第159話 リリーが酒場で怒られた時の事
申し訳ありませんが、多忙に付き区切りがつくまで更新ペースが落ちます。
感想返しも、遅れたりするかもしれません。
島での収穫祭が終わり、故郷での広大な麦畑の収穫を済ませ、毎回規模が大きくなる祭の準備で大忙しだった。
俺が休憩をしていると、片刃の両手剣を軽々と肩に担いだスズランが、ワーウルフとワークキャットのおっさんに仕込まれた、豚の解体をうれしそうに始める。
豚の首を両手剣で叩き切るように綺麗に落とし、飛び出た血をなるべくこぼさないように、ミエルが首元に桶を持って行き、リリーが手早く両方の後ろ足の腱のところにロープ付きの鉄の棒を突き刺し、スズランとリリーで手早く吊し上げている。
なんだこの連携は……。
その後は、スズランがリリーとミエルに要点を教えながら、てきぱきと肉塊に変えていくのを、引き攣った笑顔で見ていた。
本来は父親の俺の仕事っぽいが、どうしても殺しに慣れない。そのかわり、料理教えてるけどね。
俺はその肉を受け取り、ラッテと村の女性達と一緒に料理をしていく。
「カームちゃんは昔から何でも出来るから、ラッテちゃんやスズランちゃんがうらやましいよ。うちの旦那は仕事一筋で、家の事なんか全然だよ。私が後二十若かったら狙ってたわよ?」
「うふふー、あげませんよー」
ラッテはそう言いながら、背中から抱きついてくる。
「ちょっと、包丁持ってるんだから少しは考えて! 今すげぇ怖かった」
「えへへー、ごめーん」
「あら、こんな大勢の前で見せつけてくれちゃって」
「私も今夜、久しぶりに迫ってみようかしら」
「そのほーがいいですよー。夫婦円満の秘訣は夜ですからー」
いろいろ否定できないから困る。
とりあえず、子供達に作ったサンドイッチの噂が村中に広まり、真似した人がいて好評だったらしく、俺が作り方を教えると、皆がどんどん作っていたので、今度は別な物を作ろうと考えてる。
フィッシュバーガーを淡水魚で作ったから、大量の油が有り、キャベツもパン粉もかなり残っている。そして目の前には大量の豚肉……。
もうこれはトンカツを作れって事だろ?ソース無いけど。
豚肉を少し厚めに切り、筋を切ってから塩コショウして、小麦粉を薄く付けて余分な粉は叩き落とし、卵に漬けてからパン粉をまぶし、高温の油で揚げていく。
油を十分に切ったら、横半分に切ったパンにキャベツを乗せて、カツを乗せて、軽くマスタードを塗ったパンを乗せて、四等分に切り分け、皿の上に載せていく。カツバーガーに近いけど、カツサンドと呼ぼう。
カツサンドを切る時に、パン粉のザクザクという音が、耳を楽しませてくれる。
そして俺は、一切れをつまみ食いする。
「うん、まぁまぁ」
素人が揚げたカツに、ソースが無いのでこんな物だ。多少塩味が足りないから、下味を付ける時に塩を多めに振るか、マヨネーズをキャベツにかけるかだな。
確かトンカツソースってトマトベースで、数種類の調味料とか香辛料とか入ってるんだよな。酸味もあるからレモンも?そんなの作り方わかんねぇよ……。
「んー。すごく美味しいー。こんなに美味しいのに、なんか不満そうだよね? どうしたのー?」
「もう少し塩味を利かせるか、マヨネーズを足すかで迷ってる」
「コレでも十分美味しいのにー」
ラッテが言うと、周りの女性達もうんうんと頷いている。
違うんだ、多少酸味の効いたトンカツソースが欲しいんだ。けど作り方をしらないんだよ。
「マヨネーズ入れると、油と油でなんかやな感じだけど、お酢も入ってるから別に変じゃないわよ?」
「別にこの上から、塩を振ってもいいんじゃないかしら?」
「そ、う、ですね……。コレで作って、好きな味にして食べてもらいましょうか……」
個人的に納得いかないけど、妥協しよう。グレイビーソースに、水とレモンと砂糖ぶち込んで煮込んでみるか?
