第184話 レンガ焼きをした時の事
午前中、俺は昨日の宣言通り、レンガ焼き用の竈を作る。
といっても、まだレンガ焼いてないから、焼かないと駄目なんだけどね。
土を窪ませ、そこに産廃として出た木材を敷き、乾燥レンガを隙間をあけて並べて入れ、その上にも三段くらい積んで、隙間に炭を入れたり、木材を乗せて火を付ける。
効率を上げたいが、俺一人だし気軽にやる事にした。
だってレンガを焼くためのレンガ焼いてるんだし、効率は悪い。輪窯? 必要ないね。供給過多になるわ。
むしろ、必要に応じて大きくすればいい。
長い木の棒をもって、燃えて崩れた木材をレンガの上に載せたり。木材が灰になってきたら足しての繰り返しだ。
昼近くになり、一番上の段のレンガを一個だけ木の棒で挟んで、土の上に載せ、冷めるまで待つ。
手で触って表面が熱くないなら問題ない。そのまま中指の第二関節でコンコンとたたき、乾燥レンガではなくなっている事が確認できた。
出稼ぎに出ていた頃の堅さにそっくりだ。
俺はその辺に転がっている石にレンガを叩きつけ、半分にする。一応中はまだ熱いが、火は入ってる。このまま火が消えて勝手に燃え尽きればできあがってると思う。少しゆっくり冷ましたいけど、窯じゃないしな……。
「火事になんねぇよな……」
一応炭っぽくなったのは、窪んだ土の底に貯まってるし、風が吹いた時に灰が飛んでるが、火の粉って感じではない。
「フルールさん、一応見張っておいて下さい。午後はちょっと書類を書くので」
「わかったわ。火が燃え広がりそうなら言うわ」
「ありがとうございます。多分放っておけば明日朝には多分消えますので」
燃え広がりそうだと遅いんだけどな……。
昼食後、俺は書類書きをする。
『セレナイト蒸留施設建設(案)』
うん、それっぽい。
セレナイトのスラム付近の廃屋の土地を借り、建物があるなら解体。蒸留施設が入りそうな倉庫があるなら改築する。
スラムか下級層の住人を雇用する、その辺では働けない軽犯罪者の為に、普通よりちょっとだけ安い給金を目的としつつ、ベリル酒の知名度を上げる。
酒の管理は厳格にし、最悪の場合警備を雇う。需要があれば保管せずに、樽に原酒を入れて即出荷も検討する。
手順を覚える為に長期雇用十数名、単純労働の場合は日雇いも可。長期雇用の場合は昇級あり。単純労働は倉庫に酒を運んだり、原材料の運搬、燃料の補充程度とする。
難しく書いてもアレだしなー。甲とか乙とか専門用語多すぎるのって、読む気がなくなるんだよね……。個人的な意見だけど。だからこれくらいでも良いと思ってる。
それと倉庫の入り口に、日雇い労働者の仕事内容も書いておくか? 敷居は低い方がいい。けど、日雇いの為に並ばれても困るよなぁ……。
次は、麦とかの原材料と燃料の価格で、三十日の出費。雇用してる作業員や、日雇い労働者が一日十名以下だった場合の給金の合計。
そして、出来上がる酒の量とそれを売った場合の価格。差し引いた売り上げ、そこからさらに土地代、納める税金の予定額。その他諸々の計算を終わらせる。
「目が痛い。気分的にブルーベリー食べたい。ないけど」
アレは目が良くなるんじゃなくて、目がこれ以上悪くならないって感じだった気がする。
パン生地で目の回りに土手を作って、人肌のバターで満たすやつがあった気がする。
油の中で目を開ける感覚がよくわからないけど、眼精疲労が取れるらしい。だけど俺は暖かいタオルで我慢するかな。
裏口から少し抜け出して、フレッシュミント摘んできて、ハーブティーでリフレッシュするんだけどね。
「小洒落たガラスポットに入れて蒸らしたい……、蓋はコルクで。ガラスカップも欲しい、ソーサーももちろんガラスで」
ガラス工芸品が有名な所から私用に買うか、こう言うのは見た目も大切だし。実用性重視? たまには度外視したいね。そして、熱いからってソーサーにお茶を注いで飲んでドン引きされると。しないけどね。
