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この異世界は悪意しかない!  作者: 浅見青松
第5章 アルージ国編
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ビョウブの一件で、町に動揺が走ったのは言うまでもない。鉄壁だと思われていた牙城をいとも容易(たやす)く突破され、被害を受けた者がいる。


そのことが人々の心に戦慄(せんりつ)を走らせ、怯えさせた。

家の中に閉じ()もり、出てこない者もいた。

宴会のあの(にぎ)やかさはもうこの町には存在していない。


カッコウが物憂(ものう)げに鳴いている。




ケージはあれから行方不明となり、それもまた皆を不安がらせた。気まぐれですぐにいなくなるため、いなくなっても始めは心配していなかった。


しかしビョウブが被害に遭い、ケージがこれだけ見つからないとなると、何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。


「もしかしたら再び悪意に侵されて、レイチョウ側についているのかもしれない」


魔法使いの2人を同時に失い、行く末に暗雲がたち込める。




ノモンからいつもの威勢が消え、大きな背中を丸めて湖の(ほとり)に座っていた。地面には(いま)だに凄惨な血痕が染み付いている。


ノモンにとってビョウブはネコ族の国ミャーザ・ワッケンジーの頃から良きパートナーとして行動し、互いに信頼していた。


悪意を植え付けたビョウブとその被害に遭った大将ノモン。

普通ならばいがみ合いそうなものだが、ノモンはビョウブをずっと認めてきた。頭の切れるビョウブ、腕っぷしの強いノモン。2人は相性の良い関係であった。


「大丈夫か、ノモン」


ノモンは(しお)れた顔をヨキに向けた。


「ヨキ……。すまねぇ、何だか魂が抜けた気分だ……」


ヨキはノモンの横へ座った。


「仕方ないよ、みんなビョウブのことが好きだったんだ」


「……ズバズバ言いやがるくせにな」


「だからこそみんな、彼を信頼してた」


「……ああ」


ノモンは自分の頬を両手で叩いた。


「ああ、くそ! しみったれてる場合じゃねぇ」


ノモンは立ち上がった。


「ビョウブの仇を討つためにも、レイチョウとかいうやつを探さねぇとな」


「ああ……」


ビョウブの傷を見る限り、魔法の大剣であろうことは一目瞭然だった。


それはヨキもノモンも目の前で目撃しているから分かる。

つまり討つべき相手は、あの魔法の使い手である亜人の王レイチョウだ。



ノモンは胸を張り、(りん)と前を向いた。ビョウブに情けない姿を見せるわけにはいかない。


ノモンはズボンのポケットに手を突っ込んだ。そして中のものを取り出すと、ヨキへと差し出した。


「これよ、ヨキが持ってたほうがいいと思うんだ」


「これは……」


ヨキはハッと息を呑んだ。

それはビョウブが常に持っていた扇子だった。


「ビョウブならヨキに渡すと思ってよ」


ヨキは受け取るかどうか迷った。


「いや、ノモンのほうが……」


しかしノモンは強引にヨキへと差し出した。


「受け取ってくれ! あいつはお前といる時が一番楽しそうだった」


「…………」


「だから!」


ヨキはノモンの強い望みを断ることが出来ず、扇子を受け取った。


「ありがとよ……」

ノモンは嬉しそうに微笑んだ。


扇子には生々しい血痕が残っていた。

ヨキは思わず目を背けたくなった。


ビョウブのトレードマーク。まるで軍配のようにこれを掲げて、指揮していた姿を思い出した。


よく広げてあおいでいたっけ。


ヨキはその姿を懐かしんで扇子を何気なく開いた。

中にも血が飛び散っていたが、ヨキはその血を見つめ、目を見開いた。


「どうした?」とノモンが()いた。


ヨキは広げた扇子をじっと見つめ、手を震わせた。



それは血痕ではなく、血で書かれた文字であった。ビョウブが持っていたということは、ビョウブが深傷(ふかで)を負った際に記したと考えられる。


ノモンもその文字を(のぞ)き込んだ。


「これ……、ビョウブが書いたのか? やられた時に?」


ヨキはゆっくりと(うなず)いた。


「……ああ、おそらく」


「オレぁ、字が読めねぇが、いったいなんて書いてあるんだ?」


ヨキは再び扇子の文字を見つめた。



ビョウブが(のこ)したメッセージ。

最期のメッセージ。


扇子にはこう記されていた。










『レイチョウは存在しない』




(第5章 アルージ国編 完)


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