不審者③
食事を終え、私達は宿を出ました。今日こそ宿を探さないといけません。
「どうしたのかな?」
広場に出来ていた人だかりに、リッカさまは首を傾げています。普段から人の多い広場ですが、一箇所に集まっているのは珍しいです。ただ、心当たりがない訳でもありません。
「恐らく、陛下からの御触れかと」
漸くです。漸く、リッカさまの事が告知されます。これでどのような変化が起きるかは未知ですが、好転するはずです。
「私とリッカさまのこと、マリスタザリアのこと。王国がこれから行う対策。などですね」
お触れが今日になった事を考えれば、昨日の件も書かれていそうですが……重要なのはリッカさまの身分証明です。リッカさまがどのような経緯でこちらにやって来たか。どんな想いか。そしてそれを陛下は聞き、認めたという証明が書かれていれば良いのです。
「アリスさん、いこ?」
「はい、リッカさま」
私達に気付いたのでしょう。一斉に視線が向きました。それに気恥ずかしさを覚えたのか、リッカさまは私を促して歩き出しました。
(あの視線は……微妙、ですね)
漸く正体が分かった事で、リッカさまに対する不信感は減ったように思えます。ですが、昨日の事が尾を引いているようです。半日でどこまで噂が悪化したのでしょう……。
(とはいえ、これで一歩前に進めますね。これからリッカさまの本当を知って貰えば良いのです)
私達はいわば雲です。ふわふわと形を変えていくように、私達の印象も移ろいます。本来であれば噂が固まってしまうでしょうけど、幻想のような存在であればこそ、上書き出来るものと信じております。
さぁ、ギルドへ向かいましょう。この王都に、リッカさまという大樹を根付かせます。種は蒔きました。後は、私が大切に育てていくだけです。
栄養過多でも、花は枯れてしまいます。ですから――誇張は排除します。王都の風習を、風潮を変える事になろうともです。
「アリスさん、嬉しそうだね」
「ふふ。漸く、ですから」
どのような掲示か、早く見たいところですが、急ぐのならば一つ一つ解決させるべきでしょう。
『私の噂の件で……アリスさん、悩んでたもん、ね。私がもう少し大人しくしてたら良かったんだろうけど、どうしてもこの髪は目立っちゃうからなぁ……』
リッカさまが心を痛める事はありません。本来気にしなくても良いものなのに、私が意固地になっているだけなのですから。リッカさまは全く気にしていないのに、です。
(ですがもう、私は迷いません。告知があり、リッカさまの活動が本格的に始まる日がやってきたのですから)
「そういえば、リッカさまの体術の事ですが」
話題を変えましょう。リッカさまの体術について気になる事が増えたので、ここで確認しておきたいです。
「うん?」
「朝の鍛錬の際、攻撃の度に魔力が打ち込まれているように見えたのですが、あれは一体」
「んと。発勁って言って、体内で練った気を打ち込む技だよ。ただの殴りが外部への損傷だとしたら、発勁は内部への攻撃になるね」
内部、ですか。やはりあれは、魔力を打ち込んでいたようです。外部への攻撃ではなく、内部、つまり内臓への直接攻撃となるのですね。外傷では致命傷になりにくいですが、内臓に直接となると……防御や筋肉の壁など意味がない物となるでしょう。
(内臓に直接攻撃出来るなんて……下手な魔法よりも強力です。体内を対象にした魔法は、人体を完璧に理解していても小さい傷がなければ難しいですからね……)
「こっちの世界だと、魔力を打ち込めるみたい」
「やはり、あの光は魔力だったのですね」
羽根が足に当たった瞬間、魔力色が迸りました。震脚によって生まれた力を、発勁で打ち込んでいたのでしょう。しかし……。
「魔力は生命力ですから、扱いには気をつけてくださいね? この世界で、魔力を魔法以外で発した人など居ませんから……”強化”同様、リッカさまの体に負担があるかもしれません」
生命力そのものを打ち込んでいるのですから、消耗が激しいはずです。いえ……消耗が激しいどころか、引きどころを見誤れば、寿命が縮む可能性まであるのです。
(しかし、打ち込む……ですか)
リッカさまの言葉から考えるに、触れていないと打ち込めないのでしょう。本来振りかぶり、殴りつけなければ損傷を与えられません。ですがこの発勁ならば、触れて発勁するだけで損傷を与えられます。
(それに、突き詰めれば……撃ち込めるかもしれません)
魔力にそんな効果はないでしょうが、空気を叩き付ければ岩を砕く事も出来るのですから……魔力も、塊をぶつければ攻撃になるかもしれません。
(リッカさまは魔法を相殺する術を持っていませんから)
本来魔法を相殺するには、同じ魔法を同質量でぶつけるか、相反する属性をぶつけるか、です。ですが、リッカさまが魔力を撃ち出せるのならば……一つだけ、出来る事があります。
