第181話 契約を結んだ時の事
また会話回
俺は見積もりを作り終わらせ、革で作った筒を脇に挟み、ニルスさんの所まで向かった、事前にアポは取ってある。
ルッシュさんと話し合い、勉強させてもらうと言ったので私情を挟みつつ、今後の島に建てた倉庫から直接物が買える事を引き出すのを条件に、見積もりの大銀貨の部分を、八から五に変え、ついでに端数も切った。
その辺しっかりしてるんだよなぁ……。個人的には無条件で引きたかったけど、そう言うわけにも行かないらしい。
三十ン万円引きって勉強に入る? まぁ、金貨数枚単位の仕事ですし、多少はね?
ジャイアントモスの布? 値段を知らなかった時期の約束と、この島の貴族様だったから、特に何も言われませんでした。
「ちゃーっす、お久しぶりでーす」
「うーっす」
ニルスさんのところの、顔なじみの職員と簡単な挨拶をして奥に案内してもらう。
「失礼します」
ノックをして返事を待ってから入室し、勧められた席に座る。そして、ボンッと卒業式でもらう筒みたいな音を出しながら蓋を外し、図面をテーブルに広げる。もちろん織田さん作だ。俺にはこんなに細かく描けない。
「早速で申し訳ありませんが、お仕事の話です」
「えぇ、かまいません」
ニルスさんは一言だけ発し、図面を食い入るように見ている。
まぁ、織田さんが製図板みたいなの作ってたし、すげぇ綺麗に出来てるよなぁ……。大きめな板に、比較的真っ直ぐな定規風の板が縦横に動くだけの物だけど、あるとないのとじゃ全然違うらしい。
「見ての通り、これが図面になります。そしてこちらが見積書です。そしてこれが、セレナイトの倉庫の建ってる土地の平均になります。そして、貴族様との話し合いの結果、便が悪いとの事で、価格はこの三分の一で良いとの事です。ですが、便が良くなったり、周りに店とかが増えた場合は、多少上げるとのことでした」
「土地の事に関しては問題ありません……。ですが、詳しく見なくても、大銀貨より下の数字がないのは――」
「そうですね、勉強させていただきました」
俺は、にっこりと笑顔で対応した。
「ですが条件があります」
「条件……ですか」
ニルスさんは、一気に真剣な顔になり、何を言われるか構えているようだった。
「倉庫にある物を、倉庫番の裁量である程度アクアマリン商会、もしくは個人に売ってもらえませんかね? まぁ、名目上店じゃないので税はかけませんけど、気がついたら在庫が減ってるかもしれませんがね……。けどそこまで在庫を荒らすつもりはないです。珍しい物だったり、個人的に必要そうな物だったら予約って形か、直接交渉しに行きますけどね」
俺が説明し終わると、ニルスさんの顔がいつもの笑顔に戻った。
「その程度でしたか。それなら問題ありません、もちろんいつも通り卸価格って事で」
半分くらい法をくぐり抜けてる気がするが、これも私情だろうな。まぁ、まだまだ抜け道の広い法だけどな。
「ですが、着工は少し遅れます。春頃に魔族と人族の受け入れが百名ほどいますので、今はその住宅の建設に忙しいので」
「それはかまいません。では、夏のはじめから終わりくらいと言うことでいいですかね?」
「そ、うですね。そのくらいだと思います。でも暇があればちょこちょこ見に来て、気にくわない場所があれば口出ししてください」
「この図面を見る限り、別に問題なさそうですが? 波打ち際から百歩ほど離れてますし、道の整備もすると書いてありますし、搬入に多少労力を使うかもしれない感じですが」
「窓の形が気に入らないとか、思ってたより柱が細いとか梁が少ないとか……。搬入に関しては、嵐の時に海がかなり荒れる事を想定しましたので、多少離れて作ってあります。経験上これで平気ですが」
多少嵐に近い感じの天候はあるが、日本の台風クラスで済んでいる。最悪砂浜を隆起させて、波対策をするけどな。
「住宅ではありませんので、雨漏りさえなければ問題ありませんよ。こんなに離れてるのは嵐対策でしたか、なら仕方ありませんね」
「港ではなく、遠浅な波打ち際ですからね」
こんな調子で話が進み、契約書にサインと印を押し、正式な契約は完了させた。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、お茶のお代わりを持って来ますので、少々お待ちください」
「ありがとうございます」
ニルスさんはお茶のお代わりを持ってきて、ここからは雑談になった。
「これからの方針とか決まってるんですか?」
こんな事を何となくで聞かれた。今後の方針に対してどう答えて良いかわからなかったので、次にやろうとしている事を素直に話す。
「そうですね、粘土層がないので、赤土を使ってレンガ作りですかね。ですが、その赤土を探す旅から始めないと……」
「旅……ですか?」
「寝ずに歩き続けて一周五日の島です、その辺の街より広いです。噴火してできた山ですから、灰が降りますよね? そうすれば長い時間をかけて灰が赤土になり、そこにどうにかして草木が生えて、腐っての繰り返しで黒土になります。掘り返すのが浅い場所、レンガ作りに適してるなるべく平坦な土地、運搬や薪の入手が安易。そして全ての村付近が好ましいですね、そこを探す旅です。それに馬の確保ですかね、人が運ぶのには重すぎです。ロバでもいいかな」
「色々考えているのですね……」
「まぁ、半分管理者みたいな事してますから、気を使う訳ですよ。石材も有限です、採掘場所も今のところ一ヶ所しかないですし先細りなので。まぁ、魔王になる前に日雇いで冒険者ギルドで日雇いの仕事してたのが役に立ちます」
少しだけ笑い、お茶を啜る。
