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第五章 合宿

第五章 合宿


歓迎会の日以降、部室によく顔を出し、少しずつ馴染んでいった僕だったが、講義の時間割りのせいか須藤さんとはあまり出会う機会がなかった。

水島先輩や武田先輩はとてもいい人で、そこまで社交的じゃない僕でも気兼ねすることなく話せるようになっていた。

そして意外とレナ先輩も、あの時の疑いたくなるような言葉を発することはなく、普通に話せることがわかった。どうやら敵視している者、つまり木村に対してだけ警戒心がマックスになることがわかってきた。僕の知らないうちに何かあったのだろう。まあ、あの悪魔が問題を起こさない方が不思議ではあるが。


そんなわけで須藤さん以外とは打ち解け始めていたので、なんとか須藤さんともっとお近づきになりたいなぁと思っていた矢先、思ってもみない人、つまり木村であるが、こんな提案をしてきた。

「皆々様、ぜひ僕様のお顔にご注目ください。・・・ぃゃん、照れるじゃない。」

「鏡見てから言いなさい。」

おぉ、出た、レナ先輩の棘のある一言。このときばかりは本当に怖いですよレナ先輩。どうしてもその愛らしい容姿に似合わないです。

しかし木村はそれくらいで凹む男ではない。むしろ悦び、そして萌え、ニヤニヤとしている。

「鏡を見たら僕様が僕様にフォーリンラヴしちゃうじゃないですか。それは困るんですよねぇ、以前にひどい目に合いましたから。それはそうと僕様から素敵な提案ですよぉ。部員の親睦を深めるために合宿に行きましょう。これは決定事項です。しかしご安心を。費用は全額僕様がご負担いたします。」

「ちょ、ちょっと木村くん、合宿の提案はいいけど、費用を全額って・・・」

「ご安心を水島先輩!先週のGWにアルバイトをしちゃいまして、けっこうな額をいただいたため、お客様感謝還元セールを行う不始末でございます。」

不始末ってなんだよ。おいし過ぎてあやし過ぎる提案だ。誰がこんな提案を・・・

「あら、そうなの?じゃ、お言葉に甘えて計画を考えましょう。皆さん、どこへ行きましょうか?」

「ちょ、ちょちょちょちょっと水島先輩!?いいんですか?一人の部員に費用負担させて。そして木村の提案ですけど・・・」

「親切な木村くんが部に寄付してくれるんでしょ?何も問題ありません。合宿先はみんなで決めれば問題ないでしょう?」

わ~、受け入れちゃったよ。この人は純粋なのかなんなのか、僕は不安でたまりませんが。ほら、レナ先輩の表情を見てくださいよ水島先輩っ!とっても険悪な空気を放出していらっしゃいますよっ!

「じゃあせめてその合宿費用をまかなえるほどのバイト内容くらい確認させてくださいませんか?」

「草野は心配性だねぇ。これだから肝っ玉が小さいと、ん?玉玉が小さいだったっけ?まあいいや。別に犯罪で得たお金じゃないですよ。知り合いの会社から、とあるプログラミングデータのチェックを頼まれましてね。期限内にPC50台分、1台につき1万円の報酬という魅力的なバイト。さすがに僕様一人じゃさばけない量があって、本当は6、7人くらいで作業するつもりだったんだけど、僕様いいこと思いついちゃって。徹夜でぶっ続けのバイトで10万円という内容で下請けに出したわけです。そして僕様自身も不眠不休で、その結果2人でやり遂げ、僕様はめでたく40万円をゲットしたわけでございますぅ!ね?汚れのないお金でしょ?」

なんてヤツだ。た、確かに汚れてないけど、やり方が汚いというか姑息というか。その10万円で釣られた人があまりに不憫だ。

「あ、もしかして酷いことするヤツって思ってますね?ご安心ください皆様。下請けしてくださった方も金欠だったのか10万円で飛びついてきましたし、何より今回の提案によってその恩恵を受けることができるのですからっ!」

