぬこともある。
そして何より、中心に引きこもるプレイヤーはイクラ野郎と呼ばれ臆病者扱いされる。なぜ侮辱の言葉がイクラ野郎なのかは『他鮭に大事に抱えてもらうように身を潜めるから』とか『ゲームですら勇気を出せないベイビー以前のエッグボーイ』だとか、なんかそんな感じらしい。あと単純に罵倒するときの語感がいい。
俺も何回か鮭の遡上はやっていて、スリルを求めてというか修行みたいな感覚でずっと群れの外側を張っていた。そのお陰か前回はついに熊へと一矢報いることもできたし、一回くらいはイクラ野郎も経験しておこうかな。
……と、思っていたのだが。
「俺たちはツイてるぜ!あの伝説の『熊殺しの暴れ鮭』こと鮭神赤信号さんがいるからなぁ!恐れるこたぁねぇ、突っ込んでいけやぁ!!」
「オウオウオウ、鮭神の前で日和るイクラ野郎はいるか!?いねぇよなぁ!?」
「熊も鷲もナンボのもんじゃ!鮭魂見せたらんかいぃ!」
「「「鮭神!鮭神!鮭神!!」」」
こんな感じでして。いや、前回のは跳び上がって熊の眼に尻尾ビンタを食らわせただけで殺したりはしていないのだけど。というかシャチでシロクマを食うならともかく、システム的に鮭で熊を殺すことは不可能だ。いったいどこで噂に尾鰭がついたのか。
こんな雰囲気の中、祭り上げられている鮭神がイクラ野郎になりますなんて言おうものならケジメに胸鰭の1つや2つは差し出さないといけない。そうなったらもう死が確定するので大人しく群れの一番外側で先陣切ります……。
「見ろ、言葉1つ発さずに自ら先頭を征く鮭神の姿を!」
「偉大ェ……アンタの背中は偉大すぎるぜ鮭神ィ!」
このノリは何なんだ、前回とは違う川の生まれを選んだがこれも地域差というやつなのか?まあ勝手に盛り上がってはいるが妙に敬意を持たれているのか馴れ馴れしく話しかけてきたりはしないから実害度は比較的低い。Howling In The Skyで戦った茶管の知り合いたちみたいなもんだと思えばそういうものかと理解できる。
さて、河口から結構泳いできたしそろそろ一回やっとくべきことがある。できるなら自分ではやりたくないが、人にやらせて情報を貰うなんて器用なことは俺にはできん。
少しずつ、しかし力強く体をくねらせ尾びれを振り、加速を重ねて向かうは日の光により白く輝く水面のその先。
(頼むから出た瞬間に鷲が飛んでくるとかやめてくれよ!)
全身のバネを存分に使い高く水面から跳ね上がった俺は、着水するまでの僅かな合間に見た周囲の地形を頭に叩き込んだ。猛禽類や熊などの捕食者たちの出てくるであろうエリアにどれほど近づいたかのチェックだ。
水深、底質、川辺の樹木の多さなどで危険地帯かどうかはある程度把握できる。唯一想定もできないのはいつでもどこでも急に出てきて理不尽に俺たちを獲っていく人間だけだ。
とりあえず喫緊の危険性はなさそうだが、もう少ししたら本格的に熊や狐なんかが出てくるだろう。周囲の鮭が少ないから人間の罠は簡単に見破れるのだけは先頭のいいところだな。
「パネェ……一切の躊躇いが無ぇ鮭神の跳躍、マジ全イクラ野郎に見せてやりてぇわ……王を超えた神だ、アンタに比べりゃ俺たちなんて養殖物よ……持って生まれた格が違ぇんだ…」
「諦めんじゃねぇ!今生は鮭神みてぇに熊公の眼ぇ刺してやるんだろうがよ!南の海みてーな温ぃこと言ってんじゃあねーぞ鮭泰ゥ!」
「鮭次の兄貴……」
「鮭神だってなぁ、最初っから強かったワケねぇ。いつだって諦めずにヒレを研いできたから伝説になったのよ。まるで鮭神が苦労もせず強くなったみてぇに言うのは失礼だろうが!」
「そっか、そうだよな兄貴……俺、諦めねぇ。諦めずに鮭神追いかけて熊公ブッ殺すよ兄貴!」
「そうだその意気だ鮭泰!気合い入れてけよ、鮭神は待ってくれねーからよ!」
知らん知らん、なんか俺の知らないところでドラマが始まってんよ。会話の8割くらいに鮭神の名前が出てくるのに当の鮭神なにも知らないぞ。つーか誰が鮭次で誰が鮭泰だよ、顔に個体差無いし鮭次も鮭泰も鮭やってるときだけのニックネームなのかそんなネームプレート掲げてるやついねーし!
