第二十章 事件
第二十章 事件
「草野先輩に相談したいことがあるんですけど。」
「うん、どうした?何かあった?」
何か深刻そうな顔をしている綾ちゃん。いつも元気な子なので余計に心配だ。
「こんなことを先輩に言うのは変なんですけど、他に誰にも相談できなくて・・・。実は真紀のことなんです。」
「真紀ちゃんがどうかした?最近あまり顔を見ないけど。」
「そうなんです。メールも以前は絶対に返信する子だったんですけど、最近は返してくれることが少なくて、電話してもほとんど出てくれないんです。それで昨日やっと会うことが出来て、あたし、ついつい問い詰めちゃったんです。」
「問い詰めたって、別に悪いことしてるわけじゃ・・・」
「違うんです!顔色が明らかに悪くて、普通じゃなかったんです。それで気付いたら真紀を追い詰めちゃってて。あたしどうしていいのかわからないんです。だって、こんなこと。ひっ、ひぐっ。」
そういうと綾ちゃんは声を殺して泣いた。僕が問いかけてもごめんなさい、とだけ言って黙ってしまった。こんなところを木村にでも見られたら太陽よりも大きな誤解を受けることになるだろう。
「くーさーのーっ!」
世の中とはうまいこと出来ているものだ。もしもタイミングの神様という御方が存在するのであれば、その神様は僕のことが相当にお嫌いらしい。今現在、もっともありえない選択が行われたのだ。
「草野、お前、ついにやっちまったのか?僕様、いつかやるんじゃないかと思ってたんだ。でも草野、ちょっと早すぎるんじゃないのか!?もう少し時期を待てなかったのか!?ちゃんと準備はしているのか?どうなんだ?この鬼畜がっ!」
「待て待て待て待て、何をどのように受け取っているのかまったく理解できないが、綾ちゃんを泣かしたのは僕じゃない。今から泣いている理由について説明を聞くところだ。」
「待たない待たない待たない待たない。一目瞭然、一刀両断、旗幟鮮明、眉目秀麗は僕様であります。そしてお前が悪い!」
「何言ってるかわかんないぞ木村。とにかく話を聞けよ。」
「しかし草野!貴様のや」
「聞けっ!」
「はい。」
ったく、こういうときのウザさと言ったら間違いなくジェネラルクラスだ。会話をするだけで絶望を与えることができるのは世界広しといえ、きっと木村くらいのものだろう。しかし、これでやっと綾ちゃんの話を聞くことができそうだ。綾ちゃんも僕と木村の不毛なやりとりを聞いているうちに少し気が紛れたようだった。
「すみません、とりみだしたりして。木村先輩にも聞いてもらえた方が解決策が見つかるかもしれませんし、聞いていただけますか?」
「それは僕様を頼りにしているということなんだね?もちろんこの僕様に解決できない事件など存在しないのだから存分に話したまへ。」
ああ、彼にかかればどんな容易な事件でも迷宮入りの難事件と化してしまう気がするのは僕だけなのだろうか。それにしても木村よ、今まであまり頼られたことないのが丸分かりだぞ。それはさておき、本題に入るとしようか。
「それで、綾ちゃん、真紀ちゃんとは何があった?」
「はい。実は、あっ、その前に、この話は絶対に他の人にはしないでくださいね?特に警察とかダメですよ?」
「おいおいおいおい、ちょっと待って。そういう規模のお話なんでしょうか?」
「なんだ、怖気づいたのか草野部長軍曹よ。ん?草野軍曹部長だったか?めんどくさいから野軍曹に省略だ。」
「ちょっと待て木村!それじゃまるで野グ○じゃないか!そして部長まったく関係なくなってるし!取り消せ今すぐにっ!」
「野○ソって下品ではないか草野よ。僕様はそんな子に育てた覚えはありませんよっ!」
「お前に育てられた覚えは微塵もないわっ!って違う!警察とかそういうレベルのことかって聞いてるんだよ。」
「警察レベルだろうがCIAだろうがICPOの銭形警部だろうがNPOの佳代子だろうが、そんなものは神レベルの僕様にとっては地中でうごめくアリと同じなのだよ。」
「お前の母ちゃんがNPOへご勤務なのはどうでもいいが、そろそろ妄想もいいかげんにしろよ。」
「草野、お前は本当にバカだな。話も聞かないで先走ってるのは君だぞ?落ち着いてまずは話を聞くべきだろう。違うか?」
うっ!木村に諭されてしまった。確かにそうだ。話も聞かないで焦ってるのは僕だ。警察と聞いてつい・・・よりによって木村に正論を言われるとはなんとも情けない話だ。ふざけていながら色々考えていることだけは認めよう。
「それで綾よ、続きを話してくれるかな?それと冬子を呼んでもかまわないか?こういうとき頼りになることもあるのだよ、僕様の妹だけあってね。」
お前の妹でなければもっと頼りになるように思えるのだが、冬子ちゃんが傷つくので特に何も言わないでおこう。
