16.ヒナノの不安なコト
それから俺らは他のアトラクションに乗って、時間を潰していった。
というか……もうすっかり俺のメンタル強化の為にここに来たってことを、俺もヒナノも完全に忘れていたと思う。別に楽しかったからいいんだけどね。
そして……現在の時刻は午後6時30分。そろそろ日が沈んできて、遊園地内の人数も少なくなってきた頃だ。
「ヒナノ。これからどうしようか?」
「えっ? えっと……それじゃあ私、あれに乗りたい、かな」
そう言ってヒナノの指さした先には、ピカピカと光を放っている観覧車が。
「ああ観覧車か。いいと思うよ……よし、それじゃあ混む前に行こうか!」
「うっ、うん!」
そして俺はあのデカい乗り物に向かって、ヒナノの手を引いて行ったんだ。
──
観覧車。乗り場は意外にもガラガラだったので、すぐに乗ることが出来た。
そして俺らはゴンドラの中に入って……向かい合って座る。
その時に、ゴンドラの扉を閉めてくれた従業員のおじさんが、俺達に向かって「行ってらっしゃい」と手を振ってくれた。
「はーい、行ってきまーす!」
「いっ、行ってきま……」
俺らも手を振り返したけど……何か赤の他人に、こうやって手を振るのって恥ずかしくならない? 俺だけ?
……そしてある程度上昇して、従業員のおじさんが見えなくなった頃に、俺らは視線をガラスの外から正面に戻した。
「……」
「ふぅ、これでやっと落ち着けるね……ん、どうしたのヒナノ?」
「……えっ、いや、何でもないよ!」
そしたらさっきとは打って変わって、俺とヒナノの立場が入れ替わったかのように俺は饒舌に、ヒナノはタジタジになってしまった。一体どうしたんだろうか。
「そう? ならいいんだけど……」
「……」
でもまぁ……こうやってヒナノとじっくり向き合って喋るのも、久しぶりかもしれない。
だからきっとヒナノは緊張か何かしているのかもしれないな。そしたら俺が会話を進めてやらないと。
「んーと、ヒナノはさ。どうして観覧車に乗りたかったんだ?」
「えっ? えっと……高い景色を見てみたかった……からかな?」
「ああ、そうなんだ」
──多分それは嘘だ。ヒナノの目が泳いでいるから……というか俺と全く目を合わせてくれないからさ。
別にわざわざ指摘なんかはしないけど。俺に対しては本心で話して欲しいなってのが、本音かな。
そしてヒナノは下の方を見つめたまま、小さな声でそう言った。
「えっと……シュン君、今日はたくさん迷惑かけちゃったよね。ホントにごめんね?」
「あはは。ヒナノ、もう今日の振り返りしちゃうのか?」
「え、えっ? そ、それって……?」
「だってまだ観覧車乗ったばかりじゃんか。1周する前に話が終わっちゃうよ?」
「あっ、そっ、そうだよね! ごめんね!」
「……」
やっぱり……何だか変な感じだよな。いつものヒナノらしくないと言うか……ちょっとフォローしてやろう。
「だからそんなに謝らないでいいんだって。ほら、いつも通りにしていいんだよ?」
「いっ。いつも通り……?」
「うん。元気いっぱいの……天真爛漫って言葉が似合うヒナノみたいにさ!」
そこまで言った俺は、てっきり元気なヒナノの声が返ってくるものだと思っていた。
でも……返ってきたのは、ほとんど聞いたことのないような、ヒナノの低い声だった。
「……そっか」
「あっ……えっ? 俺、何か変なこと言っちゃったかな」
その俺の問いには答えずに。
「……シュン君は。やっぱり元気で。とっても明るい私が好きなの?」
「え、えっ? どういう意味だよ?」
「そのまんまの意味だよ」
ヒナノの目は全く笑っていなかった……え、えっと。よく分からないけど……次に言う俺の言葉は、とても重要なものになりそうだ。