ついでに、木の皮で編んだバスケットに入ってるクッキーを数枚食べ、脳に糖分を補給。
そして扉がノックされたので、返事をした。
「カームさん、少し休息しませんか?」
「あ……」
「あ――」
多少気まずい時間が流れるが、笑顔で対応する。
「えぇ、ちょうど集中力が切れ始めた頃ですので、うれしいですね」
なかった事にした。
事務室で、パーラーさんを含む三人で休息をとる。
何気ない島内の話や、島に買い付けに来る船の、船員の噂話程度の物だけど、結構馬鹿にできない物もあったりする。
「島で試験的に人を受け入れるって本当か? と言う話を、人族の船員から島民が聞いたみたいですが、コランダムでは、着々と選別が進んでいるんでしょうかね?」
「それ、私もハーデから聞きましたよ」
ハーデ? パーラーさんは犬耳のおっさんと仲良くしてるから、おっさんの事か? 駄目だな、俺の中でケモ耳のおっさん達が定着してるから、名前で呼ばれてもわからない……。
「まぁ、人族の王都にいる勇者に、第四村の人員の要望を言ってますからね。そろそろ決まっていると思いますよ?」
コーヒーを飲みつつ、二人の噂話に答える。
「では、セレナイトからの募集はどうするんですか? 一応カルツァ様に許可は取ったんですよね?」
ルッシュさんが、特に動きがない魔族側の人員を心配しているみたいだ。
「第三村のトローさん達が屯してた酒場の店長が言ってましたが、スラムの中で噂が広がってまして、俺達私達も行っておけば良かった。って声が出てるみたいです。多分募集をかければ直ぐでしょう。なんだかんだで、トローさんもイセリアさんと一緒にたまにセレナイトに戻ってますからね」
「そうですか、トローさんがまとめれば問題も少なそうですからね」
「孤児院出身で、なんだかんだで面倒見が良いですからね」
そこで一回話が途切れ、全員がコーヒーを飲む。
「あ、そう言えば、ルッシュさんのアレどうなんです?」
アレ? 何だろうか?
「そうですね、まだ来てないので確証はありませんが、今回は多分当たってると思います」
俺は二口目のコーヒーを横を向いて盛大に吹き出した。
「あの、一応男がここにいるんですが?」
多分子供の事だと思う。応急処置として、自分で床を拭いておく。
「何言ってるんですかカームさん。奥さんが二人いて、それぞれに子供もいるのに今更ですよ?」
「いや……、堂々と言われても困るものですよ? それに本人に言ったんですか?」
「いえ、まだです。確定してませんので。あともう一回くらい時期的に来なければ言うつもりです。もちろんご内密に」
ルッシュさんは、いつも通りコーヒーを飲んでいる。平気なのかよ……。後でさり気なく言っておこう。
「まぁ、そう言うなら言いませんが……。あいつも良い大人ですからね、動揺する事もないでしょうし」
「カームさんは子供が出来た時に動揺したんですか?」
「いやいや、故郷の友人がものすごく動揺してましたよ? 九歳でしたし」
ヴルストの事なんだけどな。
「俺の時は覚悟もしてましたし、狙ってせがまれましたし……」
「へー、若さと勢いじゃなかったんですね」
それから、少しだけ昔話をして、多少まとまったお金が手に入ったから、問題なく子供が作れると思って作ったと言った。
「性格は昔からなんですねー。親が心配する程度には大人してたんですねー」
パーラーさんがしみじみと言いつつ、クッキーを頬張ってる。
「義父にも言われました。俺より大人だと。まぁこればかりは仕方ないですよ」
転生者だし。
「さて、俺は書類の続き書いてきますね」
「あ、ちょっと気になりますので、途中でもいいので見せていただいて良いですか?」
「かまいませんよ」
サボってた訳でもないので、制作途中の書類を持ってくる。