「はい、信頼できる協力者でしたら多いほうがいいのかも。真紀もこの部の一員ですし。じゃあ夏樹先輩にもお願いしてもいいでしょうか?」
「じゃあ夏樹ちゃんには僕から連絡してみるよ。」
40分後、木村、冬子ちゃん、夏樹ちゃん、僕、そしてレナ先輩も加わったメンバーで話を聞くことになった。
「それで、真紀ちゃんがどうしたの?」
「はい。単刀直入に言います。脱法ハーブって聞いたことありますか?」
「ああ、よくニュースでやってるね。法律の規制の届かないドラッグみたいなもんでしょ?ってまさか真紀ちゃんが?」
「はい。泣きながら話してくれたんで詳しくはわからなかったんですけど。真紀は観葉植物とか好きで、いろんなお店を探し歩いたりしてるのは以前に聞いてて知ってました。今回のきっかけもそんなお店探しで見つけたある店で、店の人に声を掛けられて軽い気持ちで試したのが始まりだったみたいなんです。」
「始まりって、つまりそれだけじゃないってことか?」
「はい。最近出回ってる種類で、スパイスなんとかっていう通称SHTってハーブで、けっこう常習性が強いみたいなんです。それで・・・。」
「繰り返し購入し、今では常連ってわけか。それで止められず困ってるってこと?」
「それだけじゃないんです。常習性が強い種類は、最初はサンプルだからって無料で渡しておいて、購入しようと思うとけっこうな額になるみたいなんです。当然親にバレますよね。だから多分ですけど、家族内でも色々と問題になってて、もしかしたら大学も辞めさせられるかもしれないって。」
そこまで言って、また綾ちゃんは泣き出してしまった。確かに警察には言いたくない話であるが、僕たち一般学生にどうにかできる話ではないのも事実だ。
「それで、家族内で問題になったってことは、真紀ちゃんは今はもうそのSHTってのは止めてるんだよね?」
「わからないです。家族に言われてるから止めてると思うんですけど、でもまだ問題を抱えてるみたいなんです。そのお店とのつながりが消えないって泣いてたんです。家族に迷惑かけちゃったって。」
「だったらさ、とりあえずそのお店に行って、これ以上真紀ちゃんに関わるなって言おうよ。」
「あのさ、夏樹ちゃん。そういう商品扱ってるってことは、少なからずバックがいるってことだよ?そんな正面突破できるような問題じゃないよ。」
「そっか。ごめん。」
「実はあたし、我慢できなくて既にそのお店に乗り込んだんです。でも草野先輩の言うとおりなんですよね。話を適当に誤魔化されて店を追い出されました。2度行ったんですけど、これ以上来るならわかってるよね、とか言われて。」
「冬子、どうする?とりあえずこの店を調べてみてくれるか?僕様も知り合いに当たってみるざます。」
「わかったわ、お兄ちゃん。それと冬子たちも一度行ってみようよ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だね。」
「ん?おけつに、はぐわっ!み、みぞおちは反則だよ冬子さん・・・」
木村、それはおけつではなく墓穴だったな。
とにかく、一度情報を集めてから店を下見することにした僕たちは、翌日に再度会議を持つことになった。
そして翌日、前回のメンバーにユージも加わり会議が行われた。
「お店の名前は”ハートエリクシール”で、場所はここ。」
そういって冬子ちゃんは印刷した地図を見せてくれた。
「代表者はネットショップのホームページを信じるなら品川浩二郎って人だね。まあ多分偽名だけど。表向きは各種ハーブを扱ってるお店で、ネット販売をメインにしてる。もちろんすべて合法のハーブだよ。口コミとか見てても不審な点は特になかったけど、ハートエリクシールって名前の店舗はまだ新しいね。以前は同じ場所に違う名前のハーブショップがあったみたい。もしかしたら問題を起こしたから一度閉店させてって感じかも。」
「僕様の調査では、やはりあの店は怪しいハーブを扱っているようなのだ。お店の雰囲気や店員などは一見普通だが、時々こそこそとした客が入っていくとの目撃情報を得た。真紀と同じく合法とは言いがたい種のハーブを買いに来た客であると推測しちゃおう。冬子の調査とあわせると、店の場所がわかりづらいことも考慮し、ネット販売でハーブショップをしている表の顔と、直接店で脱法ハーブを扱う裏の顔があるってことだ。そしておそらくはバックには近隣を取り締まっている怖い方々がいらっしゃるということかな?」
「ちょっと先輩、待ってくださいよ。そんなヤバイ案件に首突っ込む気っスか?冗談じゃないっスよ!警察に任せて手を引くべきっスよ!」
