第207話 泥まみれになった時の事
今日は故郷に帰ることにしている日だが、ものすごく億劫だ。この間、ミスリル製の道具を渡してから、成長度合いが以前と比べものにならない。
あれから数回故郷に帰ってるが、稽古をするのが本当に嫌になる。
今日のベリルは雨か……。
「ただいま」
「おかえりー」
朝食の洗い物をしていたラッテが、ニコニコと笑顔で迎えてくれた。
「今日は仕事お休みなんだね」
「うん。牛さんなんか勝手に外に出て、雨に濡れて帰ってきたら妙に綺麗になってるからね、雨の日はお休みくれることが多いんだよ。だから、おばさん達だけで平気みたいなの」
「ほー。なんか雨の日の方が忙しいイメージがあるけど、そうでもないのか」
ビニールハウスとかで、他の作物とかやってなければ、雨の日でもそうなのかもしれない。
「今お茶入れるから待っててねー」
「ありがとー」
十日ぶりの軽い会話を終わらせ、スズランにも挨拶をしてからイスに座る。問題はこの後だ。スズランの顔が、いつもよりキリッとしている気がするからだ。
「おかえり、ミエルがヘイルお義父に勝ったわ。まぐれじゃなくて、普通に戦ってよ」
「今、悩みの種が一個増えた……」
おれは頭に手を置いて、テーブルに肘を付く。
「なんでもカームとの一件で、少し魔法に対して苦手意識ができてるみたいなの。だからじゃないかって、スリートお義母さんが言ってたわ。ミエルとの相性は悪いみたいなの」
「そうか……俺が父さんにトラウマを作ってたか……。悪い事しちゃったな」
ため息を大きく一回吐き、子供達が強くなっていくのが嬉しい反面、今後の稽古をどうするかが本当に困る。なんか殺るか殺られるかになりそうだ。
「なーにそんなに考えてるの? 悩みがあるなら、ベッドで聞くよー? 今日は雨でやる事がないから、お昼ご飯の用意だけしてベッドにいく?」
お茶を俺の前に置いて、どうしたの? おっぱい揉む? みたいに言わないで欲しい。
そしてもう一度ため息を吐いたら、スズランが立ち上がり、俺の後ろに立って脇の下に手を突っ込み、無理矢理立たされ羽交い締めをされた。
「ラッテ、寝室のドア開けて」
「はーい」
「ちょっと!? 朝だよ?」
別に抵抗する気はあまりないが、こう……スズランにはもう少し手段を増やして欲しい。熱っぽい目でこっちを見ながら、指を絡めて来るとかさ。まぁ、性格的に無理そうだけど。
ズルズルと引きずられながら寝室に連れて行かれ、俺は悩みを吐き出し、色々ベッドで話し合った結果、覚悟を決めるしかないって諭された。稽古中は親子と思わず敵と思えって。
ベッド必要ないよね? 慰めるつもりだったのかどうかわからないが、こんな気持ちでも戦闘準備になっちゃう俺も俺だけど……。
そして俺は包丁を握り、昼の仕込みすらできずにベッドに連れ込まれたので、急いで昼食の用意を済ませる。
「時間がないから適当に作ったよー」
大皿二つに娼婦風パスタと、ペペロンチーノを置き、サラダになってしまった。肉枠は、トンカツに使うような厚切り肉を塩コショウで焼いて、ある程度の大きさに切って終わりだ。
「各自とって食べてねー」
手抜きになったが、美味しいので問題ない。問題はこれからだ。
「さて、今日は雨だけどどうする? 一応稽古するかい?」
個人的にもの凄く嫌だけど、一応聞いてみる。
「お父さんと雨の日の稽古はやったことがないから、一回は経験してみたいわね」
「そうだね、僕も姉さんの意見に賛成かな」
「わかった、準備をするからここでゆっくりしててくれ」
そう言って、厚手の黒い服に着替えて居間に戻る。
「森に行く前に、風呂にお湯張ってくる。入る順番はリリー、ミエル、俺な」
俺は風呂桶に少し熱めのお湯を張り、外に出る。
「お父さん、いつもの武器は?」