ん?どういうことだ。

「木村くん、もしかして下請けって武田くん?」

「ピンポーン!ご名答です水島先輩。部屋の隅のソファで気持ちよさそうにご就寝中の武田閣下でございます!ちなみに先ほどの件は本人の精神を崩壊させないためにご内密にお願いします。」

『この悪魔ー!!』

みんなの気持ちが一つになった瞬間だった。


というわけで、合宿費用は全額木村負担となり、土日を利用して初合宿を計画することになった。

きっかけは忘れたことにして、合宿自体は楽しみである。今まで中々話す機会がなかった須藤さんとも仲良くなれるチャンスだ。

武田先輩には悪いが一応木村には感謝してしまう僕がいる。

結局、合宿の行き先は学校が所有する保養所となった。格安で利用ができるうえ、いろいろと便利な施設らしい。

水島先輩はもっと豪華に行きたかったらしいが、目を覚ました何も知らない不憫な先輩が許可しなかった。

いくら不当に得た金とはいえ、木村個人の金である。常識ある人ならすんなり受け入れるのは無理だろう。

しかし武田先輩がいなければ僕も常識人ではない選択をしていたと思うと、これはやはり木村の影響なのだ、と言い訳をしておこう。


合宿前日、特に準備するものはないと聞いていたが、学校の帰りにドラッグストアへ行き、胃薬と頭痛薬を買っておいた。

せっかくの楽しい雰囲気を味わえないのはもったいないし、備えあればなんとかとも言うしな。

やはりこれは合宿への大いなる期待が僕を突き動かしているのだろう。

さて、あとは大問題の悪魔を避けつつ須藤さんと仲良くなる方法をいくつか考えておかなくては。

そんな妄想にふけりながら帰宅したときだった。

んなっ!?へ、部屋の鍵が開いている!?ど、どどど泥棒に入られたのかっ!?

まだ部屋にいるかもしれないという考えもあったが、焦った僕は勢いよくドアを開けて踏み込んだ。

そこには・・・

「どどどどうして君がここにいるのかな?」

紛れもなく悪の化身、木村が存在しており、優雅にイチゴみるくを飲みながら僕の漫画を勝手に読んでいる。

ははぁ、これは僕の妄想が作り出した幻覚だな。もしくはいつの間にか魔界から本物の悪魔を召喚していたというのか?本物の悪魔の容姿はやはり木村と同じだったのか。などと自分でも混乱してきたことが理解できるくらい状況が飲み込めない。

「やあ草野、遅かったじゃないか。僕様は待ちくたびれてお腹が空き過ぎて乳首と肩甲骨がくっついちゃいそうだよ。」

なぜこいつはいつも乳首と言いたがるんだ。

「そうじゃなくて、鍵、かかってなかったか?僕は君と違ってデリケートなので、いつも施錠のチェックを何度もしてしまう性格なんですけど。」

「草野は見るからに神経質っぽい乳首してるもんな。鍵は開けて入ったに決まってるじゃないか、何を言っているんだ君は。」

「何を言っている、はこっちの台詞だっ!だいたいお前に乳首を見せた覚えはないし神経質そうな乳首なんてねぇよ!そして僕自身合鍵を作ってもないのに開けられるはずないだろっ!」

「歓迎会の前日の熱い夜を覚えていないの?ひどいわ、あんなに激しく燃え上がった二人だったはずなのに。僕様あまりに興奮して草野が寝てる間に乳首を写メに撮っちゃったの。」

「すぐに削除したまえ。お前が持っていると変なことに使われそうだ。」

「安心しろ。すでに僕様のブログにアップしてある。タイトルは、ひ・み・つっ♪」

「なんてことしてくれちゃってんのっ!?被写体の育ての親である僕の承諾もなしに勝手にワールドデビューさせないでくださいっ!!ブログごと滅失させていただけませんかね。そして鍵ですよ鍵、どうやって入ったんですか。あっ!ピッキングだな?この犯罪者めっ!」

