第145話 気合を入れて弁当を作った時の事
予約日時間違えてそのまま掲載されました……
飯テロです
144話の魔王と貴族の関係の部分の台詞を修正しました。
あれから、書類整理をなんとか深夜までに終わらせ、翌日に故郷に戻ることにした。
朝食を食べて、戻る前に蒸留所付近を見てみたら杭とロープが張ってあり、大量の石材が山積になっていた。
交易所事務所か、皆には感謝しないとな。それとあんな事を言っちゃったから、俺の家の建設予定地と、簡単な図面も少しずつ用意しないとな。
故郷に戻り、スズランに頼まれた鶏小屋の、屋根の修理を終わらせた。
なんでも、雨漏りするのを見つけ、倉庫からハンマーと板を取り出し、釘を打とうとしたら力加減が難しく、屋根の一部を破壊してしまったらしい。不器用ってレベルではないが、イチイさんの方が力の制御は上手かったらしい。スズランの実家の方に建てた鶏小屋は、イチイさんが建てた奴だし。
昼食は俺が用意して、子供達が帰ってきて、俺の顔を見た瞬間に。
「お父さん、今度討伐の授業があるからお弁当を作ってほしいの」「僕、父さんのお弁当が食べたい」
戻ってきて、いきなりそんな事を切り出され「はぁ?」と答えてしまう。
「なんで俺なんだ? 母さん達はどうなんだ?」
「お母さんは、お肉しか作らないし」
「母さんは野菜が多めで……」
「間を取って俺って事かー。討伐の授業はいつなんだ?」
「五日後だよ」
「五日後……か。んー、わかった、それなりにやってみるよ」
そんな約束をし、何を作るか、少しへこんでいる嫁達の隣りで考える。俺の時は食材が痛むとか言って、無理矢理保存食系にしてもらったが、子供達が強請って来るので、それなりの物を用意しないと恨まれそうだ。島に戻ったら、ある程度の事はやってみようか。
そして、いつもの様に稽古をせがまれる。いつもなら、戦略的なもので、持っている武器を故意に捨てたり、はじかれたり落としたりするが、持っていたスコップを払われて、本当に落としてしまった。なんとか、それっぽく振る舞い、素手でクロスレンジに持ち込み、槍を絡めとる様に腋の下に挟み、左手で握り、これ以上振れない様にしてから、拳を握り込んで振り下ろす鉄槌打ちという攻撃を、そのまま体の内側から外側振るう様にして、掌拳を顎に当てて、それっぽく見繕ったが、コレが精一杯だ、本当にどうにかして欲しい。女の子の鼻に掌底は可哀想だからな。
「今のが、ナイフや剣の柄頭だったら、確実に気絶か死んでるから気をつけるように」
誤魔化す様に咄嗟に言ってしまったが、綺麗に入っちゃったのか、膝から崩れ落ち、糸の切れた操り人形のようにその場に小さくたたまれた感じに崩れ、リリーはなかなか立ち上がってこない。
「あれ、あ……やべぇ。ミエル! タオルもってこいタオル! 気絶してるぞ!」
俺は急いでリリーを回復体位にさせ、ミエルの持ってきたタオルを【水球】で濡らし、殴った場所とおでこに乗せて、オロオロしていた。
「父さん、落ち着いてよ……お姉ちゃんって、お爺ちゃん達に何回も気絶させられてるから……。父さんの方が、気絶した時の処置はしっかりしてるから安心してよ」
息子の方が落ち着いてるとか、正直へこむわ。
その後、三分もしない内に快復し、立ち上がったので、吐き気や頭痛がないかを聞き、つま先と踵をくっつけさせ、足が一直線になるように立たせて、腰に手を当てさせたまま、目をつぶらせる。
「ふらつきはないか?」
「ないよ? なにこれ?」
「いや、何か問題があったら、目を開けたり手や足が離れる」
多分平気か?ミエルには悪いが稽古は終わりにしてもらった。俺がこれ以上稽古できない。
リリーに散々「お父さん気にしないで」と言われたが、俺ってメンタル弱すぎ。多分この事は結構引きずると思う。
「お父さんのスコップを、弾き飛ばしたところまでは覚えてるんだけどなー」
軽度の記憶喪失あり、本当に大丈夫だろうか?数分くらい記憶が飛ぶって聞いた事あるけど、本当にスッポリ抜けてるな。
◇
翌日に島に戻り、色々準備を始める。
「すみません、パン生地を分けてもらって良いですかね?」
毎朝パンを焼いてくれているおばちゃんの所に行き、焼く前のパン生地を分けてもらい、準備に取り掛かる。
ドライイーストがないからね、おばちゃん達が途中まで作った物を貰うしかない。やっぱりパン種とか持っているんだろうか?なんか瓶か何かにフルーツと水を入れて、発酵させるっていうのは、なんとなく覚えてるけど、菌系は怖いから、素人の俺には怖くて弄れないし。途中までおばちゃん達がやってくれたのを貰えば確実だ。
酵母とかドライイースト無しだと、小麦粉に水と卵と砂糖と、バターだかオリーブオイル入れて、混ぜて放置で出来るんだっけ?パン系はよくわからん。強力粉だっけ?
