過ち④
『無茶をしすぎだよ、アルレスィア』
(硬いな。昨日のマリスタザリアが相手でも、十分は耐えられるだろう。リツカを守りたいという想いが、ここまでの強度を生み出すのか。人の想いにしては、大きすぎる)
無茶くらい、いくらでもします。リッカさまの不安も、この”領域”を見れば落ち着くはずです。
どういった魔法か判らずとも、想いを読み取る術をリッカさまは、持っています。
「これは、私の怠慢でおきたことへの贖罪。浮かれ、事態を軽くみていたことへの罰です」
「ぁ――」
『真面目すぎだよ、アルレスィア。それに、原因を突き詰めていけば、私のせいだよ。謝ることはできないけどね』
「アルツィアさまの所為では……」
『とにかく、あまり無茶をしていはいけないよ。これからきみにも”お役目”についてもらうんだから』
楽観という観点からいえば……アルツィアさまも確かに、していました。ですが、私がしていたのは楽観ではありません。
今日くらい大丈夫だろう。今日くらい楽しんでも良いじゃないか。そんな、甘えなのです。
『何で、こんな気持ちに……。アリスさんが、神さま? に見せた表情に、私……変な、感情が……』
(リッカ、さま……?)
リッカさまが胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべていました。何かを考えていたようですが……すぐさまあの”蓋”の向こう側へと仕舞い込んでしまったのです。何かに”恐怖”を感じたのは間違いありません。それが何なのかはわかりませんが、リッカさまの傍に早く――。
『さて、きみにとっては初めましてだね。私はアルツィア、この世界と、きみの世界を創った”神さま”だよ』
「神、さま?」
アルツィアさまのお陰で、リッカさまはとりあえず落ち着いたようです。自分の役目を取られたようで、私は目を伏せてしまいます。
リッカさまが落ち着いたのですから、それで良いはずなのに……。
『さて、何から話したものか。まずは世界のことについて話すとしようか――』
リッカさまに、アルツィアさまが説明していっています。まずは世界の違いについてです。魔法の有無が焦点となります。つまり――大虐殺についてです……。
アルツィアさまがヒトを作り数千年経ったある頃、ヒトが人となり言葉を発したのです。そこで、魔法を持った者と持たない者が居る事が分かり――大虐殺が起きました。
この世界では大きな違いである、魔法の有無。アルツィアさまが魔法を授けたという説の元、魔法持ちは魔法を持たない者達を迫害していきました。
初めは口喧嘩でしたが、次第に事は大きくなっていったのです。全ては、魔法を持つ者を煽動した教会の主と――力不足故にアルツィアさまの声を聞く事が出来なかった……初代”巫女”の勘違いによって。
”魔法を持たない者は、アルツィアさまから愛されなかった者”。ゆえに『聖伐』の名の下、抹殺しなければいけない。
教主と”巫女”は増長し、遂に魔法を持たない者達は……居なくなったのです。
リッカさまには驚く内容だったと思います。しかし、リッカさまの世界でも戦争は起きていたようで、私の予想よりは驚いていない様でした。驚きよりも、怒りの方が強かったのです。
リッカさまは”恐怖心”という、絶対不変の感情に苛まれています。苛まれるという言葉で片付けるには、大きすぎますが……そんなリッカさまは類稀なる、正義の心を持っているのです。
僅かな違いで人を殺すという行いに対し、リッカさまは激怒すると同時に、深く悲しんでいました。こんなにも……過去の者に共感出来るだけの感性を、持っていては……他者の恐怖心くらい簡単に、自分の物にしてしまうでしょう。実際リッカさまは、他者の恐怖心への理解が深いのですから……。
そしてその感性はやはり、リッカさまの理解力に繋がっています。アルツィアさまの昔話を、深く、先まで見通すのです。疑問があればすぐに尋ね、より深く状況を理解していきます。だからでしょう。アルツィアさまは本当に楽しそうに、リッカさまに話していました。
