第194話「コウモリ軍団、帝国の町を探る」
──夜のダルードの町で──
『調査をするですー』
『あらいざらい調べるですー』
『この町のすべてを、まるはだかにするですー』
『『『マスターとオデットさまに、コウモリ軍団の力をお目にかけるです!!』』』
ユウキのもとを飛び立ったコウモリたちは行動を開始した。
ユウキからの命令は四つ。
ひとつ、ダルードの町の構造を探ること。
ひとつ、町を守る兵士の位置や、巡回コースをチェックすること。
ひとつ、この町にいるコウモリたちと話をすること。
それと、怪しい監視役がいるかどうか、確認することだった。
『キーキー』
『……キー』
『ばさばさなのですー』
そのためには、普通のコウモリのふりをしなければいけない。
ここは帝国内だ。
コウモリ軍団が、誰かの使い魔だと見抜く者もいるかもしれない。
そういう者たちの目をあざむく必要があるのだ。
だから、コウモリ軍団は普通のコウモリのような声をあげている。
お腹を空かせたふりをして、餌を探しながら飛び回る。
彼らが目指すのは狙いは水場だ。
ダルードの町は水路が多い。水場にはいろいろな生き物が住んでいる。
水路に沿って飛べば、餌を探しているように見えるだろう。
『キーキー。水が豊富な町なのです』
『……ばさばさ。きっと、近くに川があるからなのです』
『川は国境や、町の境界線になりやすいと、ごしゅじんとオデットさまがおっしゃってたです』
ユウキたちはダルードの町に入る直前に、ふたつの川を越えた。
ひとつは、リースティア王国と帝国との国境近くにある大河。
もうひとつはダルードの町の近くにある、大河の支流だ。
その支流が、町の水源になっているのだろう。
『『『……それではコウモリ軍団……散開!』』』
まとまって移動していたコウモリたちは、水路の先で3方向に分かれる。
一体は水路の近くにとどまり続ける。
水路に沿って、兵士たちが移動しているのが見えたからだ。
兵士たちはランタンを掲げながら巡回をしている。
その動きを見つめながら、コウモリは水路の近くで息を潜める。
二体目のコウモリはUターンして、グレイル商会のダルード支店に向かう。
彼の役目はユウキたちを監視するものがいないか、確認することだ。
今はリースティア王国を出た外交使節が、帝国に向かって移動している。
帝国側もそれに気づいているだろう。
だとすると、王国からやってきた商人にも監視の目を向けるかもしれない。
そう判断しての措置だった。
三体目のコウモリが向かうのは、水路を渡る橋の裏──月の光が届かない物陰だ。
水路は餌場で、しかも人目につかない場所が多い。
地元のコウモリたちが集まりそうな場所だ。
彼らから話を聞くのが、三体目のコウモリの役目だった。
『それでは……キーキー』
『自分たちは野生のコウモリなのです!』
『ばさばさー』
コウモリ軍団は、それぞれの調査をはじめるのだった。
──数十分後──
「兵士たちの巡回コースは把握したです」
コウモリ軍団のサイラスは、建物の屋根にぶら下がっていた。
ここから見ると、この町では橋が重要なポイントになっているのがわかる。
ダルードの町は水路が多い。
そのため、別のエリアに移動するには橋を通らなければいけない。
橋のたもとに兵士の詰め所があるのはそのためだろう。
橋を監視すれば、人の動きをチェックできる。
橋を封鎖すれば、人の動きを完全に止められる。
だからこの町では、兵士たちが橋を管理しているのだ。
「つまり……こっそり動くためには、橋を通らなければいいのですねー」
ユウキやオデットが『身体強化』を使えば、水路を跳び越えられる。
兵士の目に留まらずに、町を移動できるはずだけが──
「……そんな簡単な話では、ないような気がするです」
なにかが、引っかかる。
ただ、サイラスにそこまでの判断はできない。
まずはリーダーのディックに相談してするべきだろう。
サイラスは合流地点に向かうことにしたのだった。
「……なにか引っかかるのです」
コウモリ軍団の二体目、アレックスは視線を感じていた。
