第206話 麻を植えようとした時の事
205話を少し変更
亜麻を全て麻に変更 種は春に植えられるので、常夏の島なら育てられると判断しました。
牛の数を番で50組ではなく、オス5:メス45にしました。
はぁ、朝から気が乗らない。けど、行くしかないんだよなぁ。そう思いつつ、アピスさんの工房に向かっている。麻の種を試験的に植える為だ。まずは色々聞かないとな。
床に寝転がってるのか、アピスさんの足が見えるが、一応ドアをノックする。暖かい島だからって、夜中にドアを開けっ放しで寝るのは止めてほしい。
対処法はもうわかってる。無理矢理起こして、鼻に水球を入れるだけだ。が、明後日の方向でもう女性として終わってる状況に出くわした。
床で寝るのは百歩譲ってわかるとしよう。研究室に寝泊まりの常習犯だ。けどね、木箱の縁に四角の切り込み入れて逆さにして、首突っ込むのだけは止めてくれ。木箱から胴体が生えてるように見える。
「アピスさん、起きてくださーい」
「ん……んー」
反応があるな、揺すれば起きるな。そう判断し、声をかけ続けながら肩に手を置いて、押すようにして揺らすと、木箱を少しだけ持ち上げて頭を出した。
肩を揺らしたら胸も揺れた……。ものすごく。
「あら、珍しい。訪ねてくる期間が短いわね。で、明るいけど朝? 昼?」
「朝です、起きてください。いい加減気絶か寝落ちするまで工房にいるの止めてくださいよ。家だって使ってないでしょう。もう良いです、健康状態を考えるなら、ここにベッド運びましょう。床で寝るよりは良いです」
「あら、助かるわ」
「で、何で木箱をかぶってたんですか?」
「寝ようと思ったから、明け方で眩しかったからよ」
アピスさんはそう言うと立ち上がり、イスに座った。もうやだこの人……。
「で、何? 用件があるから来たんでしょう?」
「えぇ、そうですね。本題に入りましょう。これ、麻の種なんですが、育てたら薬になります? 毒になります?」
アピスさんの机に一粒だけ種を置き、一応聞いてみることにした。前世では麻薬という感じで一括りにされていたからだ。
けど、不眠症を解消したり、パーキンソン病を一時的に楽にしたり、医者に見放された癌患者が種を手に入れて、勝手に育てて使用して治して、麻薬所持で逮捕されたりってのを、調べた事もある。
元々漢方としても使われてたし、種の油を絞った物も飲んだりしたりで使われてて、二百五十種類の病気や疾患に効くような話だった。
だから一応聞いておく必要がある。
「麻、ねぇ……。主に鎮痛作用に使われてる事が多いわね。繊維を取ろうとして酔う事もあるけど、煙草ほどでもないわよ? 煙草は基本毒だし。で、そんな袋に沢山あるけど、麻に手を出すの?」
そう言って種を口に入れ、目を瞑りながら奥歯で噛み潰して舌で転がしている。ある程度の成分でも調べてるんだろうか?
「えぇ、第四村を繊維関係に関わらせようと思ってるので。どうしましょうか? フルールさんに頼んで毒性を殆どなくしてもらうことも可能ですが、ここの畑だけ、薬用に普通に生育します?」
第四村の人が収穫後に、乾燥した物を吸うかどうかが問題だからな。
「この品種は陶酔感と多幸感があるから、常習化して勝手に手を出す人がいるかもしれないわね」
一粒……それにこの短時間でわかるのか? すげぇな。野菜や果物の糖度とか、収穫前の麦とか米とかの収穫頃とか言い当てそう。
「なら種や麻、畑全体の厳重管理……できなさそうですね。どうするかな……。あぁ、少量生産だから、ここの屋根でプランター栽培にして、残りは無毒化させて栽培しましょう。収穫した物は鍵のかかる金庫に保管。鍵はルッシュさんが管理、これでいこう」
「これでいこう、じゃないわよ。誰が屋根まで上るのよ? 私は嫌よ? 上れると思う? 多分落ちるわよ?」
「えぇ……」
そこまで酷いのかよ……。
「汚物を見るような目で見ないで欲しいわね。そこまでやるなら、交易所の屋根で育てなさいよ。通ってるならいつでも見えるし、目立つから盗まれない。管理も全部そっちでして、必要になったら取りに行くわ」
「そうっすね……んじゃ、これの三分の二は無毒化、そして残りの半分は保管したり植えたりでいいですね。で、フルールさんを通して、そのうち届けてくれって言い出すんですよね……」
「もちろん」
はぁ、結局管理させられなかったよ……。
「朝から疲れただけだったよ……」
誰に言うわけでもなく、グチりつつため息を盛大に吐きながら執務室に戻る。そして机の上のフルールさんに声をかけて、陶酔感や多幸感の作用の出る毒を出さない、トチギチロのように変化させてもらったので、魔法で作った【水】と鶏糞を鉢に与え、上機嫌にさせてから、ウルレさんに一声かけて執務室を出る。
恍惚の表情を浮かべ、嬌声をあげるフルールさんを初めて見たからか、変な目で俺を見ていた。どうも鶏糞が効いたらしい。だから普段我慢している声も出たんだな。ってか直ぐに効くん?