「ユージよ、このSHTというハーブをキメると、なんと光の屈折を自由に操ることが出来るらしいぞ。」
「それがどうしたんすか、ただの幻覚っスよね?」
「バカものっ!光の屈折を操るものは世界を制す。いいか?僕様たちが見ているこの世界、色などはすべて光の屈折により視覚に情報として与えられ、それを脳が認識しているのだ。それを自由に操っちゃったらどうなる?見たくないものは透過しちゃったらどうなる?」
「トウカってなんスか?えっ!もしかして透け通るってことっスか!?街中がエデンってことっスか!?」
「バカものパート2!逆だろうが!SHTをキメちゃってる人々の間を僕様が堂々とキャットウォークするのだよ。なんと服を着ているのに皆さんには僕様の裸がっ!裸体がっ!恥部がっ!この清らかな肢体をさらしながらの逆裸の王様な僕様!ああ、なんてゾクゾクするんだろう・・・」
「おい木村、それはどう考えてもお前がキメちゃってる側じゃないか。いっそ全裸になって今から梅田のスクランブル交差点をキャットウォークして来い。それが手っ取り早いぞ。」
「そんなことしたら僕様が国家権力に捕縛されるじゃないかよっ!」
「その妄想だけで十分に有罪だ。」
「焼け死ねばいいのに。」
「レ、レナ先輩、言い過ぎっす。」
「でもこれだけの情報でも十分に危険だとわかった。ここからは女子抜きでやろうか。」
「そんな!あたしも手伝うよ、可愛い後輩のためだもん。こんなところで引けないよ。」
「私も出来る範囲で手伝うよ。社会のゴミは排除しないとね。」
「夏樹ちゃん、レナ先輩。でも、危険ですよ?」
「くーさのーっ!言ったであろう?神レベルな僕様にかかればそんな輩程度は地中にうごめくクリオネ同然だとなっ!」
「クリオネは海中だ!そして可愛い!アンドお前は女子じゃないからここからも作戦メンバーであり、特攻隊として真っ先に戦死する役割分担の予定だ。」
「社会のゴミを排除する前に、もっとも排除すべきものが目の前にあったわね。」
「ひどくないっ!?」
こうして僕たちは敵の本拠地を視察することとした。
ここがハートエリクシールか、駅からけっこう歩くし、普通の客が偶然に訪れることはあまりなさそうだが、どうして真紀ちゃんはこの店に入ったんだろう?考えても仕方ない。とりあえず行ってみるか。
店の外観は至って普通。よくあるビニールの突き出た屋根がついていて、大きなガラスのショーケースが並んでいる。いかにも植物を扱っている雰囲気であり、知らなかったら気にも留めないような店だった。
全員で行くのは危ないってことで、今日は僕と夏樹ちゃん、そしてどうしても行くと聞かなかった冬子ちゃんの3人で来ている。男が僕だけってことで膝が震えているのがわかる。ヤバイのが出てきたらどうしよう・・・
ウィーン
自動扉が開く。
「いらっしゃいませ。どうぞ店内をご自由にご覧ください。何かわからないことがあれば私に聞いてください。」
店長と思われる40代前半に見える男が丁寧に説明する。ごくごく普通の対応であり、むしろ好感さえ持てる。
「あの、実は真紀ちゃん、片山真紀ちゃんのことで来たんです。覚えてますよね?」
すると店長の顔つきが変わったように見えた。
「ああ、君たちもあの子の知り合いですか。そう言えば先日も同じようなことを、なんて言ったっかな?しつこく尋ねてきた女の子がいたね。」
「そうです。その子はあたしの後輩です。あなたがおかしなハーブを渡したせいで真紀ちゃんが大変な目にあったんですよ?わかってます?」
「おやおや、それは大変でしたね。しかし私は無理に押し付けたわけではありませんよ?片山さんが色々な植物の話が聞きたいとおっしゃり、偶然ご説明させていただいた、その”ハーブ”に非常に興味を持たれましてね。それで親切心からお一つ差し上げただけですよ。それが悪いことでしょうか?」
「そのハーブっていうのがSHTってわけですね。」
「はっはっはっ、よくご存知で。そこまでわかってらっしゃるなら話が早い。そうですよ、その時、ちょうど偶然にもSHTが一つだけ残ってましてね。」
「合法じゃないものをあげるなんて非常識じゃないですか!?何か事件でも起こったらどうするつもりなんですか!」
「うーん、確かに事故が起こった場合、幇助の罪で問われる可能性がありますね。しかし私はこれを吸引するものとしてではなく、あくまで観賞用としてご提供したのですよ?何も問題ないと思いますが?」
この男、あくまで自分は悪くないとして押し通すつもりか。言葉は丁寧だが、目が冷たい。笑っているようで瞳だけは死んだような目をしている。いよいよ僕たちではどうにもならない気がしてきた。
