16話 一穂と由夏
遅くなりました。後編です
「はぁ、はぁ……いやったああああ!」
試合が終了した瞬間、ガッツポーズとともに、由夏が叫んだ。
「はぁ……由夏さん、ヤバい……。いい試合でした」
「こちらこそ。いい試合だったよ。ほんと、心春ちゃんとやるといい試合ができるね」
どちらかが一点リードすればすぐ取返して同点に。それを続けて、デュースまで持ち込んでかろうじて由夏が勝利した。
「あ、宮野さん! 勝てたよ!」
イチャイチャしながらも試合を観戦していた佑月に気づき、満面の笑みでピースサインを送る。
「おめでとう、由夏ちゃん」
「負けた妹も忘れないでよ~」
「心春も満足そうじゃん」
「そりゃそうだよ。あれだけ熱い試合したんだからね」
負けた心春も、成し遂げた、満足げな表情をしている。
「二人って中学の時全国で戦ったんだっけ?」
「うん。しかも決勝。いやー、再戦するためだけに高校入ってもテニス続けてよかった」
「私も。今回は勝てなかったけど後輩に教えながら練習続けてたかいがあった。でもなんだろ、再戦して燃え尽きちゃったな……」
「あー、わかる。私も。しかも心春ちゃんに勝って完全に目標達成しちゃったから……」
由夏も心春も、今の試合で完全に燃え尽きて二人してモチベーションを失っている。
「心春ちゃんは高校行ってもテニス続けるの?」
「続けようかとも思ったけど、文芸部にも興味あって……」
「文芸部かー。結構オタクの集まりって感じだけど、そういうのもいけるの?」
「かず兄がアニメとか好きでその影響でちょっとくらいなら。最近ラノベなんかもちょっと興味ありますし」
「じゃあもし心春ちゃんが文芸部に行ったら、その時は私も別の部に行こうかなー」
「え、由夏さんテニス辞めちゃうんですか?」
「まあぶっちゃけその時の気分次第だけど、今はもうって感じかな」
やめるきっかけが自分だとわかっているからこそなのか、心春の表情が少し曇った。
「まあ趣味としては続けると思うし、その時は相手してよ」
「もちろんですよ!」
由夏との試合がよっぽど楽しかったようで、またやろうと言われたとたんすぐ心春の顔には笑顔が戻った。
「楽しかった?」
「そりゃそもちろん! いい試合できたし、久々にガチな試合できたし。さーて、ちょっと休んで次行ってみよ!」
「心春ちゃんもう行くの?」
「はい。ほかに見たいところもあるので」
「そっか。じゃあまたね。あ、LINE交換しとこうよ」
「いいですね! ……って今スマホないんでした」
「あー、じゃあ七宮くんに言っておくから、アカウント教えてもらって」
「了解です! じゃあまた!」
「うん、またね」
LINE交換の約束まで取り付け、心春はテニスコートを後にした。
その後吹奏楽部、バスケ部、ゲーム部など周り、心春たちは星女の放課後を堪能して家に帰った。
「だはーっ」
「うへぇ」
帰宅早々、二人は制服を脱いで部屋着に着替える間もなく佑月の部屋のベッドに倒れこんだ。
『かず兄夕飯お願いします。あと出来たら起こしてください。疲れました』
心春は佑月を抱きながら一穂にLINEを送り、そのまますぐ眠りについた。
起こしに来た一穂に下着姿を見られてしまう事に気づかないまま——
「二人とも、ご飯できたぞー……」
そういいながら扉を開けた一穂は、二人が起きたのを確認する前にそっと扉を閉じた。
(やっべえええ……二人ともなんで下着なんだよ。てか二人とも意外と可愛い下着だし)
いくら幼馴染とはいえ佑月も心春もしっかりと育っていて、特に佑月は胸もそこそこ発育している。
心春も慎ましい胸とはいえ全体的に整っており、妙に色っぽく見えてしまう。そもそも現役男子高校生で、彼女ができたことすらない一穂にとっては十分刺激的な光景だ。
特に二人は普段から下着は可愛いものをとこだわっているので、男として反応するには十分。
(佑月、意外と胸あるんだよな……。いやいや、今はダメだ。心を無にするんだ)
「二人とも、ご飯できたぞ。ほら、起きろー」
口で言っただけでは起きる気配がないので、恐る恐る近づき、そっと肩を揺らす。
(ほっ、心春ちゃん貧乳でよかった……)
この状況の一穂にとって、肩を揺らしたところで体に揺れるものがついていないのが唯一の救いだ。
「むにゃ……んうっ……」
心春はまだ起きたくないというかのように少し色っぽい声を漏らしながら、佑月を強く抱きしめる。
「襲っちゃうぞー、なんて……(さすがにこの二人の寝込みを襲ったりはしないけど、さすがに理性がな……)」
