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245 宮城を目指して

 皇暦八三六年十月十九日〇六〇〇時過ぎ。

 北へ向かう中山道、南へ走る東海道の起点となっている秋津橋周辺では、結城家領軍と蹶起部隊との本格的な武力衝突が始まっていた。


「てっー!」


 指揮官の号令一下、結城家領軍の十三年式三十七粍歩兵砲が火を噴く。

 目標とされたのは、秋津橋や主要な交差点に設置されている反乱軍の多銃身砲陣地であった。三十七ミリと、後世の大口径機関砲と同程度の口径しか持たない小型の砲であったが、意外なことに多銃身砲陣地を制圧するのに相応の効果を発揮していた。

 本来、この砲は少人数の人力でも輸送可能な、あるいは分解して駄馬に載せることが可能な砲として開発されたのであるが、内乱という異常な状況下で新たな活用方法が編み出されつつあったのである。

 実際、後世には機関銃陣地を直接照準で制圧するための小口径砲が開発されることになるのだが、十三年式三十七粍歩兵砲はそれと同じような使われ方をされていたといえよう。

 島田富造少将率いる部隊は他にも十一年式七糎野砲を装備してもいたが、市街地で使用するには周辺の建物に被害を及ぼしかねないとして、今のところ野砲兵部隊は反乱軍陣地に照準を据えたまま待機している。

 一方、反乱軍陣地からは、前進してきた結城家歩兵砲部隊を排除すべく多銃身砲が一斉に火を噴いていた。連続する軽快な射撃音が、市街地に反響する。

 また、反乱軍側も歩兵砲を持ち出して、結城家領軍側の歩兵砲を破壊しようと射撃を開始する。

 皇都の市街地で、ついに皇軍相撃は開始されたのである。

 だが、夜襲を諦めて一夜を反乱軍陣地突破のための準備に費やした結城家領軍は周到であった。

 反乱部隊の中核は攘夷派将校であるとの認識から、猟師出身など射撃の上手い兵士たちを集めて積極的に反乱軍将校を狙撃するように命じていたのである。

 建物の屋根によじ登った狙撃兵たちは、反乱軍陣地で軍刀を振るって指揮をとる将校たちを、次々と射殺していった。


「意外と敵陣地の制圧は順調だな」


 景紀から領軍の大部分を任されることになった島田富造少将は呟いた。確かに多銃身砲は厄介で、今も完全に無力化出来たとは言えないが、まったく手も足も出ないというような状況ではない。

 これがかつて自分たちが遼河平原の海城に築いた陣地ならばともかく、反乱軍が拠っているのは平坦な通りに土嚢と鉄条網を張り巡らせただけの陣地である。兵士や多銃身砲にとっての遮蔽物の有無や陣地の綿密さという点では、海城の塹壕陣地の方がはるかに勝っていたろう。

 一応、反乱軍側も通りに蛸壺程度の穴を掘ってはいたようだが、蜂起から三日目という時間の関係上、綿密な塹壕陣地を構築することまでは出来なかったようである。


「まだ、逸るなよ……」


 騎兵隊指揮官なだけあって本能的に突撃を命じたくなる己を抑えつつ、島田は敵陣地の制圧状況を慎重に双眼鏡で観察する。かつて南洋で要塞守備隊に配属され、そして海城攻防戦での経験から、敵陣地に対する単純な突撃がいかに多くの犠牲を生むのかは理解している。

 突撃を命じる時機は、慎重に見極めねばならなかった。

 島田少将の視界の隅に、鉄道築堤を駆け抜けようとする列車の姿が映ったのはそんな時であった。


「来ましたか、若」


 にやりと、その列車に向けて笑みを浮かべる。

 いきなり自分たちの陣地にあのようなものが突っ込んでくれば、反乱軍の混乱は必至だろう。

 彼は軍刀を抜き、周囲に叫んだ。


「総員、突撃用意! あの列車が連中の陣地に突っ込むと同時に、こちらも動くぞ! 我らの若様に、結城家武士団の勇姿を見せつけてやれ!」


挿絵(By みてみん)