そして俺は悪くない! 鶏糞が悪い!
そしてヴァンさん達の工房の工房に行き、鍵のかかる金庫と合い鍵の発注をした。
馬鹿みたくデカいのを作られそうになったが、手に持っていた袋や何に使うかを教えると、残念そうな顔で返事をされた。何に使うと思ったんだろうか?
あとはルートさんの所に行き、廃材でかなり大きな鉢を十五個作るように注文する。屋根の上で作ってくれと。
やっぱり訳を聞かれるが、どうしても屋根の上で育てないといけない理由があるので、必要だからと言ったらつまらなそうな顔をされた。
俺の注文って、いつも変な方向性で使う事があるからだろうか? 確かにあるかもしれない……。
あとはトレイの上に濡れた布を置いて、上に種を乗せて根が出るのを待つ。残った種は、とりあえず金庫ができるまで俺の机に保管。一番上だけ鍵がかかるし。床下から出すのは面倒くさいので、黒曜石で似たような形をイメージで作って、回したら鍵が開いた。そこまでは正確じゃないみたいだ。
織田さんの指導でも、鍵はまだまだ難しいか――
俺だって南京錠くらいは開けられたし……。
暇つぶしでやってたら案外できる物だった。ただ、結果論として言うなら、工具で切った方がものすごく早かった。もしくは叩いて壊すか。プロの鍵師とか鍵屋さんならもっと早く開けられると思う。音を出したくないなら、ピッキングかな。自宅の鍵は無理だったけどね。世間の目的に。
昼過ぎ、残った種を持って第四村に行き、村長と北川に理由を話し、試験的にでいいから、麻の露地栽培を頼んだ。今頃蒔いても、多分成長すると。
「おい、向こうでも色々と問題になってるが、その辺はどうするんだ?」
北川が睨みながら問いかけてきた。やっぱり俺と同じように心配しているようだ。
「某所で、毒性のない物の栽培に成功している。繊維としては変らない。この種もフルールさんに頼んで、似たような物にしてもらった。焚いて吸っても煙いだけだから安心しろ。栄養は食うが、土壌改良もできるらしいからやってみてくれ。葉っぱも収穫時に地面に捨てればそのうち腐葉土になる。問題ない。某国では雑草と言われるくらい強いらしいから、適度に腐葉土とか、堆肥や鶏糞を植える前に土に混ぜればいい」
「あの、なんの話をしているのでしょうか? 毒とか問題ないとか……」
第四村の村長が、ものすごく心配そうにこちらを見ていた。毒って単語が気になったみたいだ。
「あー、ものすごく良い繊維になるんですよ。ただ、ちょ~っと毒があるので、専門家に頼んで毒が極力出ない物にしてもらいました。毒と言っても、酒に酔った感じになる程度ですので、そこまで心配ではないです」
「良かったです。我々は禁輸品を育てさせられるのかと思ってました」
村長は、息を吐きながら安心している。
マフィアがいきなりやってきて、このコーヒー農場を潰してケシを育てろ。的な物のワンシーンをマンガを読んだことがある。けどそんな事はさせないさ。マフィアは儲かるから脅して育てさせてたけど、島はクリーンな物で利益をあげたい。
「まぁ、アレも葉っぱですけどね……。多分形が全然違いますよ。過去に見た事があるので断言できます。ってか禁輸品だったら、目の前にいる勇者にぶっ飛ばされて、気絶してる間に種を燃やされてますよ。なぁ?」
「あぁ……、ぶっ飛ばすだけで済めばいいけどな」
北川は真顔で、俺の事を見ながら言ってきた。こいつはマジだな。かなり正義感が強そうだ。まだ正義の線引きがわからないけどな。
そして夕方になり、猟に出ていた人達を見かけ、手にクロスボウを持っているのを見つけた。獲物は熊だった。初期の頃にはこの辺で遭遇しなかったけどな……。
確か弓より訓練は比較的必要ないんだったな……。防衛面での強化で、作って訓練だけさせるのもありだな。
俺は弓が絶望的に下手で、神様から呪われてるとかキースに言われたし、石弾があるから必要に思ってなかったけど、防衛力は必要だよな。
「作るか……」
一言だけ呟くと猟師に話しかけ、クロスボウを借りる事にした。
