第258話 偉い人に宣伝を手伝ってもらった時の事
ラッテの妊娠が神様により発覚し、適度に仕事をこなしながら二十日ほど経った。
「カームさん宛てに荷物が届いてるんですが。こちらに運びます?」
朝一の便で倉庫に荷物を運び入れていた、一人の村人が執務室の裏口から顔を出し、俺に確認を取ってきた。
「どこからですか?」
「えーっと……。せれな……いとのガラス……こうぼう?」
「あぁ、届いたんですか。意外に早かったな。そうですね……俺の内職なので、元住んでいた木造の家の方に運んでおいて下さい。割れ物なので注意し……。今検品するんでやっぱ俺が行きます」
「わかりました」
後でこの人には、文字の読み書きだな。ってか定期的に最初期の奴隷組だった人にはやらせないとな。前に一回アドレアさんとやったんだけどなぁ……。
俺はウルレさんに一言声をかけ、港に行くと荷下ろしがされており、俺の荷物だけわかりやすい場所に置いてあった。
そしてミスリルバールで一メートル四方の木箱の蓋を釘を抜いて外し、納品書と共に緩衝材が大量に出てきたのでそれを搔き分ける。
「うん、仕事は丁寧だな。二個目は~っと、規格はほぼ同じ。ヒビなし歪み多少あり。まぁ、全部手作りだから仕方ねぇか」
「カームさん。それ何に使うんっすか?」
「この間女性達に使わせてた、クリームを入れる容器かなー。これで製品化につなげられる」
俺は蓋を戻し。ミスリルバールで釘を軽くコンコンと叩き、思ったより重くない木箱を持ち上げ、旧家屋まで運び全ての瓶を取り出してもう一度検品をする。
「まぁ、全部及第点だな。先にできた半分だけの納品ってのはまぁ仕方ない」
俺は愚痴りながら、大量に運び込んでいたカカオバターをテーブルに置き、瓶を【熱湯】に漬けてから干しておく。一応煮沸消毒とか日光消毒とかね?
「大体の容量は把握したからこのくらいかな?」
俺は瓶である程度の容量を量り、合計分五十個分より少しあまる材料を用意し、馴れちゃった手つきでどんどん配合し、固まる前にテーブルに並べた瓶に詰めて、余った物は陶器の容器に移しておく。まぁ。誤差だよ誤差。一個分より少し多いくらいだし。
残りの五十個が届く前に、専属で割り当てておかないと。後は余ってる工房も……。それとヴァンさんに香油を作る小さい蒸留器っぽいのをさっさと作ってもらわないと。
後でいいとか言ってたら本当に後回しだもんなー。
そして俺はクリームの入った瓶に、事前に作っておいたスタンプを押した紙を小麦粉を煮て作ったでんぷん糊で張り付けてから、バートさんに頼んでおいた木箱を取りに行く。
「どうもー。先日発注していた物が今日届きましたので、頼んでおいた木箱を取りに来ました」
「あ、できてますよ。向こうがちゃんとしてたら入ります。言われた通り少し大きめに作ってはありますけどね」
そう言ってバートさんはアクアマリンのエンブレムの入った木箱を出してきたので、俺はそれを受け取って瓶を摘まむ様に持ってゆっくりと入れていく。
ちなみにエンブレムの場所は、蓋を取ると半分になる様にしてある。箱の正面がわかる様にね。
「えぇ、ちょうどいい大きさですね。いつもありがとうございます」
「いえいえ。んじゃ無駄にならないから焼き印押して、どこに運べばいいですか? 前に住んでた家の方ですか?」
「えぇ、それでお願いします。残りの奴もそこですので」
「まぁ、火を起こして焼き鏝を突っ込むだけなので残りは昼までには」
「了解です。ではお願いしますね」
俺はその足でテーラーさんの工房に行く。すんごい嫌だけど。
「ちょっと薄めの水色の布を売って下さい」
「あら、いきなりね」
そう言いながらも棚から布を取り出して、作業台の上に乗せた。
「で、何に使うの?」
俺はクリームの入った箱を作業台に置き、中からクリームの入った瓶を取り出した。
「これを布で包んで箱に入れて売ります。試しに二十個分くらい」
「あら、箱にも瓶にもしっかりとエンブレムが。自己主張強すぎじゃない?」
「模倣品が出回る可能性が高いですからね。このくらい丁寧な仕事をして信用を作るくらいしかないです。島で手に入る木材で箱、麻でわざと荒く作った紙。模倣は簡単ですが、変に高級感を出せばボロが出る。そんなもんです」
俺は軽く頭を横に振り、ため息を吐きながら肩をすくめる。
「そんなもんなのかしらねぇ。アレだってまだ注文は来てないわよね?」