「ん? 雨だからな。雨の日の森の戦い方って奴をやってやろうと思ってる。だから重い物は持ってきてない」
正確には目立つ物だけどな。
「重い物って……。父さんは普段からあまり持ってないよね? いったい何をする気?」
「まぁ……色々だ。ミエルもヘイルおじいちゃんに勝ってるからな、こっちも手を抜いてられない状態だ。悪いが覚悟は決めさせてもらったから、それなりの覚悟はしておいてくれ。森に行くぞ」
森に移動し、いつものようにクイーンビーさんの木に集まり、俺が森の中に先に入る。
そして全速力で走り、自分の足音が葉に当たった雨音でかき消えるのを確認しつつ、いい感じの水たまりを見つけたらとりあえずそこで寝転がり、手で泥や落ち葉をある程度集めて【泥玉】を作って頭から突っ込み、頭だけ出して目の部分だけどうにか開けられるようにして、全身泥まみれになり、どこかのベトナム帰りのアメリカ人のようになる。
「カーム、怒りの泥まみれ」
とりあえず、言っておかないとダメな気がした独り言を済ませ、子供達を探す事にする。
木の陰から陰に素早く移動し、来た道を戻りながら子供達を探す事にする。
子供達はいつものように二人一組で移動し、警戒をしながら進んでいる。
時々リリーが振り返り、ミエルの事も気にかけ、俺の足跡をどうにか追っているという感じだ。その時ミエルは前方の警戒を強めている。
俺はリリーの歩数を数え、大まかに振り返るタイミングを計る。
その間に、落ちている蔓と小枝を拾ってポケットにしまい、仕掛けるタイミングを根気強く待つが、それは直ぐにやってきた。
「今日も待ち伏せかな?」
「どうかしら。珍しく何も持ってない事を考えれば、それの可能性の方が高いわね。けど、雨の日の戦い方とか言ってたから、何とも言えないわね」
「そうだね。あの父さんだから何してくるかわからないよ。気をつけるに越したことはないね」
「そうね、足跡も珍しく大幅だし、何ともいえないわ」
振り返った直後を狙わなくても良かった。会話をしてくれてるから、終わったタイミングを待てばいい。
そして会話が終わったタイミングで、ミエルにゆっくりと近づき、物音を立てずに、【肉体強化】を瞬間的に上げて首を絞め、一切暴れさせる事なくミエルを気絶させ、足跡が残るように引きずって近くの木の近くで座らせた。
そして手首を後ろで縛り、ずり落ちないように残った蔓で首と木を結ぶ。
少しぬかるんでいる場所に飛び込み、体をうねらせて泥にもぐり、首を横に向け、片目と片方の鼻の穴だけ出してミエルを見張る。
そして、慌てて戻ってきたリリーがミエルを見つけ、首の蔓を切ることなく辺りを警戒している。
「ミエル、ミエル起きなさい!」
そういいながら、槍の石突きで頭をコツコツしている。ひでぇな――
起きる様子もないので、リリーは辺りを警戒しながら太股のナイフを抜いて、一瞬だけミエルの方を見てから、木にナイフを叩きつけるようにして首の蔓を切り、ミエルがドサリと倒れた。
「手首まで縛られてるの!?」
リリーがしゃがみ、手首の蔓を切ろうとした瞬間、俺は片手で掬った泥をそのままリリーの顔に投げつけ、怯んだ瞬間全力で駆け寄り、闇雲に槍を振っていたので、そのままの勢いでタックルをして押し倒し、小枝を首に押しつける。
「パートナーがこんな状態になってたら、とりあえず罠だと思うから、もう少し落ち着いて周りを観察する事。片目だけ出してたんだぞ? まぁ、俺に背中を見せなかっただけマシだな」
そう言ってリリーの顔に【水球】を当て、応急処置を済ませ、ミエルの腕の蔓を切って、両足を持ち上げて頭に血を送る。
「んー。どうなったの?」
「私達の負けよ。お父さんの姿を見て」
ミエルが辺りを見回し、目が合ったので手を軽く上げて自己主張をする。