その後は、大量にカツサンド作りに入り、どんどん増えていく肉は、別の班の女性達が持って行き、冬用のソーセージやベーコンにするらしい。
そして休憩の為、またスズランのところに行くと、今度はリリーが豚の首を落としていた。色々と勘弁して欲しい……。
ミエルは手から水を出して、吊るしてある豚の血を洗い流しながら、ナイフ一本で綺麗に解体している。
ははっ……。乾いた笑いしか出ねぇよ。子供達の解体技術が上がりすぎだろ。スズランは普段何教えてるのか丸わかりだ。
こっちの子育てに疎いので、口出しはしないし、子供達の意思も尊重したい。けどなぁ……、娘が躊躇無く豚の首を落とすのは見てて悲しくなる。それが、首の骨と骨の間を狙って綺麗に一撃で落としてるとなおさらだ。
「ミエルー。手が空いたら、この桶の血を泡立てておいて、固まっちゃうから」
「わかったよ姉さん」
会話は仲のいい姉弟なんだけどなぁ。けど内容がなー。ドイツの田舎で、豚を解体してる職人みたいなんだよなー。
その後も、休憩時間が終わるまで見ていたが、息が合いすぎてる子供達に、声をかけるタイミングがわからず、カツサンド作りに戻った。
夕方になり、現村長の少し長い言葉を聞いてから収穫祭が始まる。俺の父さん達のような、会場設営組は飲みながら準備していたようだ。
「んじゃ改めて乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ヴルストが音頭を取るが、ヴルストの顔が赤いし、シンケンも目が据わってる。こいつ等も飲んでた組かよ。
「外で飲むのもいいけど、やっぱ酒場の中の方がいいな」
「本当だよ。外だと麦酒に土埃が入る」
シンケンとヴルストは、水代わりに酒を飲んでたみたいだ。
「僕は荷物や料理を運ぶ係りだから、飲めなかったよ」
シュペックも、飲みながらダラダラ進めたい組か。祭りなんか、そんな感じで準備するのも醍醐味? まぁよくわからんが、おっさんだらけの野球チームが、休日にお互い酒を軽く入れて、ダラダラおもしろおかしく楽しむのと同じ感じか?
それから少し時間が経ち、俺達馬鹿四天王は丸テーブルでいつものように、グダグダと呑んでいた
「村に二件目の酒場が出来たから、子供達は親に気を使わず、俺達は子供を気にせず飲めるって訳だな」
「そうそう。いつ頃誰と出て行ったとかも、気にする必要ないからな」
「だなー」
ヴルストとシンケンはそれなりに気にしていたらしく、シュペックはさらわれてたから、そんなの気にする暇がなかったらしく、賛同はしていなかった。
「おう、この肉は俺の娘と孫達が捌いたんだぜ」
「この料理は俺の倅がはやらせて、ラッテちゃんや奥様方がいっぱい作ったんだぜ。毎回豪華になっていく祭りに乾杯だ!」
「乾杯だー」
あのやりとり三回目なんだよなぁー。毎回脳が大丈夫かと心配になる。
「酒も忘れてんぞヘイル!」
「竜族とドワーフ族も忘れるなよ!」
にぎやかだから良いけどね。
「カーム君、お祭りが毎回賑やかで私嬉しいよー」
スズランは、無言で麦酒を飲みながらコクコクと頷いている。
「俺もここまで賑やかになって楽しいよ。酒場も増えたし、酒蔵も立て始めてる。本当大きくなった」
「カーム君が切っ掛けだからなおさらだよねー。えらいえらい」
隣に座っていたラッテが、頭を撫でてくるが、それに対抗してスズランも撫でてくる。
「おうおう、見せつけてくれるねー」
「いつも通りでしょ」
ヴルスト夫婦はサンドイッチを仲良く頬張って、ニコニコしている。
「ミールは人前じゃ甘えさせてくれないんだよなぁ」
「当たり前でしょ、恥ずかしいでしょ!」