グレイル商会ダルード支店の玄関近くに、動かない鳥がいたからだ。
すぐに発見できたのは、目立つ色をしていたからだ。
それは……純白のフクロウだった。
目だけが赤い。
フクロウは首を回して、まわりを見回している。
コウモリ軍団が飛び立ったときには、あんなものはいなかった。
たぶん、彼らが飛び立つところは見られていないはずだ。
フクロウがいるのは商会の玄関側。ユウキの部屋はその反対側にある。
コウモリ軍団はその窓から飛び立っている。
仮に見られていたとしても、路地からコウモリが現れたように見えるはずだ。
おそらくフクロウは、人通りが消えてからやってきたのだろう。
「……なんだか、おっかないのですー」
アレックスは餌を探すふりをしながら、商会のまわりを飛び回る。
すると、フクロウが首を動かして、アレックスを見た。
アレックスは、普通のコウモリのように、びくり、と身体を震わせる。
フクロウにおびえたふりをして、距離を取る。
離れた場所に移動したアレックスは、物陰に隠れた。
そこからフクロウの動きを観察すること、30分。
人の動きがないと判断したのか、フクロウは白い翼を動かして、飛び立った。
アレックスは周囲をチェックして、他に監視の目がないことを確認。
気づかれないように注意しながら、フクロウの尾行をはじめたのだった。
『なるほどー。この町には、怖い存在がいるですねー? 白い……フクロウのように見える生き物なのですか……』
『キーキー!』
コウモリ軍団のリーダーのディックは、地元のコウモリたちと話をしていた。
場所は、水路をまたぐ橋の下だ。
地元のコウモリたちは、『魔力血』で強化されたディックたちよりは賢くない。
それでも彼らにも感情はある。
『怖いもの』や『安全な場所』『この町でやってはいけないこと』を知っている。
ディックはそれを聞き出しているのだった。
『へー。この町には地下水路があるのですね?』
『……キー』
地元コウモリは水路を指し示した。
よく見ると、水路を少し潜ったところに穴が空いている。
その先が地下水路になっているようだ。
地下にも川が流れていて、そのまわりが、秘密の隠れ場所になっているらしい。
『キー。キキー』
『なるほど。そこにはフクロウが来たことがないのですか』
『…………キキ』
『地下水路に飛び込んだコウモリがいるですね? その者が戻ってきて、教えてくれたですか……』
この町には、純白のフクロウが住んでいる。
コウモリたちはそれをおそれているようだ。
純白のフクロウは、誰かの使い魔だと思われている。
ただ、主人が誰なのかはわからない。
というか、コウモリたちは、フクロウには絶対に近づこうとしない。
そもそも、あれが本当にフクロウなのか、コウモリたちにはわからない。
しかもあの生き物は強すぎる。
あのフクロウと餌を取り合って、殺されたコウモリがいたらしい。
フクロウは高速で襲ってきて、コウモリの身体を切り裂いた。
その速度は通常のフクロウを超えていた。
まわりのコウモリたちは、声をあげることもできなかったそうだ。
町の人間たちは、フクロウのことを気にも留めていない。
気配が薄いからだろうと、コウモリたちは言っている。
気づくとフクロウは、建物の屋根や樹の枝にとまり、町にいる人間たちを見つめている。
それが短時間ならば問題ない。
けれど、それが数日続くと変化が起こる。
フクロウが見ていた相手が、ダルードの町からいなくなることがあるのだ。
理由は、コウモリたちにはわからないそうだ。
『お話がきけてよかったのです。ありがとうでした!』
地元のコウモリたちに礼を言ってから、ディックは空へと舞い上がる。
その後、しばらく跳び回っていると……鳥の姿が見えた。
それは……白いフクロウだった。
話に聞いていたものよりも小さい。
けれど、月の光を浴びながら、優雅に空を飛んでいる。
フクロウは赤い目を光らせて、じっと地上を見つめている。
その視線の先には、小さな子どもがいた。
子どもは手足を全力で振りながら、必死に走っている。
ときどき立ち止まり、振り返る。
空を見て、おびえたように目を見開き、走る速度を上げる。
