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稚作を読んで下さる貴方は神様です。お礼に貴方の嫌いな人を小説で殺します~文学の悪魔サイフォンの執筆代行録~  作者: cross-kei


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8/8

第08話:『ストラテジスト・S』の画策と粛清

 タワーマンションの25階。

 眼下に広がる東京の夜景を見下ろしながら、佐久間さくま翔太(29)はプロテイン入りのシェイカーを揺らした。


 部屋はモデルルームのように無機質で、生活感というノイズが徹底的に排除されている。

 あるのは、排熱音を立てる高性能なゲーミングPCと、壁一面に貼られた『Web小説トレンド分析』のグラフだけだ。


 彼はハンドルネーム『ストラテジスト・S』。

 「戦略家」を自称する彼は、執筆活動を「自己表現アート」ではなく「攻略対象ビジネス」と定義していた。


 デュアルモニターの右側には、自身の新作小説の管理画面。

 左側には、裏アカウントのSNS画面が表示されている。


 裏アカの名前は『小説斬り抜刀斎バットウサイ』。

 フォロワー数1万人を超える、界隈で恐れられる辛口レビューアカウントだ。


「……よし。仕込みは完了だ」


 翔太は無表情でエンターキーを叩いた。


『ランキング1位のこの作品、タイトル詐欺もいいとこ。中身スカスカで読む価値なし。信者の脳みそお花畑かよ』


 即座に拡散されていく悪意。

 リプライ欄には、彼の意見に扇動された読者たちの同意コメントが溢れ始める。


 翔太は口元だけで笑った。

 怒りも憎しみもない。これはただの「整地作業」だ。


 ランキング上位の競合ライバルを炎上させて引きずり下ろし、相対的に自分の順位を上げる。

 そして、空いた枠に滑り込んだ自分の作品を、『抜刀斎』のアカウントで「今期唯一の傑作」と太鼓判を押して持ち上げる。


 自作自演のマッチポンプ。

 だが、彼はこれを「マーケティング」と呼んでいた。


「勝つのは実力のある奴じゃない。賢い奴だ」


 Web小説コンテストの中間選考結果ページを開く。

 自信はあった。PV数、★の数、トレンド入りした回数。すべての指標(KPI)は通過ラインを余裕でクリアしている。

 通過は通過点。狙うは大賞のみ。


「さて、と……」


 彼は余裕の笑みでスクロールし――そして、凍りついた。


「……は?」


 ない。

 通過作品リストの「サ行」に、佐久間翔太の名前がない。

 作品名もない。


「検索……そうだ、見落としだ」


 震える指で「Ctrl+F」を押し、作品名を打ち込む。


『0/0』


 ヒットなし。


「ふ、ふざけるな! なんでだ! データ分析は完璧だったはずだ! 読者ニーズも完全に把握していた! なぜ落ちる!?」


 翔太はバン、とデスクを叩いた。

 プライドの高さゆえに、「作品がつまらないから」という可能性は1ミリも考慮しない。

 原因は外部にあるはずだ。システムのエラーか、審査員の目が腐っているか、あるいは――。


「……チッ。まさか、『これ』のせいか?」


 通過リストの中に、不快なノイズを見つけた。

 明らかにボットを使ってポイントを水増ししたような、低品質な作品群だ。

 中身のないゴミが、異常な数値だけを武器に、選考を通過している。


「そうか……そういうことかよ!」


 翔太はギリリと奥歯を噛んだ。


「この不正ユーザー(チーター)どもが! こいつらが不当に枠を食いつぶしたせいで、俺のような『正当な戦略家』が弾かれたんだ!」


 運営も無能だ。

 俺の高度なマーケティングを理解できず、こんな雑な数字遊びに騙されやがって。


 怒りで視界が赤く染まる中、画面の隅に漆黒のバナー広告が現れた。


『一生懸命書きました。アナタの人生「あなた」の幸せがココに詰まっています。』


 黒地に白の明朝体。

 CTR(クリック率)など計算されていない素人臭いデザイン。

 だが、その「幸せ」という単語が、敗北の味を噛み締める翔太の脳裏に焼き付いた。


 藁にもすがる思いでクリックする。

 現れたのは『【完結保証】アナタの人生「あなた」が主人公の物語』というサイト。


 そこには、理想のコンテスト会場が描かれていた。

 最新鋭のAI審査員が導入され、不正なポイント操作や組織票が完全に排除された、クリーンな世界。

 小手先のチート野郎どもは即座にIPごとBANされ、真に「戦略あたま」を使った者だけが勝者となる場所。


「これだよ。これが、公正な競争フェア・ゲームだ」


 翔太は画面に食い入るように頷いた。

 そうだ、俺が負けたのはルールが歪んでいたからだ。

 正しいルールなら、俺が負けるはずがない。


 画面下部に浮かぶ、★5つの評価ボタン。


 この世界を現実にしたい。

 ノイズを消し去り、奪われた俺の勝利を取り戻したい。


 彼は迷わず、一番右の星をクリックした。


 ――カチッ。


 硬質なクリック音。

 直後、部屋の空気が凍りついた。


 ザザッ……ザザザッ……!!