『この世界の”巫女”が多く生まれたけど、アルレスィアは特別だよ。最大で五世代重ねられた”巫女”だけど、私の言葉を全て理解し、姿まで見えるようになったのは居なかったからね。アルレスィアがこの世界で歴代最高の”巫女”さ。力も精神も――魂もね』
言わなくても良い事まで言ってしまったのも、楽しんでいたからでしょう。”巫女”という存在がどういう者なのかという説明で、私の話題になりました。
私は、最高峰ではありません。それが誇りであったのは、リッカさまと出会うまでの話です。
私は浮かれてしまったのです。自身は優れているという誇りはただの驕りでした。その驕りは、使命感を自己満足へと変えたのです。その瞬間、世界を救うという大儀は、世界を救えるのは自分だけという傲慢へと成りました。
私はどこまでも……低俗で――。
『アリスさん、本当に凄い人なんだ。哀しい歴史を伝える力を持てたはずの”巫女”は、神さまの声をちゃんと聞けない。でも、アリスさんがそれを変えた。きっとアリスさんは皆に、虐殺の真実を伝えたはず。それで皆、考えたを改めたんだ。じゃないと、私みたいな変な子に優しくなんて、出来ない。アリスさんが居たから、皆は正しく物事を見れる。私も……成れるのかな。アリスさん、みたいに――正しく――』
リッカさまが、憧憬を含んだ表情で私を見ていました。その、キラキラと輝く瞳は私の深くまで照らしてくれたのでしょう。私の自己嫌悪は、止まったのです。
私が居たから、皆が正しく……ですか……。先代が居た頃は違いました。でも今は……少しはそうなってくれたと思います。私唯一の功績を褒めてくれたリッカさま……ただの憧れなら生まれないはずの、歓喜が、幸福が、私に生まれています。
リッカさまの言葉だから、です。私を外側だけで見ないリッカさまだからこそ、私は本物の言葉として……受け取る事が出来るのです。貴女さまの言葉だけが、私の心を融かしてくれます。
自分を卑下するのは、全てに対し失礼、ですね……。リッカさまとアルツィアさまは、私を大切だと言ってくれているのです。であれば、私が自分を貶すという事は、リッカさまの想いを蔑ろにするという事。
リッカさまを蔑ろになんてしたくない私は、自己嫌悪を一旦止めました。リッカさまに褒められて、嬉し過ぎたというのも、あるのですけど。
『六花の家系のものは特別魔力が大きくてね。それを発露することはできなかったけど、森の結界の維持は容易だった』
リッカさまの感謝に蕩けていた私ですが、リッカさまがいかに優れているかという話題になった事で我に返りました。聞き逃す訳にはいかない内容だけに、表情を改めます。
リッカさまの世界では、一つの家だけで”巫女”を担っているのは視てしまいました。リッカさまはその末裔。リッカさまで”巫女”の力が極まったようで、私と同等の力を有しているという話を今しています。
私と同等。確かに、アルツィアさまを完璧に認識でき、世界を覆う程の魔力を持っていました。魔法も未知な部分が多く、”能力”まで有している。私と一緒です。
だから私は喜びました。リッカさまが神格化される事は避けたいですが、リッカさまが認められる事に喜びを感じるのです。
ですが、それだけの魔力がいきなり流れて……リッカさまといえども、制御出来るのものなのでしょうか……。私は出来ずに、補助を重ねています。昨日の影響は……。
そんな心配をしてしまうくらい、リッカさまの変化は劇的だったのです……。
『リツカの変化について話そうか、アルレスィアも心配してるしね』
「アリスさん、ありがとうございます。私のこと心配してくれて……」
「―――。い、いえ、その……ありが、とうございます」
お礼を言うのは、私です。
後悔だらけの準備期間でした。もっと出来たはずなのに、私は……まだ見ぬ貴女さまの事を想像するだけで、時間を無為に使ってしまったのです。本来、私が貴女さまの不安を取り除かなければいけないのに……私は貴女さまに、リッカさまに縋ってしまった。
