21.やってしまった後悔
ヒナノは俺達の声援に気が付いたみたいで、こっちの方を向いた……明らかに驚いている。そして何か言いたそうにしていた。
……だけど。もうレースは始まってしまう。ヒナノはその戸惑った表情のまま、スタートの姿勢を取るのだった。
そして…………静寂の後に号砲が。
パァン。
それと同時に選手はスタートする。しかし出遅れる人物が1人。
────ヒナノだ。
「ああっ! ヒナヒナ!!」
「ヒナノッ!!」
そこからヒナノは何とか追い上げを見せ、数人を抜かしてみせたが……上位にはくい込むことが出来なかった。
「うあー。惜しかったねぇー!」
「……」
……全てが終わった後。俺は自分のしてしまったことの大きさに気付いてしまった。
俺は……ヒナノの邪魔をしてしまった。これは紛れもない事実だ。
スタートさえ。上手く出来ていれば、ヒナノが上位に入るのは確実だったというのに。
何が……後悔しない方だ。やらない後悔もあるだろうけど……やってしまった後悔だって、同じように存在しているんだよ。
俺は……俺はっ……!!
「……シュン君。大丈夫だ、君はするべきことを、ちゃんとやってくれたんだ。気負う必要はない」
俺の落ち込んだ表情を見たのか、ヒナノパピーはそう言ってくれた……だけど。俺はその言葉を素直に受け止めきれなかったんだ。
「でもっ……! 俺のせいでヒナノが!」
そしたらヒナノパピーは困ったように。
「それなら……もうここまで言うよ。悪いのは、応援したくらいで動揺してしまった、陽菜乃の方だ」
そう言った。
「……ッ!?」
おい。幾らヒナノの……親父だからって。それは絶対に言っちゃ駄目な言葉だろ……!?
「違います! 彼女は俺らさえいなければ! 絶対に良い結果を残せたはずなんです!」
「それなら陽菜乃は……君に。良い結果を出したいとでも言っていたのかい?」
「そっ、それは……でも! 大会なら、良い記録を残したいと思うのが当然じゃないですか!」
「……シュン君。もう少し視野を広くするんだ。記録だけが全てじゃない」
「……は?」
何を……言っているんだ? そんなくだらない綺麗事……俺は聞き飽きているんだ。
────あまり勝負の世界を舐めないでくれ。
「シュン君、心美ちゃん……それにパパも!?」
そして背後から聞きなれた声がした。振り向くと、ユニフォーム姿のままのヒナノが、この観客席まで来ていたのだ。
「ヒナノッ! どうしてここに!?」
「こっ、こっちのセリフだよ! 私は昼からで良いって言ってたのに……!」
ヒナノはまだ落ち着いていないみたいだ……それも無理もない、あんなに全力で走った後なんだ。
とにかく俺が言うべきことは……!
「それよりヒナノ! 俺らのせいでスタートをミスったよね……! 謝って許されることじゃないのは承知の上だけど……本当にごめん!!」
俺は深く深く、頭を下げた。
「えっ、そんな謝らないでよ! 失敗したのは私が下手だったからで……!」
……違う。お前までそんなことを言うな。
そんな上辺だけの、嫌われたくないのが透けて見えるような言葉じゃなくて。もっと本音を。罵声を。俺にぶつけてくれよっ……!!
「ヒナノ……俺はそんな言葉は聞きたくない! お前の本心を言ってくれよ! お願いだから……俺のせいだって言ってくれよっ!!」
「…………」
何も言わなくなったヒナノの代わりに答えたのは……高円寺だった。
「……はぁー。あーあ、あいのーんってそんなにマゾヒストだったっけ? ホント気持ち悪いよ?」
「……あぁ?」
「どんだけ自分のせいにしたいの? ヒナヒナにはごめんだけど……あれはヒナヒナのミスだよ?」
「お前……! お前だって加害者側なんだぞ……!?」
「ウチはただ一生懸命応援しただけ。悪いことした自覚は全くないよ」
「お前ッ……!?」
「やめてっ!!!!」
会話に……いや。喧嘩に割り込んだのはヒナノだった。それも……聞いたことのないような悲痛な叫び声だった……そして。
「もう…………やめてよ。どうして2人が争っているの……? 私は……私は……!!」
そこまで言ってヒナノは……耐えきれなくなったのか、この場から走り去って行った。
「陽菜乃! 待て!」
ヒナノの親父はすかさず追いかける。
そして残ったのは俺と高円寺…………これ以上、コイツと一緒にいる理由はない。
俺も出口に向かおうとした。
「はぁーあ……どこ行くつもりなのよ、藍野さん?」
「……もう帰る」
「呆れた……本当にウチは残念だよ? あなたのこと、もう少し賢い人だと思っていたんだけどな」
「…………何とでも言え」
会場を出た俺は。
どうにも真っ直ぐ家に帰る気分になれず、全く知らない道を歩いたりして……暗くなった頃に、やっと帰りのバスに乗ったんだ。
それで酔ったのか、車内ではずっと吐き気が収まらなかった。




