エピローグ
エピローグ
「いいかユージよ、チラリズムを理解することが黄金比を理解するためには必要だ。なぜ人はそこに興味を示すのか。それは人類だけでなく、動物や昆虫、さらには知能を持たない生命体でさえも抗うことができない黄金比と呼ばれる絶対的な神秘の割合を秘めているからなのだよ。もっとも有名な例をあげると、つまりは太もも、そこはまさにサンクチュアリ。白く透明なその肌は一筋のラインとなった光を反射して、その周辺はハチミツのような色合いとなる。そして天からはスカートというオーロラが織り成す影は、まさに計算された誘惑の隙間を作り出す。また、ハイソックスが美しく白い素肌を緊縛、いや失礼、締め付け、太ももの肌たちはそれを跳ね返そうと抵抗する。その時に出来る1の締め付け力に対し1.618の弾力を発揮するムッチリとした膨らみ。ストレートな脚の幻影ではなく、ほんの少し、ほんの少しの沈みと膨らみが創り出すその黄金比が脚線美となって魅了するのだ。わかるかユージ?これが黄金比なのだ。この比率に魅了されない生物はいないと言われている。もちろん脚の長さと太さも絶対比であることが前提となるがな。」
「は、はぁ。よくわかんないっスけど、そのこだわりの部分ならなんとなくわかる気がするっス。」
「あたしは勉強になります先輩!その黄金比を意識して洋服をコーディネートすればいいんですね?」
「おい木村、後輩たちに変なことを教えるな。黄金比といえばピラミッドとか有名な絵画とかあるだろうが。なんだその細かいこだわりは。」
数日後、相変わらずの日常がそこにはあった。まるで今までと何も違ったことがなかったように木村がふざけていて、それに付き合わされる後輩がいて、楽しんで付き合っている後輩がいる。そして、ついついツッコミを入れる僕がいて、呆れたレナ先輩がいて、そんな風景を楽しそうに見てる夏樹ちゃんがいる。
あの後、冬子ちゃんのシナリオどおり警察が介入し、ハートエリクシールには異例の速さで家宅捜索が行われ、唐津は逮捕された。容疑については色々と余罪があったらしく、警察も以前から目をつけていたと聞かされた。
後ろ盾だった組織って聞かされた”はくりょうかい”とやらは一切の関係性を否定している。というのも、木村によってデータを改ざんされ、唐津の周りから”はくりょうかい”に繋がるものをすべて抹消したらしい。そして警察が入ることを組織の上層部に事前に知らせて取引し、要するに唐津だけを見捨てさせたのだ。
警察は”はくりょうかい”ともども芋づる式で検挙したかったらしいが、こちらも身を守るため仕方なかった、と冬子ちゃんは言っていた。レナ先輩は社会のゴミと判断できるもの全部を抹消したかったようだけど、中々そこまでのことは出来ない。
現状は、少なくともあちらから手を出せないような情報を保持しておくことで、安全を確保したって説明されたけど、本当にそんなことが出来るのだろうか?
ともあれ、実際に真紀ちゃんとその家族に対する連絡は途切れ、関係は清算できたようだ。
「でもホントよかったです。先輩たちに相談してよかった。ね、真紀?」
「えっと、その、本当に申し訳ございませんでした。皆さんに迷惑をかけてしまい、なんてお詫びしていいか。」
「おい真紀!何度言えばわかるのだ?もう聞き飽きたのだその台詞。僕様はもっと羞恥心溢れる台詞を待っているのだ。少しは考えたまへ。」
「えっと、それは、その・・・まだなんて言うか・・・。えっと、なんて言えば許してくれますか?」
「真紀ちゃん、本気にしなくていいから。木村の言うことの98%は聞き流しなさい。むしろ103%聞き流してもいい。」
「おい草野。それは人生において僕様の言葉をすべて聞き取りたいということか?聞き流すだけで英会話ができるかの如く、僕様のありがたいお言葉をエンドレスで流れるようにしたCDを作成して四六時中お聞かせしようではないか。」
「すまん!僕が悪かった!木村、それってどんな拷問より辛そうだから勘弁してください。」
「木村、私が君への罵声をエンドレスで聞かせてあげようか?」
「ぜっ、ぜひっ!!」
『なんでやねん!!』
なんて平和な日常なんだろうか。僕はふと外の空気を吸いたくなり、部室を出た。ここ数日、ずっと緊張がとれなくて体が強張っている。外は大きな太陽が暑い日差しを惜しみなく降り注いでいる。
今回のことで、冬子ちゃんからのアプローチについて忘れていたが、先日考えていたように冬子ちゃんを見習って僕も行動しなくちゃいけない気がする。
「くーさのーっ!なんでこんなところへ逃亡してるんだコノヤロー!はっ!まさか僕様への愛の告白のため待ち伏せ!?そっか。ついに決心したのか。僕様も草野くんに向き合って真剣に考えなきゃね。」
「ウザいっすよ木村くん。」
「ひどいっ!ひどいわっ!僕様真剣だったのにっ!」
「いや、もういいから。」
やっぱりコイツはどうしようもなくバカなんだ。でもそれが心地いいって思えてる僕がいるのも事実だ。
「それはそうと、僕様ご提案の話について決心がついたかね?」
「は?なんの話だ?」
「もちろん僕様が起業する会社へ入社する話だよ。普通に就職したら貴様には一生縁のない地位を約束しようじゃないか。」
「だからその気はないって言ってるだろ?どこまで本気かわからないし、あんな空想がうまくいくなんて思ってるわけじゃないだろ?」
「その空想でなんと!影の薄い人が僕様の会社への入社を決心したぞ。」
ああ、武田先輩、あなたは人生を諦めたんですか?