  ◇◇◇


 黒煙を吐き出し、動輪を勢いよく回転させる急造装甲列車は、反乱軍側が陣地を構える防衛線に到達しようとしていた。

 すでに進行方向左側からは、砲声と銃声を中心とする音が聞こえている。

 島田少将率いる部隊が、秋津橋を中心とする中山道・東海道沿いの反乱軍防衛線に総攻撃を敢行しているのだ。

 田隅操車場を発車した急造装甲列車は、約七キロ先にある皇都中央駅に向かって疾走を続ける。投ぜられた石炭を動力に変えて、鉄道築堤上を駆け抜けていく。

 秋津橋方面から始まった総攻撃を撃退せんとしていた反乱軍の横っ腹に、急造装甲列車は速度を落とすことなく突っ込んでいった。

 築堤上に築かれていた防御陣地は、あくまで人間に堤を越えさせないように構築されたものであったらしく、突入してきた急造装甲列車を防げるような強固な障害物は設置されていなかった。

 鉄条網を踏みにじり、土嚢を弾き飛ばして列車は進んでいく。

 急造装甲列車を迎撃したのは、皇都第一運河沿いに築かれた反乱軍防衛線であった。皇都中心部を囲むように巡らされている皇都第一運河は、この地区では東西に延びて響谷川に繋がっている。その運河の南岸に、反乱軍は防衛陣地を築いていた。そこからの射撃が、急造装甲列車に降り注ぐ。

 だが、反乱軍には皇都に駐屯とする野砲兵第一連隊、近衛野砲兵連隊が加わっていない。必然的に、その射撃は多銃身砲と小銃によるものが中心となってしまう。

 鉄板や木材で防御された先頭車は、簡単には破壊出来ない。

 反乱軍陣地からの射撃を受けながらも、急造装甲列車は進んだ。

 独立野砲第一大隊を指揮する永島惟茂少佐が乗る先頭車は、反乱軍陣地に多銃身砲の掃射を浴びせていく。鉄道築堤という高い場所からの射撃に、反乱軍将兵が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う姿が、後方の客車に乗る景紀や貴通からも確認出来た。

 あっという間に皇都第一運河に架かる橋を渡り切った急造装甲列車の目の前に、赤レンガ造りの皇都中央駅の威容が現れる。南北それぞれに円状の屋根を持つ、特徴的な建築物だ。

 駅を制圧するため、列車が速度を落とし始めた。

 その時、皇都中央駅の建物からの射撃が急造装甲列車に降り注ぎ始めた。今度は、急造装甲列車の側が上からの射撃を受ける立場になったのである。

 皇都中央駅は、最大で三十五メートルの高さを誇る。

 高所からの射撃は、機関車より前の車両に集中した。放たれた銃弾の一発が先頭車で軍刀を指揮棒代わりに振るっていた永島少佐を貫き、その体が貨車の中に倒れる。


「てっー!」


 その後方の砲車が、上官を撃たれた報復のように十一年式七糎野砲を放った。

 駐退復座機が未開発のこの時代、射撃時の反動で後退した砲架は貨車内に積み上げられた土嚢の中に突っ込み、一時的に射撃が不能になる。しかし、恐れていた砲車の損壊は起こらなかった。

 放たれた七十五ミリ砲弾は皇都中央駅の二階あたりに直撃した。赤レンガの外壁が吹き飛び、爆炎が上がる。

 三両目に搭載された三十七ミリ歩兵砲も、射撃を開始する。射撃時の反動が小さいこちらは、駅舎の窓をほぼ正確に撃ち抜いていた。列車が速度を落としたために、照準がしやすくなったのだろう。

 急造装甲列車からの思わぬ砲撃を受けたためか、赤レンガの駅舎からの射撃の勢いが緩む。


「総員、下車用意!」


 景紀が軍刀を抜き放ちながら叫んだ。列車は、いよいよ皇都中央駅の停車場へと侵入しようとしていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 鉄之介と八重が結城家皇都屋敷に辿り着いた時には、すべてが終わったあとであった。