「失敬なっ!僕様がそんな犯罪に手を染めるわけないじゃないかっ!ピッキングなんてめんどくさいことはもうしませんよ。ちゃんと鍵がありますよ、ほらここに。」

「???」

「この部屋の鍵ですよ。悪いかなとは思ったんだけど、ん?思ったっけ?まあいいや。僕様と草野の関係からすると持っていても不思議じゃないから作っちゃいましたよ。」

「作れるわけがない。僕はお前にこの鍵を触らせた覚えはない。そんな自殺行為に等しいことは全力で阻止している。」

「草野が寝ている間にね、キッチンの引き出しに置いてあった鍵をちょっとお借りして、ピ---(自主規制)---を使ってピ---(自主規制)---しておいたんだ。あとは簡単、ちゃららちゃっちゃちゃーん!ほらこのとおり。」

「そ、そんなバカな・・・どの家庭にでも置いてある、そんなもので鍵が複製出来るというのか・・・嘘だろ?そしてどっちにしても犯罪だこの咎人めっ!不法侵入で通報するぞ?さあ、鍵を渡せ。」

「おやおや、不法侵入?君が善意で僕に渡したと証言すれば僕様が勝手に作ったなんて誰が立証出来るというのだい?ふはははは、それにこの鍵を渡してもいくらでも複製できるのだよ草野くん!」

僕は完全に悪魔に取り付かれ、精魂尽きるまで生気を吸い取られるのだ。

ああ神よ、なぜ主はこのような試練を与えたもうたのですか?


その後、悪魔の教えるチラリズム講座は上の空だったが、合宿前日なので朝早く出られるよう泊まりにきたと言っていた。明日の集合時間は午前9時。別に早くもなんともない。

合宿を実現させた木村に感謝していた自分を戒めてやりたい。やはりこいつは悪の権化なのだ。

これから僕はなんらかの方法でこの部屋に魔除けをしておかない限り、不定期にサタンの召喚を許すことなるという由々しき事態を打破すべく、可及的速やかに神槍グングニルを入手しなければ。初代の聖剣は役に立たなかったし。


翌朝、無事(?)目覚めることができた僕は木村と同伴で大学へ向かった。木村があまり話しかけてこなかったので、比較的スムーズに到着しのだが、その様子が嵐の前の静けさであるような気がしてならなかった。そして木村のリュックが異様に大きいことも気になったが、どうせまたコレクションでも詰めてきたのだろう。

それにしても木村のファッション、タンクトップにデニム地のボタンシャツ。それにチェックのパンツにブラウンの靴。アンドリュック。オタクファッションでしょうか。なんだか独特な感じがするのですが、神戸ではこれが流行りなのでしょうか。

などと考えているうちに待ち合わせ場所に到着した。

そこには既に部員が待っていて、僕たちが最後の到着だった。

「さ、これで全員揃ったわね。少し早いけど出発しましょうか。」

あれ?篠田先生がまだのようだけど、先に行ってるのか?

「水島先輩、合宿に顧問は付いてこなくて大丈夫なのでしょうか?」

「あ・・・」

「安心したまえ、僕がすでに連絡して手続きは済ませてある。顧問は今日、講演会だったか研究会だったかで顔を出せるかどうかわからないそうだ。」

「さすが副部長。頼りになるぅ。」

「部長はもっとしっかりしてください。」

「と、とにかくこれで準備は整いました。しゅっぱーっつ!」

こんなんでいいのだろうか、と考えながら駅に向かった。

と、その直後、どうしようもない僕に天使が降りてきた、なんて歌が小さい頃にあったような気がするが、降りてきたのだ。

つまり、振り返ると、その背景には太陽の光を反射する窓がたくさんついた学び舎があり、その光の渦の中でも負けなくくらい輝いている須藤さんという名前の天使と目があった。と思ったら小走りに駆け寄ってきてくれたのだ。

僕の胸が急スピードで高鳴る。鼓動が周囲に聞こえているんじゃないかって思うくらいうるさく乱舞している。

「楽しみだねっ、合宿。草野くんは何を持ってきたの?あたしは張り切ってお菓子とかボードゲームとか持ってきちゃったよぉ。」

無邪気な笑顔が眩しくて目が開けられないっ!探していたグングニルは僕の心臓に刺さっているんじゃないのか?苦しくて息が出来ないっ!

