過ち⑥
「私に……強さを……っ!」
”言葉”により、リッカさまは体に魔法を発現させました。ローブの紋章を通った魔力はリッカさまを覆っています。ですが、昨夜の荒々しさはありません。静かに流麗なのです。
『ふむ……昨夜は無理やり発動だったから、色々混じってたのか。これが純粋なイグナスってことだね。初発動にして、この純度』
丁寧に、力強く練られた魔力により作られた”強化”は、リッカさまの純粋さを形にしたような、透き通った魔法となっています。
素敵な光景が、目の前で広がっています。真っ赤な魔力が、明滅を繰り返してリッカさまの傍を巡っているのです。リッカさまが体を少し動かせば魔力もそれに追従して、踊り子が着る服みたいにヒラヒラと煌いています。
制御がまだ甘いから、魔力の流れで行動が分かってしまいますね。ですが慣れれば問題なさそうです。魔力自体、見れる人は他に居ません。むしろ、アルツィアさまの言った、色々混じっていたというのが気になりますね……。
(つまり昨夜の魔法は、”強化”だけでなく”抱擁”も混ざっていたから、あそこまで重厚な魔力を纏えていた……?)
まだ情報が、少なすぎます。”抱擁”については、何か思いつくまで安易に使わせるべきではないでしょう、ね。
「リッカさま……。お体に異常はありませんか?」
「何も、ありませんよ。アリスさん。むしろ調子がよすぎるくらい」
リッカさまが軽く体を動かしています。舞、のように見えますが、拳や掌を伸ばしているところを見るに、戦う為の動きなのでしょうか。これも武術の一種でしょうか。集落の方達がやっていた喧嘩にはない、優雅さがあります。
これが洗練された動きの正体ですね。戦う為の――剣だけでなく、自身の体すらも武器として扱う力……。拳を突き出した位置は、百七十センチ前後の人の心臓より少し下辺りです。動き全てが、敵対者の急所を突くように出来ています。
(効率的な動きだからこそ、典麗な舞のように見えるんですね。足をあんなに上げてるのに、体の均衡が取れて――)
リッカさまが体の調子を確かめ終わったようです。途中、足を大きく蹴り上げたりしたからでしょう。その、見えてしまったり、して、ですね。本当、見張りの方に降りてもらって良かったです。
(後程リッカさまに、足を上げるのは気をつけるように言っておきましょう。必要ならば仕方ありませんが……)
『よし、もう解いて大丈夫だよ』
リッカさまの体調に変化はありません。一先ずは、安心ですね。ただリッカさまは、私とアルツィアさまを交互に見て戸惑いを覚えているようでした。
『どうやって、切れば良いんだろう……』
『あー。集中を切ればいいんだが。ふむ……』
アルツィアさま、また何か思いついたようですね。とにかく、リッカさまの魔法を解いて上げないと――。
『アルレスィア、このままじゃ昨夜の二の舞だ。消耗しきって倒れてしまう』
「そういう事は早く言って下さい!」
もう何度目ですか! 確かに、リッカさまの魔力がどんどん消費されていっています。どうやら、魔力を込めた分という訳ではなく、魔力が続く限り魔法が解けないようです。これもまた、私達とは違います。込めた分の効果しか発揮しないはずなのに……!
