第190話 もの凄く痛かった時の事
少し大きな仕事が終わったので、中途半端だが休みをもらって俺は故郷に帰った。
雪は全て溶け、草木がかなりいい感じに茂っている。だから稽古をせがまれても腹痛に悩まされなくなった。これは良い事だ。
「ただいまー」
「おかえり。いつもより帰ってくるのが少し早い」
「あぁ、ちょっと大きな仕事に区切りがついたからね。休みをもらってきた」
戸棚からカップを取り、ポットに【熱湯】を入れ、お茶を蒸らす。
「この間言ってた、島の外にお酒を造る場所で悩んでたアレ?」
「そうそう、アレ。後は任せてあるから、時々様子を見に行くくらいかな」
十分に蒸れたお茶をカップに注ぎ、ゆっくりと飲む。なんだかんだで飲み慣れたものがいい。ルッシュさんが来客用に、少し高い茶葉を仕入れて、接客中はソレかコーヒーを飲む事が多いが、美味しいには美味しいけど、なんか少し高い茶葉は飲み慣れないんだよなぁ。
高くても、美味しくても、飲み馴れてるのが一番だな。前世では緑茶か紅茶派だったし。高いのを買った事もあるが、普段から気軽に飲める安めので十分だ。
「そういえば子供達だけど、ちょっと前からカーム対策の為に、シンケン君のお母さんに気配の消し方とか、足音の消し方とか教えてもらってるみたい。ミールが言ってた」
「……二人は何を焦ってるかわからないけど、どうしてそこまでして俺に勝とうとしてるのかがわからない。正直もう相手にしたくない。だってこれ以上は、手を抜く方が難しいし……」
俺は盛大にため息を吐いて、テーブルに突っ伏す。
「普通の稽古はお父さん達がやってるから、変則的なのはカームって決めてるみたい。手を抜くのが難しいなら、抜かなければいい」
「だって、つまりは魔法を使ったり、武器使ったりって事だろ? 間違えがあったら、俺が五日くらいへこむよ?」
「気にしなければいい。お父さん達も、最近じゃ結構手が抜けなくて傷付けてる」
俺はもう一度ため息をし、体を起こす。
「今回も覚悟決めるかー。ミエルに回復魔法も覚えさせたし」
切り傷限定だけど。
「で、お昼ご飯は何がいい?」
「戸棚に豚肉があるから、それで何か作って」
「あいよー。んじゃ午後の稽古に備えて、武器っぽいの作ってくる」
「お昼に間に合えば別に問題ない」
俺は外に出て、倉庫から紐を二メートルくらいに切ったのを数本用意し、拳より小さな石をニ個と、さらに小さな石を数個拾ってくる。
子供の時にしか作ってないが、ボーラとソマイを作る予定だ。
ボーラは拳より小さい重りを両端に付けた紐で、ソマイは小石を紐の両端に付けて、束ねて縛った物だ。似たような狩猟道具だけど、用途が中型動物の足に巻き付けるか、小型動物をからめ取るかだ。
そして木の枝を削って、尖らせた物を十数本。ボロ布を細長く縫って砂をカップで二つ分入れて、口を少し長い紐で縛る。そして余った布でスリングを作る。
親指と人差し指で紐を摘み、肘にひっかけてまた手の方に持ってきてグルグルと巻き、二十回ほど巻いたら紐を切って束ねる。
「こんなもんか、あーあとアレも必要だな」
その辺にある物で武器を作り、俺は昼食の準備をはじめる。
なににすっかなー、トンカツじゃありきたりだしなー。中にチーズはさんで巻いて揚げるか。トンカツとさほど変わらないけど。
肉じゃがとか作りたいけど、パンに合わないしなー。今度一人でこっそり作るか。人参とかないし。
夜は豚の角煮にしてみるか、醤油あるし。昼間から仕込めば、夜には食べられるだろう。あー卵も茹でておかないと。
俺は準備を終わらせてから鶏小屋に向かい、卵を鶏に攻撃されながら回収。スズランはどうやって卵を回収してるんだろうか? 殺気をムンムン出して、鶏が逃げてる時に回収でもするんだろうか? 俺でも出来るかな? ヴォルフの時は出来たけど、鳥に魔力を使った威圧って通じるのか?
