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変身願望  作者: 小麦
願いを叶える幼女
3/29

人気者

 ここはとある中学の音楽室。そこに4人の女子生徒がいた。

「あのさぁ、やる気あるわけ? 何回おんなじことさせる気よ?」

「あんた、筋金入りの音痴ね……」

「合唱コンクールまで日がないのよ、しっかりしてよ!」

「ご、ごめん……」

 そのうちの3人が、一方的に1人の女子生徒を責め立てていた。責め立てられている女子は申し訳なさそうに謝るばかりだ。

「あんた、何であたしがあんたにこうやって歌の練習教えてるか分かってんでしょ? あんたの歌がヘタで、クラスに支障が出るからこうやって毎日わざわざ放課後残ってあげてるのよ! いい加減にしてよね全く……」

「うん……」

「もういいわ、あたしたち疲れたから今日は帰るわね。ピアノとかラジカセとかちゃんと片付けといてよね」

 三人組の女の子はそう一方的に言い捨てて出て行ってしまった。

「うっ……」

 一人残された女の子は悔し涙をこらえながら片付けを始めた。



「終わった、帰ろ……」

 片付けを終えた女の子は黒い鞄を持って音楽室を出た。もうこれはいつものことなので気にしなくなった。

「どうしてこんなことになっちゃったのかな……」

 ため息をつく女の子。彼女の名前は音無舞おとなしまいという。実は彼女、そこまで歌がヘタという訳ではないのだ。では、どうしてこんなことになったのかと言えば、それは少し前の出来事に遡る。

「これのせいだよね……」

 音無はウサギ型のマスコットを取り出す。きっかけは些細なことだった。彼女はとあるマスコットキャラが好きで集めていたのだが、それの新商品を発売日当日に入手し、つい学校に持ってきてしまったところ、クラスの中にいたリーダー格の女の子に目をつけられてしまった、という訳だ。ついてなかったと思うべきなのか、高校に持ってきた自分を悪いと考えるべきなのか……。ところが、数日後にはそいつらが噂でも流したのかクラス中にあることないこと広まってしまい、彼女と口をきいてくれるクラスメイトは一人もいなくなってしまった。これだけで済めばよかったのだが、さらに教科書に死ね、などの落書きまでもが書かれるようになった。まだ親にはばれていないが、おそらく時間の問題だろう。

「どうしたらいいんだろう……?」

「おねーさん、こんにちは!」

「ひっ!」

 音無がそんなことを思い出していたその時、目の前にいつの間にかいた小学生くらいの女の子に突然声をかけられた。黒いコートに白いワンピース姿の少女だったが、いつからいたのか全く気付かなかった。

「おねーさん、何か困ってるんですよね?」

「どうしたの? ダメだよ小さな子がこんなところに入っちゃ……」

 冷静さを取り戻した音無はなだめるように言って早く校舎の外に出そうとする。

「私のことはどうでもいいんです。おねーさん、困ってるんですよね?」

「え、う、うん、まあ……」

 しかし女の子の剣幕があまりにすごかったので、思わず彼女の質問に答えてしまう音無。押しに弱いタイプのようだ。

「じゃあ、これあげますね。困ったらここに連絡ください」

 小学生くらいの女の子はニコッと笑うと名刺を渡してきた。そこには電話番号と一緒にこう書かれていた。

(あなたの変身願望を現実に 淡口美月)

「何、これ……? ねえ、これ何……」

 音無が聞こうとしたときには、すでに彼女の姿はなかった。



「変身願望、かぁ……」

 音無は家に帰ると考え始めた。私は、何かに変身したいのだろうか、と。あるのか、と聞かれれば実はない訳ではない。それは、彼女自身諦めていたことであった。

「……もしなれるなら、私はクラスの人気者になりたい。あいつらが私をバカにできないくらいのクラスの中心人物に」

 彼女は元々目立つタイプの人間ではなかった。どちらかと言えば地味に温厚にを目指してきたかなりおとなしいタイプの人間だった。だからこそ、今までは特に大きな争いごとに巻き込まれることもなく、平穏な日々を過ごしてこられた。だが彼女は今回、たった一度の大きなミスを犯した。それが原因で彼女の人生の歯車は今狂い始めている。その人生を元に戻すとしたら、今しかない。