「そうだね、楽しみで昨日(木村のせいだけど)中々寝付けなかったよ。さすがにボードゲームは持ってきてないけど、胃薬とか準備してるよ。」

「そういや昨日木村くんが来てたんだってね。二人は仲がいいんだね。」

「仲がいいというより無理やり付き合あわされてる感じかな。ほら、木村ってあの性格だからこっちのことはお構いなしなんだよ。」

「それは草野くんのことが好きだからじゃない?草野くんといるときの木村くんって、とっても楽しそうだもん。」

「出来れば願い下げしたいところだけどね。彼と知り合ってからまだ二ヶ月程度だけど、トラブルは二年分じゃ足りないくらい持ってきたんだよ?」

「あはははっ!面白いよねっ、想像できないことしちゃうっていうか、いつも一つ上を行くっていうか。次は何をするのかなってつい期待しちゃうあたしがいるの。」

その矛先の半分以上がこの僕なんですけどね。

そんな会話をしながら電車に乗り、保養所に到着するまで至福のときを過ごした僕は、後で思い返せばこの時が一番幸せだったのかもしれない。


「さあみんな、ここが今回の合宿で利用する保養所だ。基本的に出入りは自由だが、夜8時から朝6時までは玄関に鍵がかかるので注意するように。裏口などもないからな。携帯を持っていれば中にいる人に連絡してなんとかなるけど、手ぶらだと朝まで野宿になるぞ、2年前の僕のように・・・」

武田先輩・・・わざわざ言わなくてもいいのに。

保養所というのはもっとボロい施設と想像していたが、まるで小さなホテルだ。外観も綺麗でまだ建ってからそんなに年数が経過していないようだ。大きなガラスの自動ドアから見えるロビーには赤いじゅうたんが敷かれていて、僕の地元だったら高級ホテルとして営業できそうなくらいだ。

「こんにちは、お願いしていました言語研究会です。2日間お世話になります。」

「いらっしゃい水島さん。久しぶりね。」

出てきたのは保養所の管理人さんのようだ。まだ30代後半くらいに見える背の高い女性だった。

「おぉおおお!乳神様じゃあ、なんと神々しい・・・」

「こらっ!拝むんじゃありません、御利益はありませんよ!ちょっと木村くん止めなさい!」

あぁ、始まった。確かに管理人さんのは大きいけど、なんだよチチガミサマって。生き神様みたいに言うんじゃないよまったく。

「ほれ夏樹や、お前も拝みなさい。その慎ましやかなお胸が等価交換の法則を無視して世界の摂理に抗ってくれるかもしれんぞよ。」

「BIGなお世話だこの変態っ!!」

おお、ナイスツッコミ。あぁ、須藤さんがプイってしてるのも可愛い。

「しかしレナくん、君は拝んではいけないよ。君のサイズは手の平サイズ。ちょうどぴったりと納まる神の領域なのじゃ。太古から崇め奉られてきた三種の神器の一つなのだよ。」

