7.陰キャとオタクの恋バナ
「それで藍野氏。とある人とは一体誰のことなんでござるか?」
「えっ? えっと……」
それは聞くんかい。てっきり草刈は、こう言った系の話には興味を示さない人だと思っていたよ。
それで……どうしようか。草刈のことはもう信頼しているつもりだけど……流石に全部を話す訳にはいかないよなぁ。
ひとまず俺はヒナノやマジックのことは全部隠した上で、会話を進めることにした。
「……名前は言わないけどさ。その人のことを考えて出してしまうと、何も手が付かなくなってしまうんだよね。今もそんな感じで……」
「ほう……?」
すると草刈は絵の具を塗る手を止めて……メガネをクイっと持ち上げるのだった。
「藍野氏……きっとそれは恋でござるよ」
「はっ、えっ? こっ、恋……?」
俺は大きく動揺してしまう。まさかこんな恋愛漫画みたいなセリフが草刈の口から出でくるとは……いや、そうじゃなくて。
この感情の名前が『恋』だなんて……冗談だろ?
そんな疑っている俺とは裏腹に、草刈は自信満々に続けて言った。
「ええ、恋ですぞ。我も今期アニメのヒロイン、コマにゃんのことを考えてると……とても幸せな気分になってくるのでござるよ〜!」
「……」
えっと。正直、アニメキャラと一緒にされるのは癪なんだけど……まぁ草刈の方が色々と詳しそうだしな……もう少し話を聞いてみることにしよう。
「草刈君。もしそれがこっ、恋……ならさ、それってどうやったら治るの?」
「ふむ……そうでござるな。そのお相手が3次元に居るのならば、藍野氏の思いを伝えたら良いのでは?」
「伝える? どっ、どうやって?」
すると草刈は「うーん」深く考え込む仕草をして。
「藍野氏の言葉で伝えるのが1番でござるが……例えば『月が綺麗ですね』とか『貴方のお味噌が毎日食べたい』とかがよくあるテンプレですかな」
「どっ……どういう意味だ?」
そう言うと草刈はまた考え込んで。
「ふぅむ。藍野氏には少々ロマンチック過ぎましたか。ならストレートに『好きです、付き合って下さい』でいいのではござらんか?」
「つ、付き合う!?」
「ん、何を驚いておるのだ藍野氏。好きならば、付き合いたいと思うのが普通ではござらんか?」
えっ、そ、そうなのか……? そういうもんなのか?
確かに俺はヒナノが…………すっ、好き? なのかもしれないけど、付き合いたいかと問われれば……良く分からない。
「んーまぁ我は推しを見るだけ……いや、推しが生きているだけで充分に幸せを感じられますがな」
「……」
よく分からないけど多分……俺もそっちに近いのかもしれない。
ヒナノと付き合ってどうこうとしたいと言うよりは、ただヒナノの傍に居て笑った顔を見ていたいだけなんだよな。
……ん?いやでも……それって。
「かっ……彼氏になればそれ達成出来るんじゃ!?」
「……藍野氏。声が大きいですぞ」
ハッとして周囲を見てみると、委員長がこっちをガン見していた……恥ずかしいから見ないでよ。生首ボールぶつけんぞ。
「あ、えっと、ごめん……」
「いや、我は別に気にしてはないですが……決心したのでござるか? そのお方に告白するのを」
「こっ、ここここ告白?」
告白。話には聞いたことはあるけど……本当にやるもんなのか? こういうのってフィクションの中だけで起こるようなやつなんじゃないの?
というか……告白ってさ。
「草刈君……考えてなかったけどさ。そっ、その……告白……が失敗する可能性だってあるよね?」
「ええ、勿論ありますぞ。しかしそれを乗り越えてこそ、2人はより深く愛し合うのですぞ?」
……失敗もありえる。その言葉で、俺は得体の知れない恐怖を感じてしまうのだった。
「……ヤダよ」
「えっ?」
「俺、フラれたくないよっ!!」
俺は思わず立ち上がって、手に持っていたマネキンを叩きつけるのだった。
「あ、藍野氏?」
「だっ、だってさ!フラれたらお互い気まずくなって、たどたどしくなって疎遠になって……関係が消滅するなんて! そんなの怖すぎるよ!」
「……」
すると草刈は、まるで捨て猫でも見たかのような優しいような、哀れんだような瞳でこう言うのだった。
「……意外と藍野氏はピュアなんですなぁ。それならば、確実におっけーの返事を貰える状態まで待つのはどうでござるか?」
「あっ、うん……そうするよ」
やっぱり俺は危険を冒してまでして距離を縮めようとするくらいなら……そのままの現状維持の状態を望んでしまう。
そんなビビりで臆病なのが俺なんだ。許してくれ。