「泥と小枝で負けたわ。ミエルは首を絞められて気絶。魔法の使用はなし、あそこのぬかるみに寝転がって隠れてたわ」
「悪いな、綺麗な髪の毛を泥だらけにしちゃって」
「……そこまでする!? これ普通の稽古だよね!? 父さん泥だらけじゃん」
ミエルは俺の姿を見て、あり得ないって感じで声を出した。
「そこまでするんだよ。おまえ達はお爺ちゃん達に一回でも勝ってるんだ、手を抜いたらこっちの身が危ない。できる事は何でもやるぞ? 怪我させられなかっただけありがたく思え。さて、濡れた服が張り付いて重いからな、今日はもうお終いだ。それに手口を知られた。二度目は警戒される、多分今日はもう通用しない」
そういってぬるま湯の【水球】を出して、頭から飛び込む。
「あ゛~。服の中まで入り込んでるよ。あんまりやりたくないんだよなーこれ」
愚痴を漏らしつつ、ある程度の泥を落とし、別な場所にもう一個ぬるま湯の【水球】を用意してそっちにも入り、水が少しだけ濁るが、まぁ帰るまでは不快にならないだろう。
「ほらミエル、お前も髪の毛の泥をある程度落としておけ、まぁ俺が汚しちゃったんだけどな」
そういってぬるま湯の【水球】を浮遊させると、髪を持って水球に入れ、ある程度の泥を落とし、体の前に髪を垂らし、握って水を切っている。
仕草が、もう髪の長い女性にしか見えない。こんなに長いと本当に手入れが大変そうだ。ってかリリーも似たような目でミエルを見ていた。
やっぱり長い髪に憧れはあるんだろうか?
「よし。帰るぞ」
それだけを言い、俺達は家に帰ることにした。
家に戻り、びしょ濡れのまま男二人は玄関前で待機だ。汚れてるし、風呂に入る前に体を拭いて、新しい服に着替えるのもなんか嫌だし。
「ねえ父さん。もしさ、父さんが本気で僕達と稽古をやったら、僕達はどうなる? 何かできる事はある?」
横目で見ると、こちらを見ずに屋根から落ちてくる水滴を見ながら言ってきた。何か思うところはあるのだろう。
「そうだな。殺さない事前提なら、面と向かって対峙してる場合だと、例の見えない魔法で二人の肩か腕に穴をあけて終わり。森の中だった場合、さっきみたいに隠れ、一切見られる事もなく二人を同時に気絶させる。もちろん近づかないでな」
「つまり、結局僕達は何もできないんだね――」
「……そうだな、正攻法ならな。奇策だったらわかんないなー。たとえば、ミエルが父さんと同じ見えない魔法が使えるとする。それでも防ぐ手段を知っているこっちの方が有利だ。そうだな……。今度教えてやるが、父さんが及第点だと思ったら少しだけ早く教えてやる」
「先は長そう……」
珍しく弱気になっちゃったな。ここは親としてフォローしないと駄目だな。
「筋肉ってのは、鍛えれば鍛えるほど強くなるよな? 魔法も同じらしくてな、使えば使うほど気怠くなりにくい。毎日気怠くなるぐらい魔法をその辺に空撃ちするのもいいかもな。父さんは畑耕しだったけど」
俺は無意味に落ちてくる雨粒を集めるイメージをして、時間が立つごとに大きくなっていく【水球】を作り、ずっと浮かせてみる。
「雨の日でもできる事は沢山あるぞ」
そして別な場所では、雨が地面に付く前に雹になって落ちるようにする。熱量を奪うようにして、自然に凍らせればいい。
「いいか? 物には全て熱がある。その熱を奪えば何でも凍らせる事も可能だ。お湯だって時間がたてば普通の水になって、冬だったらそのうち氷る」
そう言って浮かせてある水球の熱を奪い、どんどん氷にしていき、ミエルの濡れている服の袖も摘まんで軽く氷らせる。
「お前は前衛じゃなく後衛だ。リリーにはお爺ちゃん達がいるが、ミエルには師事してくれる人はこの村には少ない。少し遅くなったが、冒険に出る前までに色々教えてやる。今日の事はそれで許してくれ」