ラオシャンの困るところ1つ挙げろって言われたらこの『自由すぎるから独自のノリで遊び出すやつが多い』ところになるかな俺は。よく分かんないロールプレイしてるやつが結構いるっていうか。押し付けてくるやつはほとんどいないからいいんだけど。
まあストイックに輪廻転生繰り返すのもゲームやってんのか仏陀目指してんのか分かんなくなるし、俺には合わないってだけでそのプレイスタイルを否定するつもりはない。数多と体験する海産物ライフに多少の味変を求める気持ちは分からなくもないから。
そんなことを考えながらしばらく泳いでいると次第に川が浅くなってくる。まだ産卵場所まで距離はあれど、本格的な遡上が始まったのだ。
さてさて一般的に日本の川は流れが速いとされ、そのため水が滞らず昔から綺麗な水がそこかしこにあり飲み水に困ることは少ない。
ではなぜ流れが速いかというと、簡単に言えば狭い国土のほとんどが山地だからだ。雨として大地に降り注いだ水は山々の木々で保水されるものの、1度地表に涌き出れば滑り落ちるように川となって海まで突き進む。向こう岸が見えないほど広く深いゆったりした川なんてのは狭く高低差が急な日本ではできにくいのだ。
つまり日本の川は『高低差が激しく』『流れが急で』『海(河口)から山までがすぐそこ』なことが多いワケよ。
で、これらを魚視点で見ると―――
「うぉおおお!流れが強ぇ!気合い入れねぇと上流にいけねーぞ!」
「クソったれが!俺の分まで次代を作れ、兄弟ーーーッ!」
「鮭蔵ォーーーッ!オジロワシの野郎、俺の兄弟をよくも!!」
「そろそろ熊公が出てくるぞ!浅くなって難しいが雌を中心に入れてやれ!」
「待てそっちに行くんじゃねぇ!そっちには人間の埋めた罠がっ!」
後方のあっちからもそっちからも怒号と悲鳴!まったく、日本は遡河回遊魚の地獄だぜぇーっ!
ちなみに遡上する時は鮭たちメシ食わねーから。人間で言えば絶食山道ダッシュ(登り)よ?子ども作るための道のりが厳しすぎるってマジで。しかも産卵・繁殖活動に成功しても力尽きて死ぬぜ!性経験がないことを笑い話にできる人間は恵まれてるぞ、一部の生物は経験ある=故人(?)だからな。
あ、いちおう言っとくと必ずしも繁殖=死ってわけじゃない。遡上前にたっぷり栄養をつけてきた体力満々のやつとか病気や寄生虫にやられてないやつとか、そんな理由で生き残るやつもいる。まあシロサケの場合、そんなのは1%いるかいないかだそうだが。ほとんどは体力を使い果たして死ぬよ。
おっと加速……危ない危ない、オジロワシに狙われてたか。日の光が一瞬遮られたからギリ感知できたわ。
「当然のようにワシ野郎の攻撃を避けた……さすがだ鮭神!」
「俺ら一生アンタの背中についていくぜーっ!」
「まあ俺らの一生はどのみちもうすぐ終わるんだけどな!ガハハハハ!!」
なんかもうこのノリが逆に楽しくなってきたわ。しょうがない、今回もしっかりたっぷり命張ってくか。どうせ死ぬならヤることヤってから死ぬぞ!俺たちのサーモン・ランはまだまだこれからだ!
前章でチラッと出た鮭vs熊です。鮭は次で終わります
オーシャンじゃなくてリバーじゃねぇかって?
それは鮭の遡上にゴーサインを出したラオシャン運営に言ってもろて…




