第四章 新入部員歓迎会
第四章 新入部員歓迎会
今日は新入生歓迎会の日。結局僕が恋に落ちたあの日以来、須藤さんと会う機会が来ないままこの日を迎えた。
僕は朝から緊張し、またウキウキしていた。どんな服装で行こうか、髪型はどうする?須藤さんのファッションを見る限りオシャレはしておくべきだ。
しかし、僕はそんなに服を持っていないし、雑誌に載っているようなコーディネートもできない。結局いつもと同じ髪型、いつもと同じ服で学校へ行くことになりそうだ。
部活以外の知り合いはまだオリエンテーションで知り合った最初の2人。この2人もおそらく田舎から出てきたんだろう、ファッションセンスや話し方が洗練されていなかった。あぁ、やはり類は友を呼ぶというのは本当だったのか。ん?決して木村と僕は同類ではない。それだけは断じて許さん。
木村は田舎育ちではなさそうだが、色々と相談するのは気が進まないので、持っている服の中では一番マシと思うものにした。
今日の講義は午後からなので、余裕を持って準備が出来る。昼食は学食で済まそう、と考えているところで携帯が鳴った。
「もしもし、どしたん?」
『今日の講義、確か一緒だったよね?昼飯でも一緒に食ってからどうかなと思って。』
噂をすれば、なんとかというやつだ。オリエンテーションで知り合った小野くんからのお誘いで今日の行動予定が決まった。
「そういえば草野くん、部活決めたんだって?なんでそんな部にしたんだ?」
当然と言えば当然の質問だ。僕はテニスサークルにしようかなって話をしていたんだ。この後、僕は小野くんに言語研究会に入った経緯について散々愚痴を言い、ついでに小野くんも木村の生贄にしようと誘ったが、かたくなに拒否された。可愛い子がいるんだろ?それで十分じゃないか、だって?それを上回りそうな厄災もいるんですよっ!
そしてどうでもいいが、小野くんは夢のテニスサークルで大学生活を有意義に過ごすらしい。
講義を2つ終え、僕は小野くんと別れて部室へ向かった。いよいよ歓迎会だ。散々愚痴ったが、確かに嫌なことばかりじゃないよな。テンションをあげていこう。と、その前にミーティングをするらしい。
ガチャ
「失礼しまーす。」
部室には武田先輩と見知らぬ小さな女の子が座っていた。
「えっと・・・」
「そうか、草野くんは会うのが初めてだったね。もうすぐミーティングだけど先に紹介しておくよ。彼女が2回生のレナちゃんだよ。」
おぉ、そういえば不覚にももう一人の女子部員を知らなかった。そのレナちゃんと紹介された女の子は、すっと立ち上がり、ペコッと頭を下げてくれた。
ちっちゃぁーぃ。身長は150cmを軽く下回るだろう。小柄な体型にメガネをかけた黒髪のショートヘア。瞳が大きくてあどけない顔つきが、より一層幼く見せている。
「長瀬麗奈です。よろしく。」
簡単に挨拶を済ませると僕の言葉を待たずに座ってしまった。
「あ、はい、よろしくお願いします。僕は草野拓斗、1回生で先日入部したばかりです。」
チラッと横目で僕を見て、「そっ」と短く言うとその後に続く言葉がなかった。
えぇ!?僕、なんか悪いことしましたか?こえぇ、この先輩こえぇよぉ。
そのときだ、いつも間が悪い悪魔の登場だ。
「僕様が来られましたぞー。おや草野、早いじゃないか。さては僕様の歓迎会が待ちきれないのだな?ういやつめ。あぁ、そこにいらっしゃるのは愛しのレナ先輩じゃありませんか!やっと僕様に会いに来てくれたんですね。僕様は待ちくたびれて、もーくたびれびれましたよぉ。」
出たっ、ザ・木村タイム始動。
「ちっ」
あれ?今レナ先輩、舌打ちしませんでした?しましたよね?なんだか外見と正反対のキャラが見え隠れしてますけど、僕、信じたくありません。
木村がうっとーしーのはわかりますけど、あっ、木村の視線がこっちに向いた。嫌な予感がする。
「くーさのーっ!今日はお前の部屋に泊めてくれーっ!いいよね?ねぇいいよね?むしろ僕様が泊まってあげる的な方向でグッジョブだよね。よし、今日は草野軍曹の居城で野営としゃれ込もうじゃないか。」
「お断りしますっ!」
「即答か!いいじゃんのぉ、ねぇ草野ぉ、僕様の一生に一度のお願いだよぉ。」
「出会って一ヶ月も経ってないのにいきなり一生に一度のお願いとか言うな。」
「僕様と草野に距離とか時間とか関係ないのだよ!」
「気持ち悪いわっ!」
「ひどくないっ!?」
ここで水島部長と須藤さんが一緒に入ってきた。
「廊下の先まで聞こえてるわよ。まあいいじゃない草野くん、君が1回生のまとめ役なんだから。」
ニッコリ笑って死刑宣告を告げた水島先輩。僕は今日というこの日を忘れませんよ。
