第187話 疎水を作った時の事
あれから数日後。俺は織田さんから図面を受け取り、ソレを書類に挟んで話し合いに行こうとしたが、しばらく第四村建設予定地からの連絡がフルールさんからないので、一応様子を見に行ってみる。
最西端の海岸に転移するが、特に問題なさそうに思える。
ジュコーブさんもゴブルグさんも、第二第三村から集めた人員で集合住宅を造ってるし。むしろそろそろ完成間近に見える。
「おー、カームじゃないか。どうしたんだ?」
ジュコーブさんが俺に気が付いたのか、作業を中断して近寄ってきた。
「別に何かあるって訳じゃないんですが、問題が起きてないかの確認です。連絡がなかったので、何もないと思ってても少し心配になっちゃいまして」
「気持ちはわからんでもないが、心配すんな。きっちり作ってる。後は中の床を張ったりするだけだからな。それより湖から水を引いてくれ。第二村の事は聞いてるぜ? 水路を引き忘れたんだってな」
ジュコーブさんの言葉で、俺は一気に冷や汗が出た。すっかり忘れてた。
「……えぇ。今すぐアタリつけて引っ張ってきます」
超笑顔で、親指を立てて返事をした。
「忘れてたんかよ……」
「えぇ、すっかり忘れてました!」
一応井戸は掘って、飲み水や体を拭く事は出来るようにはしてあったが、まだいいやって気持ちが……ね?
俺は脳内の地図を思いだし、山の北西か南の湖、どっちが近いかを思い出す。
どっちも似たようなもんだな。けどギリギリ北西からかな?
放牧とかを考えるなら、木の枝みたいに南側の湖からも疎水引きたいな。けどそんな暇はない! まずは一本主要の疎水を引いて、そこから用水路って感じだな。
「あ、この廃材もらいますね」
木の枝ではなく、削ってある木の方が見分けが付くからな。
「好きにしてくれ……。忙しいのはわかるが、うっかりだけは少なくしてくれよ」
「はい、気をつけます」
ジュコーブさんに笑われつつ、俺は少し多めに廃材を脇に抱え、集合住宅の中を通るように廃材を折りながら刺していく。そして高低差を見て、水が溜まらないようにしつつ、木のないなだらかな丘の方を選んで進んで行った。
「そろそろ昼か……。戻りたいけど、ここに転移でもどってこられる自信がない……」
野営道具もない。なんで思いつきで行動しちゃったんだろう……。
まぁ、第二村の時は、ほぼ湖まで一直線だったからどうにかなったけど……。
「フルールさんいます?」
「いるわよー」
「この近くに野ウサギか蛇いませんか?」
結果、その辺の野生生物を狩る事にした。
「カームの見てる方向に二百歩程度の所に一羽いるわね」
「ありがとうございます」
俺はお礼をしつつ、教えてくれた花に【水球】で水を与え、手頃な石を拾ってゆっくりとそっちに向かう。
少し歩くと、立ち上がって鼻をひくひくとさせているウサギを見つけたので、思い切り石を投げ、顔面に命中させた。
もの凄く可愛いんだけどなぁ。まぁ仕方ない。
あと、道具が無いならどうにかするしかない。枯れ木を集めて火を起こし、近くに【水】で洗った平らな石を置き熱する。
そして、俺はウサギを調理してたおばちゃんのやり方を、試してみる。
ウサギの首を持って、少し左右に振って内臓を下げてから、膝の上に乗せて一気に絞る。そうすると、肛門から内臓が全部出てくる。
初めて見た時は、かなりショッキングな光景だったが、すごく効率的だった。
という訳でいざ実践。
……うん、もう二度とやらない。
肝臓だけ切り離して熱した石の上に乗せ、ウサギの処理に入る。
首と両足を切り落とし、胴体に軽く切り込みをいれ、左右に思い切り引っ張る。そうすると、綺麗に皮が剥ける。今回は革にしないから、内臓と一緒に放置。野鳥とか狼が食べるだろう。
「新鮮すぎて美味い!」
石の上に置いた肝臓を食べ、部位事に切り分けて水で洗った肉を乗せて焼き始める。
「さっきまで生きてた肝臓だからなー」
その辺で折った枝をナイフで削り、皮を取った枝で肉をひっくり返して、焼けた物から食べる。
「最低限塩が欲しいな……。塩が足らんのです」
料理長的な事をつぶやき、残りの大きめの肉を口に運ぼうとしたら、空からファーシルが降りてきた。
「おーっす、こんな所で珍しいな。何してるんだー?」
「おー、湖から水を引かないといけないから、目印を立ててたんだ」
んーなんか急に成長した感じだなー。成長期だろうか? ファーシルの母親や他のハーピー族っぽい、スレンダーな感じだ。
「おー、二番目と三番目の村作ってた時のアレか!」
「そうそう、アレ」
ファーシルは俺と話しているが、石の上の肉しか見ていない。
「食べる?」
一応聞いてみた。
「おう!」
俺は枝で残りの肉を刺して、ファーシルに渡してあげた。
「んー、うめー」
見た目が成長しても、性格は変わらないよなー。
ウサギも増えたら森に放したり、ハーピー族に豚肉とかと一緒定期的に渡している。
コーヒーの実も、こっちが収穫してるのとは別に持ってきてくれている。