 屋敷の正門は無残にも破壊され、屋敷内には敵味方の死体がいたるところに転がっていた。


「ひでぇな……」


 思わず鉄之介は呻いた。

 ここまで来る途中、彼と八重は学院や主要な通りを封鎖する反乱軍に対して小規模な爆裂術式を放ち、あるいは八重得意の雷の術式で意識を失わせるなどして進んできた。

 そのために反乱軍に少なくない混乱が生じていたようだったが、二人は完全に無視した。時には呪術で身体能力を強化して屋根から屋根へと飛び移って近道をするなどして、急ぎ結城家皇都屋敷に駆け付けたのである。

 鉄之介と八重は結城家皇都屋敷を取り巻く将兵に爆裂術式を放って彼らを混乱させた隙に、屋敷内に飛び込んだ。

 だが、反乱軍将兵の側には、もはや戦意はないようであった。たった二人の年若い術師が爆裂術式を放っただけで、砂が風に吹かれるようにして無秩序な退却を始めていた。

 それだけ、屋敷を巡る攻防が熾烈だったのかもしれない。


「母上たちは、奥御殿にいるみたいだな」


 屋敷内に探索用の式を放った鉄之介は、八重を伴って屋敷の奥へと進む。

 屋敷の中で特に損壊が激しいのは、定府家臣たちが住まう居住区画とその先にある御殿区画の表御殿側であった。奥御殿までは、どうやら反乱軍は侵入しなかったようである。

 ただ、鉄之介は式で屋敷内を探索していて気になる場所があった。表御殿の、重臣たちの執務場所である御用場に、何故か結界が張ってあるのだ。

 一部の家臣たちが立て籠っているのかとも一瞬思ったが、その結界は外部から内部を守る形式のものではなく内部のものを厳重に封印するためのものであった。母・若菜が構築したにしては、いかにも不自然な結界である。


「八重、どう思う?」


「ひとまず、行ってみましょう」


 二人は警戒しながら戦闘の痕跡も生々しい邸内を進んでいく。陽鮮の倭館で無数の死体を見てきたため、今さら狼狽はない。

 御用場まで到達した二人は、そこを守るように立っていた反乱軍の兵士をあっさりと昏倒させた。そして、結界の前に立つ。


「……ただの結界っぽいな」


「無理に破ろうとすると呪術的な罠が発動するとか、そんなこともなさそうね」


 八重が右手の感触を確かめるように、手を握ったり開いたりしている。


「とりあえず、ぶっ壊してみましょう」


 彼女は右手に凝縮させた己の霊力をまとわせ、鱗と鋭い爪のある龍の手に変化(へんげ)させた。


「ふんっ!」


 そのまま勢いよく腕を振り抜くと、結界はあっさりと破壊されてしまった。


「ったく、ちょっと力技過ぎんだろ……」


 鉄之介は呆れつつも、御用場の戸に手を掛ける。結界を破壊すると発動する呪術的な罠はないと安心させておいて、戸を開くと発動する罠があるかもしれないと警戒しつつ、気を引き締め直して戸を開けた。


「―――っ!」


 罠は、何もなかった。

 ただ彼の目に飛び込んできたのは、部屋に安置されている結城景忠正室・久の遺体であった。

 反射的に駆け寄ってその容態を確認するが、最早この女性が再び目を開けることはないことはすぐに判った。


「……」


 八重も、あまりのことに絶句している。しかし、自失からの回復はやはりと言うべきか彼女の方が早かった。憤怒の形相を浮かべた彼女は、先ほど昏倒させた兵士一人の胸ぐらを掴んで、思い切りその頬を打った。