 ハイエンドな4Kモニターが、突如として砂嵐のようなノイズに覆われた。

 激しい明滅が、夜景の見える暗い部屋を、ストロボのように不気味に切り裂く。


「なっ……グラボの故障か!?」


 バチバチ、というショートするような異音。

 次の瞬間、液晶画面からドロリとした黒い液体が滲み出してきた。


 それはインクだ。

 物語を綴るはずのインクが、重力に逆らって立ち上がり、脈動し、人の形を成していく。


 シルクハット。

 モノクル。

 仕立ての良い燕尾服。


 画面から這い出してきたのは、奇妙な紳士だった。


「おやおや」


 紳士は部屋を見回し、壁のグラフを一瞥して鼻を鳴らした。


「分析、傾向、対策……。まるで受験生の部屋ですね。物語ゆめを見る場所にしては、いささか情緒が欠けている」


「だ、誰だ貴様! ここを何階だと思っている! セキュリティは万全のはずだ!」


 翔太は後ずさったが、紳士――サイフォンは、優雅に一礼しただけだった。


「初めまして。『ストラテジスト・S』先生。しがない編集者あくまです。貴方の『評価』、確かに受領しました」


「悪魔……?」


「ええ。貴方は望んだのでしょう? 不正のない、公正な世界を」


 サイフォンは指先で空中にウィンドウを描く。

 そこには、先ほど翔太が睨みつけていた「明らかに不正をして通過した作品」が表示されていた。


「こいつらは……目障りですよねえ。努力もせず、ツールや金で評価を買って枠を奪う輩は」


「そうだ! 俺はマーケティング努力を尽くした! だがこいつらはルール違反だ! こいつらのせいで俺は落ちたんだ!」


 翔太は叫んだ。

 自分の実力不足など微塵も疑わない。

 全ては「あいつら」のせいだ。


「契約してやる! このコンテストから……いや、このサイトから『規約違反をしている不正ユーザー』を一人残らず消し去れ! 全員BANだ!」


「ほう? 全員、でよろしいのですか?」


「当たり前だ! 膿を出し切れ! そうすれば、俺のような正当な努力家が報われる!」


 サイフォンはモノクルの奥で、冷徹な光を宿した瞳を細めた。


「素晴らしい。その潔癖なまでの正義感プロット、採用しましょう」


 パチン。


 サイフォンが指を鳴らす。

 世界が揺らいだ。


 翔太の目の前のモニターに、コンテストの通過作品リストが表示される。

 そして、次々と作品が消滅し始めた。


『システム通知:不正アカウントを検知。削除します』

『システム通知:ポイント操作を検知。削除します』


 リストの大半を占めていた作品群が、見る見るうちに姿を消していく。

 まるでドミノ倒しだ。

 中間選考通過者のリストが、虫食いのようにスカスカになっていく。


「ははは! 見ろ! ゴミ掃除だ!」


 翔太は笑った。

 これでライバルは消えた。

 不正なき世界になれば、空いた枠に繰り上げ当選するのは、実力マーケティングのある自分だ。


「爽快ですねえ。推敲さくじょ作業が捗ります」


 サイフォンも楽しげに眺めている。

 だが。


「……ん?」


 翔太は眉をひそめた。

 リストが更新されたはずなのに、自分の作品が表示されない。

 ランキングページを更新する。


 F5。

 F5。

 F5。


 ……表示されない。

 自分の作品が、どこにもない。


「おい、どうなってる! 俺の作品が表示されないぞ! バグか? 枠は空いたはずだろ!」


「いいえ、仕様・・です」


 サイフォンが冷ややかに言った。


『警告:重大な規約違反を検知しました。アカウントを凍結します』


 翔太の管理画面に、真っ赤な警告文が表示された。