「失礼ですが、日雇いの仕事は何をしていたんですか?」
「町の防壁修理ですね。レンガ作りの材料を練ったり、焼いてるのを見学したり、積んだり。そのうち面倒になって、魔法を使って練ってるのがバレて討伐任務に徴集されました。その辺から、平和にのんびり暮らしていく計画が狂い初めて、なぜか戦場も経験して、今に至ります」
「凄い生き方してますね……」
「そうですね……、なんででしょうね……。俺にもわかりません。まぁ、今もある意味平和に暮らしてますが、代表ではなく、使われる側でのんびりしたかったですね。なので俺がのんびり暮らせるように、最初に苦労してる感じです。最初がいつまで続くかわかりませんが……。ある程度流れに乗ったら相談役として、普通に過ごしたいです。わりと本気で……」
俺は大きなため息をついて、お茶を一気に飲み干す。
「権力は求めてない……と」
ニルスさんは、まじめな顔で聞いてきた。金や権力が欲しくない人なんかいない。そんな感じの顔だな。
「えぇ、面倒ですし色々重いです。それに責任って言葉が常につきまといます。自分が過ごしやすい環境にする為に、色々事業を広げましたが、二百人以上にまで増えた人達の今後を考えるなら、危険度や損害の分散もしたいですね。だから、島の各地に村を作って、ワンマンにならないように村長を決めてるんですけどね」
「……向上心がないのに、なぜそこまでするんですか? 投げださないんですか?」
「一度だけ、数日ほど投げ出しました。ですが、性格上どうしても最初に手を出したから、最後まで……、もしくはある程度になるまでやらなきゃ無責任な奴になります。俺は無責任な奴が嫌いですし、自分もそんな奴になりたくないです、信用もなくします。それは俺にとってものすごく嫌な事です、だからまだ代表をやらせていただいてます」
ニルスさんは言葉が見つからないのか、少しだけ渋い顔をしている。
「本当は勉強の為に、誰かを連れてきたかったんですが、まだ早そうなので勉強させてからですかね。商人を引っ張ってくるか、一から育てるかはその辺に置いておきます。一番は、大きなリュックを背負って馬で行商してる一人旅の商人が、島を気に入って永住してくれれば、今回みたいなやりとりを、少し勉強させてから契約関係を任せるんですけどね。多少愚痴っぽくなってしまいましたね、申し訳ありませんでした」
「ははは、いえいえかまいませんよ、けどそういうのはかなり珍しいですよ? 護衛を雇わないと危険ですし、最悪裏切られて殺されてお金と荷物を奪われます。ギルドには、賊の矢が当たり死んでしまった……、自分はどうにか逃げ切った……と。まぁ護衛が射殺すんですけどね」
うわー、そう言う事もあるのかよ、こういう時代背景ってどこの世界でも同じなんだな。
「ひでぇ……」
「一人ですからね、死人に口無しです、あ、商人達の間では有名な話ですよ」
「有名なんですか!? 傭兵とか、ギルドに所属してる護衛って信用が崩れたら終わりでしょうに……。ってか俺も一回やったな。護衛するから馬車に乗せてくれって、あの時は普通に他の護衛もいたから成立したのかな?」
「まぁ、嘘か本当かはわかりませんが、商人の一人旅は止めましょうって戒めみたいな物です。カームさんくらい強ければ一人での行商も可能でしょうけどね」
少し頭をひねって考えていたら、ニルスさんが注意勧告みたいな感じで、商人の間では広まってる話をしてくれた。
だよなぁ。これくらいの話じゃないと、一人旅の商人はもっと多いはずだもんな。
「一人で行商が出きるくらい治安が良くなればいいですね。俺の為にも!」
「ははは、そうですね」
笑いながらニルスさんもお茶を飲み終わらせ、図面を返そうとしてきたので、それを断った。
「同じ物が島にもあります、それは写しですので持っていてください」
「これが写しですか……、かなり馴れてる人が描いているんですね」
「えぇ、島に住んでくれている、勇者の一人です。この図面を描いてくれていましたが、二人三人くらい教育中みたいですよ。取りに行った時に色々指導してましたので。むしろこの図面を、何回も描き写させてましたね」
「教育ですか……」
「ですね、俺も一人か二人ほど育てたいんですが、中々見つからなくて……」
俺はため息をついて、ワザとらしく両手を広げ首を振る。
「カームさんの後釜の教育って、子供の頃から貴族並の教育を受けてないと駄目なんじゃないんですか? 皆の上に立つ器、先を見据える力、商人並の頭の良さ」
「はぁ。なんか後釜見つけるの諦めたくなってきたわー」
ソファーの背もたれに盛大に寄りかかり、天井を見上げてため息を吐く。
「島を持ってる貴族様の子供はどうです? 領地内の島ですから、問題なさそうですけど」
「子供いなさそうなんですよね、旦那いますけど。この際旦那の方に精力増強剤と興奮剤でも盛ってくるかなぁ」
「面白い事言いますね、自分の子供とかは?」
「冒険者やりたいって言って、父さんや義父相手に訓練中です。あ、俺は反対派ですけど、なるべく子供の夢を壊したくない派です。嫁二人と、両親達全員賛成派です。だから次の春には村を出ると思います」
「あちゃー、その……仕事しなくて良い感じになる程度には、島を発展させるしかないんじゃ……。もしくはその貴族に期待するか」
「期待しても、領地に町が沢山あれば島に来る可能性低いですよ? 夢魔族なんで、その気になればどんどん産めそうですけどね」
「その……。何というか……。がんばって下さい」
「はは、ありがとうございます」
俺はソファーから立ち上がり、挨拶をしてから島に戻った。
正直1.2.3と続けても良かった気がする。