「死ね。」

「あぐっ!相変わらず辛口じゃのぉレナくんは。ところで草野くん。」

はっ!?なぜこちらにっ!?残り二つの神器もぜひ聞かせてほしいと思っていたところで突然のご指名。

「辛口とは関係ないが、”草野くん”と”濃い口”を掛け合わせ並び替えると、”チンコくさいの”になるけど、それが何か?」

「ホンマ関係ないっ!!マジで死ねっ!!」

「あっはっはっはっはっ!今年の新入部員は面白い子がいるねぇ!これくらい拝めばいいよ、減るもんじゃないしどんどん拝みなさい。」

「おぉおおお!現人神が降臨されたぞぉ!あひぃっ!!」

レナ先輩が靴のかかとで思いっきり木村の足を踏んだ。転がりまわっている木村の顔は、気のせいだろうか、嬉しそうだった。


そんな波乱の幕開けとなった合宿だったが、昼食を終えると言語研究会らしく”言語”についての討論の時間が設けられていた。

「・・・というわけで言葉による脳への影響についての討論は以上で終わります。時間的に次が最後ですね。何か議題はありませんか?」

「はーい。僕様のお考えを聞いてくれたまへ。”言葉”とは、ご存知のとおり声帯が震えることで空気を伝わる音が、相手の耳に届き理解されることで意味を作りあげます。しかし、その言葉を発する直前、動物は何を発し、何を伝えようとするのかを思考します。思考は脳内でシナプスを流れるパルスであるという前提にはなりますが、もしこのパルスを遠隔的に読み取ることが出来れば、それはつまり相手の考えを瞬時に理解しうるということになります。いわゆる”悟り”と呼ばれる能力はこのような理屈と僕様は推測しています。これを解明すれば嘘をつけない非常に清らかな世界に一歩近づけると思うのですが、この説についていかがでしょうか。」

なんだか小難しいことを言い出した。木村とは思えない真面目そうな内容だがまったく理解できない。僕は木村の脳を流れるパルスに触れることは永遠にないだろう。

「ん?みなさん何を固まっているのですか?せっかく僕様が議題を出しているというのに。では結論を申し上げましょう。現代においては当然ながらそのような技術はありませんが、一部研究している機関もあると聞いています。遠い未来において革新的に技術が進歩し、小型化した装置でパルスを交差し合えることができるようになれば、当然ながら問題も多々生じるでしょうが、今と大きく異なる世界が幕を開けるのです。なんせ僕様の思考が周囲の皆様に垂れ流しとなるわけです。なんとも興味深い。例えば一方的にパルスを送り出す技術が先に産まれた場合、僕様が装着することで僕様は周囲に脳の裸体をさらけ出し、これ以上ないくらいの辱め、いや露出プレイをしちゃうことになるのですっ!そんな逆陵辱人体実験被験者特権を手に入れるべく、僕様は未来へ行くため冷凍保存されて裸体をさらしたまま木村記念館で展示され、100年の時を越える少女になりたいのでありますっ!二重においしいっ!」

僕が責任を持って解凍技術の開発を阻止します。なんだか真面目そうだと思った僕がバカだった。やはり木村は木村。お前のパルスが街中に垂れ流されたら環境汚染や被爆どころでは済まない。もはや人類滅亡級のディザスターである。

「はい、では今日の勉強会の時間はこれで終了し、6時まで小休憩してください。」

「はぅわっ!放置プレイっ!?」

「そうそう、6時からは親睦会が延々と続くかもしれないから、気になる人は先にお風呂を済ませておいてね。あと、明日の午前中は武田くんから”アナグラム”についての発表をしてもらう予定にしてるけど、今夜寝不足でしんどい人は欠席しても許しますので、親睦会は手を抜かないようにね。」

「ぶ、部長。僕の研究発表の扱いひどすぎませんか。」

「では解散。」

「僕まで放置プレイっ!?」


僕は言われたとおり風呂を済ませておくことにした。大きな共同浴場があると聞いていたので探してみるとすぐに見つかった。武田先輩はうなだれているし、木村は水島先輩に付きまとっているので、僕の独占状態となるはず。ちょっと贅沢な気分が味わえそうだ。


シャワーを浴びながら浴場を見渡す。シャワー席が5つ付いた、アパートの浴室2.5個分くらいの大きさのお風呂だ。期待していたほどの大きさはないが、浴槽が豪華にも石で造られている。そういえばここはホテルではなく保養所だったことを忘れていた。