「さて、これ以上用がないのであればお引取り願えますか?営業妨害になりますよ?君たちは確か法律を学んでるんですよね。なんとも頼もしい若者じゃないですか。はははははっ。」
「でも、まだ」
「お引取りください。そうでないと、私もこのままではいられなくなってしまいますからね。おわかりでしょう?」
「夏樹ちゃん、帰ろう。これ以上は無駄だよ。店長さん、一つ確認させてください。もう真紀ちゃんとは関わってないんですよね?」
「それはあなた方には関係ないこと。個人情報保護法という法律を知らないわけじゃないですよね?お知りになりたいのであればご本人にどうぞ。」
ここで僕はカマをかけてみることにした。どうせまともに行ってもダメだ。
「その本人が言うには、あなたが手を引かないから縁が切れないと困ってるようでして。どういった条件を出せば今後の関わりをなくしてもらえるのかお聞かせいただきたいのですがね。」
「ほほう、そんなことを。それが本当のこととしてお聞きしておきましょう。そうでしたら片山氏の代わりにあなた方が毎月当店の商品をご購入されてはどうですか?先月から片山氏は毎月10万円分の商品をご購入いただいております。あ、もちろん合法のハーブです。これを短くても2年間は継続していただくことになっています。まあ当店から実際には商品など届けたりしませんけどね。」
「なっ!?10万円?そんなに・・・」
「おやおや、聞いていたんじゃなかったんですか?いけませんね、嘘は。じゃあ片山氏、つまりあの子の父親が誰かも知らないんでしょう?親切心から教えてあげましょう。市議会議員先生なのですよ。わかりますか?ことが大きくなって困るのはこちらではなく、むしろ片山氏なのですよ。だから君たちもいいかげん理解してください、波風を立てられて困るのは君たちのご友人であるということを。警察?どうぞお呼びください。当店が扱っているものはすべて合法です。万が一、いけないものが出てしまった場合、家宅捜索されると顧客リストが出てしまいますよね?頭のいい君たちならもうお分かりですね。そう、そこに片山氏や片山氏のご令嬢のお名前が載っているってわけですよ。もちろん名前だけじゃなくてご購入の際に身分証明書として学生証のコピーもとってありますので、少し噂が立ってしまうとマスコミがかぎつけるのも早いでしょうね。さて、少しおしゃべりが過ぎました。そろそろお引取りを。」
「先輩、行きましょう。今は引く時です。」
「うん、夏樹ちゃん、行くよ。」
まだ納得いかない様子の夏樹ちゃんも渋々店を出た。
「もう草野くんも冬子ちゃんも言われっぱなしじゃないのぉ。悔しくないの?あのニヤついたオールバックの店長!あー腹が立つ!何あの鼻につく敬語!もっと怖いお兄さんが出てきて脅されるのかと思ったよ。」
その後も帰りの道中では、ずっと夏樹ちゃんは文句を言い続け、僕がそれをなだめる役となり、冬子ちゃんは黙って考え事をしていた。
次の日、ハートエリクシールでの出来事をみんなに報告した。
「それマジヤバイっスよ!普通じゃないっスよ!だって市議っスよ?完全な裏取引じゃないっスか!邪魔したらこっちが借金背負わされることになるんスよ?学校まで特定されてちゃ身元だってすぐにバレそうだし。もう手を引きましょうって。」
「このまま社会のゴミをのさばらしておくわけにはいかないわ。次の被害者が出る前に決着つけるわよ。」
「でもレナ先輩、決着って言っても何をするんですか?僕らに出来ることなんてもうないんじゃ・・・」
「まだ可能性は残ってる。冬、頼んでたモノは?」
「はい、これだよ、レナ姉。」
「それ、なんスか?」
「店の様子を隠し撮りした映像よ。あと外からの写真。」
店に行った時に撮ってたのか?いつの間にそんなものを・・・全然気付かなかった。
レナ先輩は手際よくパソコンに接続して映像を見ている。
そして数分後。
「だいたいわかった。まず店の外側に止まってる軽自動車の所有者を調べる。草野、役所でこのメモのとおりに行動しなさい。怪しまれないように堂々とね。」
「えっ、これですか?こんなんで分かるわけないじゃないですか。」
「いいから言うとおりにして。失敗した時の台詞も書いておくから。」
そういってレナ先輩が僕のための手引書を作ってくれた。とても不安だ。そして僕はこれによって個人情報を不正に取得することになるのだろう。
「それから木村、店内のパソコンにクラックできる?」
「うーん、たぶんこの手のパソコンはネットにつないでないんじゃないかな?特に危ない商品扱ってるなら店の情報が漏れない管理をしてて、ネットにつないでるのはホームページの更新用パソだと僕様は推測します。」
「そう。じゃあウイルス作って。明日までに。USBを挿し込むだけでこちらに情報が得られるようなヤツ。もちろん痕跡が残らないようにして。」