だから……この悪い感じの流れを変えるために。俺の本心を。ちゃんと伝えよう。
「えっ、えっと……俺は。俺は! どんなヒナノも! 明るいヒナノだろうが、暗いヒナノだろうが……どんなヒナノも好きだ!」
「……」
しかしヒナノは何も反応しなかった。うんまぁ、自分で言っておいてアレだけど……何かスゲェ嘘臭いな。
いや、もちろんこれは俺の本心だけど。それが響いてないってことは……きっと、そういうことなんだろうか。
「この言葉が嘘臭く見えてしまうのなら……それは俺が悪いよ」
「……」
「もしかしたら、どっか俺の深層心理では……俺が持っていない、ヒナノの明るさや元気さ、活発さを強く求めちゃっていて。ヒナノの暗い部分には、目を逸らし続けていたのかもしれないからさ」
「……」
「でも……でもね、俺は! ヒナノの全てをあっ……愛するって! 受け入れたいって心から思っているんだ! これは本当なんだよっ!」
「……」
そしたらヒナノはゆらりふらりと立ち上がって……俺に近付いて……
「ひ、ヒナノ? 危ないよ──」
「──っ。シュン君っ、シュンくんっ!!」
座っている俺を抱きしめるように。全ての体重を預けるように、俺に顔を埋めてきたんだ。
「えっ、どっ、どうしたの!?」
「わっ、わたしぃ……こわいのっ、とってもこわいの……っ!」
「こっ、怖い? えっ……」
それって高さ的な……高所恐怖症的な意味で? と続けて聞こうとしたけど……止めた。
だって……絶対違うから。ヒナノはそんな表象的に見えるようなものじゃなくて……心のどこか深く。誰にも見えないような部分を怖がっているように見えたから。
「……うん。大丈夫だ。ゆっくり……泣き止んでからでいいから」
抱きしめているような状態だったので、泣き顔は見えなかったけど。ヒナノが泣いてるのはすぐに分かった。
「いっ、いや。いまっ、言いたいの!」
「そっか。分かった」
そう言われたら、止めることは出来ないよ。
「わたし、ああやって明るくて、元気なわたしもわたしだけど……こうやって。不安になっちゃって、押しつぶされそうになっているわたしも、わたしなのっ!」
「不安って……俺が明るいヒナノだけを求めているんじゃないか、って疑ってたこと?」
「そっ、それもっ、ある!」
「も、って。それじゃあ他にもあるのか?」
「あ、あるっ!」
「……」
そうか……ヒナノは。俺を気にして。俺が明るいヒナノだけを求めていると思っていたから。相談とか、気軽に出来なかったのか。
それにもしかしたら……明るいヒナノを演じていた時だってあったのかもしれない。
それに気付いてあげられなかった俺は……彼氏失格だよ。ホントに。
…………でもまだ。それを挽回出来るチャンスがあるのなら。
「じゃあ……全部聞かせてくれよ」
「えっ」
「それを聞いて俺はヒナノのこと、絶対に嫌いになったりしないから。だから……言えることがあるのなら、言って欲しい」
俺だってヒナノの救いになりたいんだ。
「しゅ、シュンくん……わたし、あなたのそういうとっても優しいところが、だいすきなの! わたしにもったいないくらいなのっ!」
「それは。多分言い過ぎだけど。嬉しいよ」
「うん。じゃあ……今1番不安に思っていること言うね?」
「ああ」
……この時の俺はまぁまぁ覚悟していた。エグい悩みを聞かされるんじゃないかって、内心少しビビっていたのは事実だったけど……それでもしっかり受け止めようって思っていたのも事実だ。
でも……ヒナノの口から出てきたのは、拍子抜けするくらい、とっても簡単で。今すぐにでも解決するようなものだったんだ。
「……今日。シュン君から1度も、可愛いって言ってもらってないの」
「……………………えっ?」




