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キーモ・インデスケッド国は国土の半分が湿地に覆われ、喬木(背の高い木)もなく、一面が広く見渡せる。
その国を制圧し、寛いでいたドラゴン族たちは遠方からバシャバシャという湿原を掛ける音を聞いた。
その音は段々と近づき、激しくなってゆく。霞んだその視線の先に、押し寄せてくる大群を見た。
「うおおお!!」
ヨキ軍は喊声をあげ、波のうねりとなってドラゴン族へと向かっていった。
ドラゴンは奇襲され、混乱を極めた。
統制されていない者たちに善意の力が不意に襲ってくる状況、ドラゴン族は対処に遅れて、なす術もなくその場に倒れ込んだ。
ヨキ軍側のドラゴン族たちは悪意に侵された同胞と対峙し、
「今、楽にしてやるぞ」
と善意の剣を振りかざしていった。
横長に広がる湿地帯のキーモ・インデスケッドの国土を北に向かって侵攻していったが、ムシ族の生き残りに出会うことはなかった。
ただ骸が所々に散乱し、無惨な戦況だったことを物語っていた。
その間を歩く度にヨキ以上にホイホイが胸を痛めていた。悪意の体をし、威勢の良かったホイホイだったが、その顔を青褪めさせた。
自らがムシ族を壊滅に追いやった負い目が心に突き刺さっているようだ。
ヨキは敢えてホイホイに声を掛けなかった。彼の悲痛な表情を見ていれば、何も言わずともいかに悪意がこの世に不要か、愚かしいものかを知るだろう。
廃墟の片隅で小さい子を抱えながら息絶えるムシ族の姿があった。
ホイホイはそれを見た時、膝から崩れ落ち、抱きかかえながら嗚咽を漏らした。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度も何度もホイホイの懺悔がその場に響いた。
ムシ族の国を北上し、ヨキ軍の波はディーカイト・カゲ国の国境へと近づいた。
横長の国土を攻め入っていくうちに、ヨキ軍自体も横長の陣形となり、次第にヨキ軍は東西へと分断していった。
ノモン率いるネコ族とケージは西に、その他は東に分かれていく。
ひた走る西側の軍は地響きと共に立ちはだかる群れを前方に見た。甲冑を身に纏い、ヨキ軍の侵攻を察知したドラゴン族の精鋭隊が待ち構えている。
ヨキ軍側のドラゴン族はその姿を見て、一瞬のうちに怯んだ。
「ブルース軍部長!」
屈強な体つきをしたドラゴンが大剣を構え、西軍に目を向けた。頬に深い傷を持っている。
「まさかこれほどの人数が謀叛を起こすとはな」
ヨキ軍のドラゴン族たちは善意の剣を下げ、まともにやり合う意志はないことを主張した。
「軍部長! これは謀叛などではございません。我々は……」
そう訴えるドラゴン族にブルースの剣が無下に迫ってきた。
それをネコ族のトラ、ノモンがその腕を制した。
ノモンの手に力が入る。
「おい、大将。部下が説明しようとしてるんだぜ?」
ノモンはブルースの手首を掴みながら睨んだ。
ブルースは怪力によって阻まれた手を、これまた怪力で振りほどいた。
そしてノモンの後ろに控えるドラゴン族に向かって叫んだ。
「恥を知れ、貴様ら! ネコ族に手を借りるほど落ちぶれたか」
ノモンは顳顬に青筋を立てた。
「あん!?」
「最強種族の名折れだ」
ノモンは拳をポキポキと鳴らし、前へ進み出た。
「なら、試してみろ」
そしてニヤリと笑う。
「ネコの手が恥に値するかどうか!」