よし、卵は茹で終わったし、角煮の準備だな。豚肉のブロックを軽く表面を焼いて、煮崩れ防止対策しつつ肉を寝かせる。フォークで刺してもいいけど、そこからうま味が逃げるし肉が縮むらしいから短時間用だ。けど脂身には結構深めに刺しても良かった気がする。
そしてネギを一本とショウガを鍋に入れて、水と日本酒、砂糖を入れて醤油を入れて少し味見。
顆粒出汁とか入れたいけどないし、鰹節もにぼしもない……。昆布? いや溶けそう、下手にいじらないでこのまま煮込もう。
俺は寝かせておいたブロック肉や、玉子を入れてもう一つの竈で煮込む。後は子供達が帰ってくる頃に揚げればいい。
「ただいまー。あ、なんか良い匂い。これかー」
しばらくしてラッテが帰ってきた。醤油系煮込み料理の匂いは確かに良いと思おう。嗅いでておなかが減ってくる
「あ、カーム君おかえりー。やっぱりあの茶色いのはカーム君の料理だったか」
「ただいま。そうだね、茶色いのを使うのは、この家じゃ俺とミエルくらいだね」
「で、今日のお昼は何? その茶色いの?」
スズランは、茶色い料理に興味津々だ。前に鶏肉を焼き鳥のタレ風にして料理したからな。
「ソレは夜。それまで弱火でじっくり煮込むから我慢してて」
「わかった、夜までがんばる」
我慢するんじゃないのか……。
子供達が帰ってくる時間になったので、チーズ巻きにパン粉を付けて揚げて、筒状のチーズ巻きを斜めに切って皿に並べる。その時にチーズが蕩け出た。蕩けてて良かった。熱で蕩けないのもあるからな。
「んー、これおいしー。豚肉とチーズの相性抜群だねー」
「おいしー」
「ある程度の厚みに切って、叩いて延ばした豚肉? 今度色々巻いてみよう」
三者三様の言葉が返ってくるが、スズランは何もいわずにモグモグと食べている。おいしい場合は、特に何も言ってこないからな。あの食べっぷりで何となくわかる。
俺はパンを親指で裂いて、サラダを入れてから、豚肉のチーズ巻きを挟んで、ホットドックスタイルで食べる。
「うん、まぁまぁ」
ソースが欲しい。
俺の食べ方を見ていた三人が真似をして食べる。もちろんスズランは野菜を入れていない。
食事が終わり、皿を洗い終わらせたら竈に薪を一本足して。火が消えないように調整する。弱火でコトコトじっくりと……。
一応蓋を開けて様子を見るが、煮汁は十分に残ってる。ひっくり返して見るが焦げはない。
「スズラン、悪いけど火を見ててくれ、あと焦げ臭くなったら火から下ろして」
「わかった。食べないようにがんばる」
がんばるところはそこじゃないよ……。
さて、稽古だけど。帰ってきて昼食後は自然と稽古の流れになってきているので、子供達も俺も何も言わずに準備をする。
「相変わらず武器は、その辺で手に入る物なんだね……」
「そうだな。そろそろ普通の武器も必要かな? って思うようになったら使ってやる」
リリーは、夜中に首を絞めて気絶させてから、俺が色々準備している物に文句は言ってこなくなった。
「森に行くぞ」
そう言ってから、俺達は森に移動する。
いつもの場所。クイーンビーさんのいる森中央の木の場所に移動し、子供達と対面する。
「さて、いつも通りだ。俺は森に入るから追ってこい」
それだけを言って、俺は森に入り準備を始める。
通り道に、トラップに適した木がないかを探しながら小石を拾う。
スネアトラップのような物は動物相手ならまだ良いが、人の目で上手く仕掛けるのには技術がいる。丸太みたいな振り子とかを使いたいが、危険なので調理中に持ってきた、小麦粉入りの袋で代用する。
木と木の間。通りやすくて少し高い場所に枝がある……。迂回もしやすい。片方は茂み。ここで良いか。
俺は束ねてある紐をほどき、片側に小麦粉入りの袋を口を開けたまま縛り、紐の片側に石をくくりつけて枝にひっかけ袋を引っ張り上げ隣の木に回す。
そしてもう片方の木の陰に、小枝で緩く打ち込む。引っかかったら速攻で小麦粉の袋が自重で落ちる感じだ。
そして進行方向側の、目と膝の高さにダミーの紐を二本張って完成。
大きく迂回すれば失敗だけど、目と膝の高さの紐に警戒して迂回側の足下に引っかかるか、踏めば、リリーかミエルが粉まみれ……になってくれればいいなぁ……。