「リッカさま、集中を解いてください! それで魔法も霧散します!」
「あ、あわ……はぅ……」
集中を解くと同時にリッカさまは、私に体重を預け荒く息を吐きました。熱っぽい息と共に魔法が抜けていくように霧散したので一安心ですが……リッカさまが完全に脱力してしまっています。
暫く支えて、時間を空けましょう。魔力と想いの消耗は思った以上に体への負担が大きいですからね。
魔力という生命力その物を消耗し、多くの事を一気に教えられたリッカさまの精神は疲れ切っています。その回復を待つ間に、アルツィアさまが核樹の武器を作りに行きました。
作るのは、カタナと呼ばれる武器です。向こうの世界の刃物らしく、その切れ味は鉄をも断つ事が可能との事でした。
ですがそれは、この世界にはありません。後々鍛冶師に作ってもらうのを前提に、別の武器を用意するそうです。
「カタナとは、どういった物なのですか?」
「えっと、こっちの刃物って全部、昨日私が折っちゃった物みたいなのですか?」
「はい。あれ以外の形を見た事はないですね」
「刀は、片刃ですね。こっちの剣よりもずっと薄くて、細くて、叩き潰すのではなく斬る為の武器です」
片刃……調理用ナイフの様な物でしょうか。
こちらの剣は、斬ると形容するには鈍いです。オルテさんが持つ、最も切れ味が良い物ならば”斬る”と言えなくはないですが……私達はリッカさまの技を見て初めて、”斬る”という本当の意味を知った程なのです。
「リッカさまは、その……」
「何でも聞いて下さい」
戦う力の確認……必要な、事です。少しでもしておきます……っ。
「剣の扱いに、長けているのです、ね」
「はい。ずっと、訓練をしてましたから。あくまで護身用なので、本当に斬ったのは初めてだったりするんですよね」
リッカさまは、力なく微笑みました。戦う力があっても、戦うのは初めてだったんです、ね……。
護身術とは、自分を守る術のようです。リッカさま自身を守る為の術を、リッカさまのご家族は施していたのですね。ですがそれを……私達の為に……。むしろリッカさまが危険に……。
「実戦でも通用するって分かって、安心です。刀が無いので、剣を使うしかないのが不安ですけど」
「剣と刀では、違うのです、か?」
リッカさまが本当に得意なのは刀のようで、扱い方に差があるようです。剣でも目を見張る程でしたのに……刀だと、もっと……。リッカさまには、驚かされてばかりです。
「剣は初めて振ったんですけど、刀とは違うみたいです。”強化”って、呼び方で良いんですかね。それを使ってやっとまともに扱える重さな上に、完璧に捉えたと思っても切れ味が伴ってなくて……」
「基本的に、魔法に名前はありません。ですから便宜的に、”強化”や”拒絶”といった、魔法の特徴を名前にしております。リッカさまは、”強化”前でも剣を使えていたようですが……」
「出来るなら、一撃で仕留めたいです。あの剣での戦闘は多分……五分が限度です、ね」
『戦闘が長引けば……っ……』
そう、ですよね……。長く戦えば戦うほど、リッカさまが怪我をする危険性があります。簡単に倒せるのなら、それが一番です。ですが鍛治師が刀を作れるとは限りません。剣で、もっと楽に斬る必要があります。
「安心して下さい、リッカさま。私の”拒絶”があれば、もっと楽に斬る事が出来ます」
「そうなんですか? ”拒絶”の汎用性は高いと、神さまも言っていましたが……」
「剥離と呼んでいますが、そちらはアルツィアさまの説明後にいたしますね。リッカさまにだけ無茶はさせませんっ!」
「アリスさん……お役目って――」
『お待たせ。これでいいかい』
マリスタザリアの事も、”お役目”の事も、今から話します。非日常の、童話の中みたいな話だったでしょう。ですがこれからは……英雄譚のような、血みどろの……っ。
「木刀、ですか」
『アリスさんの杖みたいに、特別な感覚が……?』
リッカさまは、木刀と呼ばれる、刀を模した木の棒から感じる気配に目を輝かせています。その目はまるで……恋、してるような――。
『”神林”の奥、そこにある”核樹”から創った木刀だよ』
「ちょ、ちょっと、待ってください。いいんですかそれっ」
『驚き方も――。コホンっ、問題ないよ。私の手によるものだからね』
私も、そんな風に驚いた記憶があります。核樹を折って作るなんて、アルツィアさまにしか出来ないでしょう、ね。
ですがそんな事が出来るのも、私達がアルツィアさまを完璧に認識出来るからです。認識出来ないと、受け渡しなんて出来ませんからね。杖にしても、ローブにしても。
『恍惚としてるところ、悪いけどね。うん、大事にしておくれ。あと、悪用しちゃダメだよ。しないだろうけど』
「はいっありがとうございます」