夕食を兼ねた親睦会はきっと普通の飲み会なんだろう。席がどうなるか、ここはまさに神頼み。あまり神様というものを信じていない僕ではあるが、ついつい祈ってしまう。

「ほほう、僕様を崇め祈り奉るとは超いい心掛けではないか、くーさのーっ。」

「ばばば馬鹿なっ!?いつの間に風呂にっ?しかもなぜそんなところに登って仁王立ちしている。汚物を見せるな汚物を。」

「僕様の聖剣を汚物と呼ぶとはいい度胸だ。たたき切ってやろうか?それに草野が祈りを捧げているからわざわざ僕様がここに登ってやっているのになんだその言い草は。」

聖剣を求めるのは金輪際止めようと決心した僕であった。

「おい草野っ!僕様を無視して洗髪を始めるんじゃない。」

「隣に来んなよ。他に空いてるだろ。」

「そんなことはどうでもいい。それより草野、君は未知のエネルギーを感じたことがあるかね?」

「は?あるわけないだろう。」

「僕様が特別に体験させてやろう。そのためにわざわざ持ってきてやったのだからなっ!」

「・・・トニックシャンプーじゃん。」

「よく知っているじゃないか。ではその用途もご存知かな?実はこれはただのシャンプーではないのだ。この世に存在しないはずのエネルギーを呼び出すための媒体なのだ。見ておれ弟子よっ!」

そう言って木村は普通にシャンプーを始めた。そしてその泡立った媒体をご自慢の聖剣にたっぷり与えたのだった。

「そうだ草野、このまま数分放置すればどうなるか分かるな?これがトニックの威力!まさに鋭気を与えたもう媒体なのだっ!そしてエナジーがマックスに達したときに冷水をシャワーすれば、僕様は空を飛ぶことも不可能ではないっ!」

そりゃあスーっとするだろうが、完全に用途がおかしい。そもそもそこに使って大丈夫なのだろうか。

「きたきたきたきたーっ!エクトプラズマーっ!!あひゃーっ!」

さて、お湯がたっぷりの浴槽につかり奇行を傍観していたが、まあちょっと面白い。ここまで来ると同じ生き物とは思えない。あ、そうだ、悪魔だったか。

木村が浴槽に侵略する前にさっさと上がろう。

脱衣所で着替えている最中、奇声と僕の名前が聞こえていたようだがヤツが上がる前に部屋に戻ることにした。ちなみにこの保養所、なんと期待していなかった鍵のかかる個室があり、おかげで木村と同室は避けられ、今夜は安眠できそうだ。

と廊下に出ると、ちょうど風呂からお上がりになられたと思われる女神に遭遇した。なんだこれは!これが伝説の”渇ききっていない潤い残ってる髪”というやつなのか!?これが伝説の”風呂上がりのシャンプーの香り”というやつかっ!噂には聞いていたが、聞きしに勝るこの威力!ヤバイっ!もっていかれる!!

君こそがまさに女神アストライアだ。僕は木村というパンドラの箱を開けてしまった愚者。そして君はそこから出てきた最後の希望。などとバカなことを考えていたが、この間、僕時間で推定2.1秒。しかし不信感を与えるには十分な時間だったようだ。

「何そんなにじっと見てんの?草野くんのエッチー。」

少し尖らせた口元に人差し指をあて、上目使いでいたずらっぽく微笑むその仕草。僕の今の経験値では防御不可能技だ。これで大きめパジャマを着ていたら僕はきっとHPゲージが吹っ飛んでいただろう。

「そ、そんなつもりじゃないよ、ちょっと」

『くーさのーっ!!どーこ行ったーっ!僕様の新生キューティクルを拝見したまへよぉ!』

「あはははっ!木村くんが呼んでるよ。また後でねー。」

あぁ、僕の女神が去っていく。去り際に残された最後の香りを頂戴すべく、僕は懇親の力で息を吐き出した。

その刹那!なんということだ、毎度のことだが悪魔が僕の前に立ちはだかり、僕の壮大な野望を打ち砕こうとしている。いつの間に現れたんだっ!

まずい、このままでは僕の肺に兵器級の病原菌を送り込むことになってしまう。それだけは回避せねばっ!神よ、今こそ我に力を!時よ、止まれっ!

