踵(下)
どこまでも質量感のある貴久の足音と、
一定のペースで音を刻む輝の足に
不定期で極力消そうとした足音が追従する。
しっかりと足を進めながら輝は自分達のことをつけている者がいる事に気付いていた。
何故気づいたって?そりゃあ勿論、たまに
「パシャッ」
って音と共にフラッシュがたかれるんだもの。
バカだね。
そして、映画を見る3番スクリーンに入る時、
チラッと視線を投げかけると、そこに居たのは黒いズボンに、ダボっとした黒いパーカーを着ている男、そいつが首からカメラを下げているのを見て、輝は思った。
あ、いつもの人だ。ご苦労さんです、
と。
そう思うのも仕方ない、日常なのである。
「輝、どうしたんだ。早く席に座りに行こうぜ」
呑気に扉からニャッキっと顔を出している貴久が輝を呼び、輝も
「あぁ、すまない」
と軽く返す。
二人は広い通路を歩き、席につく。
足の長い貴久のために、前に通路がある席だ。
この映画館では通路の周りに柵はなくて、映画を見ている間は足を伸ばし放題なのだ。
やったね貴ちゃん‼︎足が伸びるよ!
「この映画、主演パール・スリーだったっけ」
「おう、あの人の演技凄い良いよな〜」
「あ〜、わかるわかる。あの無意味に『アチャ』を言いまくるところとか最高だよな!」
そんな無意味で意味のない会話を映画が開始するまでしゃべり続ける。
そして、ビーという音と共に映画が流れ出す。
*
端的にいうと……その…………面白く無かった。
「えっ⁉︎何あの主演、セリフが9割アチャーじゃん」
ほとんどの人がそう思っていたことだろう。
貴久も例に漏れず、映画も見るわけでもなく、何故かこんな映画に夢中になっている輝に話しかけるでもなく、アチャーの回数を数えるのにも飽きて、ただボーーっとしていた。
プール・スリーが敵のアジトに乗り込んで、全ての敵を、なぎ倒し、決め台詞の「アチャー」を言ったところで、貴久の頭にふと邪な考えがよぎった。
――思いっきり蹴ったら、通路の向こう側の席までとどくんじゃね、と。
もちろん、いけないことだとは分かっている。
映画館ではどんなに足が長くとも前の席を蹴ってはいけないのだ。
ーーしかし、通路を挟んでいるし、厳密には前の席では無いのではないか。
そんな謎論を展開し、自分自身を納得させる貴久。
そうして、その論で納得したのか、貴久は徐々に足を曲げていく。
初めはカタツムリが如くゆっくり、ゆっくりと、
だんだんと、スピードが上がりスッと、膝が胸の前までやってかる。
それをさらに、弦を引くように徐々に徐々に足を引きつけ……
「ヒュン」
という風切り音と共に足を前に出し
前の席を蹴ると……………………
足が痛かった。
お読み頂きありがとうございます。
少しでも面白いと感じて頂きましたら、
評価感想よろしくお願いしますm(_ _)m
あ、前の席には監視のヒトしか居なかったのでケガ人は出ませんでしたよ! d( ̄  ̄)
※監視のヒトは特別な訓練を受けています。
絶対に真似しないでください。