「明日ですとっ!?それはさすがに・・・」
「お願い、お兄ちゃん。」
「任せなさい妹よ。でもレナ先輩、USBを挿し込んでから少なくとも2分は抜けないよ?痕跡残さないためにはUSBを回収するところまで必要なんだけど。」
「じゃあ考えなさい。」
「無責任!」
「こんなのどうかなぁ?あたしパソコンとかよくわかんないけど、そこに映ってるパソコンにマウスが付いてるでしょ?同じマウス買って、その中に小型ウイルスチップを隠すの。そしたらすりかえるだけじゃない?って映画の見過ぎか、あはは。」
「夏樹、お前、冴えないお胸のわりに頭は冴えてるじょべっ!痛いでしゅ・・・。」
「この変態っ!」
「木村、そんなこと出来るのか?」
「草野よ、この僕様をどんな僕様だと思っているのだ?どんな神にもなれるのだ。それがネットの神様だろうがトイレの神様だろうが旅館の女将様だろうがなっ!」
「最後おかしくない?まあいいや。じゃあ早速このマウス売ってるところを探そう。ネットで型番調べたらわかるかな?」
「じゃ、それはあたしと綾ちゃんが担当するよ。草野くんはレナ先輩に頼まれたことをお願いね。」
「わかった。じゃあ早速行ってくる。」
「俺はどうすればいいっスか?ここまで来たら手伝うっスよ。」
「ユージにはちょうどいい役が残ってるからお願いね。」
こうしてレナ先輩指揮のもと、最終計画に向けた行動が開始されたのだった。こんな短い時間で作ったシナリオが本当にうまくいくのだろうか?
「はい、これ。レナ先輩に頼まれたものです。」
「草野、ちゃんと出来たんだ。よかった。」
「よかったって、レナ先輩、もしかして・・・」
「五分五分ってところかな?でもこれで車の所有者と住所が分かったわ。やっぱり偽名だったね。念のためこっちも調べてみるよ。」
お、おそろしいお人だ。もし失敗したら僕はどうなっていたのだろうか。間違い、で済むのだろうか?それにしても個人情報保護の厳しい時代に、こんな方法で情報が得られるとは、まだまだ時代が追いついていないんだな。やっぱり役所は縦割り社会ってことか。
「さて、じゃあ行くよ、準備はいい?あとユージ、店長の本名は唐津よ。唐津雅夫、そう叫べばきっと店の外に出てくるわ。出てこなかったら出直すこと。」
「俺、やっぱボコられるんスよね?」
「大丈夫、最後は私が看取ってあげるわ。安心して逝きなさい。」
「え、縁起でもないこと言わないでくださいよぉ。」
計画は、まずユージが店の外で唐津の名前を叫び、外におびき出す。その隙に、店の隣の路地に身を潜めている僕が店内に侵入し、マウスを交換して出てくる。ユージは殴られるかもしれないが、店の外でそこまではないという設定だ。きっとあのエセ紳士なら言葉を使って脅すだろう。
こうしてマウスを交換したことを気付かれなければ、あとは木村が仕込んだウイルスがパソコンに侵入し、どうなるのか僕にはよくわかっていないけど、内部の情報が得られ、そこから弱味を見つけるか、何か解決に役立つものを探そうという段取りだ。
ポイントは2つ。ユージの挑発に乗って外に出て、2分程度の時間が稼げるかどうか。そして僕が見つからずに脱出できるかどうかだ。危険な役割だが、男は3人しかいない。捕まったときに一番危険となる役は僕が自ら買って出た。さすがに後輩には任せられないし、木村では不安だ。まあ、もちろん僕でもかなりの役不足なのだが。
「それじゃ、各自役割は把握したわね?行くわよ。」
緊張するなぁ。ユージも黙っている。そりゃそうだ。どうしても彼の役割は殴られるシーンがダイレクトに想像できる。現場を直接見てないから余計に怖いだろう。頼んでおいて言うのもなんだが、よく引き受けてくれたって思う。うまくいったらメシでも奢ってやらないとな。
こうして僕たちは不安の残る計画を実行すべく、敵の拠点へと向かったのだった。
「唐津ーーー!!唐津はいるかーーーー!!出てこいよ唐津!いるのはわかってんだよっ!」
作戦が開始された。青ざめた顔で叫ぶユージ。僕は路地で息を殺して身を潜めていた。呼吸がうまく出来ない。膝が言うことを聞かない。変な汗も止まらない。大丈夫かよ?1秒という時間がとても長く感じる。
その時、店から誰か出てきた。ヤツだ、例のエセ紳士、唐津だ。
「ちょっと君、困りますね、こんな場所で騒がれちゃ。誰ですか君は?」
ついに始まった!心臓が聞いたことのないボリュームで不規則なリズムを刻む。僕は唐津の背中を横目に見ながら店へと滑り込んだ。大丈夫、マウスはちゃんとポケットに入っている。店内のパソコンの位置も頭に入っている。あった、カウンタ奥のデスクの上、よし、いける!
