不審者④
契約書にも注意事項が書かれています。一応読んでおきましょう。
(アンネさんから聞いた通りの事が書かれていますが、細かい罰や補助金についてはこの書類で確認するしかなさそうですね)
後々困りそうな物はないようなので、問題ないでしょう。場合により変更になる可能性があるという文言がありますが、抜き差しならぬ状況というのはいつでも襲ってきます。そういった時、柔軟な対応が出来るように注釈を入れているのでしょう。
「アンネさんは、国王補佐ってことですけど、どんなことしてるんですか?」
リッカさまは、アンネさんの職業が気になっているようです。陛下は何でも自分でやる人ですから、補佐の仕事がどういった範囲で行われているのか気になったのでしょう。
「はい。陛下がなんでも自分でやってしまうのは知っているかと思いますが、全てを出来るわけではないので、その補佐を普段はしております。今は陛下より、選任冒険者の上位者たちのサポートを、と遣わされています」
選任冒険者の上位、ですか。私達も上位という認定をされたようです。リッカさまは見事な討伐をしてくれましたし、新たな個体を討伐という偉業を成し遂げたのですから、期待されて当然です、ね。
「陛下のお心遣い感謝いたします」
リッカさまを慮ってくれたり、怪我を心配してくれたり、陛下の心遣いには感謝しかありません。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします。アンネさん」
「はい、アルレスィア様、リツカ様、よろしくお願いします」
リッカさまの笑顔に、アンネさんも笑顔で応えました。何故でしょう。今朝感じた熱が再び……。
(環境の変化についていけず、体調が崩れたのでしょうか。流石にそれはないと思いますが……私は”森”の空気しか吸った事がないので……)
体調管理には気を遣っていますが――いえ、本当は分かっているはずです。私は単純に……アンネさんに、嫉妬しているのです。
「アリスさん、どうしたの? 何か気になることあった?」
「い、いえ。たぶん、大丈夫です」
椿さんへの嫉妬に始まり、様々な人に……。リッカさまが他者に笑顔を向けるだけで、嫉妬なんて……。
「そう……? あまり、溜め込んじゃダメだよ……?」
「リッカさま……。はい、気をつけます」
溜め込まないように、気をつけましょう。ですが、この感情……どうやって、発散すれば良いのでしょう。嫉妬なんてした事ないですから、どうすれば良いのか分かりません……。
暫くリッカさまを見ていると、とりあえず落ち着きました。今はそれで良いとします。
「急ぎの依頼はありませんので、本日はお帰り頂いて構いません。緊急時はお呼び致しますから、”伝言”はいつでも受けられるようにお願いします」
「分かりました」
依頼はないようですが、マリスタザリアは突発性の暴風です。今いなくても、数秒後に生まれる可能性があります。
(とはいえ、宿の問題を解決したいですから)
「本日はご足労ありがとうございました。これからよろしくお願いします」
「はい。これからお世話になります」
「よろしくお願いします」
早速ですが、ギルドから出て宿探しに向かいましょう。まず宿に帰り、出て行く事を伝え、荷物を纏めて探しに出ます。決まった後、荷物を持って――。
「ん、あんさんもここに用があったんか」
あんさん? というのは、どこの方言でしょう。いえ、それよりも――ロビーに戻ると、黒く長い、アロエのように棘棘した髪を雑に纏めた男性が居ました。印象としては、狼です。
「……ストーカーですか?」
「すとーか? よく分からんが、怪しまれてるのは分かるぞ。カカカッ」
リッカさまを見ているこの男性は、着流しの……。
「リッカさま。この方が?」
軽薄なニヤケ顔と、無駄に大きい笑い声、粗暴としか言いようのない座り方。何をとっても良い印象がありません。ですが、リッカさまを知った今だからこそ分かります。この方は、武術を修めている、と。
「う、うん。でも大丈夫だよ、アリスさん。ここ人いっぱいいるし、私が居るから、絶対にアリスさんには手出しさせないよ」
『流石に、失礼すぎたかな……。でもアリスさんに視線を向けられると何か、うん。嫌って思っちゃう』
いいえ、リッカさま。この人の狙いは貴女さまです。私への興味はそれこそ、”巫女”という点でしかありません。この人は最初から最後まで、リッカさまを狙っていたのでしょう。同じ、武術を修めた者として。
「まぁ、落ち着け巫女っ娘と剣士娘。俺は別にあんさんらに不埒を働こうとは思ってない」