木の実として輸入して保存してあったクルミを、フライパンで軽くローストして、少し小さめに砕いてからパン生地に入れてコネていく。そしてある程度出来上がった物を、おばちゃんに渡して焼いてもらう。
パンが焼き上がり、おばちゃんからパンを受け取るが多少柔らかい。表面がカリカリのハードブレッドを望んでたが、まぁこのくらいならまぁ平気だろう。ってか同じパン生地なら、いつもと同じ様なパンが出来上がるよな。
焼きたてを口に含むと、コリコリとしたクルミの歯触りと香りが広がり、これだけでも十分に美味しい。
「色も少し茶色っぽいけど平気なのかい?」
「えぇ、クルミが入ってるので……それに体にも良いんですよ」
カロリーは上がるけどな。あと、食べ過ぎると逆に体に悪いらしいけどな。
「へぇ、ちょっとわけておくれよ」
「えぇ構いませんよ」
そう言ってパンを渡す。
「へぇ、クルミを混ぜ込むだけで、こんなにも違うもんなのかい!」
物凄く驚いている。
「まぁ、ここからが本番ですよ」
「まだ何かするのかい!?」
「コレをサンドイッチにします」
「贅沢だねー」
「えぇ、船乗りや、宿泊してる商人達の食事にも出来ないかと思い、作ってるんですが、本当は子供に弁当をせがまれて作っているんですよ」
「あら、奥さんは料理をしないの?」
「しますよ。ただ、自分が肉が好きだから、弁当に肉だけしか入れないとか、野菜が好きだから、野菜多めとか、極端なんですよ。子供達にとっては普通がよかったんでしょうね。ただの食事なら当番制なので均等が取れてます。弁当を作るとなると、俺が適任と思ったんでしょうね。なので少し考えてます」
「へぇ、男なのにやるわねぇ。まぁ、前からあんたの料理は、美味いってみんなが言ってるから、子供達は幸せだろうねぇ」
「ありがとうございます」
そう言って自分の家に戻り、事前に用意してあった物を使い、サンドイッチを作る。
クルミパンを、厚さ二センチメートル程度に切り別け、あいだに故郷から持ってきたクリームチーズを塗っただけのシンプルな物。
ハムを切って胡椒をまぶし、レタスとチーズを用意して、マスタードバターを塗ったクルミパンに乗せ、オリーブオイルを少し垂らし、挟む。
普通の白パンに切れ目を入れ、マスタードバターを塗ってから、茹で卵を潰し、マヨネーズを和えた卵サラダをレタスと一緒に挟み、タマゴサンドを作る。
ツナサンドも作れないかと前々から考えてたのだが、赤身魚を茹でてほぐした物をマヨネーズであえて、みじん切りにした玉ねぎも混ぜて、こちらもレタスと一緒に挟みツナサンドモドキを作る。
ツナじゃないから、モドキだ。
白身魚をフライにして、千切りキャベツとタルタルソースを乗せ、削ったチーズを入れ、フッシュサンドも作る。
それを、クルミパンを作ってもらったおばちゃんの所に持って行き、多数のおばちゃん達に試食してもらう。
「あ、どうも。試しにサンドイッチを作ってみたんですけど、試食してもらえませんか?」
「あら、カームちゃん。もう出来たのかい?」
「はい、作りながら試食してましたが、少し不安なんで、おばちゃんたちの意見も聞きたいなと思って」
「あらーいやだねぇ、この島で一番料理が上手いのに今更何言ってんだい」
「さっきも言いましたが、島に来た船乗りや、商人や宿泊客用も兼ねてますので」
「おやおや、たいそうな役柄を貰っちまったもんだね。じゃぁ厳しく行くよ」
「お願いします」
そう言って、木の皮で編んである箱を開けると、おばちゃんたちから驚きの声が上がる。
「コレが昼食かい? 豪勢だねぇ、じゃあこのシンプルな物からいこうか」
クリームチーズを挟んだ物に、数本の手が伸びる。
「んー、シンプルなのに、このクルミがコリコリしてて美味しいねぇ」
「そうだねぇ、余裕があれば今度少しつくってみようかしら」
「クルミは体に良いって聞くからね、風邪気味な人に配っても良いかもねぇ」
「けど、チーズ一つだけでこんなに変わるもんなんだねぇ」
と、思い思いにコメントをくれ、ハムサンドに手を伸ばし一口齧ると、皆目を見開き驚いている。
