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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
43.剥離
441/952

『オルデク』身勝手②



 一着ずつ縫い終え、二着目をどうするか考えていると――リッカさまが目を覚ましました。


「誰か、船に近づいてる」

「まだオルデクではありませんけれど――旅人という訳では、なさそうですね」

「足取りが軽いから、軽装だと思う」


 オルデクに着いていないのに船が停まったので、何かあったのかと思いましたけれど……散歩をしている方でも居たのでしょうか。


「巫女さん、リツカお姉さん――って、気付いてますよね」

「どんな人?」

「身嗜みが整った初老の男性です。草原のど真ん中で何かをした後、こちらに向かってきてます。多分乗せてくれって話だと思うのですけど」


 荷物を持たず、身嗜みが整っている方ですか。やはりオルデクの住民でしょう。荷物を失った旅人の可能性もありましたが、身嗜みが整っているという事は事件に巻き込まれた訳ではないようです。北部ですし、今さら散歩程度で驚いたりしません。


(ですが――)

「どうします? 何か理由をつけて断りましょうか」

「怪しいので、目の届く範囲に置いておきましょう」

「そうだね。悪い事をしてるかもしれないし、観察しておこう」

『あの()()()みたいな人かもしれないし』


 アメリーさんを騙していた詐欺師クラースの件を、リッカさまは気にしています。いくら北部とはいえ、一人で町の外を歩くのは不用心すぎるでしょう。何か理由があると思うのは当然ですし、已むに已まれぬ事情があるにしては――やはり、身嗜みの良さが気になります。


「分かりました」

「私達は顔を出さないようにしますので、応対お願い出来ますか」

「サボリさんが余計な事を言っていなければですけど、二人旅って事にしましょう」

「ありがとうございます」


 一応、指名手配の警戒をしておきましょう。トゥリアの近くですし、新興宗教の事も気になります。


「何かって話だったけど、どんな風だった?」

「そうですね。穴を掘ったり、縄と木組みを作ったりですね」

「それだと――狩猟用の罠、かな」

「ふむ。確かに、そんな感じだったかもしれません」


 魔法を使わない、獣を捕らえる装置を作っていたのかもしれません。そうだとしても……やはり、格好に違和感があります。それに、ただの狩猟ならば魔法で十分です。道楽と言われたら、それまでですけれど。


「ここで聞いています」


 私達も扉の近くまで行って、会話だけは聞いておきます。


「分かりました。まだ船には上げてないんですよね」

「うん。舷梯を下げずに話を聞いてるみたい」

「では、乗せるように言ってきますね」


 甲板に出る扉前で状況を確かめ、シーアさんだけ甲板に出ました。


「――甲板に居るだけなら構いませんヨ」

「……あ?」


 見るからに怪しいというのは、レイメイさんにも分かっているのでしょう。乗せるという判断に顔を顰めているのだと思います。


「それはそれは、ありがとうございます」

「船室に入らないようにだけ注意してくださイ」

「えぇ。承知しました」


 舷梯が降り、男性が乗り込みました。落ち着いています。このご時世に散歩をする呑気な方なら、余裕な態度も納得でしょう。ですが――この手の人は総じて、裏に何かあります。


「よろしくお願いしますよ」

「まァ、ゆっくりして下さイ」


 シーアさんが扉前に立ったようです。見ず知らずの人を警戒しているだけに見えるでしょうから、問題ないと思います。


「何でス?」


 ただ、男性はジッとシーアさんを見ているようです。


「いえ。異国の方ですか?」

「えぇ。少し遠いところからですヨ」

「ほう。するとそちらも?」

「俺はこの辺の出身だ」


 船を出しながら、シーアさんとレイメイさんが質問に軽く答えています。シーアさんから作戦は聞いているでしょうから、レイメイさんがキレさえしなければ問題ありません。


「共和国からですか」

「ふむ。フランジールに行った事があるんですカ?」

「いえいえ。少し遠いとなると、共和国くらいかと思いまして」


 誘導尋問のように見えますが、男性は確信をもって共和国出身と言ったはずです。もしもそれが分かるのであれば――シーアさんの正体にも、半分以上気付いているでしょう。お互い牽制し合っているような空気が流れているであろう甲板に、しばしの沈黙が流れていましたが――シーアさんが肩を竦めた気配がありました。