不埒というのは何も、法に触れる事だけではありません。リッカさまの腕前を知りたいと、リッカさまと一戦交えたいと思っている時点で、私にとっては不埒な存在となっています。何より、剣士娘って何でしょう。訂正して欲しいのですが。
「今日はあんさんらが選任になれたか確認しにきただけだ、これからは商売敵だからな」
私の敵意に気付いていながら、飄々としています。微笑ましいと言わんばかりの、余裕な態度です。
(私が直接的な行動を取らないと、見抜いているのでしょう)
私が思っているような人ではないと、分かっています。ですが、そうですね……リッカさまに対して馴れ馴れしいと、思ってしまうのです。まともに会話したのなんて、今朝だけのはずですから。
「あなたも、今日から選任ですか?」
「いや、俺はだいぶ前から選任だよ。あんさんらの先輩だ」
「その先輩が、新人の後輩を偵察ですか?」
『私じゃ勝てない人。お母さんと良い勝負出来そう』
リッカさまは、この人を自身より強いと判断したようです。ですが、リッカさまのお母さまと比べたという事は、魔法抜きの評価です。純粋な武術家としての強者、なのでしょう。
「あんさんらは自分の実力をよー知っとる。そういう奴は強くなるからな。最初から警戒せんとな?」
「……はぁ、だからって付きまとわないでくださいよ?」
「まぁ、それは神様のお導きってやつだな。会う会わないなんて、そんなもんさ」
警戒と言いながら、全くそのような態度を見せていません。どちらかといえば、心配して声をかけたという雰囲気なのです。
(その微妙な建前が気に障るのですが……それにも増して……)
神様のお導きというのは、馬鹿に出来ません。リッカさまと出会えたのもまさに、神さまのお導きなのです。ですが――。
(この人がそれを言うのは、何か嫌です)
それは運命と呼ばれるものです。リッカさまとこの人の出会いが運命というのは、ちょっと……苛立ちを覚えてしまうものですから。
「あんさんらに迷惑はかけんよ。今日は挨拶にきただけさ。これからは一緒の敵を相手取る同業者でもあるしな。死なんように気ぃつけな?」
言いたい事だけ言って、着流しの男は去っていきました。ギルドに用事が有った訳ではなく、本当に私達……リッカさまと話をしたかっただけのようです。
「……リッカさまに気があるという風ではありませんね」
気がある訳ではなさそうです。ですが、警戒を解く事はしません。私はあの人を見た事があるはずなのです。それが少し、引っ掛かっています。
「そうなのかな、あの人は掴みどころなさすぎてわからないや」
『読みにくかったなぁ。あんなに感情読めなかったの、お祖母さんくらい』
確かに、読みづらい方でした。私の能力が今現在不安定なので、より一層警戒してしまいました。
「まー、気にしても仕方ないよね。宿、探しにいこっか」
「はい、リッカさま。参りましょう」
リッカさまが気持ちを切り替えて、微笑みました。リッカさまが良いのであれば、私も笑顔になれます。
『あの人は追々でいっか。アリスさんが笑顔で居てくれるなら、私はそれで良いんだから』
あの人が同業である以上、これからも会う事があるでしょう。そうやって知っていけば、あの人の考えも読めます。この国の選任である以上、変な人であっても悪い人ではありませんから。
冒険者として動く時は、お互いを優先出来ません。ですが、こういった日常くらいは……お互いを最大限優先しても良いですよね。
「リッカさま。先に掲示板に向かってもよろしいでしょうか」
「うん。いこっか」
そろそろ人が減っている頃でしょうから。
「――まだ少し、人が居るね」
「そう、ですね。ですが少し場所を空けてもらいましょう」
減ってはいましたが、まだまだ掲示板の前には大勢の人が居ました。
本来は住民の為の掲示ですので、私は遠慮すべきなのでしょう。ですが私はその掲示が見たくて仕方ありません。
「異世界って本当にあるのか?」
「さぁ。陛下が言ってるんだし、あるんじゃないのか」
「胡散臭いなー。でもこの顔写真つきのは貰って――」
リッカさまが異世界から来たというのは書かれているようです。ですが、異世界を信じろというのは難しいでしょう。アルツィアさまの存在を疑わない人々が居る集落ですらそうだったのですから。
(ですがそれは払拭出来ます)
それもまた、集落でもそうだったのですから。
「申し訳ございません。少し道を開けていただけませんか」
「え――」
(み、巫女様ッ!? 近――いや、聞かれてないよな!?)
(おい、お前の所為で怒ってんじゃないのか!? 巫女様は赤い人の事滅茶苦茶大切にしてるって、牧場の奴言ってたぞ!!)