シンケンは、ミールに二の腕を叩かれている。
「僕は今も撫でられてる」
酔ったトリャープカさんは、いつもこんな感じだからなぁ
これもいつも通りだなー。
皆でいつも通り仲良く飲んでいたら、ミエルがものすごい勢いで入ってきた。
「父さん、姉さんが向こうの酒場でものすごく酔って、火を吹いちゃったんだ!」
「はぁ?」
間抜けな声が出たが、ラッテがものすごい笑顔で席を立って酒場を出ていった。
「おい、カームも行った方がいいんじゃないか?」
「そうだな。スズランも行くぞ」
「私は問題無いと思うけど?」
異母のラッテが行ってるのに、実母のスズランが行かないでどうするんだよ……。
「いや、それはねぇよ……」
俺はスズランの手を掴んで、無理矢理立ち上がらせ、もう一つの酒場に急いでいく。
「真似すんなって言ったんだけどなぁ。酔ってたら無理か……」
村に出来てた、二軒目の酒場に着くと、既にリリーがラッテに怒られていた。
「リリーちゃん? 貴女は少し男の子っぽいところがあるから、武器を持ってない時くらいは、女の子らしくしななきゃ駄目だよっていつも私言ってたわよね?」
酒場に入ると、水を打ったように静まりかえっており、イスに座っているリリーに、ラッテは立ったまま叱っている。
「女の子は顔や髪が大切だって言ってたわよね? コレは何? 前髪が少し焦げてるじゃない! お祭りだから羽目を外すのは仕方がない事だとおもう。けど限度って物があるでしょう?」
「……ごめんなさい」
「酔って昏睡して、男の子に無理矢理襲われたらどうするつもりだったのかな?」
「その……。殴ろうと思ってます……」
「リリーちゃんだから結果そうなると思うけど、そう言う事じゃないの。襲われたって事が問題なの! 襲われるような事しちゃ駄目なの! そういうのが目的で、お酒を飲ませる男もいるって覚えて置きなさい!」
「……はい」
「こういう酔い方する時は、好きな男の子に襲われてもいい時にしなさい!」
「いや、それもおかしいから!」
思わずつっこんじゃったよ。
「カーム君は黙ってて!」
「はい!」
それから、リリーは酒場の外に連れ出され、同僚が体験した生々しい話しを交えて注意されていた。
「だからね、お酒を飲む時は、なるべく周りに流されないようにしてね?」
「はい」
「じゃー続きを楽しんできていーよー」
いや、こんな状態じゃ無理だろ。
「はーい、みんなごめんね。怒られちゃった。だから飲みなおそう!」
そんな事を言いながら、酒場に入っていった。
飲み直すのかよ……、すげぇな……。
「姉さんはすごいなー。酔ったのが原因で怒られたら、僕なら今日は飲めないよ」
「安心しろ、俺もだ」
「お酒の強さはカームに似てる」
「ミエル君は私に似てるからね。けど男の子でも、女の子に襲われる事があるから気を付けてね? 男の子の初めてと、女の子の初めてはちょーっと違うけどねー。けどこんなに綺麗な髪が焦げたら、少しもったいないかなー。火属性の魔法使う時は、なるべく気を付けてね」
ラッテは、ミエルのポニーテールの毛先を、サラサラといじってニコニコしていた。
「いや、男も襲われたら不味いだろ……」
俺はスズランの方を見たら、恥ずかしそうに目を逸らした。あの頃は若かったって事で。
深夜になる前にお開きになり、家に戻ったけど、リリーがミエルの肩を借りながら帰ってきた。
「水ぅー」
リリーが力無く呟き、ミエルが苦笑いしながら、カップに魔法で【水】を注ぎ、一気に飲み干して、フラフラと自室に戻っていった。
んー、リリーがおっさんに見える。本当に襲われない事を祈ろう。