「……そうだね」
「父さんは、ずっと村の手伝いで魔法を使ってたから、多分こうなってる。戦い方は自前だけどな」
「あんな事、いつもやってるの?」
「ん? あーそうだなぁ。勇者が島に来て殺されそうになった時は、やっぱり一切見られる事なく、殺さずに四人を無力化した。海賊が来た時は、襲ってくる前に全員一時的に病気にして、簡単に無力化させた。殺さないって事は、実力差がないとできない事だから結構大変なんだよ。最近はお前達に、どうやって怪我させないように勝つか難しくなってるから、本当に苦労してる。なんだかんだで親だからな、お爺ちゃん達みたいに怪我はさせたくはないなー」
玄関前で男同士の会話をしつつ、リリーが風呂から出るのを待ち、作っちゃった大きな氷の固まりを、どうやって壊すかの話をとりあえずしてみる。
「威力を出すには、重さと早さが必要だ。単純に重くしたければ大きくすればいい。そして、ぶつかる部分を小さくすればいい。平らな石を落とした時と、尖った石を落としたときの差だな」
そういって、円錐状の石を空中に作り出し、氷の固まりに落とし半分にする。
「物には必ず目って物がある。壊れやすかったり、割れやすかったりするものだ、まぁ物の弱点だな。あの氷は無理矢理割ったから、形が悪いが――」
俺はもう一度円錐状の小さめの石を作り、割れた片方の氷の方に落とすと、綺麗に半分に割れた。
「こういう風に綺麗に割れる。力で攻めても良いし、弱点を攻めても良い。魔物だったらそのまま無理矢理倒すか、綺麗に心臓や急所を狙うかの違いだな。どうしたいかはミエル次第だ。父さんは弱点を攻めるから、ミエルを狙う事が多い」
少しだけ口角を上げ、ミエルの方を見る。
「一列で歩いてると、どうしても後ろから狙った方が分離させやすいからな。リリーやミエルは最近後ろにも注意を払うようになったが、今日は会話が終わった直後を狙った。雨が降ってたから走る足音も今日は消せた、ぬかるんでたから体中を泥まみれにして、人の形を認識させないようにした。だからミエルを縛っていた木の近くの泥に潜んでいても、気が付かれなかった。ミエルを助けるって隙を作り出す事にした。今日は俺に有利すぎる状況だったな」
「父さんがどうにかして、僕達との差を広げて怪我をさせないようにしてるかはわかったよ。で、聞きたいんだけど、姉さんが後ろだったら、姉さんを狙うの?」
「もちろん。人の目は後ろに付いてないからな」
笑顔で、毎回ミエルを狙うのは後ろだからって事を強調し、けしてミエルが弱くないって事を、さりげなく口に出さないが教えておく。
「ミエルー、お風呂出たわよー」
適当に話し込んでいたら、リリーが風呂から出たらしく、ミエルが軽く返事をして家の中に入っていった。
そしてついに俺の番になったので、さっさと服を脱いで桶で掛け湯をした。
「うふぇひゃ!」
冷たすぎて変な声が出たわ……。
ちくしょーミエルの奴め、風呂場で熱を奪う練習するなよ。ってか地味な嫌がらせだなー……。ささやかな抵抗か?
俺は風呂の水を全て抜き、もう一度栓をしてから、ちょうど良い湯で湯船を満たし、ゆっくりと暖まった。
そして風呂から出て、変な声は何だったのかをラッテに聞かれたので、笑顔のミエルを見つつ、こっちも笑顔でごまかしておいた。
あー、俺は隙を作られたんだな――
そして、洗濯物がもの凄く泥だらけだったから、めちゃくちゃラッテに怒られた。
風呂場ですすぎ洗いしておけばよかったな……
愛用の腕時計の電池が切れて半年以上経つので、新しい腕時計を買った勢いで書いた。
時計の名前? マッドマスター です。前の時計?ルミノックスです。電池交換には本国に送り返さないとダメみたいなんですよね。
ソーラー充電システムなので、長持ちします。




