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稚作を読んで下さる貴方は神様です。お礼に貴方の嫌いな人を小説で殺します~文学の悪魔サイフォンの執筆代行録~  作者: cross-kei


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7/8

第07話:『@Laplace_Demon』の予知と確定

 深夜2時。


 六畳一間の安アパートは、ブルーライトの冷たい光と、鼻を突くえた臭いで満たされていた。


 散乱したカップ麺の容器、飲み干されたエナジードリンクの空き缶、そしてキーボードの隙間に落ちたポテトチップスの破片。

 万年床の布団は脂汗で黄ばみ、主である四見よみ啓介(31歳)の不健康な皮膚と同じ色をしている。


 彼は無精髭を指で掻きむしりながら、ニチャリと歪んだ笑みを浮かべてキーボードを叩いた。


「『犯人は執事。動機は10年前の事故。主人公は最後に死ぬ』……っと。送信」


 人気ミステリードラマの実況掲示板に、放送前のネタバレを投下する。

 直後に湧き上がる「最悪」「死ね」「楽しみにしてたのに」という阿鼻叫喚のレス。

 啓介にとって、それは極上の賛辞だった。


 その中に、一件の長文レスが混じっていた。


『入院中の母と、毎週この放送だけを楽しみにしてきました。最終回だけは、知りたくなかった』


「感謝しろよ。無駄な半年を、省略してやったんだ」


 啓介はニヤつきながら呟いた。


 意外な結末なんてのは、無能の言い訳だ。

 プロの仕事ってのは、あらかじめ提示された結末に向かって、整合性を取ることなんだよ。


 彼のハンドルネームは『@Laplace_Demon(ラプラスの悪魔)』。

 元データアナリストという経歴を鼻にかけ、あらゆる物語の結末を予測し、他人の楽しみを奪うことを至上の喜びとする男だ。


「くだらない。どいつもこいつも、あんな見え透いた伏線にハラハラしやがって。感情の無駄遣いなんだよ。先の見えない展開なんてのはノイズだ。結論を先に出せ」


 人生も同じだ。結果がわからないまま努力するなど、非効率の極みだ。

 そう毒づきながら、次の標的を探そうとブラウザを更新した時だった。


 画面の中央に、漆黒の闇が広がった。


『一生懸命書きました。アナタの人生「あなた」の幸せがココに詰まっています。』


 黒地に白の明朝体。

 装飾を削ぎ落としたそのバナーは、まるで葬式の案内状のように静謐で――抗いがたい引力を放っていた。


 指が勝手に動く。

 脳がクリックを命令するより早く、人差し指がマウスボタンを押し込んでいた。


 ページが開くと、そこには小説が掲載されていた。


 サイト名は『カタルシス』。


『【完結保証】アナタの人生「あなた」が主人公の物語』

 作者名:サイフォン


 タイトルは『完全なる予知者』。


 主人公は、啓介そっくりの男。

 彼はすべての未来を見通し、株で巨万の富を得て、愚かな大衆を見下ろしながら王のように振る舞っていた。


 そこには、啓介が常々不満に思っていた「不確定要素」や「ご都合主義」が一切ない。

 完璧な論理。完璧な因果律。

 そして、完璧な自分。


「ははっ、なんだこれ。最高傑作じゃないか。俺が書きたかったのは、こういう『正解』だけの物語なんだよ」


(……そういえばこの主人公、最後まで一度も「選んで」いないな)