そう思った瞬間だった、休憩室のような小部屋から体格のいい、唐津とは違っていかにもって雰囲気の男が突然現れた。
「なんだお前は?こんな狭い店内を走ってもらっちゃ困るな。それとも何か?急ぎの用事でもあったか。はっはっはっ、顔が真っ青だぞ?店内には一人だけ、とでも思っていたのか?残念だったな。今、外で叫んでるヤツとグルで何か企んでいたんだな?さて、と。」
そういうと男は僕に近づいてきた。僕の頭は真っ白になっていた。逃げなきゃ。そう、逃げないと危ない!そう思うより早く僕は店の外へ向けて走り出していた。
「待てやコラっ!」
当然その男も追ってくる。外に出ると、そこには正座をさせられた、今にも泣き出しそうなユージがいた。
唐津がゆっくりとこちらを振り向き、僕を見て気味の悪い笑みをこぼした。
「おやおや、あなたのご友人でしたか。先日のご忠告がわからなかったようですね。さて、何を企んでる?」
表情から笑みが消え、鋭い眼つきで僕を睨む。目を逸らすといけない気がして睨み返すも、こういう場面は初めてであり、冷や汗でべちゃべちゃだ。
言葉が何も出てこない。何か言い逃れしないとこのままでは・・・。
「言えないってことですか。仕方ないですね、事務所で話をじっくり聞かせていただきましょうか。」
「ま、真紀ちゃんの学生証のコピーを返してほしい。」
「は?学生証のコピー?そんなもののために来たんですか?馬鹿馬鹿しい、嘘はやめて本当のことを言っていただくまで帰しませんよ。どちらにしても今回の件は君たちが全面的に悪いのは明白です。営業妨害などの慰謝料として、一人20万はお願いすることになりますね。もちろん、協力者も含めて4名ほどでしょうか?」
「こいつらB3倉庫へ連れて行こか?そのほうが手っ取り早いやろ?あとはワシに任しときや。」
そういって先ほどのごつめの男が僕に向かって再び歩き出した。
「まあまあ、ちょっと聞きたいこともありますし、まずは店へ連れていきましょう。さあ、こちらへどうぞ。」
「ユージ、大丈夫か?」
僕はユージへ駆け寄った。青ざめたユージは少しうなずき、今にも泣きそうになっている。
小声でユージに指示を出す。
「僕が合図したら例の場所へダッシュだ。いいな?」
ユージが無言でうなずく。
「さあ、さっさと歩けや。ぐずぐずすんな!」
どうやらごつめの男の方は短気な性格らしい。だんだんと苛立ってきている。
僕はユージに肩を貸し、唐津の後ろを歩いた。僕たちの後ろではもう一人が逃げないように見張っているため逃げるタイミングがつかめない。
もうすぐで店の入り口というところまで来たとき、近くで悲鳴があがった。
「きゃああああああああああ!」
ん?この声は。今はそんなことはどうでもいい。今しかない。
「ユージっ!」
僕は小声で合図を出し、二人は全力で走り出した。
悲鳴に気をとられていたことで一瞬遅れて奴らが気付く。
「てめぇらっ!待ちやがれっ!」
不意を突かれ追いかけるタイミングを失った男たちはすぐに諦めたようだった。でも僕らは振り返ることなく目的地まで全力で走った。そこにはこの瞬間のために準備された、ファング・ザ・ドラゴンフライと、ファング・ザ・ドラゴンフライ2号が僕たちを待っていた。すぐに自転車にまたがり、あとは駅までこぎ続けた。今こそトンボの真の力を解き放て!
・・・折りたたみ式の自転車はタイヤが小さく、ああ!なんてこぎ辛いんだコイツっ!