でも、これからは……この説明が終わってからは……共に、歩みましょう。貴女さまが笑顔で――帰る事が……っ……ぁ……出来る、ように…………先の事ではなく、今を考えましょう。
『こっちの世界に呼ぶとき、リツカの体の蓋を開けた。だから魔力が流れるようになった』
……っ。
思わず私は、リッカさまを見ました。
説明は、魔力の蓋を開けたという意味でした。しかし、リッカさまにとっての蓋とは……っ。
『蓋……? 神さまは心を読めるから、まさ、か……いや、だ……それは、知られたく、ない……っアリスさんだけに、は――』
私は、折れそうになる膝を必死に……抑えました。もう知っているのです……。英雄になって欲しいという懇願の後とはいえ、私はリッカさまの全てを知ってしまいました。地獄に、落とした後に……っ。
なのにリッカさまは――私が、傷つくからと……隠して……っ……。
『安心しなさい、誰にも言わないよ。蓋というのは、魔力を通すための道にかけられていた物だ』
誰にも……私は、”巫女”です。アルツィアさまにとって私とは、神の使いです。”人”ではありません。私達は”人”ではないから、アルツィアさまは私達に干渉出来るのです。そういう、誓約です。これを破ると神格が落ち、アルツィアさまは……神ではなくなります。
(誰にも、とは……私以外です。私はもう、知っています)
最後まで私は隠し通すのです。だからリッカさまが私に気付く前に、元の私に、戻らないと……っ!
『湖から上がってきた時、体重かっただろう。私の名前がノイズで聞こえなかったりもそうさ。魔力が行き成り溢れてきて、馴染んでなかった。私の名前は神力があるからね。自分の魔力に慣れるために必死な体が拒絶してたんだろうね』
私が元の自分に戻るまでの時間稼ぎでしょう。アルツィアさまが、捲くし立てるように言葉を繋げました。
『――ちなみに、体が重かった時すぐ楽になったのはアルレスィアが』
「ちょ、ちょっとアルツィアさまっ!?」
そこまで言う必要はありません! 今だから解ります。私は出会った瞬間からリッカさまに特別な感情を抱いていました。だからこそ、使えなかった魔法を使えたのです。でもそれを知られるという事は、私の気持ちを曝け出す事に等しくて、リッカさまに嫌われるかも……。
「この世界の事や魔法はまだしも、それまで説明して良いとは言っていませんよ!」
『大丈夫、全部は言わないから。リツカが見ているよ』
「っ……とにかく、リッカさまの事、教えてください。私の事は良いんです!」
リッカさまが不思議そうにこちらを見ています。深呼吸して、落ち着かないと――。
『アレとの戦いで、アルレスィアが飛ばされたときに、脳のリミッターが焼ききれた。そのお陰で魔力が体に一気に馴染んだのさ』
「……」
焼き切れ……?
「……」
『いや、本当に、大丈夫だから』
リッカさまの、昨夜の様子はしっかりと覚えています。頭痛や倦怠感を感じていました。脳に異常が出ていたかもしれないんですよ。何を簡単に言っているのですか。本当に大丈夫なんでしょうね?
『こほんっ。これは誤算だったけどね。本当はじっくり馴染ませたかったし。説明を先に、アルレスィアからさせるつもりだったんだけど、結果的には良かったね』
『……アリスさんが危うく死……にかけたんだけど……複雑』
リッカさまが、怒っています。リッカさまがもし魔力に目覚めなければ、私が地面に叩きつけられたからでしょう。そうなれば、死んでいました。
リッカさまにとって、魔力が目覚める際に焼き切れたという事も”恐怖”なのです。なのにリッカさまは……私が死にかけた事、私を失っていたかもしれないという”恐怖心”の方に、怒りを燃やしているのです。
(リッカさま……あぅ……)
リッカさまの心情は、嘆かわしいものです。リッカさま自身を慮って欲しいと思っています。なのに、私を慮って……私はそれを、喜んで……。
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