「そちらは何をなさっていたんでス? 最近は危ないですヨ」

「あぁ、()()()()()()()でしたね」

「そうですネ。到底人に勝てるとは思えませんヨ」

「確かに。素晴らしいですよね」


 男性が発した『マリスタザリア』と『素晴らしい』という言葉を聞いて、リッカさまと私は男性への警戒度を上げます。


「あぁ、失礼。少々力に憧れがありまして」


 シーアさんとレイメイさんも、顔を顰めてしまったのでしょう。男性が謝罪と理由を述べています。


「ほら、私。非力ですから」


 非力と言いながら、男性がクツクツと嗤う声は――不気味で力強く、鈍い色を放っていました。


『マリスタザリア、ね』


 素晴らしいという言葉以上に衝撃だったのが、マリスタザリアと呼称していた事です。


(その呼び名は……王都周辺と、興味のある方だけの呼び方です)

『実際……北に行けば行くほど、マリスタザリアって呼び方はされてないからね……』


 完全に浸透している訳ではありません。何よりも、あれはアルツィアさまの慈悲なので……この際、呼び名は何でも良いのです。ですが、正しく呼称するという事に意味はあります。王都周辺の方達は、コルメンスさん経由で私を信じていたからです。コルメンスさんの威光が届かない場所では、わざわざ順守したりしません。


『そう呼んだって事は』

(はい。そして、素晴らしいというあの一言)

『憧れと、畏怖、崇敬?』

(私も、そう感じました)


 あれに、あの恐怖の権化にそこまでの感情を抱けること自体……私達には理解出来ないものでしょう。あれは、人類の敵です。それを崇め讃える人というだけで信用出来ません。


『様子見続行だね』

(はい。”巫女”である私達と……敵対する者のようです)


 マリスタザリアの敵である私達”巫女”は、この男性にとっては赦されざる存在でしょう。そういった人と話が噛み合わないのは……司祭イェルクやヨアセムで、嫌と言う程経験しています。


「学者ですカ」

「えぇ。主に生物学を」


 生物学……狂気に染まっていれば、何でもやりそうです。要注意人物として、後程調べる必要があるでしょう。


「それでハ、あの罠は小動物ヲ?」

「そう思うのも無理はありませんね」


 探り合いであるという事は、男性も分かっています。男性のクツクツという嗤いは、シーアさんとの会話を楽しんでいる風でしたから。


「マリスタザリア。貴方達はどう思いますか?」

「……好きとは言えませんネ」

「良い印象を持ってる奴の方が少ねぇと思うが」


 名前を確認しないくらいお互いの距離を保ったままですが、男性は踏み込んだ質問をしています。会話に飢えているのでしょうか。シーアさんが()()()()()と分かり、一も二も無く飛びついたような印象を受けます。


「それが普通なのでしょう」

「あなたは違うト?」


 シーアさんは私と違って話し上手です。乗せるのが上手なのでしょう。男性の口は更に軽くなりました。


「絶対的な力。他を圧倒する存在感。芸術的とも言える造形。どれも、人の想像を遥かに超えています」


 芸術的な造形というのは分かりませんが……言いたい事は分かります。分かるだけで、共感は出来ません。


「悪意という物が原因との事ですがね。そんな曖昧な物では納得出来ないのです」


 扉を挟んでいるので、先程まではリッカさまでないと聞こえないくらい小さい声だったのですけど……今は、私でも聞こえるくらい大きいです。熱を帯びた声には、狂気に似た粘り気があるような気がしました。


(曖昧、ですか)


 ”悪意”は確かに存在し、生き物を変えるだけの力を持っています。しかし、「どうしてそうなるのか」とか、「何故”悪意”に変質させる力があるのか」とか聞かれても、分からないとしか答えられません。その辺りが、男性の不興を買っているのでしょう。


「私の研究の終着点……最後には、人をマリスタザリア化出来ないかと思っているのです」

「……何ですト?」

「何も人殺しを作ろうという話ではないのですよ。力や速さを増幅させる薬をと思っているのです」


 マリスタザリア化と聞いて、身構えてしまいましたが――男性の言葉はどこまで真実なのでしょう。顔が見えたらと思いますが、ここは我慢します。男性は完全に私達の敵なのですから、もっと情報を集めるべきです。


「人は弱いと思いませんか」

「……」


 人は確かに、弱いです。マリスタザリアに比べればどんな生き物も弱者でしょう。ですが……人には、『想い』と『言葉』があります。人は弱いですが、何千年と種を絶やさずに残り続けてきました。それは魔法のお陰でしかないのかもしれません。ですが……人は弱いからこそ、他者との繋がりを強く持ち、支え合ってきたのです。


 圧倒的な力への憧れは、誰もが持っています。それでも……”人”を辞める事だけは違うと、私達は自信を持って言うでしょう。私達は、”人”です。支え合う事で、どんな苦境も乗り越えられると信じています。


