第216話 服に穴をあけられた時の事
牛の移動を終わらせ三日目。メリノ種だと思われる羊もあまりダレずに過ごしているので、これは買いの方向で進めた方がいいかと思案中。そしてもう少し時間が経っても元気なら、買いの方向でルッシュさんと話が纏まった。
「では、明日は休ませてもらいますね」
ウルレさんにその一言だけを言い、少し羊と牛を眺めてから故郷に帰る。
「ただいまー」
「おかえり。なんかいつもより疲れてる?」
「ん? んー、ちょっと魔法で無理したからね。疲れが抜けてないのかも」
「めずらしー。カーム君が無茶するなんて」
イスに座ってスズランと話していたら、ラッテがお茶を淹れてくれたので、それをゆっくりと飲む。
「あの時教えてもらった牛の件だよ。近くの港町の牧場から転移魔法で牛を運んだからね」
「あー……。ずーっと島に牛が欲しいって言ってたもんねー。やっぱりお菓子とか作るの?」
「だね、バターと乳が前提のものが多いからね。こっちでは普通に作れるけど、向こうでは難しいんだよ。子供達は?」
「自主的に森に入って稽古中。もちろんお互いに敵として」
「考えたくもない状況になってるなー。姉弟で殺し合いに近い稽古だなんて」
「カームの得意な戦闘場所が森だからよ。じゃなければ普通に裏庭辺りで稽古でもしてるわ」
「わざわざ足下の悪い場所を選んでるんだよー。シュペック君も見かけても近づけないってさー」
「姉弟で殺し合いしてるって駆け込んできたし」
俺はその言葉を聞いて、頭を抱えるしかなかった。俺が悪いのか? 対抗心が強いのか? 両親達の教育か? 全部か!?
「「ただいまー」」
一息入れて夕食の準備を終わらせたら、泥だらけの子供達が帰ってきた。もうそれだけで目を反らしたい気持ちになる。
「おかえり……。まずは二人とも風呂だな」
「姉さんが先に入って。僕は残ってる魔力を消費しちゃうから」
「わかったわ。なるべく早く済ませるわ」
「女の子なんだからゆっくりでいいよ」
「悪いわね」
仲の良い姉弟っていうより、長年付き添ったパートナーみたいな台詞が飛び出したな。姉弟じゃなければ男女の仲に発展してそう……。
しかも阿吽の呼吸とか、アイコンタクトとか、バレーみたいに指の数とかでフォーメーション組んできそう。これからの事を考えると頭痛が痛いって言いたい。
ミエルはあの雨の日に教えた事は守ってるみたいだけど、どのくらい魔力の量が上がってるのかも気になるが、リリーがどの程度肉体強化を使いこなしてるのかも不明だ。
少し太い木なんか、突きでぶち抜いてきそう……。多分父さん達にも揉まれてるだろうからな、きっと短期間でそれくらいの成長はしてそうだな。
二人の入浴が終わり、夏なので部屋着が薄着になっているので腕とかを見るが、リリーの腕は普通にうっすらと脂肪があり筋肉っぽいのも見えて、年頃の女性という感じがする。むしろスズランと似ている。多分瞬間的に肉体強化を使って衝撃を強めてるんだろう。父さん達も言ってたし。
けどグラナーデっぽくなくて親としては良かったと思う。グラナーデはグラナーデで需要があるっぽいし。魔族は結構見た目にこだわってないのが多いよなー。
次にミエルだけど、常に肉体強化を二から三パーセントくらいにしているのか、うっすらと前腕に筋肉が見える。多分ふくらはぎとか二の腕もうっすらと見えるだろう。俺みたいに全体的な底上げ持続型だろうな。
はぁ、明日の稽古やだなー。
「カーム君、食事の時にため息は行儀悪いよー」
ラッテに注意をされてしまった。
「いやね? 子供達の成長っぷりというか、今見えてる腕の部分の筋肉とか、前に言ってた父さん達のリリーに対する言葉。ミエルへの本格的な魔法の教育。今になって凄く後悔してる。二人とも急に成長しすぎだ」
「確かに、お父さんに教えてもらった肉体強化は重宝しているわ。けどまだまだ、おじいちゃん達には中々勝てないの、他に私にできる魔法があったら教えて下さいお願いします」
リリーがこんな事いうなんて。明日は雨だろうか? ってか父さん達も覚えたから、差し引きゼロなんだぞ。
「姉さん。父さんがなんで最初に肉体強化を教えたと思う? 慣れろってことだと僕は思うんだ。使いこなして、経験を積めば十分って事なんじゃないのかな?」
いいえ違います。何となくです。そんなに持ち上げないで下さい。
「なら手数を増やすしかないだろう。前に教えたナイフ投げの練習はしているか? 空いている手で何か投げるだけでも牽制にも使えるぞ?」
「しているわ。少しだけサボり気味だけど」
「なら俺は、そこにつけ込むしかないな。けどミエルは……見事にオールラウンドになったよなー。近接も魔法でカバーするし。数で押すしかないな」
「姉さんの補助だからね、自然とこうなったよ。けど、まだ父さんには届かない……」
「当たり前だ、そうしたらミエルも魔王になってる」
軽く笑いながら食事を再会し、特に何事もなく寝る事ができた。いやー襲われなくて良かったわ。夜は夜で嫁達に負けっぱなしだからな。