「おい!」


 鉄之介の制止の声も聞かず、八重は衝撃に目が覚めたその兵士を問い詰めた。


「久様を殺したのは、誰!?」


「……?」


 一瞬その兵士は、自分が何を問われているのか判らなかったらしい。頬を腫らしたまま、呆然とした顔をしている。


「景忠公正室・久様を殺したのは誰って聞いてんのよ!」


 さらに激しく、八重は詰問する。


「……はっ? 結城家御台所殿は、この御用場に軟禁しているはずじゃあ……」


 ほとんど八重の剣幕に押されるようにして、頬を腫らした兵士はやはり彼女の問いかけを理解出来ていないかのように答える。


「とぼけてんじゃないわよ!」


 さらに八重が手を振り上げたところで、鉄之介がその腕を掴んだ。


「八重、止めておけ」


「でも!」


「多分こいつも、久様が室内で殺されている何て知らなかったんだろうよ。むしろ、久様が殺されたことが公になれば、結城家は弔い合戦として大義名分を得ることが出来る」


 自分でも意外なほど、鉄之介は冷静であった。目の前で八重が激昂していることでかえって落ち着くことが出来ているというのもあるのだろうが、彼は宵姫に従って結城景忠を廃立したばかりなのだ。

 結城久が殺害されていたことは確かに衝撃ではあったが、だからといっていつまでも自失しているほど、鉄之介は一呪術師として未熟ではなかった。もしかしたら、知らず知らずのうちに宵姫の影響を受けているのかもしれない。


「冬花義姉様をあんな目に遭わせて、自分の母親も殺されて、若様はいったい何をやってんのよ!」


 なおも怒りの声を上げる八重であったが、その瞳には悔しさから来るのだろう涙が浮かび始めていた。

 八重の口から姉・冬花のことが出てきたことに鉄之介は一瞬だけ心を揺らされたが、今は努めて姉のことは頭から追い出すようにした。

 姉が殿としての務めを果たしたのならば、自分は葛葉家次期当主として景紀を支えるという役目を果たさなくてはならない。

 どれほど本心で姉のことを心配していようとも、今の鉄之介には優先しなければならないことがあった。

 そうでなければ、景紀や宵姫、自分だけでなく、八重まで逆賊にされてしまう。


「とにかく、母上に事情を聞きに行こう。すべては、それからだ」






 奥御殿で再会した鉄之介の母・若菜は、顔に濃い疲労の色を浮かべていた。

 実質的な敵地となった皇都で、屋敷を守るための結界を維持し続けていたのだ。無理もないと、鉄之介は思う。

 そんな母に久のことを伝えると、若菜は悲痛そうに顔を俯けた。


「やはりお方様は、ご自身が殺されることも覚悟されていたのでしょうね……」


 母が掻い摘まんで説明したのは、こういうことであった。

 久は若菜に対して、屋敷に侵入した敵の呪術通信の一切を遮断すると共に、決して屋敷が襲撃されたことをどこにも伝えないように命じたのだという。

 久は景紀が雇った元牢人の忍・朝比奈新八から十九日早朝に景紀が反乱軍に対する総攻撃を仕掛けることを報されており、だからこそ息子に余計な心配を掛けさせまいと屋敷が襲撃されたことを河越城や結城家領軍には一切秘匿するように伝えたのだ。

 そして同時に屋敷に反乱軍の一部を引き付けることで陽動の役割を果たすと共に、その通信を遮断して景紀たちの総攻撃開始を彼らが察知出来ないようにした。少しでも、屋敷に攻め入った部隊が皇都の東側に移動するのを遅らせるために。


「……宵姫、あんたの判断は、正しかったよ」


 母から事情を聞いて、鉄之介はぽつりと呟いた。

 姉の冬花は、景紀のために命をなげうつ覚悟を決めていた。景紀の正室・宵姫は景紀のため自ら悪女と誹られることを覚悟で河越の全権を掌握した。景紀の母・久は息子の決意を尊重し母としてそれを支えようとした。

ただ一人、結城景忠だけが真逆の道を行こうとしていた。

 だから景忠公を廃立した宵姫の決意は、正しかったのだろう。あるいは、自分の行いを正当化したいだけだったのかもしれないが。


「八重、俺は今から宮城に向かう。宵姫が、景紀なら絶対にそこを目指すだろうって、言ってた」


「もちろん、私も行くわよ」


 どこか挑むような調子で、八重が言った。その瞳には、剣呑な色が宿っている。


「当たり前だ、お前がいないと俺も調子が出ないからな」


 そんなある意味でいつも通りな彼女の様子に、鉄之介はむしろ頼もしさを覚えていたのだった。

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