友好関係は、今のところ問題ないと思いたい。
「お肉は皆で食べてる?」
「んー? うん」
ファーシルは少しだけ考えたが、問題はなさそうだ。
「海に住んでる魔族と喧嘩は?」
「ない」
こっちは即答だった。俺が仲裁に入るまで、水生魔族は捕食の対象っぽかったし。
「私も手伝うか?」
意外な事を提案してきた。湖まで直線じゃないし木も多いからな、手伝ってもらっても良いかもしれない。
「ならお願いしていいかな? むこうの方にある、大きな水たまりから水を持ってきたいんだ。この場所から大きな水たまりの方に少し進んで、空で止まっててくれる? ファーシルを目印に水の道を造るから」
俺は北西側の湖を指さし、簡単な言葉で説明をした。
「おー、あっちな」
速攻で飛び立とうとしたので、俺は足をつかんで止めた。
「なんだよー」
「火を消してない。火事になったら大変だ、待っててくれ」
俺は急いで火に【水】をかけて消し、足で燃えカスを散らした。
「いいよー」
そう言ったら、三回ほど羽ばたいてからもの凄い早さで北西に飛んでいった。
「見えねぇ……」
この場所に戻ってこられる気がしないので、四十五度ほど左に回り、地面に水路を造りながら歩くが、しばらくしたらファーシルが戻ってきた。
「大きな水たまりと、カームの場所をまっすぐ飛んだけど、山にぶつからなかったぞ。このまま真っ直ぐでいいぞー」
そう言って、少し先に進んで低空でホバリングしている。
ハーピー族が本気で飛んだら、どれだけ速いんだろうか? そんな事を考えながら、ファーシルを目印に地面をへこませながら進む。
そして夕方になり、ここに転移で戻ってこられる目印がなかったので、どうしようかと考えていた。
「カームー、腹減ったから飯作ってくれー」
「道具と肉がねぇよ。村に戻って作っても良いけど、魔法でここに戻ってこられねぇ」
「ならここで、火をおこしててくれ」
ファーシルはそう言って、返事を待たずに東の方に飛んで行ってしまった。
仕方がないので、その辺の枯れ木を多めに持ってきて火を起こす事にした。
火が落ち着いた頃に、ファーシルが俺のリュックを片足で掴んで、もう片方にはウサギが二羽掴まれてた。
「皆に話して荷物もってきたぞー」
リュックを開くと調理道具一式と、オリーブオイルとパン、調味料が入っていた。
「おーけーおーけー。これで前に作ってやった料理が作れる」
今度はウサギを普通に捌き、内臓を処理しようと思ったら、ファーシルに肝臓を取られ、生で食べだした。
「んー。コレはいつ食べてもうめー。最近食べさせてもらえるようになったんだぞー」
「別に生で食べられなくないけど、食中りには気をつけろよ」
「平気平気、いままでなった事ねーから」
「そうっすか……」
「そうっす」
会話中もウサギを捌きつつ、二羽めの肝臓も取られた。なんとなくニラレバ食べたくなってきた。榎本さんのところの醤油とか出来たら、甘しょっぱく炒めるか。
そんな事を思いつつ、肉に塩コショウをなじませ、多めのオリーブオイルにニンニクを入れて、香りをつけて焼いていく。
付け合わせはいいや。ハーピー族って何となく肉食寄りだし。
「あいよー、自分のは今焼くから、冷める前に先食べてて」
「わかった」
ファーシルは短い返事をすませると、さっそく肉にかぶりついている。
「うめー」
俺は少し微笑み、フライパンを振って自分の分の肉を焼く。
「なーカーム」
「んー」
「親になるってどんな感じだ?」
「なんでそんな事をいきなり聞いてくるんだ?」
暗くなった森の中で、たき火の明かりが揺れる中、本当にいきなりそんな事を聞かれた。
「とーちゃんかーちゃんに、そろそろ子供が産めるから、仲間の中で一番強い男と番になれとか言われた」
「そうか……。親になる……か。――俺の考えだけど、いつもとあんまり変わらないかなー。いつもの中に、嫁と子供が増えて、その嫁と子供のために少しだけ頑張れるようになる。そんな感じだ。旦那の方も、似たような思いになってると思うぞ」
肉が焼けたので皿に移し、ナイフで食べやすいように細かく切って続ける。
「最初は子供の面倒を見るのが大変だけど、産んだ方も、旦那になった方も、子供が産まれた瞬間に、自分の中で何かが変わると思う。俺も、俺の嫁もそうだった。だからいつも通りにしてればいい。なにかあれば旦那と太陽の出る方の村に来い、わからない事は色々教えてやる」
「そっか……。ちょっと難しいけど、なんとなくわかった」
最近肝臓を食べさせてもらえるようになったのは、子供を産む為かもしれない。
「少しずつ理解してけばいいさ。ほら、少し肉を分けてやるから、栄養付けとけ」
俺はフォークで、大きそうな肉を選んで、ファーシルの皿に移してやった。
「うおー。カームはやっぱり良い奴だな!」
「良い奴だろ? だから困ったら頼ってこいよな」
「わかった! うめー」
最初に会った小さかった頃を思い出しつつ、月日が経って子供がどうこう言われると感慨深くなるな。俺の子供達も、いつかはこうなるんだろうか?