「うあ、心春、苦しい…………ぁ、一穂……」
心春に強く抱きしめられて息苦しくなった佑月がようやく目を覚ました。が、目を開くと一穂がいる。
「おはよう、佑月。じゃああとは心春ちゃんも起こしててくれ!」
「あっ、うぅ……馬鹿! 死ね!」
下着のまま心春に抱き枕にされている姿を見られ、あまりの恥ずかしさに、佑月は一穂の顔面目掛けて枕を思いっきり投げた。
「なんで、なんでぇ……」
「お兄うるさ、い……」
佑月の声で、心春もようやく目を覚ました。そして、例によって目に映るのは一緒に寝ていた佑月と一穂。
「かず兄」
「はい」
「まあご飯作ってくれたし、今日は許してあげるけど……次は殺す」
「はい!」
佑月の枕と心春の許しを得た一穂は、急いで部屋から離れる。
(あぁ、私ホントバカ。起こしに来てっていったんだから服着て寝たらよかった……。私のせいでお兄まで見られちゃったし……)
自分のせいだと自覚している心春は頭を抱える。
「お兄、ごめん」
「いや、気にしないで……」
気まずい空気の中、二人は各々の部屋で着替えてリビングに降りる。
この日の夕食は、いつになく気まずい空気だったという。
※ ※ ※
「かーずほー遊びに行こー」
翌日、放課後に暇を持て余した佑月がベランダ経由で一穂を呼んだ。
宮野家と七宮家の家は隣接しており、二階にある佑月の部屋から同じく二階にある一穂の部屋に移動ができる。そのため、遊びたいときはそこから行き来してやり取りするのが二人の日常だ。
「行くって、どっか遊ぶ場所あったか? それに夕飯は?」
「心春も行くから食べて帰る。場所は——まあ適当にふらふらしようよ」
「散歩かー。いいけど、珍しいな」
「いやー、心春も勉強が区切りいいとこだから気分転換したいって言ってるし、私も久々にふらふらしたいなーって思ってさ」
「あーね。んじゃ、着替えて改めてそっち行くわ」
「40秒で支度しな!」
いうことを言ったら、佑月は再びベランダ経由で部屋に戻り、心春に「一穂行くって」と伝え、スマホと財布だけを入れたショルダーバッグを持つ。
「心春、準備いい?」
「おっけー、いけるよ。あ、スマホの充電……はいいや」
「モバイルバッテリーあるし大丈夫」
「さすがお兄、準備良いね」
「心春がいつも充電足りないって嘆いてるから」
「いやーお恥ずかしい」
「スマホ使うのもほどほどにね。っと、そろそろ出ようか」
一穂もそろそろ来る頃だろうと、佑月たちは靴を履いて家を出る。
「タイミング完璧じゃん」
「一穂って基本トイレ行って同じパターンの服着るだけだからこんくらいかなーってわかるよ」
「すげぇな」
「何年一緒だと思ってんの。そんなこと良いから、早く行こうよ」
「だな」
日が沈んできた頃、心春と佑月で一穂を挟むようにして散歩に出る。
この三人で特に目的もない散歩をするのは小学生以来だ。
あの頃は心春が真ん中で二人と手をつなぎながら歩いていた。それが、今では美少女に挟まれるイケメンという構図だ。
「懐かしいね。こうやって歩くの」
「確かあの頃は佑月が嫌なこと思い出した時に行ってたんだよな」
「あったねーそんなことも。あの頃のお兄はあんなよわよわだったのに、立派に成長して可愛くなって……」
「あんなに背が高かったのに、今じゃ撫でやすいコンパクトサイズだもんな」
一穂がからかうように佑月の頭をなでると、いつものようにムスッとしながら「なーでーるーなー」とその手を振り払う。
「心春ちゃんは素直に撫でさせてくれるのに……」
「いや、さすがに今はさせないからね?」
「反抗期か! お兄ちゃんへこんじゃう」
心春も佑月も思春期女子。彼氏というわけでもないのに頭を撫でられれば恥ずかしいものだ。
ただ、二人とも撫でられれば拒否するものの、その時の顔は案外まんざらでもなさそうだったりもする。特に佑月は。
「そういえば佑月、柏木さんによく撫でられてるんだって?」
「んー、まあ、割と?」
「はぁいいなぁ。俺なんてまだ全然進展ないのに……」
自分で話題を振りながら、全く進展しない関係に項垂れる一穂。
佑月からすれば「はよ付き合え」という感じではあるのだが、お互い片思い(のつもり)なので、躊躇ってしまってなかなか関係が進展しない。
「かず兄、なんで告らないの?」
「だってその、フラれたらあれだし、恥ずかしいし……」
「あれだけ女の子と遊んでおいて今更恥ずかしいの⁉」
「告られるの待ってたらそのうち心変わりされるかもね」