「は……? ふざけるな! 俺はツールなんて使ってないぞ! BOTも入れてない! 完全な人力だ!」


「ええ、機械ツールは使っていませんね。ですが……窓の外をご覧なさい」


 サイフォンが、ガラス張りの壁を指差した。


 そこには、東京の美しい夜景が広がっている――はずだった。


「……なっ」


 翔太は絶句した。

 輝くビルの明かりが、車のヘッドライトが、街灯の光が、すべて『文字』に変質していたのだ。


『タイトル詐欺乙』

『信者の脳みそお花畑かよ』

『相互評価よろしく』

『今夜一斉に★入れようぜ』


 眼下に広がる数百万の光の粒が、すべて彼が過去に吐き出した「罵倒」や、裏で交わした「密約DM」のログに変わっている。

 美しい夜景だと思っていたものは、彼のどす黒い欲望の集積ログだったのだ。


 文字の群れが、窓ガラスにびっしりと張り付いていく。

 ペタペタ、ペタペタと、まるで無数のお札のように視界を埋め尽くす。


「こ、これは……俺の夜景が……!」


「ご覧なさい。これが貴方が積み上げてきた『戦略』の正体です。美しい夜景などどこにもない。あるのは、貴方が吐き出したノイズだけだ」


 サイフォンは分厚い規約書のようなものを出現させ、ある一行を指差した。


『複数のアカウントを用い、特定の作品の評価を不当に操作する行為ステルスマーケティング、および他者を貶めることで相対的に利益を得ようとする行為は、ランキングの公平性を損なうため禁止されています』


「そ、そんなの……みんなやってるだろ! これは戦略だ! プロモーションだ! これをやらなきゃ、無名の新人は埋もれるんだよ!」


「『みんなやっている』? 『戦略』? ……随分とご都合主義な言い訳ですね」


 サイフォンの声が、絶対零度まで冷え込んだ。


「貴方は『不正ユーザーを消せ』と言いました。

 自作自演で世論を操り、偽りの権威で評価を作っていた貴方が、一番の『虚構フィクション』だったというわけです」


「やめろ……やめてくれ! 俺のアカウントを返せ! 俺はストラテジストだぞ!」


 翔太は窓ガラスを叩いたが、そこには自分の姿は映らなかった。

 指先が透け始めている。

 彼自身の存在が、スパムデータとして認識され始めているのだ。


「推敲完了。貴方は今後、永遠に『アクセス禁止(BAN)』の牢獄で、自分の吐いた文字のろいに埋もれ続けてください」


「いやだあああ! 俺を見ろ! 俺を評価しろおおおお!!」


 翔太の絶叫は、ノイズ混じりの電子音へと変わった。

 彼の肉体は0と1のデータに分解され、文字で埋め尽くされた夜景の彼方へと吸い込まれていく。


 誰もいない部屋。

 モニターには、静寂だけが残された。


 サイフォンは、誰もいなくなった高級チェアの背もたれに手を置き、くるりと向きを変えた。


 そして、画面の向こうにいる「あなた」と視線を合わせる。


「くっくっく……。滑稽でしょう? 彼は『自分だけは特別だ』と信じていた。ですが、ルール(神)の前では、小賢しい詐欺師も単なるバグに過ぎません」


 サイフォンはニヤリと笑い、白い歯を見せた。


「さて、そこの読者様。

 貴方のその高評価レビュー……本当に『本心』からのものですよね?」


 彼は右手を差し出し、親指を立てるようなジェスチャーをしたかと思うと、それを画面の下部に向けた。


「私への報酬は★5評価だけで結構です。さあ、押してください。……まさか、裏垢を使って工作しようなんて、プロットの甘いことは考えていませんよね?」


 これにて第08話:『ストラテジスト・S』の画策と粛清は完結です。


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