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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
42.氷解
429/952

『トゥリア』悔恨⑧



 一頻りレイメイさんの脛を蹴って照れが取れたのか、シーアさんがふーと額を拭いました。満足げな表情です。


「コホンっ。さテ、次ですネ」

「舵が放せねぇ俺の脛を蹴ってた謝罪はねぇのか」

「いつもの事じゃないですカ」

「いつも謝れと言ってんだろ」

「それで謝った事もないでス」

「変えようって気持ちはねぇのか」

「んーーー。ないでス」

「てめぇ……」


 次の行き先を知っているのはレイメイさんだけなので、レイメイさんは舵から手が離せません。青筋を立てたレイメイさんを煽るように、シーアさんがクふふふと笑みを浮かべています。シーアさんの照れ隠しを手伝うという訳ではありませんけど、次の話は必要です。


「元老院の計画が、いつ頃影響するか分からないけど」

「もう暫くは大丈夫だと思います。ゾォリと同様の対応をしましょう」


 すぐに変わる事はないと思いますが、何れ変更を余儀なくされるでしょう。”転写”は”拒絶”しましたけれど、似顔絵くらいは作成すると思います。私達の顔を確認してから起こる反応に注意しましょう。指名手配となったら、今までと反応が違うはずです。


「改めて確認します。トゥリアとはどのような町ですか?」

「人口二百人居るかどうかって村だな。農地と牧場があるだけ、特産もなけりゃ店は一つを除いて無ぇ」

「その一つが?」

「ライゼの鍛冶屋だ。包丁やらなんやらは必要だったからな。それを作ってた」


 調理器具はころころ変えるような物ではありませんけれど、ライゼさんが居ないと困るのではないでしょうか。それでも、村の掟が最優先だったようです。全員知り合いのような村や集落では、独自の掟を順守する人が殆どですからね。


「隣町やら少し離れた場所から買いに来る奴はそこそこいたが、殆どの客はトゥリアの連中だ。そんで、トゥリアの奴らとは物々交換だったな」

「全員親戚みたいな村って事ですカ」

「まぁ、そんな感じだ。部外者の俺が馴染めなかったのもそれが理由だったしな」


 閉鎖的だったのでしょう。ライゼさんが連れてきた赤子にすら冷たい扱いをするという事は……旅人なんて以ての外ですね。分け隔てなく平等に、村人以外は他人なのでしょう。


「悪意やマリスタザリアへの対応はどのように行っていましたか」

「悪意の方は知らねぇ。多分だが、町の連中からそんな奴が出たら追放するだけだな。化け物に関しちゃ、立ち去るまで隠れるだけだ」

「追放ですか」

「それがあの村の普通だ。俺が住んでた時も一人やられてた。それが悪意によるものだったかは知らねぇがな」


 閉鎖的だけでなく、排他的でもあるようです。村人全員が家族のようなものらしいですけど、他人は他人なのでしょう。ある意味徹底されているので、文句が出ないのかもしれません。全員が徹底していれば、悪事など早々起きないでしょう。


(そんな中で起こる悪事には理由があると考えるべきですが……追放という、簡単で残酷な手法を選んでしまうのですね)

「訪問者にはどんな対応をしていましたか」

「まず殆ど来ねぇが。ライゼの店に来た奴に対しては遠目で見るだけだったな。会話した事ねぇんじゃねぇか? 俺がでかくなってからは、ライゼが売りつけに行ってたからあんま覚えてねぇ」


 ライゼさんが居なくなってからは、お客さんなんて一人も来ていないかもしれませんね。来ていたとしても追い返したでしょう。そのような村で、ライゼさんはどのように過ごしていたのか……不思議ですね。


(今のマクゼルトが本当なのか、ライゼさんを育てていた時のマクゼルトが本当なのか……胸に秘めたものがあったのでしょうか)

「”巫女”の事はどう思ってるんでス?」

「話題に出た事すらねぇ。つぅか、普段の会話で”巫女”とか出ねぇだろ」

「共和国では偶に出てましたヨ。後、王都周辺でモ」

「北の特徴って事かな」

「そういや、王都についてからだな。”巫女”の話を聞いたのなんざ」

 

 北部でのアルツィアさま信仰については知っていましたが、悲しいという気持ちはあります。そんな方達に、アルツィアさまの想いを伝えるのが私達の”お役目”であると、忘れた事はありません。


