『メルク』因縁⑧
尋常ではない量の血が、地面に落ちています。
(擦り傷や、切り傷だけでは……ありま、せん)
まだマリスタザリアはいますし、魔王が消滅しても安心出来る状況ではないと分かっています。ですが――駆け寄る事を、お赦しください。
「っ……はぁ……はっ……」
「リッカさまっ!!」
駆け寄り、”治癒”を発動させた私は、患部を直接見ようとして――目を剥きました。不自然に曲がった腕を抱き締めるように支えたリッカさまが、荒い息を吐いています。耐えられないくらいの激痛が奔っている事は……患部を見なくても分かりました。
ですが、私が目を剥いたのは……そんな酷い怪我をしておきながら、リッカさまが何故か……私から隠そうと、したからです。
(心配、させない為、ですか……? 意識を保つ事すら難しい怪我をしているのに、私を、心配して――)
『魔王は完全に、消滅したけど……っ……本気じゃ、なかった。私を試すような……』
「ありがとう。アリスさんのお陰で、助かったよ」
「っ……傷だらけじゃ、ないですか……」
私は、リッカさまを囮にして……止めを頂いた、だけです……っ……。体中、顔まで……傷だらけで……魔王の足を防いだ肘に至っては、骨が……っ。
「でも今回は、ちゃんとアリスさんを見ていられるから」
確かに……確かにっ……今回は、怪我だけです。ですが……今回もまた、喪失を、幻視してしまいました。無事であればという気持ちは、変わりませんが……今日だけで、二度は……心臓が、心が保てません……っ。
「まだマリスタザリアは残ってるみたい」
「目の前の、魔王を優先しましたから……あちらまで届けるのは……」
牧場一帯を浄化するつもりで放とうと”想って”いたのですが……魔王に集中しなければ、滅する事は出来なかったでしょう。そして……今回は”悪意”だけの存在でしたが、本体はアルツィアさまから”人”と認定されています。此度のような浄化は、無理です。
『手に、血が……これじゃ、アリスさんに触れられない……』
無事を伝える為に、リッカさまが私を抱き締めてくれようと、しているのですが……”治癒”はまだ途中ですし、血がついているからと、躊躇っています。抱き締めて、良いのですよ。その方が治りも、早くなりますから。
『痛い、けど……【アン・ギルィ・トァ・マシュ】のお陰で弱体化はしてる。すぐに、終わらせないと』
マリスタザリアを滅しきれなかった私が、言って良い事ではないのでしょう。ですが……その怪我で、その腕で、尚も戦おうとするのは……無謀でしかないと、断言します。
「リッカさま。先に治療です」
「でも……」
まだ、片手しか使えません。その状態で動いても……痛みで、真面に動く事など出来ないでしょう。完全に治してからの方が良い事は、リッカさまも分かっているはずです。そのような状態では……リッカさまであっても、動けるはずがありません。
「お前等……邪魔してんじゃねぇ!!」
会話が聞こえていたようで、レイメイさんがこちらを怒鳴りつけました。
「弱体化までさせやがって……!」
「こっちも、必死だったんです」
「うっせぇ! これ以上邪魔すんな! 下がってろッ!!」
邪魔というのは、”アン・ギルィ・トァ・マシュ”による弱体化の事でしょう。”拒絶”しきれませんでしたが、”悪意”を減らす事は出来ています。最初の、出現時の強さはありません。
先程申した通り……牧場全域を対象にしていましたが、魔王に集中しなければ消し飛ばす事が出来なかったのです。本当なら、”アン・ギルィ・トァ・マシュ”を出す以上、戦闘の全てを終わらせたいと想っていました。
戦闘を長引かせたくないというのは、リッカさまと私の共通見解ですが――レイメイさんには、必要な敵だったようです。
(戦闘経験を積む事が出来る、久々の強敵なのでしょう。ただ、現在のマリスタザリアで丁度良い実力差に見えますが……)
「死にそうになったら割って入りますから」
「ボロボロの阿呆の助けなんざいらねぇ!」
「……」