「はあ、はあ、はあ、はあ、もう、だい、じょうぶだ、よな?」
「はあ、そう、みたい、っスね、はあ、はあ。」
「つ、疲れた。汗、びっしょりだ。さっさと電車、乗ろう。」
「りょ、了解っス。」
こうして僕は任務に失敗し、おめおめと作戦本部へ向かったのだった。
「すいませんでしたっ!」
僕は部室に入るなり土下座をして詫びた。慌ててユージも一緒に土下座して謝った。
「すんませんっしたっ!」
「どうして部長が謝るんですか?店にもう一人いるなんて想定外だったんですから仕方ないですよ。」
「そうよ、草野、顔を上げなさい。よく頑張ったわね。ユージもお疲れ様。」
「レナ先輩、俺、なんも出来ませんでした。」
「何言ってるの。君たちの頑張りは全部見てたんだよ?」
「そういえば水島先輩ですよね、あの悲鳴の主は?」
「うん、いざという時のためにスタンバイしてもらってたの。ちなみに痴漢容疑の犯人さんは、逃げ切れてなかったらオマワリさんに連行されたかもね?ま、武田だからそれはどっちでもいいけどね。」
武田先輩もエキストラで登場していたのか。それにしてもなんと可哀相な扱いなんだろう。あなたのことは忘れません、前科一犯の武田先輩。
「それで、これからどうするんですか?もうあそこには近寄れませんし、むしろあっちから大学へ乗り込んでくる可能性だってありますよ?営業妨害で慰謝料請求するって言われましたし。」
「そうっスよ、俺らだけじゃなく、協力者全員にそれぞれ20万って・・・もう終わりっスよ。後から出てきた男、ぜったい普通じゃないっスよ。」
「貴様たちは本当におバカさんだな。僕様という存在がいるのに何を嘆いているのかね?」
「木村、お前が死んで保険金で和解させてくれるのか?」
「草野っ!?お、お前ってヤツはどこまでも酷いゲバチン野郎だな!そこへなおれぃ!!」
「もうお兄ちゃん少し黙ってて。安心して二人とも。とりあえず作戦は成功したから。あとはデータに使えるものがあることを祈るだけだよ。」
「は?」
「だから作戦は成功したから、あとは任せてね、先輩。」
「は?」
「次に”は?”って言ったら冬子と今すぐ付き合ってくださいね。」
「そうじゃなくて、僕は失敗したんだ。ここにマウスだってあるし。」
「先輩のバカ。」
「草野よ、そのマウスはただのマウスだ。マウスただマウス。つまりマウストゥマウスだ。おい、なんて目で僕様を見てるんだい?いくらマウストゥマウスって言ったって僕様の唇を草野に奪わせるつもりなんて・・・。そうか、どうしてもっていうなら仕方ない、草野にだったら許してもいいかなって思えてきちゃった。んー。」
「神よ、お願いです。こいつの存在をなかったことにしてください。」
「おいっ!僕様がせっかくプラトニックキッスを貴様のような童貞野郎に捧げてやろうって言ってるのにそれはないんじゃないのかっ!?」
「お兄ちゃん!先輩の唇は冬子がもらうの!とりあえず黙ってて!」
「そこの兄妹、ちょっと黙りなさい。草野、混乱してるところ悪いけどあまり時間がないの。簡単にしか言わないけどすぐに理解して。草野が店内から飛び出した後、裏口から私と冬が侵入し、”予定どおり”事務所のパソコンにUSBを挿して強制的にプログラムを入れたの。そして外から木村が操作して中のデータをいただいたってわけ。パソコンに詳しい人ならいつもと違うアイコンに気付くでしょうけど、まあ大丈夫なんじゃない?」
「ちょ、え?予定どおりって、ユージをデコイとして僕が忍び込む作戦じゃ・・・」
「ふはははは、あはははは、つまり草野軍曹もデコイだったってわけなのさ!無様じゃのぉ!」
「レナ先輩、すいません。理解出来ないです、木村のせいで余計に。」
「もぉ、だからそういうこと。最初からUSBを挿すための作戦だったってこと。店内に一人とは限らないから、念のためだったの。わかった?」
「じゃあそう言ってくれればよかったじゃないですか。僕は普通のマウス持って、何をしに行ったんだか。」
「草野の迫真の演技を見るために決まってるじゃないか!いやぁ、僕様も見たかったなぁ。」
「裏口があるなんていつ知ったんですか?それに鍵がかかってたらどうするつもりだったんですか!」
「おお草野よ、神が我らに味方したのだ。いや、むしろこの僕様に味方し・・・ん?僕様が神様だっけ?とにかく鍵はなんと不思議に開いていたのだ。」
「木村、お前まさかピ」
「鍵はなんと不思議に開いていたのだ。」
「きむ」
「鍵は」
「二人とも!もーいいっ!お兄ちゃん、さっさとデータを洗って。」
「あいあいさっさー。」
そういうと木村は手元のパソコンで作業を始めた。
「あ、そうだ。はい、草野先輩、これお願いしますね。」
「冬子ちゃん?何コレ?」
「何って、もぉ、先輩ったら見たらわかるでしょ?請求書だよん。」
「斉藤サイクリング?もしかして・・・。」
「はい。もちろんファング・ザ・ドラゴンフライちゃん2号のですよー。」
「たっ、高くない?え?もしかして部費で?」
「あれ?レナ姉がそう言ってたけど・・・。聞いてないんですか?」
レナ先輩を見る僕。ああ、不思議そうな顔をしてから無邪気に微笑まないでください。小悪魔的なそれは、残念ながらまるで効果的。
「出たよー。出ましたよー。こんなパスワード設定でこの僕様から逃れられると思ったのかね、このゲバチンPCめ。」
ゲバチンって僕にも言いましたよね?意味わかんないけどそれってきっと悪口ですよね?