トラップって数で勝負しないと意味がないしなぁ。この辺り……島にも竹って生えてないし。あのしなりは利用したい。
あとは奇襲場所選びだけど、適度に木が多くて、リリーの槍とミエルの魔法を避けやすい場所が一番だけど……。あぁ、小川があるな。ここを渡ってる時で良いか。
しばらく茂みで身を隠し、二人を待っているとミエルのズボンの膝から下が真っ白だった。たぶんリリーが紐を踏んで、足を放してから袋が落ちたんだろう。これで見える物は大抵ダミーって学んだだろう。
リリーが小川を渡ろうと、助走を付けて飛び越えた瞬間に俺が茂みから飛び出し、ボーラを槍に向かって投げつける。
上手く槍にボーラがからみつき、穂先付近でプラプラと揺れてるのが見えたので、左手で尖った木の枝をミエルに投げつけて牽制し二人を分断する。
小川といっても川幅一メートルもないが、渡るには跳ぶか石の上を渡るか、水に足を突っ込むしかない。
そして、右手にはブラックジャック、左手に枝を持ちリリーに向かって走っていく。
リリーは槍を構えるも、石二つ分が先端にからみつき、持った時のバランスが悪いのか、少しだけ嫌な顔をしている。元々拳くらいの石二つで、リリーの筋力をどうにかできると思ってはいない。ただの嫌がらせだ。足とか腕だと、簡単に紐が引き千切られるからな。
そしてリリーに近接する前に、もう一度ミエルに枝を投げて圧力をかけ、魔法を封じる。
今までの稽古でわかったが、リリーの槍の間合いにいる間は、ミエルの魔法の頻度が落ちる。たぶんリリーに当たる事を心配しているのか、父さん達に何かを言われたのかはわからない。だからソレを利用する。
そして、ポケットから枝を二本取り出しリリーに投げつけ、槍で払い落とした時を狙ってブラックジャックを振るうが、ソレも払い落とされそうになった。
だが遠心力の付いている、少し重い武器をナメないでもらいたい。速度のあるブラックジャックは、リリーの振った槍を払い落とし、苦虫を噛み潰したような顔をしているリリーの懐に入り、そのままの勢いで体当たりをぶちかます。
そしてよろけた所を狙って、ブラックジャックを振り上げて顎を狙うが、どんな運動神経をしているのかよろけた状態から体を捻って避けられた。
「すげぇな。あの状態から躱すのか……」
「お爺ちゃん達に鍛えられてるからね」
「まったく……、父さんを恨みたくなるぜ……」
軽く会話をしていたら、ミエルの火玉が跳んできたので横に避けるが、それに合わせてリリーが槍で突いてきた。
クソが……、どんどん手持ちの駒じゃやり辛くなってきてるな……。
俺はリリーの槍を蹴り上げ、再び懐に入ろうとするが、今度は黒曜石のナイフが飛んできて、ソレを遮られた。
ミエルの方を見ると、黒曜石のナイフが既に数本浮いており、一気に絶望感が増した。
一息だけ呼吸を整え、ブラックジャックの紐を全て延ばし、頭上で一回だけ大きく回して、タイミング良く離してミエルの方に飛ばす。
そしてポケットからソマイを取り出し、ソレはリリーの方に走りながら時間がないので手首だけで投げつけ、絡まってくれる事を祈る。本当は確定じゃなきゃ駄目なんだけど……。
ミエルの方を見たら、投げつけたブラックジャックを盾で防ぎ、リリーの方は、少し大げさに避けたので、そのまま左手を掴み、後ろに倒れるようにしながら顎先に蹴りを入れる。
ついでに首に足を絡めつつ完全に倒れ、首を絞めつつ左足で右手を封じ、ポケットからスリングを取り出した瞬間、右手の前腕外側に黒曜石のナイフが深々と突き刺さった。
「ってぇ! 参った参った、降参だ。これ以上は次の手がない」
速攻でリリーの首から足を放し、立ち上がって腕の様子を見る。幸いにも骨と骨の間に刺さってたが、貫通はしていなかった。
黒曜石のナイフを抜いて、その辺の石に叩きつけ、完璧に消えた事を確認してから、体内に破片が残こらない事を確認して、傷口を塞ぐイメージで左手をあてて治療する。
本当はミエルをしとめてから、リリーが殴りかかってきたところを両手で掴み、膝蹴りを腹入れ、そのままの流れで腕を捻りながら太股で挟んで、倒れながら肘をキメたかった。