「どうしまス?」

「とりあえず、村の空気を感じてみない事には」

「対応はそれからですね。訪客に対しての扱いが分かっただけでも心持が違います」


 追放が掟になるくらいには定期的に『感染』している訳ですから、浄化は絶対にしたいです。信仰して欲しい訳ではありません。ただ、アルツィアさまの愛は分け隔てなく降り注ぐのだと、感じて欲しいだけなのです。


「苦労してたんですネ」

「野垂れ死んでたかもしれねぇんだ。それよりゃマシだろ」

「じゃあお師匠さんに会ったら感謝の言葉からですネ」

「それは無ぇ」

「ライゼさん、泣いて喜ぶでしょうに」

「アイツが……?」


 心底ありえないといった表情をレイメイさんは浮かべましたが、本当にそう思っているのでしょうか。ライゼさんは情に厚い方であると、レイメイさんが一番実感していると思っていますけど。


「心身ともに限界でしょう。そんな時に仲違いしていたレイメイさんから”父”と呼ばれるんです」

「皮肉なり笑ったりするだろうけど、悪い顔はしないと思うよね」

「ですネ。泣いて抱きしめるはずでス」

「何であの話から俺が弄られる流れになるんだ」


 弄っているつもりはありませんが……いえ、シーアさんは弄っていますね。過去の事をさらりと言えるくらいには、仲間という認識を持ってくれているのだと受け取りました。だから、少し朗らかな雰囲気にしようというシーアさんの気持ちはありがたい物なのだと、私達は思っています。


「まァ、冗談を言い合える仲くらいにはなれたって事デ」

「はぁ……。一方的に弄られてるだけに感じるんだがな」

「そうですか? 私は結構やられてるような」

『まず、”赤いの”って。巫女やチビガキもどうかと思うけど、赤いのって何だろう。もっとあると思う。えっと……。あれ。私って……赤い以外に特徴が……?』


 私ならば、リッカさまの特徴を永遠と書き連ねる事が出来ますが――レイメイさんはアーデさん以外に興味を持ちませんからね。


(それに、リッカさまの魅力の全ては私だけの――)

「そりゃお前が阿呆だからだ」

「余程お眠りになりたい様子。今日の私は余力を残していますよ」

「コイツには冗談が通じないみてぇなんだが」

「リツカお姉さんは冗談に含まれませんのデ」

「阿呆ばっかだ」

「今アリスさんの事を貶しましたか?」

「それももう良い」


 そうこうしている内に、トゥリアが見えてきたそうです。今までは岩石地帯でしたが、少し緑が増えてきたでしょうか。トゥリアは森の中みたいです。


『痩せた森。土が悪いみたい。水も少ないのかな。日当たりも悪い。下の葉が栄養失調になっちゃってる。あぁ、気になるところばっかり。剪定したい。だけどこれも森、なのかな。人の手が入っていない、まさに自然。私が手を加えるだけが良き物とはならない。やっぱり、森には森の表情があるから』

「森の方見て黙って、何やってんだ」

「静かに。今良いところなのです」


 痩せた森に悲しんでいたリッカさまでしたが――それこそが自然なのだと、慈しんでいます。全ての森が、雄大になる訳ではありません。大きくなる理由があるのだと、リッカさまは理解しています。


 生きるとは喰らう事です。そんな私達が自然に出来る事は、恩返しだけなのでしょう。その恩返しの形として、剪定し、整え、育む事は可能です。ですが、人の手を加えた森が必ず良いものになるとは、言えません。


 今は痩せていても、植物も生きているのですから――生きる為に、変わります。自然が自然のままに生きる美しさを、リッカさまは大切にしたいのでしょう。今のこの森を、リッカさまはありのままを感じたいのです。


「こっちはリツカお姉さんの観察でス。こうなったらしばらく戻りませン」

「阿呆ってより変人じゃねぇか」

「また威圧されますヨ」

「まぁ、いい。停めるぞ」


 森の中で船が停まりました。木漏れ日がキラキラとしていて――集落を少しだけ思い出しますね。エッボの城があった森では、眺める暇はありませんでしたから。


『いつのまにか、船が停まってる。木漏れ日が綺麗』

「リッカさま。そろそろ降りましょう」

「うん」


 微笑みながらリッカさまの手を引き、船を降ります。人が入った事のない、枝葉の絨毯が敷き詰められた地面は久しぶりです。パキッという枝が折れる音や、サクッという葉が沈み込む音が心地良いです。