「なんだいこれ、肉も少ないのに、こんなに美味しいとか」
「肉が少ないから美味しいのよ、このシャキシャキした野菜で、ハムの塩気が丁度いい具合になってるのもいいわね」
元々生ハムなんか、豚肉の塩漬けなんだし、生ハムメロンのメロンだって、元々味も薄くて、水っぽいキュウリみたいなメロンって言われてるからね、甘いメロンに合わないのは当たり前なんだよなぁ。
「からしと胡椒の辛みも絶妙でおいしいわねぇ」
「しかもあまり分厚くないから食べやすいし、若い女でも気にせず食べられそうだね」
そのまま次の卵サンドとツナサンドモドキに手を伸ばし、
「こいつも美味しいじゃないか! 卵とマヨネーズだけで、こんなに普通の白パンが変わるのかい!」
「このカラシのバターのおかげで飽きないわね」
「この魚をほぐした奴にマヨネーズのも、玉ねぎがシャキシャキじゃないかい!」
「揚げた魚に、キャベツが合うとはねぇ」
おおむね好評だった。
「コレがお弁当とか、子供がうらやましいねぇ」
「本当、毎日食べたいわ」
「私もよ」
「まぁ、島で作って弁当として売るか提供するので、皆さんに作ってもらう事になりますから、たぶん直に食べれますよ。感想ありがとうございました」
「これで不味いとか言ったら、子供を連れて来な! 説教してやるから」
「はは、俺の料理を食ってて、舌が肥えてるので、何言われるか怖いですね」
「おー怖い怖い、コレを食っても美味しく無いとか言う奴がいたら見てみたいもんだよ!」
「俺もです、結構力作なんですけどねー」
そして家に戻り、自分で作った分を昼食にして、余ったハムの切れ端は、ずっと狙っていたヴォルフにあげた。
頭を擦りつけて来て甘えて来たので、ワシャワシャしてやった。
塩分は気をつけてやらないとなー。いつもは無塩干し肉だから、たまには良いか。
あ、ベーコンレタストマトサンド作るの忘れてた。当日でいいか。
◇
子供達の討伐日前日、俺は材料をそろえ家に帰り、寝る前にパン生地を仕込み、濡れた布をかぶせておいた。早朝からバンバン大きな音を立てたくないし。
翌日の朝は少し早起きをして、パンを久しぶりに自分で焼き、粗熱を取りながら下準備に入り、サンドイッチを仕上げ、箱に詰める。兎さんに切った林檎を、茶色くならない様に砂糖水に漬けて、別の革袋にバナナの葉を良く洗ったもので包んで持たせてある。ちょっとした遊び心だ。
ちなみに塩水じゃないのは、俺が塩水に浸したリンゴが嫌いだからだ。
そして子供達が一番に起きて来る。
「おはよう、お父さん」「おはよう父さん」
「これお弁当ね。中身は空けてからのお楽しみ、朝ご飯は普通だよ、ばれない様にしたいからね。楽しみにしてな」
そう言ってスズランを起こしに行き、皆で朝食を食べてから子供達を送り出す。
「で、何を作ったのー?」
「微かにハムの臭いがする」
「まぁ、いつもと違うパン生地があったから、サンドイッチだと思うけどねー。この朝食に出てるサラダも、具材のあまりかなー?」
「……ほぼ正解ですが、秘密です」
昼になり、ラッテが食事の為に戻って来て口を開いた。
「でー、結局何を作ったのー?」
「サンドイッチ」
「やっぱりー」
「いやいや、食べてみろよ。美味いぞ」
そう言って朝に多めに作ったサンドイッチを披露する。
「おー! コレがカーム君のサンドイッチですかー」
「ホットサンドは食べた事あるけど。これは野菜が多い」
レタスくらい食べてくれよ。あーもー、レタスだけ避けてー。
「頂きます」「頂きまーす」
そう言って二人は食べはじめる。
「んー美味しー、クルミがこんなにパンを美味しくするなんて」
「カラシと胡椒が肉に丁度良い」
「スズランちゃん、これはレタスのシャキシャキも楽しめるんだから、一緒に食べた方が絶対美味しいよ」
「肉の味が損なわれる」
「むー、相変わらずだなぁー、こっちの方が絶対美味しいのにー」
まったくブレないなー。クルミパンに塩辛いハムを挟んだだけになるじゃないか。うん、我ながら美味しい!