先程リッカさまの事を胡散臭いと言った人に、少し退いてもらいましょう。もう読んだようですから。後、内緒話は遠くでお願いします。
人垣が、バックリと割れてしまいました。そこまで離れて貰う必要はなかったのですが、ゆっくり見る事が出来るので今だけはご容赦下さい。
掲示されていたのは、御触れですね。
「何て書いてあるんだろう」
「そうですね、重要なのは――」
・今マリスタザリアが急増している為、外出の際はなるべく護衛等と雇って欲しい。その際、必要に応じて補助金が出る。基本額にプラスして、重要度で補助金の値段が決まる。
・魔王と呼ばれるものが存在し、そのせいでマリスタザリアが増えている。魔王は世界を滅ぼせる可能性があり、対策は必須である。その為、選任冒険者を随時募集し、試験を行う。試験内容はマリスタザリア一頭討伐または、危険害獣の討伐。詳しくはギルド本部にて。
・この危機的状況に際して、”神林”よりアルツィア様の遣いとして、”巫女”であるアルレスィア・ソレ・クレイドル様と、同じく”巫女”であるロクハナ・リツカ様が遣わされた。ロクハナ様はこことは違う別の世界の”巫女”であり、この世界を救うために尽力してくださっている。
お二人はすでに選任の試験を行い、マリスタザリア一頭を討伐。王国傍の牧場とそこに勤める者たちを完璧に救い出した。
・皆も、出来うる限りのサポートをして欲しい。
・有事の際は避難誘導を行うので、しっかり指示に従って欲しい。
「といった所でしょうか」
目立つ文はこれくらいです。細かい所は、配布している新聞で確認するようですね。そしてやはり、昨日の事も書かれています。完璧に、というのは……違います。リッカさまが怪我をしてしまいましたから……。
ですが、この御触れと配布している新聞には、驚くべき物が添付されていました。
「見てくださいっリッカさまっ! リッカさまがしっかり写ってますよ!」
「あ、アリスさん。あまりその、大声は……。恥ずかしいよ」
『あ、あああアアリスさんが私の腕にっ! む、むねが……』
「これで皆さんに知っていただけますっ」
リッカさまの腕に抱きつき、子供の様に喜んでしまいました。ですが我慢出来なかったのです。私はこの日を待っていました。リッカさまを知ってもらう為に必要な事でしたから。ここから王都生活の全てが始まると言っても過言ではありません。
何よりこの写真です! やや緊張していますが、優しい表情をしています! この顔写真を見て、悪人とか胡散臭いとか言う人が居れば、それこそ目が曇っていると心置きなく言えるでしょう。
雨のち快晴。そこに咲いていた花に滴る露。リッカさまの笑顔はまさに流露の如く、自然な表情です!
『これ、絵かな。絵にしては精巧で……写真なの、かな? これが、王都に配られちゃうのか……。流石に恥ずかしいけど……』
リッカさまは、どうやって写真を撮ったのかを気にしているようですね。
”転写”と呼ばれる、風景を紙等の媒体に写す魔法があります。それで、リッカさまを撮ったようです。
(いつ撮ったのでしょう)
門か、王宮でしょうけど……何にしても、綺麗に撮れています。持ち帰りましょう。でもこれが王都中に配られるのは……私以外の手に渡るのは嫌ですが……いえ、リッカさまを知って貰うのならば、仕方ありません、ね……。仕方ないのです。
「アリスさんが喜んでくれるなら、いっか」
『アリスさんが喜んでくれるなら、いっか』
新聞をそっと取った私の耳に、二重になったリッカさまの声が聞こえました。どうやら、考えていた事が思わず声に出てしまったようです。
微笑ましそうに、蝶をおいかける子を見る母のような慈愛の篭った表情でリッカさまが私を、見ていました。
(少しはしゃぎすぎました)
人前でこんな、子供っぽく喜んでしまうとは……。それだけ待望していたという事で一つ、ご納得をいただければ幸いです。
「わ、忘れてください。リッカさま」
「んー。アリスさんのお願いでも、それは出来なかったり」
『写真を撮る魔法があるなら、それは覚えたいかも。映像ならそれが良いけど――アリスさんとの思い出を、形として残したいなぁ』
「うぅ」
思えば、リッカさまの前では年相応な反応を良く、見せてしまっていましたね……。その代わり私もリッカさまの可愛らしい場面は一つ残らず覚えていきますからっ。絶対の絶対です!