(膨大な魔力を、ぶつけるのです)
魔法とは魔力により生まれた物です。世界のマナに魔力で訴えかけます。であれば、リッカさまの膨大な魔力をぶつける事で……使用者の魔力を霧散させる事も出来るのではないでしょうか。
(そんな事、させませんが)
相殺するのは私の役目ですが、もしも私が動けない時は……リッカさまはそれに、思い至るでしょう。そして躊躇なく――命を、燃やすのです。
(アルツィアさまが驚くのも無理はありません。リッカさまの持つ技術もそうですが、その技術の応用こそが……驚愕すべき点なのです)
「対人でしか使い道ないから、そんなに使う事はないと思うよ。私の魔法は一度発動させるとじわじわ魔力が減るけど、消費量自体はそんなに多くないから、大丈夫」
『の、はず』
オルイグナスでもない限りは、リッカさまの”強化”は長持ちします。莫大な魔力を有しているリッカさまならば、何も問題ないでしょう。ただ、体への負担が少し気になるところです。
(何が違うのでしょうか。自身の魔法で傷つくはずがないのですが……)
「発勁は問題ないようです、ね」
「うん。多用はしないから安心して?」
「はいっ。ですが、”強化”のオルイグナスは要観察という事で良いでしょうか」
「そう、だね。何でか分からないけど、普通の”強化”よりもずっと消費が多くて」
リッカさまの想うがままに強くなれる魔法。そういう認識で間違いはないと思います。ですが、そこで自分が傷つくのは……自己犠牲が、関わっているのでしょうか……? 自分が傷ついてでも、強く、という事でしょうか……。
「……使わないと何が原因なのか分かりませんが……先日の使用に無理はありませんでした。なのに、異変が起きたのです」
「うん。使ってる間は大丈夫だったんだけど……」
「発動に問題はないのでしょう。ですが――リッカさまの想いと体にズレがあるのかもしれません」
「私の、ズレ……」
『アリスさんを守りたい、アリスさんの為に強くなりたい。この想いに間違いはないはずだし、私の体もそれを求めてるはず……。でも、あの秘密の所為でズレてるなら…………使えない、かも。違う、違う……よね。私はこの世界で、英雄に、なるんだから……”強化”の全力発動を、ものにする。これを私の第一目標にしよう』
リッカさまにズレが生じているとしたら……それは、”恐怖心”以外ありません。リッカさまの想いは本物ですし、その為に動く事に躊躇がありません。ただ、蓋が開けばその限りではないのです。
「あくまで想像でしかないので、心の隅程度に置いておいて下さい」
「うん、分かった」
『アリスさんの考えだから、多分殆ど合ってると思う。ズレ、かぁ……それが私の秘密なのかは分からないけど、何かがズレてるのは間違いないはず』
リッカさまの信頼の高さに、私の心が弾みます。その信頼に応える為に、具体的な鍛錬法も伝えておいた方が良いですね。
「朝の鍛錬時でも良いので、魔力の流れを意識しながら瞑想をお願いします。自身に魔法を掛けられるのはリッカさまだけですから、魔力の制御をもっと高めないといけないのかもしれません」
「分かった。じゃあ、ストレッチの時間を少し延ばすね。”強化”も使うけど、良いかな?」
「はい、お願いします」
現状出来るのは、これくらいですね。まずはリッカさまの”強化”を理解するところからです。まだまだ試行回数が少ないですから。
ギルドに到着し、受付を済ませます。どうやら合格は決まっているようで、奥の部屋に通されました。恐らく、本来はテストを受ける必要すらなかったのでしょう。コルメンス陛下は全面的に支持すると言っていたのですから。ですが、リッカさまの王都の印象を考えれば、特別扱いされすぎるのは問題です。
(何より、誠実なリッカさまがそれを善しとするはずがありません)
多くの人が選任になる為にテストを受けます。それを受けずになった冒険者に、リッカさまは納得しません。
「おまたせしました」
暫くすると、扉がノックされました。扉を開けて現れたのは、二十代後半の女性です。黒いショートヘアは綺麗に整えられ、鋭い目は責任感を表しているようです。
「国王補佐兼マリスタザリア対策室、室長のアンネリス・ドローゼでございます。どうぞ、アンネとおよびください。以後お見知りおきを」
アンネさん、は確か――新聞にも載っていましたね。王都建て直しに尽力した一人で、コルメンス陛下の腹心です。
「お二方に試験を受けさせたことを、陛下は申し訳なく思っている。と嘆いておりました。本来であれば、無条件での選任に選出したのに、と」
やはり、そのつもりだったようです。