「あ、このリンゴ兎さんだー」
「兎肉なら食べる」
スズランは本当にブレないなー。
□
「んーお腹空いたー、お父さんが作ってくれたお弁当はなんだろう」
「リリーちゃんのお父さんって、料理が上手だからねー、私も気になるなー」
私は、木の皮で編まれた箱をあけると、色とりどりの具材が入ったサンドイッチが、箱の中いっぱいに入っている。
「おー、すごく綺麗!」
「本当だー、私のと何か交換してよ」
「別に構わないけど、最低でも、全部一個ずつは残してよね。私も食べるの初めてなんだから」
「えー、家でこういうの出ないの?」
「少し凝った料理は出るけど、討伐って学校に通って季節が二巡してからじゃないと、やらないでしょ? だからお父さんのお弁当は初めてなのよ」
「ふーん、このすこし茶色いパンってなんだろう、いただきまーす」
「あ、ちょっとプリムラ! 私が先よ!」
「私は、このトマトが多いのー」
「レーィカも待ちなさいよ!」
そして私達は、一斉にサンドイッチにかぶりつく。
「なにこれ……美味しすぎてなんて言っていいかわからない」
「……うん、リリーちゃんのお父さんって、料理上手すぎ」
「おいしーねー」
「お前の姉さん、あんな感じだけど早く開けてくれよ。僕も気になるじゃないか」
「わかってるよ、そう急かさないでくれよペルナ」
僕も、蓋を開けてみる。
「おお、これはすごいな……」
「……父さんの本気を見た気がする。気合い入りすぎ」
「さっき、少し凝った料理って聞こえたけど……これは……。僕の父さんや母さんも見習って欲しい、特に母さん」
「ミールさんって、どんだけひどいんだよ」
「たまに卵を焦がす」
「……昔、父さんが料理を教えたって言ってたけど、教えてもそれなのか。ほ、ほら、全部一個ずつ持ってけよ」
「ありがとう。今日は父さんが作ってくれたけど、弁当を作った経験がないらしくてさ、見てくれよこれ。同じサンドイッチなのに、こっちはパンにベーコンとチーズくらいしか挟まってないんだぜ?」
「同じサンドイッチでも、こんなに差が出るのか。僕の父さんって、時々変なところで本気を出すからなー」
「そっちの袋は?」
「ん? ちょっと待って。あー、リンゴだ、しかも兎の形っぽい」
「本当に変な所で本気を出すなー。けどこれは、可愛い所もあるって言うんじゃないのか?」
「けど、切ってあるのになんで茶色くなってないんだろう?」
「あ、本当だ。時間が経つと、茶色くなるよな?」
「まぁ、食べようか」
「そうだな」
僕達も、同時にかぶりつく。
「なんだこれ……」
「……本当になんだよこれ。これを食べ終わったら、僕の父さんが作ったのも食べよう」
一つ目を食べ終わり、ペルナの出した、シンケンさんが作ったサンドイッチを同時にかぶりつく。
「……うん」
「僕が、今まで食べてたのは、パンにチーズとベーコンを挟んだだけのパンだったよ……」
「き、気を落とすなよ。ペルナが料理上手になれば良いんだよ。ほら、父さんに言ってみるから、習いに来いよ。ミールさんだって父さんに習ったんだから。それに、冒険者になるのに僕だって料理の練習してるし、相談に乗るから」
「……ありがとう、今度言っておいてくれ」
僕達はその後、お互いのお弁当を半分ずつ分け合って食べた。
これが、先生の言ってた格差って奴を、初めて身近に感じた瞬間だった。
近所の美味しいパン屋で、久しぶりに買い物したら、小説のネタになってました。
すべての出来事を、ネタに出来ないか考えるような体になってしましました。
休日でも、紙のメモ帳を持ち歩く様になりました。