「枝とかに気をつけてね」

「はいっ」

「気をつける必要あるか?」

「偶に生きてるってくらい活きの良い枝があるんです」

「は?」

「踏みつけると勢い良く跳ね上がって足に刺さったり」

「……」

「顔付近まで飛んできて目に木片が飛び込んできたり」


 森歩きは私達の方が経験豊富なのですから、リッカさまの言う事は聞いておくべきだと思います。実際に怪我をした経験なんて、私達にはありませんけど――森を舐めていると手痛い仕返しに合う事は真実です。


「こっちに人は入らないんですネ」

「狩をするやつらも居るが、こっちとは逆の方に行く」

「ここには居ないんでス?」

「居るぞ」


 リッカさまが魔力で威圧しているので、野生の動物は近寄ってきません。ですがしっかりと、森の中に居るようです。クマやドルラーム、トリも居ますね。他にも北部原産の動物が居るのでしょう。


「木と木の幅が狭いから、獣の方が有利だよね」

「そういうこった。開けた方がやりやすいってんで向こうに行くんだよ」

「狩で楽しようなんテ、やる気あるんでス?」

「ねぇな。牧畜と畑はあんだ。狩なんざ暇潰しだからな」


 暇潰しで生命を奪う事に、小さな呆れを覚えますが……食肉にする為の狩りと大きな違いはありません。そのお肉を食べている私が呆れる事自体、人の傲慢そのものでしょう。


(生きるとは……喰らう事です)


 それでも軽々しく、暇潰しで生命を奪って欲しくないと思っています。


「もう直見えるぞ」


 開けた所があるようで、光が強くなってきました。ここからでも村が見えますね。ゾォリよりも土地は広いので、村という感じはしませんが――人の数や家屋の形状ゆえでしょうか。やはり、村という印象を持ってしまいます。


「普通の村ですネ。悪しき者は追放なんて前時代的行為をしている村には見えませんけド」

「あの頃と殆ど変わってねぇ。こっち見ろ」


 レイメイさんが指差したのは、一本の道です。道と言うか獣道ですが、人が通った形跡が殆どありません。


「あまり使ってないみたいですネ」

「行商が偶に入るくれぇだろ。その行商も、二度は来ねぇ」

「地図に載ってないわけ、だね」

「完全に孤立の道を選んでいるようですね」


 何があって、ここまで孤立の道を突き進んでいるのでしょう。”神林”集落には理由がありますが、ここが孤立する理由が分かりません。村長が人嫌いなのでしょうか。


「一つだけ違ぇのがある」

「何ですか?」

「あれだ」


 レイメイさんが居た頃と違う場所があるようですが――レイメイさんが指差したのは、村の景観から完全に浮いている、現代的な建物でした。高く、尖った屋根です。象徴なのか、見覚えのない紋章が掲げられています。


「教会?」

「この村の人間が神頼みなんざするわけねぇ」


 随分な言われようですが、忌憚のない評価という物なのでしょう。


「お前等の教会じゃねぇのか」

「いえ。アルツィアさまの物ではありません」

「だとすると、誰を祀ってるんだろ」


 あの紋章は、アルツィア教の物ではありません。


「わざわざ教会を立ててまで神頼みするんだから、信頼してるんだよね……。神さまじゃないなら、私達は他宗教の使徒なわけだから……」

「まず、対立が起こってしまいます」


 教会を受け入れるくらい、信仰心が高い方達のようです。まず間違いなく、異教徒である私達は排斥されます。


「こういう時は聞くのが一番でス」

「先に言っておくが、俺は無理だぞ」

「どうしてでス」


 この町出身という事で、レイメイさんが適任というのは分かりますけれど――レイメイさんは多分、私達以上に不適任です。


「俺は追放された身だからな。覚えてる奴が一人でもいたら俺が活動できねぇどころか、てめぇらも動きにくくなるぞ」


 成長し、容姿ではなかなか判断出来ないでしょう。ですが親であるライゼさんはすぐに分かりましたし、分かる人には分かるのです。この村の人達が同じとは限りませんが、考える必要がありますね。


「じゃあ私が行くしかないですネ」

「んー……。私達も変装すれば行けるかな?」

「髪を隠すだけで”巫女”とは分からないと思います」

「どうですかネ。ただでさえ余所者として目立つ中デ、変装している怪しい人間でス。話を聞くなんて出来るんでしょうカ」


 旅人ならば珍しくないでしょうけど、変装した旅人となると話は変わります。まず面倒を運んでくると考えるでしょうから、事なかれ主義のこの村の方達が受け入れるはずがありません。