あぁ、無邪気な笑顔で喜んでいる悪魔がいる。僕は今夜、この悪魔に魂をもっていかれるかもしれない。
パンパン
手をたたいて水島先輩がみんなに呼びかけた。
「さあ、全員揃ったところでミーティングを始めちゃいましょうか。」
「部長、篠田先生が来ていませんけど。」
「さすが副部長、いいところに気が付くわね。皆さんには後日紹介する機会があればいいんだけど、言語研究会には篠田先生という顧問がいらっしゃいます。顧問といっても名前だけで、部室に来られることはほぼありません。だいたい歓迎会や新年会、卒業式くらいかな?気が向いたときにたまに顔を出してくれることがあるので、見知らぬおじいちゃんが部屋にいたら先生だと思ってください。今日の歓迎会は多分忘れているんでしょう。物忘れが激しくなってきたって言ってたし。」
何気にひどい紹介だ。水島先輩はけっこう天然素材なのか?しっかりしてそうなのに悪気なく時々暴言が聞こえる。
簡素な長机を囲み、水島先輩以外が椅子に座った。
「さて、今日は、ミーティングといっても部活の説明をしてから歓迎会の詳細を伝えるだけです。まず、言語研究会とは何をするのか。文字通り言語、つまり言葉に関する研究です。非常にアバウトな説明ですが、言葉に関する研究であれば特にジャンルは問いません。今までも研究発表、あっ、そうだ、研究発表というのは年に一度の学園祭で、言語研究会としていくつか研究成果を展示します。そのテーマも後々みなさんと話し合いたいと思います。その歴代発表テーマには”外来語が及ぼす日本語への影響”といったものから、”アニメに出てくる○○な台詞”的な発表をしたものまであるので、自分にあったテーマを考えてもらうことができます。」
入部して初めてこの部活の内容を知らされた僕。思ったよりまじめそうだと感じたが、これは部員の個性によって大きく左右されるという現実を後に知ることとなる。
「日頃の活動としては、実のところありません。学園祭に向けて発表内容を徐々に形にしていくことと、年に一度個人別のテーマをまとめて顧問に提出するだけ。あとは”言語の研究”という崇高なテーマのもとに雑談しているってところね。これで部活の説明はお終いよ。次はお待ちかね歓迎会の詳細を発表します。副部長、お願いします。」
「では、もうすぐ17時なので、さっそく移動したいと思います。場所は駅近くのダイニングバー”ほんわか”というお店です。17時半の予約なのでゆっくり準備してください。ちなみに1回生は無料で、2回生と3回生で割り勘です。そして顧問から寸志をいただいています。」
おぉ、顧問のおじいちゃん、忘れていたわけではなかったようですよ水島先輩。あぁ、武田先輩から寸志を奪い取って中身を確認する水島先輩。そんなお姿は見たくありませんでした。
まだ時間があったが、特にこれ以上は話もないので、自然と会場に向かう流れとなった。ダイニングバーなのに”ほんわか”というなんだかしっくり来ないネーミングセンスに心配したが、店内は少し暗めの照明で、古い映画に出てきそうな雰囲気のあるお店だった。
『かんぱーい』
部長の挨拶が終わり歓迎会が始まった。席はクジ引きで決めることになっていて、生まれつきクジ運のない僕は予想通り須藤さんとは相反する席となり、代わりに悪魔がニコやかに隣に座っている。
「じゃあ最初は自己紹介からしましょうか。名前と趣味と、あと何かあれば一言お願いします。まずは私から。水島雪、3回生。家は京都市内で、趣味はお菓子作りよ。まあ一応部長やってるので、何かあったら相談してね。」
改めて水島先輩を見てみる。
身長は推定165cmでスレンダーだが出るところは出ている。揺れるロングのストレートヘアから甘い香りが漂ってきそうだ。ギンガムチェックのワンピースで、オシャレに疎い僕でも可愛らしいファッションだと思える。と考えていると武田先輩が立ち上がった。
「じゃあ次は僕だね。武田真弥、3回生。和歌山出身で・・・」
メガネ先輩の自己紹介はどうでもいい。ある意味では僕の敵だ。念のため外見をお伝えすると、背が高くてヒョロっとしている。以上終わり。早く次に行こう。
「長瀬麗奈、2回生。よろしく。」
はやっ!初めて出会った時と同じだ、などと思っていたら水島先輩が付け加えてくれた。
「レナちゃんは慣れないうちは無口に思えるかもしれないけどいい子よ。ちょっと正直過ぎる言葉が出ちゃうことがあるけど。私の勧誘で入部してくれたの。なぜか苗字で呼ばれるのがあまり好きじゃないみたいだから、1回生はレナ先輩って呼んであげてね。それと趣味は」
と言い掛けた水島先輩をキッと睨んだ、ように見えましたが、気のせいじゃないですよね?