先端の金具を足で踏み、何本もの紐が捻られて強度が上がってる弦を引いて爪に引っかけ、矢を望遠鏡を覗くように見て、歪みが少ないのを確認してから乗せて、右膝を付いてから射撃体制をとり、開拓されていない森の方に向ける。
目検で約七十メートル、狙いは正面の俺の胴体より太い木。
照準器は矢の後ろにある細く短い棒のみ。前世の物を知ってたら粗悪品に思えてくる。けどこれでも十分か。
左肘を左膝に乗せて、クロスボウを安定させる。
「カームさん、構えが違うぜ?」
忠告をもらうが気にせずに発射すると、木の手前に矢が刺さった。周りから笑われるが、特に気にしない。コレの飛距離は大体わかった。
もう一度同じ手順で弦を張り、同じ姿勢で先端を十度くらい感覚であげて射出すると、木の根本から高さ百五十センチメートルくらいの所に刺さる。
「「「おぉー」」」
今度は少しだけ上げて、刺さった場所から二十センチメートルくらい上に刺さった。三本目も似たようにして撃ち、矢と矢の間に命中させる。
猟師達は、三本目が刺さった時には無言だった。だって素人だと思っていた俺が、縦に三本矢が並んで当てれば驚くだろう。
しかも、引っ張る力を均等にしないと左右にブレるが、それもあまりなかったしな。
気分はサバゲやってる感覚だ。きっちり脇を締めて体も小さくしてたしな。懐かしい……。
「単純な機械式にして弦を張るか……。ついでに射程距離を延ばしましょう。持ちにくいと撃ちにくいので、銃床部分の大幅改良と引き金部分、左手部分の持ち手を改良ですね。個人的には照準器もしっかりした物が欲しいかな」
クロスボウを猟師に返した所で、騒ぎを聞きつけたのか北川が様子を見に来た。
「なにしてんだ?」
「ん? 試しに撃たせてもらっただけだよ。そして今後の改良点と、生産性の考慮。せっかく引っ張り強度の比較的強い麻を育てるんだから、やってみた。実際に撃ったのは初めてだけどね。優秀な鍛冶師がいるんだから、弓部分を少し薄い板バネにして、弦が重くなるけど安定して、ここからあそこくらい飛ばせるようにしたい」
俺は木に刺さってる矢を指さす。
「お前、ここから撃ったのか?」
「あぁ、楽しかったぞ」
「楽しいで、あんな曲芸みたいな事されてみろ、こいつら自信なくすぞ!?」
北川が、親指で猟師達を指し、怒鳴ってきた。
「いやー、まっすぐ撃った時の飛距離から、どのくらい角度付ければいいかなーって思って、角度は勘でやった。弓より簡単だね。俺、弓だと明後日の方向に飛ぶんだよ」
そう言って、弓を持ってる人から借りて、綺麗なフォームで射出すると、五本隣の木をかすめて、森の奥に矢が飛んでいった。
「な?」
笑顔で弓を返しながら、自分のクロスボウの上手さを相殺して、マイナスになるような雰囲気を作る。
「やっぱり弓は難しいよ。当てられる人は尊敬できる」
「いや、な。じゃねぇよ。余計な事するなよ。ただでさえお前の魔法で、春の祭りの時に変人扱いされてるんだからよ」
「ほー。ちょっと嬉しいな。変な噂が流れて、俺を狙う馬鹿が減れば心配事が減る。んじゃクロスボウの改良案と簡単な絵図面作って、織田さんの所に持って行ってからドワーフの所だな。数はどうするよ?」
「あ? あー……最低百か?」
「まず訓練用として二十だな、そして別途に各村に二十五配布で合計百二十挺? 張り? 本? まぁ数え方なんか今はどうでもいいか」
「そうだな。ちゃんと矢は回収してこいよ」
「う、うーっす」
俺は軽く走りつつ、合計五本の矢を回収した。外したらマジで回収が面倒くさい。
猟師さん達にお礼を言ってから矢を返し、笑われながら第一村の執務室に転移した。
「さて、軽く絵だけ書いてから帰るか」
誰もいない執務室で独り言を言い、書き損じの書類の裏に絵を書くことにした。
弓の左右の滑車はいらねぇよな……。銃床の軽量化でスケルトンストック風にするのは強度や加工面で却下だな。アーチェリー用の照準器は欲しいし、けどカウンターウエイトも必要ないな。クロスボウに銃剣? 浪漫しか感じねぇ!
少しだけ趣味が入ったが、こんなもんだろう。