『こんなに素敵な木刀、大事にしないっていう選択肢はありません。悪用どころか使うのも……大切に保管しないと』
『うん、できれば使っておくれ……?』
私は今集中出来ていません。蕩けた表情で恍惚の笑みを浮かべたリッカさまが、木刀をぎゅっと抱き締めて今にも頬擦りしそうだからです。
頬擦り所か、今にも口付…………。
『アルレスィア、そんな目で見ないでほしい。しかたないんだよ』
私はつい、アルツィアさまを睨んでしまいました。
「別に…………リッカさまが植物好きなのは知ってますし……」
『あー……えっと、だね。リツカは植物を愛して――敬慕しているが……それはあくまで親愛』
「ですから、気にしてませんから……」
私は頬を膨らませて、木刀をじっと見ています。張り合うような感情が湧きあがってきてしまいます。
『やっと戻ってきてくれたかい。アルレスィアの視線にアレ以上晒されたら流石の私も……あぁ、なんでもないよ。聞かなかったことにしておくれ』
一頻り木刀を愛でたリッカさまが、漸く戻ってきました。その間ずっとアルツィアさまを睨んでいたからか、私も落ち着いています。木刀に張り合う必要はありません。いわば核樹とは、リッカさまと共に成長した木でもあるのです。私とは年月が違います。
その年月を覆すくらい、私はリッカさまと共に過ごしたいと思います。張り合っている訳ではなく、リッカさまともっと仲良くなりたいだけです。それ以外ないです。
『ああ、その木刀はあとで加工するからね』
「え……」
木刀を加工して刀にする事は知っていたはずですが、核樹を大変気に入ったのでしょう。リッカさまは途端に惜しくなったようです。
『あぁ……そんなに泣きそうな顔をしないで。その木刀を使って新しい武器作ってもらうんだ、それで我慢しておくれ』
リッカさまが本当に泣きそうな表情で……ひょうきんな状況ですが、リッカさまは本当に残念そうに、木刀を庇うようにしているのです。少し前の私なら、リッカさまの涙目に動揺していたでしょうが……木刀が羨ましいと感じています。
(私、情緒不安定なのでしょうか……)
『それまでは、その木刀と、集落にある予備の剣でなんとかしておくれ。昨夜のようなアレの相手には、木刀では致命傷を与えられないから』
ついに、マリスタザリアの話になります。リッカさまも、木刀を愛でる事を中断し、息を呑みました。
人を相手にする場合もあります。ですが一番の敵は……マリスタザリアです。
アルツィアさまが、マリスタザリアの説明をしています。昨夜のホルスターン……リッカさまの世界では牛というそうですが……それの、説明です。
私がリッカさまに話した悪意。あれの本質です。
災害や人の凶暴化が主ですが、本当に厄介なのは……マリスタザリア化なのです。
人の負の感情が凝縮された存在。それを倒すのが、私達に課せられた使命の一つです。
『昨日のマリスタザリア、ホルスターンだけどね。嬲りたいという衝動が強かったようだね。オルテが殺されることなく痛めつけられたのはそのためだ』
『あんなのに、嬲られ…………っ。オルテさんはそれでも、戦おうとして……』
リッカさまは、オルテさんに敬意を持っているようでした。その裏で、そんな相手と戦った事に対する……”恐怖心”を押さえ込みながら……。
『……。アレは生まれたてだった、元は人の悪意だったものだから、牛の体に馴染んでいなかった。あと二,三時間も暴れていたら、馴染んでしまい……あの場に居た者では手がつけられなかっただろう。アルレスィアを除いて、だけどね』
アルツィアさまの、人間らしい優しさが出たようです。
あのマリスタザリアは明らかに、強かった。二、三時間も待つ必要はなく、あのままリッカさまが戦わなければ集落の者全員……。ですがそれを本当に伝えてしまうと、リッカさまは気負ってしまいます。自分がやらなければ、と。
ですから、私はアルツィアさまに目礼します。最後に、私が居なければいけなかったと言ってくれた事も、感謝します。私はただ守られる存在ではない。そう強く、私はリッカさまに印象付けたいのです。
『魔法を使えるようになったとはいえ、アレを圧倒したリツカに驚いていた。気づいてなかっただろう? 今朝の集落の人たちは、昨日の好奇心と興味だけの視線で、きみを見ているわけじゃなかった』
「その通りです、リッカさま。皆さん感謝していましたよ。どうにかして感謝を伝えたい、と」
気負って欲しくはありませんが、正当な感謝は受け取って欲しいと思っています。貴女さまの行動は、私達を明確に救いました。貴女さまのお陰で、誰も死ななかったのです。
ですから、自信を持ってください。貴女さまが居てくれるだけで、世界は輝きを取り戻しています。