「・・・機会があればレナちゃんから話してくれるでしょう。」
なんだ、言えないような趣味なのか?不思議だレナ先輩。幼い顔つきに赤い大きめのメガネ。そして小柄なうえに少々ロリっぽい服装。
「じゃあ変わりに僕様のエレファント・アイでレナ先輩のすべてをお見通ししてみせましょう。」
「見るな豚野郎。」
「なっ!なんて素敵なお言葉!僕様にぴったりじゃないですかっ!」
なぜに象の目で見通そうとする。象にそんな能力は、多分、ない。以前はイーグル・アイだったはずだが。そしてちっちゃなレナ先輩の口から出た言葉には耳を疑ってしまったが、その後の木村の反応がさらに僕の感覚を麻痺させていく。なんだこの人たちは?普通じゃないよな。あぁ、木村よ、公共の場で”もっと言ってください”を連呼するのは止めてほしい。
水島先輩の仕切り直しによって、自己紹介は1回生の番になり、恐るべき新入部員、木村の自己紹介というより、ただの暴走が始まっていた。
「木村1回生、神戸出身仮屋崎部屋、階級は総督です。」
関取かよ。しかも仮屋崎部屋ってなんだ仮屋崎って。あの仮屋崎的な意味でもあるのか。そしていつの間に総督になっているんだよ。
「僕様の趣味はいろんなジャンルを超えた猫の写真や動画を集めることだニャン♪」
「うそつけー!!」
思わずツッこんでしまった僕。そんなわけない。そんなわけが、ない。あるはずない。
「本当だニャン♪今度僕ニャン様のコレクションを特別に草ニャンだけに見せてあげるニャン♪そして、ニャ!ニャンと!先着3名の軍曹階級の方には特典として僕ニャン様が厳選した写真をプレゼント!しかも今なら送料無料だニャン!」
「着払いで送り返してやるよ。」
「ひどくニャいっ!?」
いやいや水島先輩と須藤さん、意外に可愛い趣味があるんだねぇ、とかこんなの木村の嘘に決まってるじゃないですか。騙されてはいけませんよ、この悪魔に。猫というオブラートで猫かぶっている醜悪なモンスターなんですよっ!