テーラーさんは店の隅にあるジャイアントモスのマントを視線を動かしただけで見た。
「まぁ、中々売れるような物じゃないですからね、値段的に……。けど噂は人族側で出回ってますよ? この前の商人さんが噂を流しているらしいので。どのくらい吹っ掛けてるかは知りませんが、売らずに値段が良い感じに上がったら売るらしいです。本当商人は怖いですね」
コーヒー豆を届けた時に少しだけ聞きに行ったら、そんな感じで言いまわってるとか言ってた。
「貴方も商人みたいな真似事してるのに、商売っ気あまり出さないわよね」
「製造販売してる問屋みたいな物ですからね。販売経路の確立とか面倒なので、補給に寄ってくれてる船に売った方が楽ですし」
「店構えてて、誰かが買いに来るのと一緒よね。規模が違うだけで」
「そうですねー。あ、あとその少し薄いベージュの端切れも」
「はいはい。端切れは貴方なら適当に持っていっていいわよ」
そう言って少しため息交じりに言って、軽く追い払われた感じになった。そして帰りには革なめし工房に行き、お腹の薄すぎて製品には少し使いづらい部分をもらい、エンブレムを焼いて軽く焦がして瓶を布で包んでから、麻紐に革を通して綺麗にラッピングして箱に詰める。
「もうこれが製品でいいんじゃね? どっかのお菓子みたいに箱の中に箱があって、食べるまでに何回も開封が必要な感じで! ふっふー」
執務室で騒いでいたら、ウルレさんが執務室のドアを開けて眉間に皺を寄せていた。頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。
「男性目線と女性目線で見たいので、まずはウルレさんが見て下さい」
少しだけ誤魔化す感じで手の平に箱を乗せて差し出してみた。
「随分と凝った感じになってますね。模倣品防止と信頼獲得でしょうか? それと布は海をイメージでしょうね。安直ですがしっかりとした感じで良いと思います。遊び心がないのが逆に潔いですね」
「そういう風に作りましたし。まぁ、女性の意見と販売文句と噂が必要でしょうね……。島では十分ですが……島では」
「何か言いたそうですね……」
「とりあえず女性の意見と、そう言うのにクソ強い人を利用する度胸ですかね……」
俺は乾いた笑いを出しながら少し右上の方を見た。
「その方とは?」
「年越祭後に来た貴族様ですよ。多少の影響力とそっち方面に顔が利きます。幸い昼には箱が届きます。ダース単位で渡せば嫌でも噂は流れるかと」
「逆に宣伝しろって魂胆がまる見えなのでやめた方が良いのでは?」
ウルレさんは顎に手を当て、少しだけ考える感じで意見を言って来た。うん、知ってた。
「なら、もっと欲しいってなる様に少し足りないくらいで謝罪って名目で届けてきますわー。この間は島民が怖がらせて申し訳ありませんでした。って」
「凄くわざとらしいですが、新商品を届けるにはもってこいな理由ですね。別に不自然じゃないです」
「まぁ、意見が聞きたくてダース単位って言ったんですけどね。実は既製品として作ってあるのってこれだけなんですよ」
俺は瓶を箱に戻し、エンブレムを合わせて蓋を閉めた。
「面白い意見の求め方ですね。今後できれば、そういう試す感じのは控えて下さい。それとこちらへサインをお願いします」
ウルレさんは盛大にため息を吐き、手に持っていた書類をこちらに渡してきた。
「あ、はい。やっておきます」
俺は苦笑いをしつつ返事をしておいた。
「で、女性の意見も聞きたいんだけど。いいかな?」
俺は休憩中に応接室に集まっているスズランやラッテ、ルッシュさんやパーラーさんに聞いてみた。
「良くわからない。こういうのは使えればいいと思ってるから気にしないし気にならない」
うん知ってた。スズランは昔からそうだったし。
「んー。無駄がないし、なんか面白みに欠けるねー。まぁ、大人の女性向けなら無難かも。どうせ入浴後の寝る前か朝出かける時に塗るから持ち歩かないし、化粧台に置いておいても別に違和感はないかも。多分箱から出して置くからこれはこれで」
ラッテは故郷にいた時も、こっちに来てからも多少の化粧品を所持し、たまに使っているなーって程度には認識している。
「ですね。私も最低限しか持っていませんが、多分そんな感じで置くと思います。けど一目でわかりますので問題はないかと」