こんな大業一対一じゃないと出来ないけどな……。
今回は俺の詰めが甘かった。小麦粉トラップの所か、もう少し木の多い所を選べばよかった。
俺は手の平を握ったり開いたりをして、神経系に異常がないかを確かめ、一応【黒曜石のナイフ】を出して、強く握れるか握力も確かめるが、特に異常は出なかった。
「んじゃ帰るか。今日仕込んだ物は全部使い切った、作戦もない。強くなったなーお前達」
「何言ってるの。お父さんはまだ森で本気を出してないし、魔法もつかってない。まだまだこれからよ」
「そうだね。あんな砂の入った袋と、木の枝だけの勝負で勝てても嬉しくない」
「……そうだな。そろそろ身の回りにある物だけで勝負は厳しいな。今度は武器くらい持ってくるわ」
俺はブラックジャックと、小麦粉を入れた袋だけを回収し、皆で家に帰った。
家に帰り後片付けを済ませ、中に入るとスズランが竈の前でウロウロしてて、頻繁に鍋の蓋を開けて、角煮の蒸気を顔に浴びて頬を緩ませていた。気持ちはわからなくはないけど、嫁としてやめて欲しい。
「カーム君が森に行ってから、ずっとあぁなんだよ」
居間でラッテとのんびりお茶を飲んでいると、そんな事を言ってきた。ずっとなのかよ……。
「醤油を使った煮物系の香りは確かに良い香りだけど、あそこまでするかなぁ」
「冬に作ってくれた、鳥肉のヤツの焦げてる匂いが良かったとか言ってたからねー。だからなんだと思うけど、ちょーっとお肉に対する愛情が強すぎだよね」
「俺と肉、どっちが好きなんだ? って聞いたら、さんざん悩んだ挙句に俺って答えそうで怖い」
「そこは即答して欲しいよねー」
ラッテが苦笑いをしながら、カップのお茶を飲んでいる。
「まぁ、そろそろ夕飯だから盛り付けようかな」
俺は立ち上がり、スズランに鍋の前から退いてもらいながら盛り付ける。
豚肉の油が良い感じで溶けかかってるし、卵も薄茶色だ。良い感じで煮込まれてる気がする。
それを持って居間に行き、サラダやパンも持って来て子供達を呼ぶ。
「あれ? ネギとかいっぱい入れてたよね? アレは食べないの?」
「あれは臭い消しだ。別に食べられない訳じゃないが、煮込んだショウガをボリボリ食べたいとは俺は思わない。興味があれば食べてもいいぞ。味は保証しないが」
前世で、ショウガを一緒に入れて、煮込んだ料理を食べてる時に紛れ込んで、間違って食べた事があるが、俺はあまり好きじゃなかったね。
ミエルは、初めて見る料理には興味津々で、色々聞いてくる。だから俺も、少しはアドバイスをするが、多分見てないところで少しくらい齧ると思う。
「パンには個人的に合わないと思うが、食べようか。んじゃいただきます」
「「「いただきます」」」
挨拶が終わると、速攻でスズランが豚肉にフォークを刺すが、驚いた表情になっていた。ふふふ、煮込んだ豚肉は柔らかいだろう……。
「うわー、やわらかーい。油が口の中で溶けるー」
「ほんとだ……。豚肉って硬いのに」
「んー。内臓系と一緒で煮込み時間で肉も柔らかくなるのか……。時間があったら煮込もう」
やっぱり全員反応が違うんだよなぁ。
「うん、まぁまぁ」
俺もこれしか言ってない気がする。
「玉子も中まで味が染みてて美味しー。これ何個でも食べたい」
「うん。確かに美味しい。今まで塩とかマヨネーズだったけど、この茶色いのでも美味しい」
「この茶色いの。液体じゃなければ持ち歩きたいな……」
玉子一つでもこの反応。嬉しいねぇ。けど、何も言わずに美味しいからってもう食べきったスズランさん。少しは落ち着いてください。また作ってあげますから。ってか明日の昼までおいて味しみ込ませる事は出来ないな……。
煮込み料理って、スズランは翌日まで待てるのだろうか?
「今度鳥肉でも作ってあげるから。落ち着いてね」
「なら大きな鍋買ってこないと!」
今まで食べていた手をぴたりと止め、目を輝かせてそんな事を言ってきた。俺は微笑む事しかできなかった。
カーム家の料理はリリーを除く当番制です。
ですので、カームが帰って来た時はカームが料理をしています。