「というより髪の色だけが”巫女”の判断材料ではないのですけド」

「写真が届いてない場所だと、噂くらいだし。噂で流そうと思ったら髪の色くらいしか伝えられないんじゃないかな」


 私の容姿を説明するのなら、白髪赤目だけで十分です。アルツィアさま曰く、この特徴を持った人は世界に二人だけですから。


「いえあれですヨ。一言付け加えるだけでス」

「うん?」

「人間離れしてるっテ」

「それって褒め言葉なのかな……?」

「褒め言葉でス」


 人間離れした容姿、という意味みたいですけど……喜んで良いのか、分かりませんね。


「そういう事なのデ、本当なら”巫女”を隠すなんて不可能なんですヨ」

「つっても、全員が全員知ってるわけじゃねぇだろ」

「今の世の中。自分が生きるので手一杯でス。噂だけの存在である”巫女”を気にする余裕なんてないでしょうからネ。でもここは教会がありまス」


 教会がなければ、まずはゾォリと同じ事をしようと思ったのですが――難しいです。


「もしあれガ、独自のアルツィア様信仰なら問題ありませン」


 独自であるのなら、紋章の違いも納得出来ます。村の方達が造ったのなら、紋章を調べずに作った可能性もあるでしょう。ただ、村の家と教会では技術に差がありすぎます。教会は別の人が作ったと思わるので……そうなると、「アルツィア教の紋章にしてくれ」と注文するだけです。


(それをせずにあの紋章にしたという事は……意図的に、変えているのでしょう)

「問題は違う場合でス。この世界において神とはアルツィア様一人を指しまス。そんな中で別の神を信仰すル。それだけで”巫女”は近づかない方が良いってくらいの事態でス」

「そいつらにとっての邪教。そんで”巫女”連中は敵の親玉ってとこか」

「でス」

「だがよ。それと今回の事になんの関係がある」

「リツカお姉さんからしっかり習ったでしょウ。敵を知る事こソ、戦いの第一段階だト」

「……”巫女”を研究してるって事か」

「可能性の話ですけどネ」


 敵としてではなく、”巫女”として認識して欲しいですが……あの教会はやはり、異教なのでしょう。


「邪教の徒なんて思われたら浄化なんて無理でス。村からすぐに離れた方が良いかもしれないって話になりまス」

「まずは、あの教会を調べるのが先決って事か」

「そういう事でス。そしてお二人はまズ、船に戻ってくださイ」

「んー……」


 納得は出来ましたが、神隠しの事を考えるとシーアさんを一人に出来ません。


「変装は俺がすりゃいいだろ。一言も喋らなけりゃバレる心配もねぇ」

「言葉を話せない可哀相な男と同情した娘って事デ」

「可哀相とは何だ」

「主従とか兄弟じゃ怪しまれまス。サボリさんは主って柄じゃないですシ、私の兄は一人だけですシ」

「設定は何でも良い。行くぞ」

「でス」


 二人で決めて、そのままシーアさんとレイメイさんは村に近づいていってしまいました。取り残された私達は、仕方なく船に戻る事にします。


(時間が空きそうですし、状況的にそこまで慌てる必要は……ありませんよ、ね)

「シーアさん達を待つ間に、お願いを使ってもよろしいでしょうか」

「うん。今日はどうする?」

「北に行くほど寒くなって行きますので、防寒着を作ろうと思っています。その採寸にご協力をお願いしますっ」

「そういえば、最近ちょっと寒かったような」


 世界が不安定だからなのか、北上しているとはいえ寒すぎます。予定していたローブだけでは足りないでしょうから、防寒着も作りましょう。


「シーアさんは自前の物を持っているでしょうし、レイメイさんは買うでしょうから。着の身のままであったリッカさまには私が御作りいたしますっ」

「手作り」

『アリスさんの手作り』


 すでに構想は出来上がっております。後はリッカさまの体に合わせるだけなのですが――診ただけでも分かるとはいえ、しっかりと確認しておきたいです。


「採寸って事は」

「はい。今のローブでは薄いので、厚めにしようかと」

『全身を測るんだ。それにしても、手作り』


 厚手の生地を使いますから、今以上に採寸には気を遣うべきでしょう。生地が厚くなれば動きに影響が出てしまいますから、細部を拘る為に採寸させてください。


「お手伝い、よろしいですか?」

「もちろんだよ。アリスさんの手作りすっごく楽しみ」

「それでは、船へっ」

 

 完璧な物に仕上げてみせます。このローブよりもずっと、貴女さまの事だけを考えて作ったローブを考えました。世界でたった一つの、貴女さまだけの為に造り上げた物を、贈らせてください。



ブクマ評価誤字報告ありがとうございます!

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