第191話「リースティア王国、外交使節派遣の準備をする」
──数日後、王宮にて──
「リースティア王家の名において、ガイウル帝国に外交使節を送ることとする」
リースティア国王は宣言した。
謁見の間に並んだ者たちが、一斉に頭を垂れる。
宰相も大臣も。
『魔術ギルド』の代表として出席している、老ザメルも。
関係者として出席を命じられた、カイン王子とアイリス王女も。
「外交使節の代表は、大臣であるロベルト=サンドーガが勤める。護衛部隊の指揮官は将軍の息子であるロッゾ=バーンズとする。それに加えて、ロッゾ=バーンズを王国の近衛騎士団の副団長に昇格させる」
説明をはじめたのは宰相だ。
彼は周囲を見回しながら、ゆっくりと語り続ける。
「また、追加の護衛として『魔術ギルド』のC級魔術師デメテル=スプリンガルを中心とした部隊を編成する。これは、ガイウル帝国には謎が多く、魔術的な対策が必要だと考えたからである。加えて、使節を派遣している間、国境地帯には部隊が駐留することとする。その指揮官は──」
「私が担当させていただく」
声とともに、カイン王子が前に進み出た。
「表向きは国境地帯の魔物討伐のためということになるだろう。『帝国を警戒しているから』などと、堂々と口にするわけにはいかないからね。だが、なにかあれば即座に外交使節の支援を行う。部隊の主力として『レプリカ・ロード』を使用するが、よろしいかな? ザメルどの」
「承知しておる。すでに万全の状態にしておる。だが……」
老ザメルは苦々しい表情で、
「できうるなら、私が支援部隊に入りたかったのだがな……」
「仕方ありません。ザメルどのには王都を守っていただかなくては」
カインは老ザメルをたしなめるように、
「外交使節を送り込むのに合わせて、敵が動くことも考えられます。敵が『エリュシオン』への潜入を図る可能性もあるのです。ザメルどのは王都の守りを固めていただかなくてはなりません」
「了解しておるとも。繰り言を申し上げたことをお許しくだされ」
老ザメルは頭を下げた。
ふたりのやりとりを見た者たちが、おどろきいたような声を漏らす。
これまで『魔術ギルド』のカイン派とザメル派は競い合い、ぶつかり合ってきた。
カインとザメルの仲も、決して良いとは言えなかった。
そのふたりが、今は素直に言葉を交わし、協力を約束している。
その変化に、周囲の者はおどろきを隠せない様子だった。
「カインよ。そして、カータス=ザメルよ」
「はい。父上」
「なんでしょうかな。陛下」
「貴公らは変わったようだが……なにがあったのだろうか?」
「それほど大きく変わってはおりません」
答えを返したのはカインだった。
「私たちはただ……第三の派閥を気にするようになっただけです」
「第三の派閥? スレイ公爵の娘御が作ったものか?」
「はい。『オデット派』には優秀な人材がそろっています。ですから私とザメルどのは、『オデット派』に恥ずかしくないようにしたいと考えるようになったのです」
「その派閥には、アイリスも加入しているのだったな」
国王の視線が、謁見の間の隅にいるアイリスに向いた。
自分に注目が集まっていることに気づいたアイリスは、優雅に一礼する。
誰から見ても、愛らしく謙虚な姿だった。
「そのアイリスが、捕虜であるナイラーラ皇女と会い、情報を引き出したのだ。それは得がたいことだ。私はお前を誇りに思うよ。アイリス」
「ありがとうございます。父上」
アイリスはドレスの裾をつまんで、頭を下げた。
「すべては、『オデット派』の皆の協力あってのことです」
「お前が帝国皇女ナイラーラから情報を引き出したのは、一度ではないと聞いているが」
「はい。先日もナイラーラ殿下とお目にかかりました」
目を伏せたまま、父の問いに答えるアイリス。
「その際に、王国が帝国との外交を望んでいることをお伝えしました。もちろん、これは父上の許可をいただいた上でのことですが」
「わかっている。私も宰相も、情報収集のためには必要だと判断した」
「はい。今のナイラーラ殿下は……帝国のやりかたに疑問を抱いているご様子。外交のことをお伝えすれば、なにか反応があると思ったのです」