「あー!こんなところにいたー!もうみんな揃ってるよぉ?今日ミーティングするんでしょ?」
「あ、夏樹ちゃん、ごめんごめん。もうそんな時間?」
「夏樹よ、邪魔をするでない。今は僕様が草野をヘッドハンティングしているところなのだ。」
よし、周りに人がいないところで夏樹ちゃんと二人きり。ここは勢いで行くか、草野拓斗!
「夏樹ちゃん。」
「ん?なぁに?」
「今、付き合ってる人、いない?」
「おいおい草野、僕様を無視して二人の世界に行こうとするとはいい度胸だ。」
「うん、付き合ってる人はいないよ。でも実は気になってる人がいるんだぁ。」
「おいおい夏樹、貴様もか。」
「えっ?好きな人がいるの?」
予想外の展開。確かいないって言ってた気が・・・
「でもね、その人ってとっても鈍感っていうか、奥手っていうか。けっこう前にね、勇気出して、まあお酒の勢い借りたんだけど、あたしなりに頑張ってキスしたの。その人、あたしのこと好きって言ったくせに、その後になーんにもアクションがないの。信じられる?」
「ちょ、それって・・・」
「だからあたし、そろそろ見限って他の人を探そうかなぁって思ってるの。なんかその人、最近モテだしたみたいだしぃ。」
そう言ってチラっと僕を見る夏樹ちゃん。えっ?まさかの僕に春到来?でも見限られる寸前!?
「あー!先輩こんなところで何してるんですかぁ!冬子たくさん探したんだよぉ?」
「そういうわけで、あたし先に部室戻ってるからね、ぶ・ちょ・お・さ・ん?」
「あっ!ちょっと待ってよ夏樹ちゃん!」
「待ちませぇん、べー!」
「待つのは貴様だ草野!僕様のものになりたまへっ!」
「お兄ちゃんは黙ってて!先輩は冬子のものにするんだからぁ!」
こんな日がいつまで続くのだろうか。
いつか卒業して社会の歯車になる日が来る。
でも、出来ることなら、もっとこの時間をみんなと共有していたい。
最初はめちゃくちゃだって思った環境が、今では当たり前で、僕の一部になっていて、僕もその一部なんだ。
ずっとこのまま、なんていうのは叶わない夢だってわかってる。
失いたくないものがたくさん出来た。
これからもっと増える予感があるだけに失う日が恐ろしい。
時の流れは一定なはずなのに、僕にはとてもそうは思えない。
きっと同じ1秒でも早い1秒と遅い1秒が存在している。
もう少し、もう少しだけ今の仲間たちとの時間をください。
後悔しない生き方なんて、どんな道を選んでも後悔するに決まっている。
だったら僕は今現在の1日1日に強く足跡を残して生きたい。
多分、今が今後訪れる僕の人生の中で最も大切な時間になる。
まだ、まだこれからなんだ。
僕にとって欠けてはいけない存在。
僕を指導してくれた3回生の先輩。
少し苦手だけど、いざって時には頑張る後輩。
変わった性格の明るい後輩。
引っ込み思案だけど真面目な後輩。
僕に好意を寄せてくれる真っ直ぐな女の子。
本当は誰よりも優しい先輩。
僕の心を揺さぶる可愛い同回生。
そして・・・。
「くーさのー!僕様のぉ!僕様のぉ!」
やっぱりバカな僕の・・・。
みんな、みんな僕にとっての・・・。
The end
この物語はだいたいフィクションです。
登場する大学やお店は実在しません。