「マリスタザリア化を物にできれば、人はもう怯えなくて良い。知力がある分、マリスタザリアよりずっと強くなれる。最近王都周辺では、魔法を使う個体が出てきたそうではないですか。マリスタザリアも進化している。人間も更なる進化を目指す時が来たのではないでしょうか。これは、神が我々に齎した転機だと思いませんか?」


 根本的な部分で……司祭イェルクに似ているのかもしれません。信じやすいというか、自分を信じすぎている、と言いますか。この人の厄介な所は、司祭イェルクと違って……状況をしっかりと認識した上で、自分の考えにしているところです。ルイースヒェンさんの言っていた、”巫女”以外に通じる偽りの真実を、この人も語る事が出来ます。


「本気か?」

「もちろんですよ。有史以来、人々はマリスタザリアの脅威に曝されてきました。その中で人々は、マリスタザリアを神の怒りや神の力として恐れたのです。人という個では敵わぬ存在として造られた存在は、今ですら人々の脅威として成り立っています」

「脅威として成り立つ?」


 脅威として成り立つという言い回しに首を傾げそうになりますが――自然発生ではありえない存在であるマリスタザリアこそ、神の証明という事でしょう。神を崇めさせるためにアルツィアさまが……マリスタザリアを使っていると、この人は言っています。


「えぇ。マリスタザリアという分かりやすい恐怖こそが、形のない神という存在を強く求めるために必要な贄なのですよ」

「マリスタザリアが強くなけれバ、その機構を維持出来ないト。アルツィア様を敬わせるために、人々の脅威になり続けなければいけないというのですネ」

「その通りです。だからこそマリスタザリアは進化したのです。現”巫女”という強い存在が現れた事で、強くならざらるを得なかったのだと私は考えたのですよ」


 神の使いである”巫女”が討伐する事で、より強い信仰に繋がると言う事でしょうか。所謂自作自演を、アルツィアさまが行っているという考えを持っているようです。


「マリスタザリアの進化は素早く顕著です。どんな生物にも当てはまらない、一瞬の適応。この適応力こそが、マリスタザリアが人間よりも強者で在り続けられた”力”だと思うのです」


 聞くに堪えない持論ですが、これもまた真実味があります。


「だから、人間がマリスタザリアに追いつくには必要でしょう。神の領域への一歩……人体改造が」


 リッカさまの世界にある神話では、人が神の御業に手を出した時、大きな災いとなって人々を罰したとあります。こちらの世界では、罰などありませんが……それでも、人の道を外れようとする研究には非道が付き纏っているはずです。


「おや。見えてきましたね」

「そのようですネ」


 オルデクの住民ならば、どこかで噂になっているでしょう。慎重に聞き出し、どのような研究なのか確かめます。マリスタザリア化を、”悪意”なしで行えるとは思えませんが……止めるべきでしょう。


「お二人もオルデクに用事が?」

「えぇ。少しばかリ」

「そうでしたか。またお会いできましたら、その時はまたお話しましょう。貴女とは良い話が出来そうです」

「暇を見つけるのが難しいですけド、その時は構いませんヨ」


 余程シーアさんの事が気に入ったのか、もう一度会えないか確認を取っています。余り会わせたくありませんが、相手の懐に入れるのなら……いえ、今考えるものでもありません。情報を集めてからでも良いでしょう。


「いやぁ、ありがとうございました」

「いエ」

「では」


 到着したようで、男性は船から降りて町に入っていったようです。もう少し用心して甲板に出ましょう。


「何なんでス。あレ」

「俺が聞きてぇよ」


 二人も困惑しているようです。


「学者っていや、お前の姉ちゃんだが」

「アレと一緒にしないで下さイ」

「一緒にはしてねぇが……」


 レイメイさんも鋭くなってきましたし、ライゼさんが言っていた昔のレイメイさんに戻っているのでしょう。ですが……一言多いのは、変わりませんね。シーアさんが敬愛するソフィさんと比べたら怒られることくらい、分かってあげて欲しいです。


「アレの面倒な所は狂ってないところでス」

「あれで狂ってねぇのかよ」

「狂ってたら蹴落としてますヨ」


 理性的でした。ルイースヒェンさんのように理詰めで来る人でしょう。確証が得られない限りは発表したりする事はないでしょうけど――シーアさんのように話せる相手には、流布する人のようです。既に、誰かに話しているかもしれません。