◇
とりあえず稽古の準備と言っても、雨は降らなかったので、いつも通りの装備に黒い服だ。
装備もなんだかんだで、ミスリル多めになっちゃってるし、問題は純粋な打ち合いとか技術力の問題なんだよなー。もう小手先の技術じゃ通じないし。かといって本気で魔法使うわけにもいかないしなー。
「はい、お茶」
「ありがとう」
俺が唸っていると、スズランがお茶を淹れてくれた。
「また稽古の事? 覚悟を決めたんじゃなかったの?」
「決めたんだけどさ、奇襲しかやってないからどうなんだろーって感じで悩んでた」
「対策とかしてるから、問題はないと思うわ。慣れるまで奇襲でいいんじゃないかしら? お父さん達が普通に戦ってくれてるし」
「んー。なら通じなくなるまで奇襲で良いか。けど奇襲に慣れすぎてる初心者冒険者か……」
「慣れてないよりは良いと思うわ」
スズランは微笑みながらお茶を飲み、俺が作ったお菓子を摘んでいる。んースズランもなんだかんだで落ち着いてきたよなー。リリーとの稽古ではなんか近寄りがたい雰囲気というか、殺気しかないけど。
その後は昼食を食べて、いつも通り森に入っての稽古になるが、初夏なので草木がいい感じで茂っている。もうこりゃやるしかねぇよなぁ!
「んじゃ、いつも通りで」
俺はそれだけを言い、少し離れてから【粘液】に頭から突っ込み、即席ギリースーツを作って良さげなところに隠れ、スコップにも草を大量に巻き付ける。なんだかんだで今のところコレ以外できないんだよなぁ。
そしてしばらくして、リリーとミエルが見え、相変わらず警戒をして歩いてるが、雨の日の件もあるので、最近はなかなか隙を見せてくれない。
そしてどうにかして奇襲を仕掛けて、後ろにいるミエルに襲いかかるが、一瞬にしてミエルが消えた。
いやな予感がして急いで距離を置くが、振り向いたリリーがいやらしく笑い、火球や黒曜石のナイフを浮遊させ、断続的に射出してくる。
リリーがあんなに魔法使えるかよ! 前に見せられた三角様の魔法の応用か!?
どう考えても罠にハメられ、急いで【石壁】を作って反転し、その場を離れようとするが、多分本物のリリーが槍を横薙で振るおうとしている所で目が合った。
俺は地面に思い切りスコップを突き刺し、持ち手を持ちながら柄に膝と足の側面を当て、スコップの陰に入ってどうにか横薙の一撃を防ぐが、手の平と膝がもの凄く痺れる。どんだけ強い力で振ってんだよ! ってかこれ不意打ちで食らってたら、最悪死ぬぞ。
舌打ちする暇もなく、スコップを回収してリリーとの距離を離すが、そのまま全速力で逃げ出す事にした。挟撃はやばい――
スコップで槍を受け流すか? 失敗したらそのまま吹き飛ばされる。バールやマチェットでも無理だろうな。かといって回避に自信があるわけじゃない。リリーに対してはどうにもならないな。
俺は立ち止まり、振り向き様にスコップを横に振り、とりあえず目に入ったミエルに当たるように手を離して投擲し、バールを抜いてリリーの方に向かって投げ、マチェットとナイフを抜く。
そしてリリーに向かって走り、横薙の槍をこちらも【肉体強化】で瞬間的に筋肉を付け、左手のナイフで受け止めながら間合いの中に入り、マチェットで鎖骨辺りから袈裟切りで振るが、手首を捕まれ頭突きを胸に食らってしまった。
槍と痛みを無視しつつナイフを脇の下を狙って突き刺すが、足を払われながら手首を思い切り捻られて、地面に転ばされ、槍の石突きが顔の真横に突き刺さった。
「私達の勝ちね、お父さん」
「あぁ、そうだな」
そう言って起きあがり、周りをよく見ると黒曜石のナイフが数本浮いており、少し離れた所でミエルが尖った石をこちらに向けて、スコップを構えていた。
「お前達の勝ちだな」
ため息をつきながら、まだ痛みが残っている胸を拭うと、手の平に草や粘液に混ざった血が付いていた。
「リリーの頭突きは……やばいな……」
人差し指で傷口付近を触ると、服に二カ所穴が開いており、もう一度ため息を付きながら服を脱ぎ、傷口を【水】で洗いながら触診し、服の繊維や草や土がない事を確認し、【回復魔法】をかけて傷口を塞ぎ、服を洗う。
「黒いと血が目立たないからって理由で選んだが、自分の怪我も把握しずらいな」
皮肉を込めながら軽く笑い服を着た。
「二人とも強くなったな」
「ありがと」「まだまだだよ」
二人の返事は別々だったが、表情は嬉しそうだった。
「さて、もう一戦いっておくか? 次からは敵だと思って、勇者に使った戦法や、攻撃魔法を使うけどね」
俺はニコニコと笑いながら、二人に提案してみる。
「きょ、今日は止めておきましょう。ね、ミエル?」
「そ、そうだね、姉さん。まだ対策もとれてないし」
「そうか、なら仕方がない。今日はもう止めておくか」
二人を見ながら微笑み、強くなったなーと思いつつも、リリーに化けていたミエルの悪い笑顔は、絶対に忘れられないと思った。
だって俺がしてるような、悪い笑顔そっくりだったし。やっぱり血だろうか?