あっ、須藤さんの番だ。もう木村なんてどうでもいいや。
「えっと、なんだか緊張します。須藤夏樹、大阪出身です。趣味はショッピングと好きなアーティストの音楽聴くことです。あと話すことが好きなので、暇だったら適当に話しかけてください。」
ええ子やぁ・・・話しかけるきっかけをくださった。こんな子は他におらへんよぉ。今日もジャケットスタイルかぁ、ショッピング好きってことは、一緒に僕の服を見てもらったりできないかなぁ、などと妄想にふけっていると、不穏な空気を感じた。ふと見ると木村が立ち上がり、さらにとんでもない暴走を始めていた。
「草野軍曹、マダガスカル出身仮屋崎部屋、童貞18歳。趣味は幼女のストーキングと」
「ちょっと待てーー!!誰がマダガスカル出身だ!何が仮屋崎部屋だ!自分でちゃんと自己紹介します。」
せめて童貞じゃなくて独身と言って欲しかった。しかもストーキングって・・・
気を取り直して犯罪者的紹介を撤回するための自己紹介を簡単に済ませた。あぁ、周囲の目が僕を哀れんでいる。
散々なスタートとなった歓迎会だったが、その後はみんなと少しずつだけど話ができた。須藤さんとはほとんど話せなかったが楽しい雰囲気だったと思う。レナ先輩は相変わらず静かで、あまり会話が出来なかったが、水島先輩とはそこそこ話すように見えた。
そしてなぜか木村はそんなレナ先輩と水島先輩に勇敢に絡んでいき、須藤さんも交え楽しそうに話している場面が多かった。まあ半分は無視され、残りの半分はレナ先輩の暴言に思われるのだが。
必然的に僕はメガネ、いや武田先輩と話す比率が高かったのが非常に残念だった。
女性が3人いることもあり、遅くならないうちに歓迎会は終了し、すっかり忘れていたが僕のうちまで木村を持って帰らないといけなかった。人生初のいわゆる”お持ち帰り”がこの世で最も持ち帰ってはいけないお人になろうとは。
駅からそんなに遠くない僕のアパートは、関法大の学生が多く利用する学校推薦の物件だ。まだけっこう新しいのに家賃は安めにしてくれているから助かる。
そんな僕の1DKのアパートに着くと、予想通りというか、お約束というか、木村は部屋の物色を始めた。まだそんなに私物が多く揃っているわけじゃないので、とりあえず放置すると飽きたのか歓迎会での猫の話となった。
「草野軍曹おめでとうございます。こニョたび僕ニャン様のコレクション観覧特典が当選しましたニャン♪極々一部ではありますが、こちらをご覧くださいニャン♪」
と言って渡されたのは想像を絶するコレクションだった。
「猫は猫でもプッシーキャットやんけっ!!」
「おぉ草野、ナイスツッコミをサンキューフォーユー。見た目は子供、頭脳は大人の名探偵さえも迷宮入りになる難攻不落の事件を一瞬にして読み解くとは、さすが言語研究会1回生筆頭だ。しかし僕様はジャンルを超越した猫と言ったはずだよ軍曹殿。僕様はどんな猫でも差別することなく愛しているのだよ。」
怒りを通り越して呆れた。二次元のいわゆる同人誌というものだ。ジャンルを超えるにしても超えちゃいけない一線をはるかに数本越えちゃってます。
人の趣味に口を出すべきではないと思い、コレクションを丁重にご返却した。っつーか、なんでそんなもん持ち歩いているんだか。
結局この日、記憶が正しければ、午前2時過ぎまで木村タイムにつき合わされ、悪魔的初級乳入門の講義に続きレナ先輩の見所講座をご教授いただきました。
その2日後、僕の元へ裁判所への呼出状より恐ろしい郵便物が、ある意味予告通りに届いた。
透明のビニールで丁寧に梱包された、中身が疑いようもないくらい正直に見える状態の先着3名様に贈られる、ありがたい木村のコレクションだった。
何々、”妹の飼育て方”かぁ、へぇ・・・最悪だ。中身が丸見えって、某大手ネットショップと同じ過ちを繰り返さないでくださいっ!
おかげさまで僕は郵便物の集荷スタッフから配達員の皆様にまで醜態をさらしてしまったことになるじゃないか。
この時、僕の中で悪魔が目覚めた。18年の人生において見た事のない憎悪と憤怒、そして本物の悪魔と対決したことで眠っていた僕の中の真の悪魔を呼び起こしてしまったようだ。
クックックッ、木村よ、悪魔大戦争の始まりだ!この僕を、いやこの俺様を甘く見過ぎていたようだな。
俺様は届いた木村コレクションの封を開けることなく、宛先を木村の住所に書き換えてやった。そういや木村の下の名前知らないな。確か実家暮らしだったはずだが、まあ親に見つかって恥をさらすがいい。着払いを宣言していたが、受け取り拒否をされては困るからな。なんて頭が回るんだろう。これが悪魔の力かっ!?素晴らしい、素晴らしいぞ、意味もなく切手を10円余分に貼って即刻投函してやる!
あぁ、なんてすがすがしい気分だ。俺はもう人ではなくなってしまったのだ。後悔などしていない。後悔するのは貴様だ木村っ!!
2日後、木村コレクションは宛先不明で再び僕の居城へ帰っていらっしゃいました。なぜっ!?完璧な作戦だったはずが・・・
はっ!!もしや郵便物に記載された木村の住所がまさかのフェイクだったのか!?ヤ、ヤツは別格の悪魔だったというのか・・・
そして僕はもう配達員さんと顔を合わすことはできない。
悪魔大戦争 惨敗