「マリスタザリアが何故出てくるのか、その正しい理由はアルツィアさまでも分かっていません」

「そういう意味だと、あの人の話ももしかしたら? ってなるのも仕方ないかもね」


 船の周囲に人の気配が無いので、私達も会話に参加します。アルツィアさまは悪戯好きですが、人を脅かすような真似は絶対にしないお方です。


「あの言い草。アルツィア様を敬っているような口ぶりでしたけド、内容は貶してるといっても過言じゃないですヨ」

「神さまも、私達と一緒だから」

「そうですね。シーアさんのように、信じてくれる方が居れば……アルツィアさまは喜びますよ」


 全員に信じて貰う事は、難しいでしょう。それが、自分の声を届ける事が出来ないアルツィアさまとなれば、余計に。だからシーアさんみたいに信じてくれる人が一人でも居てくれるのなら、それだけで喜んでくれます。信じて上げてください。


「暢気ですネ……。無理とは思いますけド、あの人は確実にやりますヨ?」


 あの人がアルツィアさまを信じているかどうかよりも、問題はそこにあります。


「薬を作った後、臨床実験は確実にしまス。何よりあの手の人間は自分を使いませン。というよリ、作成段階で人体を使いまス」

「そうなんだよね。あの人の考えを否定はしないけど、方法が問題」

「錠剤となると、血液等を使うでしょう。人体に影響はないとは言い切れませんね」


 鋼鉄のような皮膚よりも、血液の方が加工しやすいはずです。あの人の言っている事が本音ならば、人々の進化を促す事が目的なのでしょう。ならば、マリスタザリア化しやすい方法を考えているはずです。手術よりも注射、注射よりも錠剤でしょう。何にしても――マリスタザリアを生け捕りにする必要があります。


「血くらいなら問題ねぇんじゃねぇか。赤いのがバカスカ浴びてたろ」

「――っ」


 一瞬にして、頭に血が昇ってきました。先程、一言多いと思ったばかりです。血液がどれくらい危ない物なのか、レイメイさんは知らないのでしょう。長い間治療法が見つからなかった感染症の多くが、血液を経由しての感染なのです。それくらい、危ないものを――リッカさまが浴びたくて浴びている訳、ないでしょう。


(このお馬鹿は、学習しませんね……。巫女さんが怒った方が怖いって、まだ分からないんでしょうか)

「浴びるのと経口摂取は違いますし」

「お、おう」

「いい加減学習してくださイ。ヘンタイさン」

「フォッゥ……!?」


 冗談で済ませようと、リッカさまが私の頭を撫でて宥めています。冗談を冗談として受け取らない私の方が……学習していないのでしょう。シーアさんに脛を蹴られて悶え苦しんでいるレイメイを一睨みして、私の怒りは納める事にします。


「とりあえず、注意だけはしておこう」


 リッカさまの言葉で気持ちを切り替えて、町に視線を向けます。あの人は町の雑踏に消えていきましたが、町に滞在する訳ではなく奥に向かったようです。そちらに自宅があるのでしょうか。


 出会ったところで、言い訳の一つや二つ用意していますが……会わないのが一番です。少しだけ活動方針を話し合ってから、行動を開始します。


「オルデクには、神隠しの被害者が居たね」

「まだ見つかっていないようですから、写真で確認を取りましょう」


 岩山に居た子達の中に含まれていれば、一先ずの安心をさせられますから……とにかく、伝えるべきでしょう。オルデクだけは誘拐された時の状況が違いましたから、話しも聞いておきたいと思っています。


「俺は先に行くぞ」

「いえ、真ん中までは一緒に行きましょう」

「……」

「理由があるんです」


 そういえばレイメイさんには言っていませんでしたね。


「中央でリッカさまの広域感知後、『感染者』を連れてきてもらう必要があるのです」

「なので、レイメイさんにはその人の場所を伝えないといけないんですよね」

「二度手間になるので、聞いてから行動を開始してください」

「…………分ぁった」

「すごい嫌そうですネ」


 今までの経験を元に、私達と居る事で被る害を考えているのでしょう。ですがこれは、成人しているレイメイさんにしか出来ません。街では別行動で良いと言っていましたが、この町では協力してください。


「ヘンタイさんがもっと大人の雰囲気を出していれバ、親子なり()()()()()()なりに見えたでしょうニ」

「そういったってのはむしろ逆効果だろが……」


 こちらとしても、苦肉の策です。怪しい集団に見えないようお願いします。


「そういったって何だろ?」

「お気になさらず、参りましょう」

「うん」


 普段通り何も気にせず、やるべき事をやるだけです。どこまでの非道が行われているのかは分かりませんが、怪しい噂の一つや二つ見つかると思います。長居するつもりはありませんでしたが……あの人の実験を調べるまでは、活動させて貰いましょう。



ブクマ評価誤字報告ありがとうございます!

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