「・・・・ごふっ」

無駄だった。当然だ。僕に時間を止める能力は、今のところない。木村のキューティクルから醸し出されたトニックのちょっと爽やかな香りが僕の肺を侵していった。


「それでは、堅苦しい挨拶は抜きにして、今回の合宿のメインを始めましょう。一応言っておきますが未成年はお酒を飲まないように。」

『かんぱーい』

保養所の宴会用スペース、と言ってもソファとテーブルが設置されたロビーみたいな場所で親睦会がスタートした。席は念願の須藤さんの隣となったが、逆に緊張してしまう情けない僕。しかし今までのようなポジションを繰り返すわけにはいかない。これを期に僕はレベルアップを果たすのだ。

「あれっ?須藤さんが飲んでるのってアルコール入ってるんじゃ・・・」

「うん、そうだよ。いいじゃん、硬いこと言わないの、ねっ?」

といって軽くウインクされた僕は赤面しうなずくしかなかった。もしかして女神様じゃなくて小悪魔様だったのか?だとしたら僕は完全に取り憑かれてしまったようだ。もう目をそらせない(恥ずかしくてそらしてますけど何か?)。

それから僕らは他愛もない話で盛り上がり、僕は女の子との会話スキルが上がっていると勝手に勘違いしてしまうほどだった。

「そういえば木村くんが静かだね。どうしたのかな?」

僕はあまりに夢中になっていたせいで周りの変化に気付かなかった。見渡すと水島先輩の近くで少し青白くなって木村が転がっていた。まあいいや。

水島先輩は少し離れた場所でお酒を飲みながら武田先輩と何か真剣に話している。おっ、その水島先輩の膝に丸まって、まるで仔猫のようにゴロゴロしてるのはレナ先輩じゃないか。あぁ、先輩、見えちゃいそうです。

ここはぐっと我慢(?)してジェントル草野を演出すべく、ブランケットを持って立ち上がり先輩方へ近寄っていった。

「やあ少年、どうした?僕らの会話に参加かな?」

「いえ、レナ先輩にこれをと思って。」

「そうね、確かにこのままじゃ可愛いシマシマが見えてしまうわね。気が利くじゃない。」

し、しましまなんですか!?ぜひ拝見したい衝動を必死で抑えながら、仔猫のように頭を撫でられているレナ先輩にブランケットを掛け、ついでに木村にも適当に掛けておいた。後で風邪を引いたではないか、なんて僕のせいにされたらたまったもんじゃない。

「早く夏樹ちゃんのところに戻ってあげたほうがいーんじゃない?こっち見てるわよ?」

この合宿を期に須藤さんを名前で呼ぶ部員が増えた。僕もそうしたいが経験値の低い僕はきっかけがつかめない。何か特殊イベントが必要なのだ。

「戻りますよ、先輩方のお酒の勢いにはついていけませんから。」

「そうそう草野くん、このままじゃ君は夏樹ちゃんと友達以上にはなれないよ?なぜだかわかる?君は人間的に無味無臭なの。」

「は?無味無臭、ですか。それはどういう・・・」

「フェロモンがないってことよ。異性、まあ同性もだけど、人を惹きつける要素の一つでしょ?それがあまりに薄いの。今までも”いい人”って言われた経験あるでしょ?なぁい?」

ぐぉっ!エスパーですかっ!?なぜ高校時代の僕のポジションを知っているんだ。ちょっと天然系と見せかけておきながら、なんと的確なご指摘。あなどっていたよ水島先輩。

「じゃあどうしたら身につきますか、そのフェロモンってのは。」

「んー、やっぱり経験じゃない?もっと積極的にいろんなことしてみなきゃ。世間の波に揉まれながらイイ男になるんだぞ、少年。」

そうか、やっぱり経験が大事なんだな。僕に圧倒的に不足しているものだ。お酒で気分を良くしている水島先輩は普段見るお姿より色っぽさを感じる。これがフェロモンというヤツなのか。それに比べ武田先輩は、ないな。うん、何もない。とここで武田先輩がアドバイスを僕にくれようとしたらしいが。

「そうだぞ、くさ」

『お前が言うな。』

「ひどくないっ!?」

オチもついたところで元の席に戻る。

「おーそーいーっ!」

ホッペをぷーっと膨らませ怒ってみせる彼女の表情は、またしても僕の心臓を鷲掴みにしてしまう。これはヤバイです先生。この表情を切り取って世界中の赤信号の変わりにすれば間違いなく信号無視がなくなり、ついでに戦争もなくなるに違いない。