「えっ、それはやだな……」
「じゃあさっさと勇気出して——」
適当に歩いていると、部活を早退した由夏と見事に鉢合わせした。ただ、由夏は佑月たちに気付いてはいるものの、手を振る元気もないほど酷く疲れた様子で、時々止まっては息を整えながらゆっくりと歩いている。
「タイミングが良いやら悪いやら……」
一穂としては不意に会えたのだからうれしいところだが、明らかに体調が悪そうな彼女を見て、どうすればいいかわからず声を掛けることすらできていない。
「あ、私ちょっと疲れたからあっちのほうで休むね。頑張れ一穂!」
「私も以下略~」
「あ、ちょっと!」
二人から同時に恋愛相談を受けていてそろそろうっとおしいと思っていた佑月は、いい機会だと思い一穂を置いて心春とその場から離れた。
「お兄、よかったの?」
「無理にでもくっつけないとあいつは告白なんてしないだろうから」
「それもそっか」
「にしても、まさかあの二人とはねー。なんか悔しい」
「お兄、由夏さんと仲いいもんね」
「まあ女友達としてだけど、でもなんか複雑……」
あくまでも少しお姉さんっぽい女友達として認識してはいるものの、もとは男の佑月としては仲のいい、いつもよくしてくれる女子が幼馴染と付き合うのは複雑だ。
別にただの友達ならいいが、普段から同性の距離感で、それこそ男女ならカップル化のような距離感だ。しかし、それが心地よかった佑月にとってはこれから距離を置いたほうがいいとか、逆に由夏に配慮して一穂とも一緒にいすぎないほうがいいとか、いろんな悩みの種になってしまってもいる。故に、祝福しきれない。
「面倒な立場になっちゃったね、お兄」
「ほんと、最悪な立場だよ。でもさっさと付き合ってほしいとは思うんだよねー」
「優しいね、お兄は」
「はぁ……。よし、うん、おいしいもの食べて忘れよ!」
「だね。どこ行く?」
「いつものラーメン屋一択!」
「好きだねー」
若干沈んだ気持ちを上げようと、佑月たちはよく行くラーメン屋に足を運ぶことにした。
一方一穂のことや学校のことをひとまず忘れて気分転換しようとラーメン屋に向かう佑月たちに背中を押され、今にも倒れそうな由夏に肩を貸して、家まで送っている最中だった。
「ごめんね、七宮くん……」
「いや、気にすんな。てか歩くのがしんどいようならおぶろうか?」
「うん、お願い……」
もはや自分で歩く体力もなく、恥ずかしがることすらなく一穂の大きな背中に体を預ける。
(胸当たってる……)
一穂の背中に、Eカップの大きな胸が押し当てられる。
背負っている女の子の胸が背中に——なんて、理想的な状況ではあるが、それどころではない。
「ごめんね、七宮くん。せっかく宮野さんと一緒にいたのに……」
「…………こうしたくてしてるだけだし、気にすんな」
なんと答えるべきか少し迷った末、そう答える。
「七宮くん……」
熱があるのか照れているのか、はたまたその両方か。由夏の顔は熱くなる。
「七宮くんの背中、おっきいね……」
少しの沈黙が続き、それに耐えられなかった由夏がなんとかして一穂と話そうとそんな話題を振る。
少し頭がぼーっとしているからこそ、今ならこんなことだって言えてしまう。
「そ、そうか……?(なんで平気でそんなこと言えるんだよ恥ずかしすぎるだろ! 今変な顔なってないよな? はぁ、ほんとズルすぎだろ……)」
「うん。なんか、落ち着く」
「そっか。それなら、よかった。家まで寝てもいいんだぞ?」
「……うん」
由夏をおぶってから、耳元で弱弱しい声を聴き続けている一穂の理性はもう蒸発寸前だ。
「ここでいい?」
「……ベッドまで」
由夏が一人暮らししているマンションの扉の前で下すか聞くと、少し甘えたような声でそう言った。
「じゃ、鍵開けてくれ」
一人暮らしの弱った女子をベッドまで運ぶ。さらに前提条件としてお互い理由は違えど理性はなくなりかけている。
押し倒すだとか、身体を拭くだとか、思春期男子の一穂がそんな想像をしてしまうのは致し方無いがそれでも手を出さないように唇をかんで必死に自分を抑え、辛うじて由夏をベッドに下す。
「なんかしてほしいことあるか?」
「着替えるから、その間にお茶持ってきてほしいな……」
「わかった」
一穂の背中にはまだ、由夏の大きな胸の感触が残っている。
あの柔らかさはどれほどの大きさなんだろう。今日はどんな下着なんだろうと気になってしまうが、必死に別のことに思考を切り替え、お茶を注ぐ。
(事故を装って……いやいや、ダメだろそんなの!)