ぼろぼろなのは、そちらで戦っているマリスタザリア数十体全部を合わせても勝てない敵を相手にしていたからです。レイメイさんへの怒りで冷えていく体が、頭を冷やしたのでしょう。ふと、疑問が浮かんできます。
どうしてマクゼルトと同質の蹴りを受けて、リッカさまは怪我だけで済んだのでしょうか。
もちろん嬉しいです。あの時私は、リッカさまの死を、幻視しました。赤い閃光が、赤い……血しぶきに、見えた程です。
(あの、閃光は……何だったのでしょう……。あれがなければ、魔王の蹴りが直撃していた、のでしょうか……。いえ、気にしなければいけないのは……どうして、リッカさまが攻撃を受けてしまったのか、です)
肘の……開放骨折だけで済んで良かったと、言わざるを得ません。
不甲斐なさに涙が零れますし、リッカさまが傷つく姿を見るしかなかった事に歯痒さを覚えていますが……リッカさまが無事ならば良いとは、私の本心です。そう、頭では理解しています。ボロボロなのは、真実でしかありません。
ですが――レイメイさんへの怒りが収まった訳では、ないのです。
「戦闘狂さんもああ言ってますし、リッカさまこちらへ」
「う、うん。でも、大丈夫なの? 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】使ったけど……」
「リッカさまの怪我は、肘以外は大きい物がありません。今の私でも大丈夫です」
気怠さは、あります。”アン・ギルィ・トァ・マシュ”は旅に出て二度目ですが……成長、しているのでしょう。”治癒”や”盾”、簡単な”拒絶の光”は扱えます。扱える魔力に制限はありますが、大侵攻時のような事には……なりません。
「肘を治すのは、無理しちゃうんじゃ?」
「私の心配よりご自身の心配をお願いしますっ!」
顔を寄せた私に驚き、こくこくと頷いたリッカさまの背中を押します。戦闘区域から離れないといけません。戦いの傍よりも……周辺の感知に集中出来るはずです。戦いの後、ホッと一息ついた私達を強襲したマクゼルトを、覚えています。
(見晴らしが良く、背後と影の位置を確認しやすい場所……あそこですね)
押し切る形になってしまいましたが、無理ではないのでご安心ください。治しきるだけの魔力は残っています。
(それに……リッカさまの為ならば、命を削る事になろうとも魔法を使うと決めています)
貴女さまと共に生きる為ならば、惜しむつもりはありません。ですが……そうすればリッカさまが悲しむ事も、分かってはいるのです。最終手段であると、誓います。
「……」
『歩くだけで、傷に、雷が落ちてるみたいな激痛が……』
頑なに、傷口を見せてくれないので……抱える事も出来ませんが……自力で歩けているだけでも、物凄い精神力と言えるでしょう。流血による体力低下や、痛みによる精神的消耗、『秘密』の事もそうです。リッカさまの体調は最悪と言えますが……リッカさまの体に、異変は起きていません。
(ならば何故、あの時……リッカさまは、立ち止まってしまったのでしょう)
「何が、起きたのですか……?」
私が、リッカさまならば避けられると感じたはずの攻撃を……リッカさまは、受けました。あの時、動けなくなっているのは分かりましたけれど……足が動かなく、なったのでしょうか。
「私の攻撃が入って、両断した後……何故か私の足が地面から離れなくて」
「リッカさまが動けず困っていたのは、見えましたけれど……そんな事が……?」
足が地面から離れなくなんて、私の”麻痺”のような効果ですが……魔法、なのですか? もしも魔法ならば、リッカさまに掛かる魔法は”拒絶”しているので、地面に魔法を掛けていたという事になります。
(いえ、私の”拒絶”が効かない魔法があると、見せたかったのでしょうか――)
「うん。魔法らしいんだけど……」
「魔王が……言ったのですか……?」
魔法なのか、それとも魔王の能力なのか。その違いは大きいでしょう。それを考えさせるのが、今までの魔王だったはずです。
(なのに……答えを、教えてくれたのですか?)