 ふと引っかかったが、すぐに打ち消した。

 当然だ。正解が見えているなら、選択なんてただの無駄なコストだ。


 啓介の自尊心が、かつてないほど刺激される。

 この物語こそが、世界で唯一評価されるべきだ。いや、この主人公オレこそが、最高評価を受けるべき存在なのだ。


 画面下部に現れた評価ボタン。

 彼は迷いなく、震える指で一番右の星をクリックした。


 ――カチッ。


 ★5。最高評価。


「おやおや、そんなに驚かないでくださいよ」


 不意に、部屋の中に男の声が響いた。

 啓介が振り返るより早く、モニターから黒い影が滲み出し、実体化する。


 黒いスーツにシルクハット。

 片眼鏡を光らせた男が、慇懃に一礼した。


「今時、幽霊だってモニターから出てくる時代じゃないですか。なら、悪魔が出てきたって何の不思議もありませんよ……くっくっく」


 啓介は椅子から転げ落ちそうになりながらも、持ち前のプライドで虚勢を張った。


「あ、悪魔だと? ふん、どうせ新手のAR(拡張現実)広告だろ。凝った演出だが、プロットが甘いな。俺のPCに不正アクセスした罪は重いぞ」


「はじめまして、『@Laplace_Demon』様。わたくし、小説家のサイフォンと申します。先ほどは稚作への高評価、誠にありがとうございました」


 サイフォンは愉しげに肩を竦め、続けた。


「契約成立です。お礼に、貴方の嫌いな人を小説で殺して差し上げましょう。さあ、誰ですか? 貴方に『死ね』と書き込む実況民の皆様ですか? それとも、見え透いた伏線しか書けない脚本家の先生ですか?」


「殺す? ……くだらない」


 啓介は鼻で笑った。


「あいつらは変数ですらない。ただの定数だ。予測する価値もない連中に、割くリソースはないね」


「おや、殺したい相手がいないとおっしゃる?」


 サイフォンはモノクルの奥で、目を細めた。


「安心してください。そんな時は、『嫌いな現実』を生きるアナタ自身を殺してしまえばいいのですよ」


「……は?」


「『結果がわからないまま努力するなど、非効率の極み』。……ええ、その通りです。だから貴方は、この万年床から一歩も動けない。先の見えない現実に竦んだまま、画面の中の結末だけを暴いて生きてきた。――その四見啓介を、削除するのです」