ルッシュさんは、少しだけ書類に目を通して口を開いた。
「スラム付近に作る予定なんですね……」
「そうですね、あの辺りは雇用がないからと、くすぶってますからね。あの貴族が気を使わないなら、こっちが気を使ってどっちにも恩を売るだけです」
「こういう時のカームさんの笑顔って怖いですよね」
「同感ですね。悪い事を考えてる顔です。あ、日雇いも検討してるんですね」
一枚一枚書類をめくって、確認していたルッシュさんが聞いてきた。
「そうですね。まぁ治安問題とか倫理観が最初は問題かと思いますが、地域密着型でどうにかしたいですね。最悪倉でも開いてお祭りでもして、酒と料理とお菓子でも配れば、心情は良くなると思いますよ? それに、お金がない時だけ働いてる人もいるかもしれませんし。もしかしたら、働かないといけない事情のある、子供もいるかもしれませんので」
まぁ、ある意味ばらまきだよな。あと子供用の日雇いの条件も一応検討しておこう。じゃないと、大人と同じ仕事量になっちゃうからな。
「採算度外視ですか?」
「酒が出来上がった最初の一回だけですよ。泥棒に入られたり、火を付けられるよりマシです。近所に安い大衆食堂を誘致するか、蒸留所の中に労働者の食堂作っても良いですね」
社員食堂的なの。
「色々考えてるんですねー」
「福利厚生はしっかりさせたいですし」
「「ふくりこうせい?」」
「あー。作業者やその家族が満足して働ける環境ですね」
「なら、この島は全て問題なさそうですね。昼前と、夕食前に一回休息がありますし、食事も三食用意できてますし。今してるお茶の時間もそうですよね?」
「広く捉えればそうですね、大きくなったらそれも廃止して、各作業場任せになると思いますよ。まぁ、なるべく続けさせますし、作業してる人達に食事を作る方も専属で働かせたいですね」
賄いじゃないけど、そういうのは多分必要だからね。
「本当によく考えてるんですねー」
「まぁ、全員に気持ちよく働いてもらいたいですからね」
「こんな性格が子供の頃から……。私ならちょっと育児に自信なくしちゃいますよ」
「そうですね、私もです。手がかからなすぎて、逆に不安になります。クラヴァッテ様も、子供の頃はやんちゃだったと聞いていますし」
「なんでそこで俺の子供の頃の話に戻るんですかねぇ? まぁ、手が掛からない子供っていうのも、親としては不安なのか……。本当に心配させてたかもしれないな……」
少し口元を押さえ、少しだけ渋い顔をする。
「あの言い方だと、絶対に自覚してませんでしたね……」
「ですね……。けどたまに子供っぽいところもあるので、良くも悪くも、子供の頃から中身は成長していないと思うのも……ありですかね?」
ルッシュさんは何かを真剣に考えている。ひどい言われようだな……。
「ま、まぁ。別に俺の子供の頃なんか別にいいんですよ。取り合えずこの方向で進めますからね」
俺は逃げ出すようにして書類を持って執務室に戻り、取り合えず【ぬるま湯】でコーヒーの染み抜きをしてから軽く洗い、書類作成に戻った。
「あのー、先ほどのタオルなんですが、早くしないと染みになるん……。あ、もうしてたんですねー」
パーラーさんは、窓枠に引っかかって干されてるタオルを見て引っ込んでいった。
もしかしたら俺は、母さんの仕事も奪っていたかもしれない。
その辺の喫茶店で、ソーサーにお茶をコーヒーを注いだら怒られるかな?
なんか結構前に廃れてるっぽいけど、今でもやってる国もあるっぽいし……
感想でご指摘がありましたので補足します。
追記:カームは、魔法でレンガを作り出せますが、これはカームがいなくても、焼きレンガと、レンガ焼きの窯が作れるかどうかの試験も兼ねています。ですので、カームがゼロから十まで作っています。
描写不足で申し訳りませんでした。
次話でそれとなく一文を入れておきます。