確かにルッシュさんは、あまり興味がなさそうな気もするけど、やっぱり女性って事で少しはもっているみたいだ。けどワンポイントの骨のヘアピンを何個も持ってますよね? 微妙に傷のつき方や形が違うんだよなぁ……。
「前の職場で奥様の化粧台を何度か見た事がありますが、これが置いてあっても目には止まりますね。正直シンプル過ぎて他の化粧品とされている物とは差別化はできています。他の物は高級感を出そうと逆に装飾過多になり過ぎていますので、ゴチャゴチャしすぎてたんですよ。これなら邪魔になりませんね」
クラヴァッテの紹介だったから屋敷にいたんだろうけど、やっぱりメイドだな。よく見ている。貴重な意見ありがとうございます。
「なら、これはこれで。んじゃお上に謝罪って名目で渡してきて、使用してもらってさりげなく噂を流してもらってきますね」
俺は端切れに包んだキャメルミルク石鹸と、化粧品の箱を持ったらラッテがニコニコしながら俺の手を掴んだ。
「私も一緒に行くね?」
ラッテの目はニコニコと笑っているように見えて薄く開いていて、獲物を狩るような感じだった。あの笑顔と声の低さには正直寒気がした。応接室にいた全員の顔が引きつり、あのスズランもお茶を飲む手を止めて驚いていた状況だ。確実にクソやべー空気だ。こんな声は今まで会った中で聞いた事ない
「あ、はい……。ってか謝罪に行くんですけど? なんかそんな雰囲気じゃないんだけど!?」
「やだなー。この間ちゃんとした挨拶ができなかったら、同族として、妻としてあいさつするだけだよー。変な事は何もしないし」
「いや、そんな雰囲気じゃないんですけど……。なら正妻としてスズランが……」
俺がそういうと、全員が無言で頭を数回縦に振った。
「本当に何もしないよ?」
ラッテがにっこりと笑いながら言うが、前のアレがあるからなぁ……。
「前に視察に来た時に挨拶してたじゃん? その時カルツァが無理矢理笑顔作ってたし、丁寧語だったんだよね。何かしたでしょ?」
「ナニモシテナイヨ?」
さっきまでとは違い、物凄い笑顔で棒読みだ。明らかに誤魔化しているな。無理。連れて行けない。
「……置いて行きます。スズラン、ラッテを捕まえててくれ」
「わかった」
スズランは軽く返事をすると、俺の背中側からラッテの腕を掴んだので、俺は急いで立ち上がろうと思ったがラッテに腕を掴まれた。
「ごめんごめん。もう行きたいって言って困らせないから。あの時はちょっと個人的な直感で、こっちが上だって事をわからせただけだから」
「やっぱ威圧っぽい事やってんじゃん!」
俺は少し半笑いになりながら座り、スズランに手を離させた。
「いやー。なんかあの貴族様ってさ、ちょっと身分を利用した加虐性欲を満たしてる感じだったからつい」
ラッテがそう言った瞬間、靴ペロ事件を知っている人は目を瞑りながら軽く頭を縦に振っていた。
同族じゃなくても態度とかでわかるけどね。まぁ、あの事がバレたら確実にスズランとラッテが姐さんとタッグを組んで、出張って再起不能にしそうだわ……。
そん時はそん時で諦めて、笑って大魔王様に怒られとこう。
「急な訪問ですまないが、カルツァ様はご在宅か?」
「はい、どのようなご用件で?」
お茶の時間が終わったので、いつもの様に転移をして門番に話しかける。この口調凄く疲れる。
「先日の謝罪とだけ伝えてくれ。ってか口調普段通りでいいですか? もうボロも出るし、普段の話し方とかバレてますし、なんか疲れるんですよね」
俺はついにぶっちゃけ、門番に砕けた感じで言ってみた。
「……魔王様の格や威厳が――」
「ないない。そんなのないですよ。俺の知ってる魔王なんか筋肉だけで解決するその辺のおっさんと変わらない感じですし。こんな言葉使いするのは貴族様くらいですって。こっちは寒村出身のただの丁寧な言葉を喋れる善良な男ですよ」
門番の言葉を遮り、顔の前で手と首を横に振りながら答える。
「少々お待ちください」
そして少しだけ待つと、予定が何もないって事で会ってくれる事になった。
メイドの後についていき、入室してドアが閉まった瞬間に、俺は安堵のため息を吐いた。
「旦那さんがいなくて助かります。先日は島民が粗相してしまい、大変申し訳ありませんでした。こちらは、今度島で生産する事になった化粧品と石鹸です。故郷の隣町の、夢魔族の娼館や島民の女性から大好評をいただき、色々な方の意見を参考にしてこの様になりましたので、ぜひお使いいただければと……。そして髪以外ならどこを洗っても平気で、肌に優しい石鹸です。合わせてお使いください」