どうしても考えてしまう自分にため息をつき、事故が起こらないよう少し待って、しっかりノックもしたうえで由夏の部屋に戻った。
『おい佑月、めっちゃしんどそうだぞ』
由夏に背を向け、一穂は佑月にLINEを送る。
『学校では元気そうだったけどね』
『お前の前じゃ見え張ってるからな、柏木さん』
『あんまりむりしてほしくはないんだけどね。行ってあげたいけど、今日は一穂に任せる。明日お見舞いに行くって伝えておいて』
『了解(`・ω・´)ゞ』
「熱、38度あった……って、七宮くん?」
「何でもない。それと、佑月が明日お見舞いに来るって言ってるけど、結構熱あるみたいだし——」
「……」
「柏木さん?」
由夏の表情から、作り笑いが消える。
「ずるい」
「え?」
「宮野さんばっかり名前で呼んでてずるい」
前々から思っていたけど言えなかったことも、今ならいえる。一穂が優しいことを知っているからこそ、思い切ってそう言ったのだ。
「……ごめん、由夏(これ、そういう雰囲気だよな……)」
「私もその、一穂くんって呼んでもいい?」
由夏はこの状況をうまく使い、一穂にアタックをかけていく。
「もちろん。むしろ、そのほうが嬉しいよ」
…………。
それから数分、薄暗い部屋は沈黙に包まれた。
その沈黙を先に破ったのは由夏だ。
「汗かいてきちゃったから、その、身体拭いてほしい……な? タオルはカバンの中に使わなかったのあるから……」
そういう由夏は、すでにパジャマのボタンを少しずつ外している。
「わ、わかったよ……」
由夏の学校用の鞄からタオルを取り出した一穂は、背中を見たり目を逸らしたりしながら背中の汗を拭っていく。
(結構引き締まってんな……)
見ないように意識しても、細いウエストやほどほどに筋肉の付いた腕、きれいなうなじにどうしても目が行ってしまう。
「きれいだな……」
「かっ、一穂くん⁉」
つい言葉に出してしまい、それを聞いた由夏は熱と羞恥心で顔をさらに赤くする。
「いや、ちがう! 違わないけど……ごめん、見惚れてた」
言い訳の余地もなく、一穂は素直に見ていたことを認めた。
「……前も、見る?」
いろいろなことが同時に起こりすぎたせいで、由夏は正常な判断ができなくなっている。
(そりゃ見たいけどこの状況を利用するのは絶対ずるい。けど、あの巨乳を……!)
(あああああ何言ってんの私! バカじゃん痴女じゃんなんでこんなこと言ってんのほんと!)
お互い、若干混乱している。
頭ではダメだとわかっていても、口からは考えてもいないことが出て来てしまう。
「ねえ、一穂くん」
「なんだ?」
「……好き」
薄暗い部屋で上半身裸。
順序が違うような気もするなと思いながらも、由夏は小さくそうつぶやく。
「俺もだよ。だからとりあえず、早く元気になってまたいつもの笑顔を見せてくれよ」
「……風邪、移したらごめんね」
恥ずかしさを押し殺し、由夏は一穂のほうを向いてそのまま押し倒した。
「んなっ、ゆ、由夏……?」
「一穂くん、好きだよ——」
(そういう流れじゃん、完全に。なら——)
ここまで来たら「ずるい」なんて言い訳せずにもうこのまま進んでしまおうと、一穂は由夏の首に手をまわし、顔を寄せる。
この日、一穂は家に帰ることはなかった。
初めてこういうシーン書きました。
実は私由夏推しなので、ちょっと寂しかったりします。




