第5話 白色の粥
「よう、どうだ調子は」
「見ての通りだよ」
「んーー!んん゛ーー!」
「ふむ、元気で何よりだ」
俺が水を持って戻ってきたところ、女はネメに拘束魔法で拘束されていた。
「なにが元気だ。まったく」
ネメが拘束魔法を解いた瞬間、女は素早くサイドテーブルの、果物に添えられたナイフを手に取った。
そしてその切先を自分の喉に向けたところで、俺は女の手を抑え込んだ。
「やめろ、見苦しい」
「離して!」
「離したら死ぬだろう」
「死なせて!」
「……却下だ。俺の目的に反する」
「目的?何をする気よ」
こうしている間にも、女は決して力を緩めなかった。
だが、まだ身体の使い方も思い出していないような女だ。俺がひょいと力を込めれば、すぐにナイフを奪い取れた。
「お前には実験台になってもらう」
「実験台……?」
「詳しく言ってしまうと実験にならない。だが一つ、約束しよう」
「……」
「何でも望め。望んだものを与えてやろう」
「じゃあ殺して。死なせて」
「だから却下だ」
「なんでよ。望めばいいんでしょ」
「死だけはお前に与えない。殺させもしない」
「訳が分からない」
「それでいい。さあ、何を望む?」
「……」
迷いか葛藤か、女が黙っていると、ぐぅと小さく音が鳴った。
「なんだ、身体は正直だな」
「カイン、言い方には気をつけ給えよ」
「本当のことだろう」
そういって俺は踵を返す。
「どこに行くのよ」
「なに、まずは腹ごしらえからだ」
俺はそういって、台所まで再び階段を舞い降りたのだった。
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台所に立った俺は冷蔵庫の中身を見ながら献立を考える。
病み上がりみたいなもんだ。栄養のあるもので、脂は控えめがいいだろう。それでいて空腹に効くものといえば……粥だな。
この世界には米がある。しかもジャポニカ米、日本人の口に合う美味しいお米だ。
まあ南方の商人経由でしか通常は手にはいらず、その値段もあって民衆に定着はしていない。
俺?もちろん南方の商人に言いつけて定期的に卸させている。金なら無駄にあるし、自力で輸入できなくもないが、手間だからだ。
チート能力で創り出そうと思えば創れるが、別に必要ないと感じたものはだいたい金で解決するようにしている。金自体も創り出せるが、多用していては金の価値が下がるからやらない。何事も程度ってのが大事なんだ。
「っと、炊けたか」
土鍋で炊けた米を確認する。よし、今回も上手く炊けてるな。
鍋に移し、適当な具材と共に煮込む。
適当な具材ってのが知りたい?
まずは仙人キノコ、コカトリスの卵、伝説ネギ、荒海マグロ、あとはチートで生み出したうま味調味料を少々ってとこだ。
少々具だくさんになってしまったが、内臓の調子は問題ないらしいので大丈夫ということにする。
「よし、できたぞ」
3食分をトレーに乗せて、2階へと舞い戻る。
「おい、できたぞ〜」
「……っ!」
「やれやれ、助けてくれよ」
目の届かぬうちにまた何かあったようである。ネメが拘束魔法で女を再び縛り付けていた。
「恐ろしいね、抵抗の術をもう掴んできている」
「ネメの魔法に抵抗?」
魔法への抵抗は、少なくとも3倍の魔力量と、その繊細なコントロールが必要とされている。
「誰かさんが魔力量をいじったせいだね」
「ハハハ、オナカスイタナー、メシタベヨウ」
俺は女に近づき、拘束魔法を解くようにネメに言う。
キッと睨んできた女に俺は手を掲げる。
するとビクリと体を震わせ、身体を手で抱えて防御するかのような姿勢を見せた。
おそらく今まで受けてきた仕打ちがそうさせるのだろう。
「わかっているようだな」
「……『命令』でもなんでもすればいいじゃない」
『命令』。これは奴隷にとって特別な意味を持つ。この『命令』に反すると、奴隷は四肢を砕かれたかのような痛みによって罰を与えられる。もっとも、その痛みだけが罰になることは稀だろうが。
「俺は命令しない」
「なっ……どういうこと」
「俺は命令しないし、お前に何も求めない」
この実験の肝となる部分だ。彼女は彼女の意思で欲さなければ意味がない。
「逆にお前は俺に求めろ。何でも欲せ。それが俺の唯一の『願い』だ」
俺は手を下ろして、粥の乗ったトレーを女の前に置いた。
「まずは食え。腹が減っては何とやらだ」
「……」
女はしばらく黙り込んだあと、スプーンで粥をすくって、口に運んだ。
「……っ!」
すぐにもう一口、さらにもう一口と食べ進めていく。どうやら口にあったようだった。
「ネメ、お前の分だ」
「ああ、ありがとう」
ベッドから少し離れたテーブルで、俺とネメも飯にする。ふむ、絶妙な味付けがうまくいったな。これなら久々の食事でも悪い思いはしないはずだ。
「やはり前々から思っていたんだが、君の料理、味が薄くないかい?」
「薄い?そんなことないと思うが。物足りなかったか?」
「いや、違うんだ。薄味なんだが、こう不足している感じではない。不思議な感覚なんだよ」
「なんだそりゃ」
「へんな調味料とか入れてないかい?魔法薬のような」
「ははっ、それでいうなら確かに、魔法のスパイスは使ってるな」
うま味調味料は料理界のゲームチェンジャーとなりえる存在だ。
しかし俺の知識が浅く、この世界の素材で創り出すことが叶わなかったため、市井に流通させていない。
まあそもそも、この国の料理は素材に濃い味のソースを漬けて食べるスタイルだ。うま味調味料が活躍するような出汁文化でもないから、そこらへんでも必要性は感じていない。
カラン
そうこう考えていると、スプーンを置いた音が聞こえた。
「……食べ終わったか」
女はトレーにスプーンを置いて入るものの、名残惜しそうに器を眺めていた。
「どうした。食い足りなかったか?」
「……」
何か心の中で葛藤しているようだった。
まったく、まだ一押ししてやらないといけないのか。手のかかる奴隷だ。
「望め、と言っただろう。些細なことからでいい」
「……りを」
「なんだ?」
「おかわりを……ください」
女は、自らの意思で、自らの空腹を訴えた。
「あいよ」
俺はにやける顔を抑えきれぬまま、台所へと飛び降りたのだった。