それを見たフクロウは急降下。
鋭い爪で、子どもの腕を傷つける。
子どもが痛みに顔をしかめる。
衝撃で地面に転がった子どもは、落ちていた棒を拾い上げる。
それを振り回すが、フクロウは軽くかわして急上昇。
子どもは棒を投げ捨て、また、走り出す。
『キーキー。ディックさま……キキー』
『来たですか、アレックス……じゃなかったです。キーキー!』
ディックとアレックスは素早く会話を交わす。
アレックスがここにいるのは、フクロウを尾行していたからだ。
見つからないように、距離をおいて。
だからアレックスには、どうしてあの子どもが狙われているのかわからないらしい。
あの子どもは、路地から大通りに飛び出してきたそうだ。
手にはなにも持っていない。
盗みを働いたようにも見えない。
身なりはしっかりしている。着ているものもきれいだ。
どうしてフクロウに追われているのか、謎だった。
『……どうすればいいですか。ディックさま』
『……そんなのは、決まっているのです』
ディックたちの任務は偵察だ。
事件に介入しろとは言われていない。
けれど、ユウキが、子どもが襲われているのを見逃すはずはない。
それに、コウモリ軍団は次のように命じられているのだ。
『緊急時の判断は任せる。俺は使い魔を信じてるからな』
だからディックは、即座に判断を下した。
「……や、やだ。たすけて……さま」
痛みに耐えられなくなったのか、子どもが地面に座り込む。
その前方に白いフクロウが回り込む。
フクロウの爪が狙うのは、子どもの目だ。
子どもの顔が恐怖にゆがむ。
逃げ場を失った子どもにフクロウが迫り、そして──
『キーキー。キー。わー。方向を見誤ったですー』
フクロウの視界をさえぎるように、ディックが通り過ぎた。
『────!?』
フクロウの動きが数秒、止まった。
まさか、コウモリが自分の前に出てくるとは思わなかったのだろう。
その隙に子どもは、フクロウの横を取り過ぎる。
橋の下を目指して、走り出す。
『ホーゥ! ホゥゥゥ!!』
ぶん、と、フクロウが身体を振った。
その羽がディックを弾き飛ばす。
ディックはわざと真後ろに飛んで衝撃を逃がす。
(……やっぱりこれは、ただのフクロウではないみたいなのです)
ただのフクロウにしては、力が強すぎた。
やはり、誰かの使い魔なのかもしれない。
『…………ホゥ』
フクロウは、ディックが水路に落ちたのを確認してから、羽ばたく。
そのまま空へと舞い上がり、そのまま姿を消した。
まるで、ディックへの興味を失ったかのように。
(普通のコウモリのふり……成功なのです)
ディックは水中で身体を丸める。
ユウキの血で『身体強化』されているから、水中でも数分は生きていられる。
水路に落ちてみせたのは、弱くて取るに足らない存在だと、フクロウに思わせるためだ。
やがて『キーキー!』というアレックスの声が響く。
危険がなくなったという合図だ。
それを確認して、ディックは地上へ。
濡れた身体をアレックスに支えてもらいながら、橋の下へと移動する。
いつの間にか、子どもの姿は見えなくなっていた。
地元のコウモリたちもいない。
おそらく、フクロウをおそれて逃げてしまったのだろう。
『ディックさまー。こんなものを拾ったのです』
ふと、アレックスが、つかんでいたものを差し出した。
丸められた紙だった。
『草の間に落ちていたです。あの子が、落としたものかもしれないです』
『わかったです。ごしゅじんに見てもらうのです』
ディックはうなずいた。
偵察任務は終わりだ。これ以上は危険すぎる。
あとは、ユウキに判断してもらおう。
身体が乾くのを待って、ディックは空へと舞い上がる。
その後は、予定していた場所でサイラスと合流。
物陰に隠れながら、グレイル商会のダルード支店へと移動する。
そうして……コウモリ軍団は、偵察任務を無事終了。
彼らはユウキとオデットに、夜の町で見聞きしたことを、すべて報告したのだった。
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