第227話 デートした時の事
あれから五日、俺は休日になったので故郷に帰る事にする。
「ただいまー」
「おかえり」
「おかえりー」
居間にいたスズランとラッテの声が聞こえた。
ここ最近はラッテが俺の休日に合わせて休む事が多くなったが、牧場の方は大丈夫なんだろうか?
「さて、特に用事もなし、する事もなし。どうしよう? って思ってるんだけどどうしようか?」
そう言ったらスズランが立ち上がり、甚平の紐に手をかけたがラッテがそれを遮った。
「町でデートしようよ!」
家の中で愛し合うか、外でイチャイチャするかの違いだからいいんだけど、スズランは短絡的な思考をどうにかしてほしい。
そしてスズランは緩めた紐を縛り始め、出かける準備をしている。まぁ、朝からなんって個人的にあまりやりたくないし。明るいし!
んー、デートなんか久しぶりだな。銀貨八枚でいいか? 最悪ギルドで下ろせばいいしな。
「昼食までに戻ってくるか? それとも食事は子供達に任せるか?」
「昼までで良いと思う。昼になったら露店のを持ち帰って食べればいいし。それに子供達は最近カームと島に行くのを楽しみにしている」
「んーそうか。なら大通りをぶらぶらしながら戻ってくる感じで」
なんか転移魔法が車感覚なんだよなー。
「火の元よし、書き置きよし、鍵よし! いいぞー」
スズランは普段付けないアクセサリー類を付け、ラッテは肩掛け鞄をしてキャスケット帽をかぶっている。二人とも当時から見た目が変わっていないから、特に違和感はない。
むしろ俺が何かした方がいいのか? って感じだ。最寄りの港町でも浮いてる事もないし、問題はないと思うけど。
んー考えても仕方ないな。本当男って出かける時に準備が少ない。ってか久しぶりのパイスラッシュが見れたわ。
俺達はエジリンの少し離れた所に転移し、門まで歩き顔見知りの門番の所に……。
「あいつがいねぇ……」
まぁ昇進したからな、仕方ない。けど少し悲しいな。
「あいつ?」
「あぁ、門番してた奴だよ。働いてた時にいつも顔を合わせていた」
「あー。あの門番さんねー」
「私は覚えてない」
「まぁ、昇進したみたいだからしょうがないさ」
そして俺達は町の中に入り、早速大通りの露店が多い場所を練り歩く。
ふむ。あまり代わり映えしないなー。少し覚えてる顔もあるけど、あまり寄ってなかったし。
「あ、甘いものだ、買っちゃお」
「なら私は肉」
「俺はソーセージに麦酒」
ラッテはクレープを買い、スズランは両手に多分牛肉串だ。んー、熱いソーセージに麦酒は反則だな。
「お、黒いあんちゃん。久しぶりに見るな」
「あら、黒いお兄さん、お久しぶり、覚えてる?」
どうやら俺は色でしか覚えられていないらしい。特徴ありすぎだからな。商売やってる人は記憶力良いよなー。
「カームは記憶に残りやすい」
「そーそー、相手は絶対忘れないよね。カーム君は覚えてないだろうけど」
「そうなんだよなー。名前忘れられても、特徴で覚えられてるんだよ」
町の中央の大きな十字路まで来て、雰囲気の良さげな店口の雑貨屋を見かけたので入ってみた。
「いらっしゃいませー。あー、銀のアクセサリーを買ってくれたお兄さんじゃないですか」
ふむ、誰だっけ? アクセサリー? 店で買った覚えが……あースズランのお土産を買った。
「やっぱり特徴で覚えられてるねー」
「あーどうも。店を持てたんですね。おめでとうございます」
店の中を見回すと銀製品が多く、ろうそく立てやランプなんかものすごい装飾だ。もちろんシンプルな物も多い。
「やっぱり銀製品が多いですね。この装飾なんか結構凝ってるじゃないですか」
「ちょっとしたお金持ちがご贔屓にしてくれてね。おかげさまで店を持てた。雑貨はおまけ。本職は銀細工だと思ってるよ。さて、そっちの黒髪の奥さんがしているのは俺の物だね。んー今見ると少し粗があって恥ずかしいな」
元露天商の男性は、スズランのアクセサリーを見て少し恥ずかしがっている。昔の作品とか、結構見られるのって確かに嫌だよな。
「まぁ、諦めて下さい。シンプルな物ほど飽きが来ないですし、粗も目立つってことで。もっと有名になったら、古い作品って事で回収しに来ないで下さいよ」
「まぁ、一回世に出しちゃった作品だからね、悔いはないよ。さて、なにをお求めで?」
「いや、特にないんですよ。いい雰囲気だからフラッと立ち寄っただけなので」
「んふふー、今日はデートなんですよー」
そう言ってラッテが腕に抱きついてきた。
「夫婦仲がいつまでも良いって事は良い事です。気の済むまで見ていってよ」
男性は笑顔で、指輪が差し込まれているケースを進めてくれた。
「えぇありがとうございます」
俺も笑顔で言い、店内を見て回ろうと思ったらスズランが肉を掲げているマッソーな獣人族の銀細工と、フライパンに波トタンみたいなくぼみのある、油が落ちる前世でよく見たフライパンを持っている。
「スズラン……。それ、買うの?」
俺は気になって少しだけ聞いてみた。
「フライパンは欲しい。けどこの銀細工はおもしろいから見ていただけ」
そう言って手で握れる程度の大きさの細工を戻している。手油とかで酸化しないかが心配だ。買うとか言われたら困ったけど、作った奴はどんなセンスだよ、カウンターでにこにこしてるけどさ。上手に焼けましたってか?