「ごめんごめん、ちょっと酔った先輩に捕まって。それより須藤さんはどうしてこの部に?」

さらっと言えたが実はずっと聞きたくてたまらなかった質問だ。木村から経緯を聞こうとしても、あんな性格だからまともに答えが返ってくるとは思えない。ここで直球勝負するしかない。

「木村くんから聞いてないの?そうだね、いつものあんな調子で声を掛けられて、やっぱり最初は何この人って思ったんだけど、つい笑っちゃって。それで話してると面白くなってきて、一緒の部に入ってもいいなぁって。」

ん?これはまずい展開か?まさかね。

「確かにちょっと強引で変なヤツだよね。僕は無理やり入部させられた感じかな。須藤さんはじ」

「草野くんさぁ、その須藤さんって呼び方そろそろ止めようよ。夏樹でいいよ。」

「わ、わかった。じゃあ夏樹ちゃんでいい?」

小心者の僕。

「オッケー。木村くんなんて名前聞いてすぐに”夏樹”って呼んできたよ?さすがにびっくりしたけど、あの性格だからそれくらいすぐに麻痺しちゃった。それよりさ、草野くんは木村くんと仲いいよね。よく遊んだりするの?」

「いや、仲がいいというか一方的に遊ばれてるというか。いつの間にか押し切られたって感じが多いかな。家の鍵とか勝手に作られたし。」

「あはははっ!そんなことまでしてるんだっ?さすがとしか言えないね。でもさっきも木村くんにもブランケット掛けてあげてたでしょ?やっぱり友達なんだよ二人は。うらやましいな。」

そう話す夏樹ちゃんは気のせいか少し寂しそうだった。単に仲のいい友達がうらやましいのか、それとも、いや考えたくない。

「じゃあ今度3人で遊びにいこっか、木村が行きたいところは却下するとして。」

「ありがと、草野くんってやっぱりいい人だね。じゃあ来週絶対だよ?予定空けておいてね!」

あぁ、友達フラグが立ってしまった。幼稚園で亜由美ちゃんにフラれ、小学校では瞳ちゃんにフラれ、中学校では最後まで咲ちゃんに何も言えず、高校では気持ちを伝える前から亜希子ちゃんの恋愛相談の相手になってしまい”いい人”という永遠の友達ポジションを確保。恋愛経験値は上がらなかったが友達フラグを見分けるスキルだけ上達してしまった。僕の持論を言うと”いい人”には2種類の人種がいる。一つは本当にいい人であり、万人に受け入れられる人。もう一つは”いい人”というオブラートにがっつり包まれたレンガで頑丈に補強された壁に阻まれ、友達と恋人との間のファイアウォールによって隔離されてしまった人種なのだ。先ほど僕に対して用いられた”いい人”はまぎれもなく後者。僕にはそれを見分けるスキルが・・・悲しいかな備わっている。

神よ、なぜあなたはこの哀れな子羊にこのような過酷な試練を与えたもうたのです?よりによって夏樹ちゃんは木村を意識している。同じ色の血が流れているとは思えない、あのフロアに転がっている物体を。何か尖ったもので便器の奥へ流してやりたい気分だ。

こうなりゃ自棄だ。

「さあ夏樹ちゃん、今日は飲もう!」

「おっ!草野くんも飲んじゃう?いいよいいよ、ぱーっといこうよっ!」

そして僕は人生初のお酒を飲んで気分良く酔っ払い、けっこう遅い時間まで夏樹ちゃんと話をして、夏樹ちゃんが眠った後は先輩方と話をしたらしいが、ところどころしか覚えていなかった。お酒は必ず二十歳になってからにしようね。


木村がお酒に弱く、即刻に静かになってくれたおかげで合宿は無事終わり、僕は以前よりみんなと仲良くなれたと思う。合宿後、約束していたように夏樹ちゃんと一緒に、まあ木村も一緒で波乱もあるが、買い物やご飯を食べに行くことが増え、1回生3人組は自然と仲良くなっていった。


草野歴代ポジション 健在


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