「うん。何か……違和感でしょ?」
初めから、口数が多い気はしていました。私達が考えていた、「魔王は私達と何か話をしたい」という考えが立証された形です。ですが……話がしたいどころか、まるで――。
「まるで、私達に成長を促すような……。その時も、いつでも魔法の気配には気をつけろって感じで、私に言ってきたんだよね」
「魔法の戦いに慣れてきたとはいえ、リッカさまはまだまだ経験が足りません。それを、指摘したという事ですね」
「うん。ちょっと、不気味かな」
「何が目的なのか、更に分からなくなりました……」
こちらが強ければ強い程良い――いえ、強くなければ意味がない……といった感じです。再び謎を残していった魔王に、怒りと同じくらいの困惑を抱いてしまいます。
「目的も分からないけど……魔王の力は……」
「想像の上を行っています。今のままでは、勝てないかもしれません」
リッカさまが行った、”何か”……赤い閃光は有効みたいです。魔王が聞き耳を立てているかもしれない今、軽々しく話題には出せませんが……あれは、何度も使える物なのでしょうか。私には……そうは、見えませんでした。
(……リッカさまが、自分で防御手段を用意しなければいけないのは、私の所為です)
魔王が何をしてこようとも、新たな謎を残し、こちらに問いかけて来ようとも……私の解答は変わりません。
「私達も、強くならないと、ね」
「はい……っ」
遠隔防御、遠隔治癒の習得。拒絶の光、”アン・ギルィ・トァ・マシュ”の効率化、です。私がしっかりしていれば……此度の戦い、リッカさまはもっと楽に勝てたはずなのですから。
「そのために、回復に専念してください」
「う、うん」
『本当は今にも、意識飛びそう……でも、意識だけは……手放しちゃ、いけない……っ』
擦過傷に切り傷……打ち身は、軽傷と言えるでしょう。ですが――開放骨折は、重傷どころではありません。向こうの世界であっても、命に係わる損傷です。隠したままだと、治せませんから……その時になったら、絶対に見せてください。
(ただの”治癒”では、擦過傷までです……もっと集中しないと治せません)
今は”拒絶”で、感染症対策くらいしか出来ません。
(これもまた、私の未熟さです……)
「安全圏に行ったらすぐに治療を開始します」
「うん。ルイースヒぇンさんも、連れて行こう」
「……そう、ですね」
魔王の欠片は見えずとも、マリスタザリアは見えているでしょうに……何故、唖然としているのでしょう。あそこに居るマリスタザリアは、普段のマリスタザリアとは違います。もっと震えても良いと思うのですが――ルイースヒェンさんらしいといえば、らしいのでしょうね。
「ルイースヒェンさん、もう少し離れてください」
「え? ええ。分かった、わ――うわ」
「うわ、とか……言わないでください」
『酷い傷って自覚させられると、痛みが激しくなっちゃう……』
「いや、だってそれ……うわ」
「……」
睨んでも止まらない人ですが、私はルイースヒェンさんを強く睨みます。それ以上、リッカさまの傷を見て「うわ」とか言わないで下さい。
(気に食わねぇ)
レイメイさんはレイメイさんで、苛立っている所為か討伐速度が落ちていますし……これ以上リッカさまに心労をかけないでください。
(今の方が、手前を確かめるには丁度良いなんてなぁ……)
「気に食わねぇ!!」
今のレイメイさんが実力を測るには、”アン・ギルィ・トァ・マシュ”によって弱体化したマリスタザリアの方が丁度良いみたいです。確かめるのですから、自身よりも弱い敵の方が良いのは言うまでもありません。しかしレイメイさんは――自身の最高値が知りたいのでしょう。
自身の不甲斐なさに怒りが込み上げてくる気持ちは理解出来ますが……これから私は集中するので、そちらはしっかりとお願いします。”治癒”以外、使う余裕がありません。
「リッカさま」
「うん――んっ」
ぎゅっと抱き締め、本格的な”治癒”を開始しましょう。”想い”を、高めさせてください。患部は……骨が、皮膚を突き破り……血が、止めどなく溢れています。まずは止血です。
「アリスさん、血が――」
「今回ばかりは、痛みを伴いますから――もっと強く私を抱き締めておいてください」
「ぁ……ぅ、うん」
骨折した方の手を握り、”治癒”を掛けていきますが――ゆっくり、引っ張っていく必要があります。治しながら、骨を正常な位置まで戻す必要があるのです。血管と神経を傷つけないように、止血しながら……痛みを緩和させる為に……っ今回ばかりは、”麻痺”を使います。
「いきますよ」
「ぅ、んっ」
(真面目にやってるんだろうけど、治療に見えないやりとりね。というより、この子……何で怪我をしたの?)