「いえ、私たちは元より正規のルートで冒険者組合に参加するつもりだったのです。陛下が心を痛める必要は、ありません」
「それでも、お二方に謝罪を伝えたいとのことでした。私が変わりましてお詫びを申し上げます」
アンネさんが頭を下げました。生真面目、という印象です。あのコルメンス陛下に信頼され、私達の対応を任せたのですから、当然といえば当然でしょう。あのお方であれば、ご自身で対応しようとしたでしょうから。
「私たちも、陛下の厚意、意思を無視するかのように行動してしまったのです。我々にも非があります。どうか頭を上げてください」
「ありがとうございます……」
謝罪は必要ありません。むしろ私達が謝るべきでしょう。コルメンス陛下への報告はした方が良かったでしょうから。今後は、連絡を取っていくべきです。
「それでは、選任冒険者についてお話させていただきます」
「よろしくお願いします」
「まず、選任はマリスタザリア関係の任務を優先して受けることが出来ます」
想像通りの役職みたいですね。私達の、マリスタザリアとの戦闘をさせて欲しいというお願いを最大限聞き入れて貰えそうです。
「討伐に対して討伐報酬が国から支払われます。大体、一体につき十万ゼルとなっています。討伐報酬とは別に月の給料が支払われ、こちらは固定給となっており、大体三十六万ゼル程です」
これはかなりの、高給です。討伐報酬も破格ですし……それだけ、マリスタザリア被害が致命的なのでしょう。だからこそ、軽い気持ちで選任冒険者にならないようにテストが厳格なのですね。
であれば、私達がテストを受けたのも間違いではありません。必要不可欠であったと思っています。現職の選任が納得しないでしょうからね。
「選任には国からのサポートがあります。治療費の免除、武器の購入整備の免除、薬代等の割引、支給がそれに当たります」
一般冒険者にも割引制度がありますが、選任は完全免除です。それも全ては、選任には重い責任が伴うからでしょう。全てを支える代わりに――この国に命を捧げる事になるはずです。
「これらの支援がある代わりに、国からの要請には絶対に応えて貰わなければいけません。選任に拒否権はなく、命令があれば絶対に従って貰う必要があります」
やはり、マリスタザリアに関しての厳命があるようです。
「そして、マリスタザリアを目撃したにも関わらず逃げた場合、懲役刑となります。大体二年から五年となっていますが、状況によっては極刑もありえると考えておいて下さい」
もし、逃げた結果……仲間の死、国民の死などがつけば、懲役刑では済みません。それは理解していますし、私達に逃避はありえません。
「選任とはいえ冒険者ですから、一般依頼も指名があれば受けていただきます。ご了承下さい」
上記の待遇全てが国民の血税から支払われます。国民の為に時間と労力を捧げることになるのは当然です。そのつもりで冒険者となったのですから、覚悟はあります。
(それに、もしかしたら……そういった一般依頼こそが、リッカさまの息抜きになるかもしれません)
便利屋としてボランティアをしていた時、リッカさまは充実感を得ていました。であれば、こちらでも冒険者を楽しんで欲しいです。
打算的ではありますが……リッカさまならば一般依頼であろうと手を抜かずに頑張るでしょう。その姿を見れば否応なく、リッカさまの人柄が伝わるというものです。
「それと、月に一度、更新試験有ります。今までの戦績を基準にし、場合によっては再びマリスタザリアと戦う事になります」
徹底されていますね。討伐報酬、基本給は高いですが、マリスタザリアと戦うとなると少ないと感じてしまいますね。
(いえ、これは――お金儲けを理由にしている方を弾く為、ですね)
討伐報酬は確かに、大小関わらず十万です。ですが、小型だけ戦う事を許していません。マリスタザリアを見て逃げる事を許していないのです。責任感ある者だけが、なれる職業なのです。そして弱者も務められません。これは、この国が作り出した……マリスタザリアと戦う為の、国策なのですから。
「最後に、冒険者にあるまじき行動をとった場合資格剥奪となります。一般人への攻撃を禁じていますが、正当防衛は認められます。選任となった者にはある程度の裁量権があり、犯罪者の逮捕権もありますので、ご安心ください」
これにて、選任の説明は終わりです。
裁量権や逮捕権を行使する事があるかは分かりませんが、冒険者として王都暮らしをする事に異論はありません。
リッカさまは微笑、頷きました。それを受け私は――冒険者の書類にサインをしました。
選任冒険者、六花立花さまと、アルレスィア・ソレ・クレイドルの誕生です。これより私達は暫しの間、王都の為に働きましょう。そしてこの王都から、全ての者に平穏を――。