「嘘なら嘘で、また考えればいい。あんな女の子の言うことを信じるなんてどうかしてるのかもしれない。でも、やらないで後悔するならやって後悔した方がいい!」

 音無は覚悟を決めると、床についた。



 次の日の放課後、放課後の特訓(という名のいじめ)を乗り越えた音無は近所の公園の中にある公衆電話を使って、名刺の裏にある電話番号に電話をかけた。

「もしもし、淡口美月ちゃん?」

「……あ、おねーさん! 何か変身したいもの見つかったんですか?」

 電話の向こうの声は嬉々としていた。音無は聞く。

「うん、ところで聞きたいんだけど、本当に何でもなれるの?」

「ええ、それはもう。空気中の塵から人工衛星までそれは幅広く! まあ、長話もあれなので、今からそっちに向かいますね」

 そう言うとガチャッと電話を切ってしまう女の子。

「あ、ちょ、場所分からないんじゃ……」

 音無はもう一度かけてみようかと考えるが、電話代を考えてやめた。そもそもさっきの電話にも10円かかっているのだ。あまり無駄な出資はできるなら避けたい。そう思いながら電話ボックスを出ると、

「こんにちは!」

「ヒィッ! ……な、何で……?」

 その目の前には先ほどまで通話していた女の子の姿があった。

「私には不思議な力があるのですよ。それはそれはすごーい恐ろしい力がね」

「そ、そうなんだ……」

 もうこのくらいのことでいまさら驚いてもいられないので適当に流す。そもそも最初に会った時もこの子はいきなり中学の校舎の中にいたのだ。

「で、おねーさんはいったい何になりたいの?」

 女の子がそう聞いてきたので、音無は昨日の考えを話す。

「クラスの人気者、ですか。うん、それなら大丈夫です。では、いきますね?」

「う、うん」

 そう言うと、女の子は人差し指を立て、叫んだ。

「せーのっ、えいっ!」

 すると音無の体が光り輝いた。が、10秒ほどたつとその光も消えた。

「……これで本当に大丈夫なの?」

 さすがに心配になった音無は女の子に聞くが、

「ええ、もちのろんですよ! では、私の役目は終わりましたので失礼しますね。あなたにいい人生が訪れることを祈っています」

 そう言った女の子はその場から姿を消した。

「……いったいあの子は何だったんだろう?」

 今となっては全てが夢だったような気もするが、とりあえず音無は夕日が沈みかかる街路樹の帰り道を急ぐことにした。



 だが、次の日音無は衝撃の事態に遭遇することとなった。

「舞、明日カラオケ行くんだけど一緒に来ない?」

「えー、あたし今日舞を買い物に誘おうと思ってたのに」

「違うよ舞はあたしたちとゲーセンでプリクラ撮りに行くのよ!」

 誰もかれもが舞に寄ってたかってくるのである。昨日まではあれだけみんな無視を決め込んでいたというのに。しかも、昨日まで彼女をいじめていたリーダー格の女の子でさえ、

「あのさ舞、あたしに勉強教えてほしいんだけど……」

と言う始末である。

(これは……すごいな)

 とりあえず対応に追われる舞。嬉しい悲鳴と言うやつだった。



 その後も音無にはちやほやされる日々が続いた。下駄箱には毎日数十通のラブレターが入っていたり、先生からの信頼も絶大で、いつしか彼女の顔を知らない生徒はこの中学にはいない、というほどにまでなってきた。そんなある日、音無は家についてふと昔のことを思い出した。それはあの3人の彼女をいじめてきた女子達であった。仲良くはしているが、もともとあいつらのせいで私はいじめられたのだ、と考えるといたたまれなくなった。そもそも彼女たちにはたくさんの仲間がいた。だから、音無はいろんな人にいじめられたわけだし、クラス中その圧力に逆らえなくなった。

「……あいつらだけは、あいつらだけは絶対に許さない!」

 そうだ、だが今の彼女には不動の人気がある。おそらくどんなことでもできるだろう。粛清と言う名目だけで多少の刑罰なら許されるかもしれない。

「計画実行は明日。作戦はメールで。実行期間は前のいじめが一週間だったから、二週間」

 彼女は立てた計画をあの3人に伝わらないようにクラス全員にメールで伝えると、眠りについた。



 次の日から始まったのは、想像を絶するようないじめであった。

「何、これ……」

 リーダー格の女も含めた3人は絶句する。彼女がまず教室に入るとドアに挟まっていた黒板消しが落ちてくる。頭に付いたチョークの粉を水道で洗いに行こうとすると、そこに顔を突っ込まれる。階段を歩いているとスカートめくりをされ、トイレにいれば閉じ込められて出られない。体育の授業ではわざと足をかけられたりズボンを下げられ、教科書や机には落書き。さらに体育館の裏に呼び出しての暴力行為。髪の毛を引っ張られたり、殴る蹴るの暴行もしばしばだった。