「それで、使えそう?」
「見てくださいレナ先輩。これはいけないデータでしょう?」
「ふーん、まあまあの収穫ね。十分だよ、これがあれば。冬、あとは私と冬で仕上げるよ?」
「僕様もー。」
「木村はやりすぎてボロが出るからここまで。あとは草野と遊んでて。」
「喜んでー!」
喜んでー!、じゃなーい!だいたいどんなデータで、それをどうするつもりなんだ?それで真紀ちゃんを救えるのか?
「草野、そんな不安そうな顔するな。安心しろ。データはアイツらが世間様に出ると困るものだ。それを使って手を引かせる。僕様も手段はわからないけど、レナ先輩、というよりそういう面では冬子が得意分野だ。」
「得意分野って、冬子ちゃんが?なんで?」
「それ以上は本人に聞いてちょ。僕様が言うと、僕様の社会的地位が危ないにょ。きっと今の生活の底辺って思ってた水準が天井に見えるくらい下方修正されちゃうのん。」
「ちょっとお兄ちゃん聞こえてるよ!先輩に誤解させるような言い方しないでよ!本気で怒るよ、もー。そんなんじゃないもん。」
じゃあ一体どんなんですか、と聞きたい僕だが、ここは黙って経過を見守ることにした。
「ところでレナ先輩、真紀ちゃんの身分証のコピーは取り返せてないですよね?それはどうするつもりですか?」
「そうだね。どういう保管をしてるかわからないけど、パソコンのデータにはなさそうだったよ。だとしたら紙でファイルしてるんだと思う。具体的な購入商品名を書いてないことを祈るだけね。とりあえずデータは改ざんしておくから安心して。真紀の名前は残さないと不自然だから、一般的な商品を買ってる記録にしておく。」
「そうですか。それで、データを警察に渡すんですか?バックの連中が本当にいるとして、その方々が動くと僕らまで危険じゃないかと心配なんですけど。」
「そのために冬にシナリオを考えてもらってるの。その辺は任せておきなさい。」
結局詳しいことは教えてもらえず、レナ先輩と冬子ちゃんがパソコンとにらめっこしながら色々と相談をしているのを眺めてるだけだった。
「きっとうまくいくよね?」
不安を隠しきれない表情の夏樹ちゃんが近づいてきた。
「大丈夫だよ夏樹ちゃん。レナ先輩があんなに自信を持って動いているところ、今まで見たことないよ。だから安心して待っていよう。」
本当は僕もとても不安だ。レナ先輩だってこんなことに慣れているはずがない。いくら冬子ちゃんがシナリオを書くのがうまいとしたって、現実と空想は違う。ユージや綾ちゃんも落ち着きがない。せめて僕が堂々としないとみんなの不安が一層強くなってしまう。こんな時にどうすべきか、僕にはわからなかった。
「草野、僕様のファング・ザ・ドラゴンフライはどうした?」
「ん?当然ながら駅に乗り捨てたけど?」
「なんじゃとーーーー!!!なぜじゃ?どうしてなのじゃ?僕様の、僕様のぉ・・・」
「え・・・?だってそういう作戦だったんじゃ?」
「僕様、ちゃんと折りたたんで持ち帰るというから貸したのだよ?どうしてくれる?今から取りに行くぞ!」
「いや、僕は顔を知られてるから危険なのでちょっと。木村なら大丈夫だよ。いってらっしゃい。」
「はくじょーものー!この怨みぃ、はっ!まさかその指示はレナ先輩!?それは僕様に対する愛情の裏返し?」
「最近ね、ただでさえ狭い部室に邪魔な自転車が常駐してるから、ちょうど処分できるなぁって思ったの。あの自転車って木村のだったんだ。でもいいよね?いけなかった?」
「愛がっ!愛が痛いっ!」
正直、ウザいけど木村はすごいって認めざるを得ない。どこまでが本気なのかも理解できないけど、彼のバカ騒ぎのおかげで緊張していた部員に笑顔が戻った。レナ先輩、冬子ちゃん、そして木村。この3人はなんだかんだ言っても絶妙なバランスで築かれた関係なのかもしれない。
「お前もな、草野。」
「えっ?」
一瞬、木村の声が聞こえた気がしたが、空耳だったみたいだ。そりゃそうか、ははっ、やっぱり僕も木村のウイルスにやられちゃってるみたいだ。