”麻痺”を使って痛み止めにしないと、これは、リッカさまでも耐えきれなかったでしょう。とはいえ意識を保ち、自力で歩いていただけでなく戦意まで衰えていなかったのですから……流石と言わざるを得ません。
『痛く……ない……? アリスさんのお陰――っレイメイさんの動きが、変わっ――また、悪い癖が……っ』
「アリスさん、レイメイさんが」
「後ろに逃さない限り許しません」
「うぅ……」
痛みが無い分、リッカさまはレイメイさんの様子を確認出来ています。どうやら、自分の力量が足りていないと焦ったレイメイさんが……マリスタザリアを使って修行を始めたようです。
気持ちは、分かります。あのような強敵を見て、感じて、焦らないはずがありません。ですから……限界まで、私は待つつもりです。リッカさま最優先ですし、レイメイさんが後ろに逸らすまで、このまま治療します。
(そろそろ説明してくれないかしら)
説明を求める視線を背中に感じますが、ここから一層、集中しなければいけません。筋繊維一本であろうとも、違和感が出ないようにします。
(神経……血管……骨の欠片を取り除き、位置は……)
これ、で……後は、骨を繋げて傷を塞ぐだけです。
「あっちは良いの?」
「良くないです」
ルイースヒェンさんの質問に答えたリッカさまは、苦々しく……怒りすら滲ませ、レイメイさんを見ていました。改めて視線を向けると、レイメイさんは攻撃を完全に止め、回避にのみ専念しています。まだ敵が居るのですから、倒しながらすれば良いのに……マクゼルト戦を見越したなら、回避がカギになりますから、仕方ないといえば仕方ないのでしょう。
「私達以外に、アレが見えた人居るのかな」
「マナと悪意で作られた人形ですから、レイメイさんには見えていなかったはずです」
見えてなくとも、リッカさまの動きで、どんな敵が居たのかは分かったと思います。一撃で倒せず、むしろリッカさまを追い込んだ……マクゼルトに近い力を持った強敵です。
(体術や力、速度だけならマクゼルトが上ですけど……魔法への警戒を強いられる以上、どちらが上とか関係ありません。どちらも、人類の脅威です)
レイメイさんの気持ちは理解出来ますし、私も同種の焦りを持ってはいますが……限度、という物はあります。
(治療、終わったのかしら。あれが数分で治るって……はぁ……特級の”治癒”でも、無理でしょ)
「そろそろ説明してくれない?」
一番大事な所は終わりましたけど……血が止まっただけで、完治した訳ではありません。骨を繋ぎ、傷跡が残らないように治すまでが治療です。
(後は、会話しながらでも出来ますが……っ……魔力、残りませんでしたね……)
突然リッカさまが怪我をした理由や、マリスタザリアが生まれた理由を説明しないといけません。とにかく、このマリスタザリア達が……私達を陥れる為の物だという事は、言わないといけないでしょう。
何の前触れもなく現れた訳ではないと伝えないと……突然現れるとなったら、安心出来ません。私達が町を出れば現れる事はないと、打ち明ける必要があります。
「せっかく止めて上げようとしてたのに、運の無い子達ね」
止めてくれようとしていたのは知っていますが、運が無かったとかそういう問題ではありません。
「元はと言えば、あなたの所為でしょう」
「もう説明しても、信頼回復は無理かな……」
ルイースヒェンさんが”悪意”を利用しようとしなければ……魔王は来なかったという確証は、ありません。それでも、大事にはならなかったのではないかと、考えてしまいます。
マリスタザリアの咆哮や地響きは、町民達にも聞こえているでしょう。ルイースヒェンさんがどんな説明をしようとも、信頼は戻りません。説明はしますけど、手遅れ……だと思います。
「な――ッ!?」
説明を終えた辺りで、轟音と共にレイメイさんが爆炎の向こう側に消えました。マリスタザリアは弱体化した後、魔法を使っていません。
(つまりあれは――)
『あの魔力色は、シーアさんの』
町民達を守る為、町に残っていたはずですが――レイメイさんがもたもたしているのを見て、”炸裂”で敵を殲滅させたようです。シーアさんがこちらに来たという事は、マリスタザリアの出現を知った町民達が、ルイースヒェンさんが言っていた事を信じて暴徒と化したのでしょう。
「大丈夫かな」
「驚く余裕はあったようですから、逃れられたはずです」
「ちゃんと逃げれるくらいの猶予は与えましたヨ」
(やっぱり、強敵が出ていましたか。リツカお姉さんが血塗れさんになってしまっています)
”疾風”で飛んできたシーアさんが、リッカさまを見て頷いています。”アン・ギルィ・トァ・マシュ”や魔力の揺れは見えていたでしょうから、リッカさまの心配をしていたのでしょう。私が”アン・ギルィ・トァ・マシュ”を使う時なんて、限られていますから……意識を失っていたり、私が恐慌状態になっていないのを見て、シーアさんは安堵しています。
「先程までの状況、町民が見てましたヨ。もう言い訳できそうにないでス」
治療中だったとはいえ、何もせずに観戦していたと町民達に思われたようです。レイメイさんは戦っていましたが、避けるばかりで敵を倒していません。遊んでいるように見えたのでしょう。私達が敵の状況から目や感知を離した事はありませんが、見たままの状況だけが町民達の真実なのです。
「本当に運がないわね」
「あなたにだけは言われたくありません」
「ン? 仲直り出来たんですカ」
「んー……。仲直り、ではないかな?」
理解は出来ました。歩み寄る事も、出来るでしょう。ですが――仲良しになんて、なろうとは思いません。まだ、あの時の謝罪を頂いておりませんので。
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