「んー趣味じゃないなー。もうちょっとシンプルで可愛いのがいいなー」
ラッテは装飾品や指輪を見ているが少し評価が辛い。この世界じゃ、お気に入りを見つけるには数を回るか、デザインを描いた物を依頼するしかないだろう。
「すみません。このフライパンを下さい」
「はいはい、今お包みしますね」
男性はフライパンを包みスズランに渡し、それを嬉しそうに受け取っていた。
「ありがとうございましたー」
俺は店を出て振り返る。
「出世したもんだなー」
「カーム君が一番出世してると思うよ?」
しみじみとして声を出したら、ラッテに突っ込まれた。
「まぁ、そうなんだけどねえ……。そう言えばさ、皆に会いに行くかい? 結構変わってると思うんだけど」
「ううん、別にいいかなー。私的にはちょっと区切り付けてきた場所だし。それに、セレッソさんには、あの時に幸せって伝えてくれたんでしょ?」
「あぁ、それだけは確かだ」
北川を初めて娼館に連れて行った時だったな。
「なら大丈夫、まだまだ会う機会は多いよ」
「カームは共同住宅に行かないの? 懐かしいんじゃないの?」
「んー。勇者を送ってきた帰りに寄って顔見知り二人には会ってきたんだけど、あまり変わってなかったなー。それになんかあれからほとんど入れ替わりがないらしいんだ」
甘いもの作れって言われそうだし、なんか行き辛いのは確かだ。しかも魔王って言っちゃったし。
「さて、もう少し散策してから帰ろうか、奥まで行って正門に戻る頃にはお昼になっちゃう」
「そうだね、練り歩こー」
「あ、私武器屋で新しいメリケンサックが欲しい。握り込む部分がもう少しがっちりしてるの。なんか握りつぶしそうなの」
「あ、はい」
メリケンサックを握り潰しそうってどうよ? ってか俺がプレゼントしたものだから、本気で握れてなかった?
その後は武器屋に行き、かなり握り部分のごっつい物を手に取り、結構力を入れて握り、納得したのか頭を無言で縦に振り購入をしていた。
そして俺が買ってあげた物は、ラッテのバックに入れさせてもらっていた。二個もポケットに入らないからね。
そして来た道とは反対方向の露店を見て歩き、帰りに少し多めに肉の串焼きと粉物を買って門の外に出ようとするが、見覚えのある顔を見つけた。
「おい貴様、綺麗な奥さん二人と結婚しやがって。悔しいから三日間牢屋にぶち込んでやる」
そう言いながら、見知った門番は肩を笑顔で叩いてきた。
「悔しかったらお前も見つけろよ、あれから何回季節が巡ってると思ってんだよ」
俺は肩から腕を払い、笑顔で二の腕をバシバシと叩く。
「それに上がふざけてたら下に示しがつかねぇだろ、お前の上司に一緒に怒られたの忘れたんかよ」
「覚えてるさ。けどよ、つい懐かしくてな。まぁなんだ? 隣の村なんだ。気軽に遊びに来いよ」
「あぁ、気が向いたらな。けど程々にしておけよ。部下が冷たい目で見てるぞ」
俺が軽く顎で指すと、門番は軽く咳払いをしながら背中をバシバシ叩き、スズラン達の方を顎で指したので町から出る事にする。
「あの門番が、入る時に言ってた門番? 思い出した。たしかにあんな顔だった」
「あんなに親しかったんだー。確かに門番としてはだめだめだねー。職務中はしっかりしないと」
「カームが魔王って知ったら、どうなるんだろう? 態度が変わるのかしら?」
「変わって欲しくないなー。いきなり変わられたら結構へこむよ?」
そう言いつつ、門が見えなくなった場所で転移魔法を発動して家に戻った。
「さて、お昼ご飯だけど何か作るかい? お肉と粉物で十分かな?」
「このフライパンでお肉を焼いて」
スズランが微笑みながらフライパンを渡してきた。ですよね。
この手のタイプは、焦げ目が編み目になってるとおしゃれだよね。牛肉はないけど、豚肉で焼くか。さてさて、出た油はどんなソースにするかな。油を落とす構造なんだけど、別に俺達家族には必要ないよね。
「ただいまー」「ただいま」
子供達が帰ってきて食事になり、午後は島で北川の仕事が終わるまで俺が稽古をする事になる。