俺は頭を下げながら、テーブルの上にアクアマリンのエンブレムが入った箱と、薄いベージュ色の布で包んだ石鹸を置く。
「いえ。こちらこそ最初にあのような事をしなければ、この様な事にはならなかった事です。どうかお下げください」
あちゃー、確実にトラウマだわー。姐さんどんだけ殺気飛ばしてたんだよ。
「それと、奥様達にはよろしくお伝えください」
ちょっとー。本当に何やってんの二人とも。なんだよ達って。スズランも何かアレなのか? ってかペコペコ頭下げないでくれ……。
「はい! じゃあここから面倒なので普段通りで。じゃあいいです。謝罪しに来たの止めます。実はですね、謝罪って名目で来ましたが、体よく見繕ってこの化粧品を使ってもらおうと思ってたんですよ」
俺は石鹸とクリームの効果を説明し、会う人になんか肌の質感違くない? とか、実は領地内で作ってる商品でーとか言って欲しい事を伝えた。
「瓶はとある女性の意見で極力シンプルな物で、使い終わったら小物入れにしやすく。布や箱はそれっぽく。石鹸は物凄く体に良い物を使って作った物ですので、これで体を洗ってから塗っていただければ」
「ふーん。硬そうな油の塊りに見えて結構柔らかいのね。あ、結構伸びる。うわ。ギトギトしないでサラサラ。香りも良いわね。ってか塗ったら直ぐに実感できそうなこの感じ。中々凄いわね」
カルツァは二の腕にクリームを塗り、手の甲まで伸ばしているが、伸ばしていた手の平も見て驚いている。
「あ、娼館の女性に試しに使ってもらったら、噂が広がって客が増えすぎて忙しすぎるって言ってましたし、潮風や野良仕事で傷んだ肌や、手の女性にも自然と笑顔が。そして旦那も」
「って事は貴方も多少は実感してるって事でしょう?」
カルツァは自分の手の甲や指先を見ながら言って来た。ってかどんだけ驚いてるんだよ。
「残念ながらソレを作ってる時に、二人目の子供をせがまれてましてね。毎日あったので肌の変化を実感できずに終わりました。気が付いてみれば、そういえば……ってな感じで」
「……ご馳走様。じゃあ、コレをさりげなく宣伝すればいい訳ね? 最低十個ほど送ってちょうだい。どこで買ったの? とか、もう出回ってるの? とか聞かれたら渡すのに使うから」
「まだ代金の話をしてませんが?」
「私くらいの地位だったら、こんな良い物だったら糸目をつけずに買うわよ? それにその友人もまたしかり……」
「はぁ……。そうっすか……。島での価格と商人が売ってる売値で差異が出ますし、送料も入るので後日お届けします。値段ですが、銀貨一枚と大銅貨五枚です」
まぁ、ガラスが外注で海運だから高いんだけどね。それがなければチョコレートの生産で出たカカオバターと少量のオリーブオイル。そして島に自生してた薬草と、増えすぎて仕方がないラベンダーで作った香油だしなぁ。そう考えるなら切り良く銀貨一枚くらいだわ。
「あら、安いのね」
「旦那が妻に綺麗になってほしくて、少し飲みに行くのを控えれば買える値段です」
前世でも高い奴は高いけど、薬局で買えそうな一番高い感じの設定で。
「前金で渡しておくわ」
「今日は領収書とかスタンプ持ってきてないんで後日で。門番か使用人に話をしてくれてれば、不在でも問題はないでしょう。では、昼になる前に帰りますね」
俺は無理矢理話を切り上げ退室をした。
「思ったより深刻だったわー。謝罪に行ったのに逆に謝られたわー」
執務室に転移し、事務所のドアを開けて苦笑いしながらウルレさんに報告をした。
「そんなに酷かったんですか? クラーテルさんって本当にナニしたんですかね?」
「リリーとミエルは睨まれただけで腰を抜かして座ったり、汗ダラダラ流してましたからねぇ。粗相するかもしれないほどの、凄い殺気でも当てられたんじゃないんですか? あーあと謝罪にならなかったので本音を話してきました。配るから最低十個は用意してくれって言われましたよ。これで噂が広がって商人がまた増えますよ」
「カームさん。今の顔を鏡で見た方が良いですよ。自分の父や、ニルスさんのような商人の悪い方の笑顔です」
「ははは。おかしいな。清々しく笑ったつもりだったんですけどね。今度から気を付けますね」
俺はウルレさんに注意され、少し両手で頬を叩きながら執務室に戻り、少しだけ増えていた書類に目を通した。