「ミエル、思い切り悪い笑顔で笑ってみてくれないか?」
「え? なんで?」
「俺が罠にかかった時に、リリーに化けてただろ? リリーの悪い笑顔は見たが、ミエルのを見てみたい」
「はぁ? そう言われたらやりたくないよ」
「残念だ。多分俺そっくりな、悪い笑顔だと思ったんだけどな」
軽く会話をして家に帰るが、胸に開いている服をラッテに突っ込まれた。
「あぁ、リリーの頭突きを食らった、そして刺さった。もう少し身長が高かったら、目か首をやられてたね。角って便利だね。俺も欲しかったよ」
軽く笑い話風に言い、着替えてから裁縫道具を持ってきて、お茶を飲みながら穴の開いた場所を縫っていく。
「父さんって裁縫もできたんだ」
「あぁ、あのベストやリュックを縫ったのも俺だ。裁縫はできて損はないぞ。取れたボタンくらいは、自分で付けたいよな。な、リリー?」
「そ、そうね。女の子だからね。それくらいはしたいわね」
スズランに、取れたボタンを付けてもらっていたのを見ていたので、少しだけからかってみた。
「女の子なら、料理もしたいよなー?」
女の子と言う単語がでたので、ついでに料理の方向に矛先を向けてみる。
「め、目玉焼きから始めようかなー? 焼くだけだし」
「そうだね、なら夕食のおかずに目玉焼きを五個追加で作ってもらおうかな? 焼くだけだからね」
俺がそう言うと、リリー以外の全員が軽く笑い、スズランが木で編んだボウルみたいなのを持って鶏小屋の方に行き、ラッテが竈の横に小枝や薪を用意しはじめ、ミエルがニヤニヤしていた。そしてもう逃げられない状況になった。
「準備はできたみたいだよ? がんばってね」
「私はリリーを信じてるわ」
「リリーちゃん、がんばってね」
「姉さん、僕は黄身が固まってない方が好きなんだよね」
そして、全員からすばらしいプレッシャーをかけられ、変な笑顔になりながらキッチンに向かっていった。少し大人げなかったかな?
リリーが目玉焼きを作り終わり、夕食になるが、全員の表情が暗い。
俺の前には、一番最初に作ったであろう目玉焼きがあるが、黄身が割れ、平らな焦げた目玉焼きが置いてある。
スズランの前には、黄身はつぶれてはいないが、焦げた目玉焼きが。
ラッテの前には、殻を取ろうとしたのか、白身が変に崩れており、殻を取る事に集中してたのか、やっぱり焦げている。
ミエルの前には、リクエストに答えようとしたのか、白身が半生の、がんばって皿に乗せようとしたのか、余熱で中途半端にスクランブルエッグになった物が。
そしてリリーの前には、取るのをミスしたのか、両面焼きの目玉焼きが。
どうしてこうなった? 俺の一言で、誰も幸せにならない結果になってしまった。どう収拾つけようか。コレ。
「うん、ちゃんと目玉焼きだ、おいしいよ」
俺は笑顔で目玉焼きを食べて、褒めておいた。後で本当に料理を教えておこう……。
感想で「酪農家をもっと増やさないと」とご指摘をいただきました。
寒村を丸々一個引き取ったり、元寒村出身者が多いので、酪農経験者は多少いるであろうという設定です。