「さて、今日も同じ感じで良いか?」
「それより、ちょっと私に変わってくれない?」
第四村の森に入る直前で子供達に説明をしていると、ピンク色の髪の女性が木の陰から姿を現した。
「あ、姐さん……。本当勘弁して下さいよ」
「前に言ったわよね? 絶対的な恐怖も教育には必要だって」
「多分言ってませんよ?」
「お父さん、その女性は誰?」
リリーが、特に臆することもなく聞いてくるが、ミエルは一歩下がり、膝を曲げて腰を少しだけ落とし警戒していた。
「あら、そっちの子は少しだけわかっているみたいね。勘のいい子は私嫌いじゃないわよ?」
姐さんが目を細めて微笑むと、リリーも一瞬にして距離をとって腰を落とし、槍を構えて臨戦態勢になった。
よく見なくてもわかるが、リリーの顔に冷や汗が一瞬にして顔中に出ている。
「姐さん。ちょっと洒落にならないんで止めて下さいよ」
俺は子供達に背を向けるようにして立ちはだかり、視線を切るようにする。
「カームちゃんはちょーーっと退いててね」
そう言って軽く肩に手を置かれると、全力で踏ん張っているのに、地面に足跡が付く感じで退かされた。ありえねぇ……。
「さてさて、ちょっとお姉さんとお話しましょうか?」
俺を退かしたら姐さんは一気にリリーとの距離を詰め、猫なでの様な声で話しかけている。そして振り向くと、リリーが槍を落とし膝を折って尻餅を付いた。ってか姐さんの移動が目で追えなかった。
そしてそのまま震えているミエルの方にゆっくりと歩いていき、肩に手を乗せて耳元で何かを呟くと、ミエルも膝を折って両手を地面に付けた。
いったいなにをしたんだ!?
「姐さん! 子供達に何したんですか!」
「大丈夫よ、なにもしてないから。さて、私は帰るわね。二人とも今の気持ちを忘れなければ、きっと生き残れるわよー。そうそう、貴女のお父様もきっとコレくらいはやればできるわよ? 一回頼んでみたら?」
俺が叫んで問いつめると、姐さんはいつも通りのほほんとした雰囲気で背中に羽を生やして飛んで行ってしまった。本当になんなんだろうか?
「おい、大丈夫か?」
とりあえず近くにいたリリーに駆け寄るが、汗をだらだらかきながら震えており、歯をカチカチと鳴らしていた。
ミエルの方を見ると地面を思い切り握り込み、深い爪跡が付いていた。
「父さん、あの女の人は誰? っていうか何?」
ミエルが震える声で、やっとそれだけを絞り出した感じがした。
「この島に長年住んでいる校長のお姉さんだ。種族は竜族だけど、どのくらい生きてるかわからないし、名のある人族の冒険者を何度も返り討ちにしている。俺と勇者の稽古に興味を持って、断ったんだけど出しゃばって来た。何をされたんだ」
「何もされてないわ。ただもの凄く重くて嫌な殺気を飛ばされただけ。自分の首が転がり落ちる夢をみた感じがしたの」
「僕は胴体が真っ二つにされる夢だよ」
どんだけ強い殺気を飛ばしてるんだよ……。マジで勘弁してくれよ。ってかそんな殺気は飛ばせないっす。
「今日は帰るぞ。多分何もできないだろ?」
「う、うん。ちょっと立てないかな?」
「僕も」
はぁ、困っちゃうなー。絶対トラウマだろこれ。
「お父さん、あの人ってどんな人?」
「あ、あー……。拳を突きだして、海を割れる。溶岩っていう溶けたドロドロの石の中に住んでる」
「つまりドラゴンと一緒って事ね。良い事を聞いたわ。アレを知ってるのと知ってないのとでは別物ね。良い経験させてもらったわ、あの人に感謝しないと」
「ポジティブだな。それと夢じゃなくてただ単に殺気を当てられただけだ。立てるか?」
ってかその辺のドラゴンはきっと尻尾を巻いて逃げるぞ?
「もうちょっと待って」
「僕も……」
はぁ……。あれだけで済んで良かったと思うべきなのか? 確かに神話とかおとぎ話レベルのドラゴンの殺気なんか、中々味わえないわな。とりあえずフルールさんを通して、北川には今日は休むって言っておくか。