「どうして、どうしてこんなことするのよ!」

 しかし、彼女たちの言葉に答える者は誰もいない。ボロボロの彼女たちはその場からしばらく動けなかった。



 次の日、3人は学校を休んだ。しかし、これも想定済みである。音無は放課後に何人か仲の良い子たちを彼女たちの家に向かわせ、さらなるいじめを彼女たちにし始めた。仲良さそうに装うと、家の中に入り込んだ彼女たちは3人の部屋を荒らすのである。下着や洋服を引き裂き、本は破り捨てる。叫ぼうにもこれを両親にいったらもっとひどいいじめになるよ? と脅す。彼女たちは結局何もできないまま呆然と見ているしかなかった。



 そんなことが一週間続いたある日のことだった。

「みなさんに話さなければならないことがあります」

 担任教師の一言が重々しい。音無はどうしたものかと教師の顔色をうかがう。あの3人は今日も休んでいて、今日は何をしようか、と考えていた矢先のことだった。すると、その口から発せられたのは衝撃の一言だった。

「昨晩未明、うちのクラスの女子3人が、公園で首をつった状態で発見されました。発見が早かったので、まだ大事には至っていませんが、かなり危険な状態です」

 その瞬間、音無は気付いた。ただの復讐のつもりでやっていた軽いいじめが、実は彼女たちを自殺に追い込むほど追いつめていたことに。

「どうやらうちのクラスでいじめのようなものがあったらしいと遺書のつもりで書いた文章にあったのですが、心当たりのある方は正直に名乗り出てください。誰がやったのかは分かりませんが、あなたたちのしたことで尊い3つの命が奪われたかもしれないことを忘れないように。では、今日のホームルームを始めます」

 その瞬間、音無の中で何かが壊れる音がした。



 その日はその後も警察が来たり、緊急全校集会が開かれたり、と言ったように学校中が大騒ぎだった。だが、音無にとってそんなことは些細な問題だ。彼女の頭の中には、自分のせいで彼女たちを追い詰めてしまった、と言うその罪悪感だけが残っていた。

「は、ははは、あははははははは!」

 さまざまな取り調べ(イベント)を受け、公園に着いた彼女は狂ったように笑う。もう戻れない。直に警察が首謀者を突き止め、音無は書類送検されてもおかしくないだろう。

「あははははははは!」

 音無は周りを見渡す。そこにあったのは木だった。幸いロープも学校からこっそり持ち出したものが手元にある。彼女は器用にロープをくくりつけると、そこに首をくぐらせ、宙に浮かんだ。



「皆さんに残念なお知らせがあります」

 次の日、教師は昨日よりも重苦しい口調で言う。

「我が校の模範とも言えるほどの優等生であり、全校生徒からも絶大な支持のあった音無舞さんが、公園で首をつっているのが発見されました。すでに発見された時には息はなく、助からなかったそうです。警察では原因を究明しているとのことですが、依然としてなぜ彼女が首を吊ったのかは明らかになっていません」

 クラス中の空気が重い。自殺騒動の後に本物の自殺が起きてしまったのだ。むしろこうならない方がおかしい。

「では、本日のホームルームを始めます。本日は警察の事情聴取が各クラスの授業時間を使って行われ……」

 その様子を悟りながらも、立場上しなければならない話を淡々とする教師。しかし、教師も何となく何がこのクラスで起きていたのか、うすうす感づいていた。おそらく、それはクラス中のこの重々しいながらもどこか他人事ではないような、そんな異様な空気とも一致しているのだろう、と思いながら。

 おっと、今回は悲しい結末を迎えてしまいましたね……。人気を得たからと言って、何をしても許される、というわけではないのです。彼女の変身願望も、使い方さえ間違わなければきっと素晴らしいものになっていたでしょうに……。ですが、これも一つのケースなのです。もしあなたが道を踏み外したくないと思うのなら、変身した後の今後の自分についても良く考えておくことが大切ですよ。それでもあなたが何かに変身したい、と思ったときは、いつでも声をかけて下さいね。それでは、また会う日まで。

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