 図星を突かれ、啓介の喉が鳴った。


「推敲しましょう。貴方の人生に『完全攻略チャート』を実装するのです」


 啓介の目が欲に濁る。

 攻略チャート。それはつまり、未来予知だ。

 株価の変動、他人の思考、成功への選択肢。それらがすべて可視化されるなら、人生はイージーモードになる。


「……条件は? タダじゃないんだろ。俺は客だぞ、足元を見るなよ」


「強欲な素材だ……。いえいえ、対価は先ほど頂きましたよ。読者様。さあ、物語を始めましょう」


 世界は一変した。

 啓介の視界には、常に半透明のウィンドウが浮かんでいる。


『【A】上司にお茶を出す(好感度+5)』

『【B】無視する(解雇フラグ)』

『【C】昨日の失態を指摘する(パワハラ訴訟勝利ルート確定)』


 すべてが見える。

 啓介は迷わず【C】を選び、嫌味な上司を論理的に追い詰めて退職金をもぎ取った。


 投資を行えば『【A】この銘柄は3時間後に暴落する』という警告が出る。

 ナンパをすれば『【B】この女性は今、寂しさを感じている。正解ワードは「映画」』と答えが表示される。


「ははっ! 簡単だ! 人生なんて所詮、パラメータ調整されたプログラムに過ぎない!」


 啓介は笑いが止まらなかった。

 失敗の恐怖がない。迷う時間も不要。

 最短最速で、彼は高級タワーマンションの一室を手に入れ、美女を侍らせ、シャンパンタワーの頂点に立った。


 そういえば最近、表示される選択肢の数が減ってきた。

 三択が、二択に。二択が、一択に。


「いいことだ。ノイズが減って、正解だけが残る」


 サプライズ? 不要だ。

 ハプニング? 欠陥品だ。

 すべてが予定調和ネタバレされた世界こそが、至高のエンターテインメントなのだ。


 ――そう、信じていた。あの日までは。


 その日の朝、視界に表示されたウィンドウは、いつもと少し様子が違っていた。


『【確定イベント】10時05分、駅のホームから転落し、電車に轢かれて死亡する』


 啓介はコーヒーを吹き出しそうになった。

 時刻は9時30分。これから外出する予定だったが、当然キャンセルだ。


「おいおい、バグか? 死ぬわけないだろ。俺は家にいるんだから」


 彼はソファーに深く座り込み、外出を取りやめた。

 これで回避完了。そう思った瞬間だった。


『警告:シナリオからの逸脱を検知。修正措置を実行します』


 空中に赤い文字が明滅する。

 同時に、啓介の身体がガクリと跳ねた。


「な、なんだ? 手が……足が、勝手に!?」


 意思とは無関係に、筋肉が収縮する。

 まるで、見えない糸に操られるマリオネットのように、啓介は立ち上がり、玄関へと歩き出した。


「やめろ! 止まれ! 俺は行きたくない!」


 叫んでも、口は勝手に靴紐を結んでいる。

 恐怖で涙が溢れるが、足は軽快なリズムでドアを開けた。


『伏線回収:貴方は言いましたね。「意外な結末なんてのは、無能の言い訳だ」「プロの仕事とは、あらかじめ提示された結末に向かって整合性を取ることだ」と』


 サイフォンの冷徹な声が脳内に響く。


「ふざけるな! これは俺の人生だぞ!」


『ええ。ですから「ご都合主義」は排除しました。貴方は結末ネタバレを知っている。ならば、その結末に向かわないのは「キャラ崩壊」であり「プロットの破綻」です』


「いやだ、いやだいやだ……!」


『ご安心を。結末までの無駄な時間は、省略して差し上げます。――貴方も、そうなさってきたでしょう?』


 駅のホーム。

 電車が近づく轟音が聞こえる。

 啓介の意識は必死にブレーキをかけているのに、身体はスムーズに黄色い線の外側へと歩みを進める。


「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 助けてくれ!!」


『貴方の望んだ「確定された世界」ですよ。さあ、ラストシーンです。綺麗な放物線を描いてください』


 10時05分。

 啓介の身体は、完璧なタイミングで宙を舞った。


 激痛と衝撃の後、啓介は奇妙な感覚に包まれていた。

 痛みはない。だが、動けない。


 目を開けると、そこは駅のホームだった。

 しかし、誰も彼を見ない。彼を通り抜けていく。


 サイフォンが、線路の脇に立って手帳に何かを書き込んでいた。


「素晴らしい。完璧な『死亡シーン』でした。これにより、貴方はこの世界の『背景素材』として固定されました」


「……あ……あ……」


 声が出ない。

 いや、自分自身が「駅のホームにある染み」や「注意書きの看板」といった、単なるテクスチャデータに変換されているのを感じる。


「貴方は未来を知りすぎた。結果を知っている人間に、選択の自由などありません。あるのは、決められたレールをなぞる義務だけ。……これからは永遠に、ここで『悲惨な事故の痕跡』として、他人の物語を彩ってください」


 サイフォンは帽子を取り、優雅に一礼した。


「ああ、それと。物語にはオチが必要ですよね? 貴方はもう、誰にもネタバレできませんよ。誰からも認識されないのですから」


 絶望する間もなく、啓介の意識は静止画フリーズした。


 サイフォンは、中空に浮かぶモニターに向かって、読者に微笑みかける。


「人間というのは不思議な生き物です。未来を知りたがるくせに、いざ未来が確定すると、その不自由さに泣き叫ぶ。不確定な明日があるからこそ、人は今日を選べるというのに」


 彼は懐から万年筆を取り出し、虚空に×印を刻んだ。


「貴方も、あまり先のことは知りすぎない方がいいですよ? 楽しみが減ってしまいますからね……くっくっく」


 そして、サイフォンは画面の向こう側にいる「あなた」をじっと見つめた。

 まるで、値踏みをするような冷たい視線で。


「さて、今回の物語……いかがでしたか? 愚かな彼が迎えた必然の結末。もし楽しんでいただけたのなら……ええ、わかっていますよね?」


 彼は白い手袋をはめた指先で、画面の下を指し示した。


「私への報酬は『★5評価』だけで結構です。さあ、そこにボタンがあるでしょう? 嫉妬でも、優越感でも、どんな感情でも構いません。……押してください。そうすれば次は、貴方の願いを叶える番かもしれませんよ?」


「これにて第07話:『@Laplace_Demon』の予知と確定は完結です」


『403 Forbidden

 選択権限がありません。既定の処理を実行します

 ※ネタバレ注意:この先の結末は変更できません』


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