皿に残った油をパンで拭き取り、土を付けて【ぬるま湯】で洗い流し、フライパンも【熱湯】に付けてから油を浮かせ、同じようにして洗った。
食事が終わり、一時的にファーシルは帰り、俺は土のかまくらを作って、たき火に枝を足してから寝る事にした。
◇
んおー、久しぶりの野宿は堪えるなー。
かまくらから這い出てのびをして、体中をボキボキと鳴らす。
そして顔を洗い、燻ってる焚火跡に枝を足し弱火にする。リュックをあさり、バナナの葉っぱに包まれてるベーコンをフライパンに乗せ、弱火でじっくりと焼き、パンに挟んで食べた。
俺は、ベーコンはカリカリではなく、しんなり派です! カリカリ党が島には多いが、俺はしんなりを貫き通す! ちなみにスズランはしんなり、リリーがカリカリ。ラッテはカリカリ、ミエルがしんなり。ベーコンの焼き加減は遺伝しないようだ。
「おーっす。手伝いに来たぞー」
「助かるよ」
昨日のような雰囲気はなく、いつも通りのファーシルだった。
その後は、ファーシルの先導に従い疎水を作り、湖の百メートル手前で止めておいた。
「終わったなー。残りはどうするんだー?」
「わかりやすいように木を刺してたから、太陽が沈む村から地面をへこませてくるだけだよ。手伝ってくれてありがとう」
「平気だぞー。カームと一緒なら美味い飯が食えるからなー」
そうだった、ハーピー族は、働くイコール食事だった。
「何かあったらまた手伝ってくれよー」
「おうよ!」
ファーシルは、短い返事をして帰って行った。俺も第四村から、また水路造ってこないと。
「戻りましたー」
俺は第四村に転移し、軽く挨拶をしてから作業に戻る。今は昼近くだから、夜まで歩けば水路が繋がるだろう。
水浴び場用に、すり鉢状に地面を窪ませ、そこから目印に沿って地面をへこませていく。
なんだかんだで、これくらいの作業量なら、気だるくならないので、魔力の最大値も上がってると思いたい。
地面をへこませながら歩くという単純作業をしつつ、夕方には昨日の場所に着いた。
水路が四十五度曲がってると、水流で土が削られる可能性があるので、ここに少し大きめの人工池でも作っちまえ。
調子に乗り、市長になって街を作ったり、巨人が地形作ったりするゲーム風に、辺りをへこませる。
「ぬぁっはははは! ここを人工池にしてやろうか!」
一万年以上生きてる悪魔っぽい口調になったが、誰もいないので気にせず続ける。
腕を振ってその辺を凍らせる映画っぽく、その場でクルクルと踊ったりして地面をへこませた。
「フッフー! 気分は魔法使いだぜぇー!」
「何してるの?」
「あ、いや。ちょっと気分が高揚しちゃいまして。はい、調子に乗ってました……」
「見ててすごく馬鹿っぽくて面白かったし、見てるこっちが恥ずかしかったわよ?」
「あ、はい……。すみませんでした。ぜひ家族や島の皆様にはご内密にお願いします……」
「口止め料はこの子にお水ね」
「……うっす」
フルールさんにつっこまれ、そして神様に録画されてる事を思いだし、すごくへこんだ。
テンションが下がったまま、フルールさんに【水】を与え、島の北西の湖まで転移し、残りの百メートルを無言でへこませて水路を開通させる。
「はぁ……。帰って飯食って寝よう……ちくしょう……」




