27
ビョウブの一件で、町に動揺が走ったのは言うまでもない。鉄壁だと思われていた牙城をいとも容易く突破され、被害を受けた者がいる。
そのことが人々の心に戦慄を走らせ、怯えさせた。
家の中に閉じ籠もり、出てこない者もいた。
宴会のあの賑やかさはもうこの町には存在していない。
カッコウが物憂げに鳴いている。
ケージはあれから行方不明となり、それもまた皆を不安がらせた。気まぐれですぐにいなくなるため、いなくなっても始めは心配していなかった。
しかしビョウブが被害に遭い、ケージがこれだけ見つからないとなると、何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。
「もしかしたら再び悪意に侵されて、レイチョウ側についているのかもしれない」
魔法使いの2人を同時に失い、行く末に暗雲がたち込める。
ノモンからいつもの威勢が消え、大きな背中を丸めて湖の畔に座っていた。地面には未だに凄惨な血痕が染み付いている。
ノモンにとってビョウブはネコ族の国ミャーザ・ワッケンジーの頃から良きパートナーとして行動し、互いに信頼していた。
悪意を植え付けたビョウブとその被害に遭った大将ノモン。
普通ならばいがみ合いそうなものだが、ノモンはビョウブをずっと認めてきた。頭の切れるビョウブ、腕っぷしの強いノモン。2人は相性の良い関係であった。
「大丈夫か、ノモン」
ノモンは萎れた顔をヨキに向けた。
「ヨキ……。すまねぇ、何だか魂が抜けた気分だ……」
ヨキはノモンの横へ座った。
「仕方ないよ、みんなビョウブのことが好きだったんだ」
「……ズバズバ言いやがるくせにな」
「だからこそみんな、彼を信頼してた」
「……ああ」
ノモンは自分の頬を両手で叩いた。
「ああ、くそ! しみったれてる場合じゃねぇ」
ノモンは立ち上がった。
「ビョウブの仇を討つためにも、レイチョウとかいうやつを探さねぇとな」
「ああ……」
ビョウブの傷を見る限り、魔法の大剣であろうことは一目瞭然だった。
それはヨキもノモンも目の前で目撃しているから分かる。
つまり討つべき相手は、あの魔法の使い手である亜人の王レイチョウだ。
ノモンは胸を張り、凛と前を向いた。ビョウブに情けない姿を見せるわけにはいかない。
ノモンはズボンのポケットに手を突っ込んだ。そして中のものを取り出すと、ヨキへと差し出した。
「これよ、ヨキが持ってたほうがいいと思うんだ」
「これは……」
ヨキはハッと息を呑んだ。
それはビョウブが常に持っていた扇子だった。
「ビョウブならヨキに渡すと思ってよ」
ヨキは受け取るかどうか迷った。
「いや、ノモンのほうが……」
しかしノモンは強引にヨキへと差し出した。
「受け取ってくれ! あいつはお前といる時が一番楽しそうだった」
「…………」
「だから!」
ヨキはノモンの強い望みを断ることが出来ず、扇子を受け取った。
「ありがとよ……」
ノモンは嬉しそうに微笑んだ。
扇子には生々しい血痕が残っていた。
ヨキは思わず目を背けたくなった。
ビョウブのトレードマーク。まるで軍配のようにこれを掲げて、指揮していた姿を思い出した。
よく広げてあおいでいたっけ。
ヨキはその姿を懐かしんで扇子を何気なく開いた。
中にも血が飛び散っていたが、ヨキはその血を見つめ、目を見開いた。
「どうした?」とノモンが訊いた。
ヨキは広げた扇子をじっと見つめ、手を震わせた。
それは血痕ではなく、血で書かれた文字であった。ビョウブが持っていたということは、ビョウブが深傷を負った際に記したと考えられる。
ノモンもその文字を覗き込んだ。
「これ……、ビョウブが書いたのか? やられた時に?」
ヨキはゆっくりと頷いた。
「……ああ、おそらく」
「オレぁ、字が読めねぇが、いったいなんて書いてあるんだ?」
ヨキは再び扇子の文字を見つめた。
ビョウブが遺したメッセージ。
最期のメッセージ。
扇子にはこう記されていた。
『レイチョウは存在しない』
(第5章 アルージ国編 完)
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思った方、続きが気になる方は、
ブックマーク、★評価をよろしくお願いします。
励みになりますので、是非!
この続きは不定期更新となります。
是非ブックマークをして頂き、更新をお待ちくださいませ。