帝国皇女ナイラーラは少しずつ、帝国への不満を口にするようになっている。
おそらくは、アイリスに帝国の内情をあばかれたからだろう。
『煙の王騎』使いが、ナイラーラの心臓を求めていたことにショックを受けたのかもしれない。
ただ、ナイラーラが口を開くのはアイリスに対してだけだ。
他の者が尋問しても、ナイラーラは固く口を閉ざしたままなのだった。
「ナイラーラ殿下はおっしゃっていました。『帝国にいる、清き鳥に気をつけるがいい。やつらは国に毒をもたらす蛇を探している』と」
「『清き鳥』? 『国に毒をもたらす蛇』? それはなんのことだ?」
「わかりません。ただ、ナイラーラ殿下は『皇帝一族でもあやつることのできない、国を見通す目があるのだ』とおっしゃっていました」
「それ以上は、国の内情を伝えるつもりがないということか」
「もしかしたら……語ることができないのかもしれません」
ナイラーラ皇女は魔術的な調整を受けて生まれてきている。
口に出せない言葉があっても、おかしくはない。
「『清き鳥』という言葉は、なにかを暗示するものだと思います」
「帝国があやつる使い魔かもしれませんね」
アイリスの言葉を引き継いだのは、カインだった。
「皇帝一族は各地に使い魔を派遣し、人々を監視している可能性があります。それこそが『国を見通す目』の意味でしょう」
カインは、周囲の者を見回しながら、
「外交使節が帝国の領内に入れば、同じように使い魔に常に見られることになります。それに気をつけるようにと、ナイラーラ皇女は言ったのでしょう」
「私も同感でありますぞ。帝国に『聖域教会』の残党がいるならば、それくらいのことはできましょう」
老ザメルもうなずく。
「帝国領内に入った外交使節は、常に帝国の監視下にあると思った方がよいかと。大臣も護衛隊長も、デメテル嬢も、十分に気をつけられよ」
「承知しております。ザメルどの」
外務大臣ロベルト=サンドーガは答えた。
彼は侯爵家の人間であり、国王の友人でもある。
他国の文化や礼儀作法にも詳しく、剣術の腕も確かだ。
外交使節のリーダーとしては、うってつけの人物だった。
「カイン殿下と『魔術ギルド』の支援に期待しております。いざというときは、よろしくお願いいたしますぞ」
「わかっております。正直なところ、やはり私が国境地帯に……」
「あきらめてください。ザメルどの」
悔しそうな老ザメルを見て、カイン王子は肩をすくめてみせた。
「ザメルどのが作られた『レプリカ・ロード』が配置されるのです。それで満足してください」
「私はそこに『獣王騎』が並ぶところが見たかったのだ。深紅の王騎の隣に、わしの『レプリカ・ロード』が並ぶ姿は、絵になるであろうに……」
「我慢してください」
「…………残念なことだ」
カインとザメルのやりとりを見て、謁見の間がおだやかな雰囲気に包まれる。
そんな状況をアイリスは、落ち着いたようすで眺めていた。
(やはり……マイロードとオデットが派遣されることは、謁見の間では語られないのですね。安心しました)
リースティア王国は、外交使節とは別に潜入部隊を派遣するつもりでいる。
外交使節の支援のためと、情報収集のためだ。
メンバーは3人。
『オデット派』のリーダーであるオデット=スレイ。
サポート役として、ユウキ=グロッサリア。
グレイル商会のジゼル=ガルフェン。
以上だ。
ジゼルが参加するのは、帝国内にある『グレイル商会』の支店の力を借りるためだ。
潜入するにも、情報を集めるにも、現地の人の力を借りた方がやりやすい。
そのために商会の一員であるジゼルが、潜入部隊に参加することになったのだった。
(──というのは、表向きの理由なのですけどね)
本当の理由はいたってシンプル。
ジゼルが『フィーラ村』の関係者だからだ。
ユウキは帝国に潜入するついでに、ライルとレミリアの手がかりを探すつもりでいる。
そのためには、200年前のことを知っている人が側にいた方がいい。
というか、知らない人が側にいると、色々と面倒なことになる。
だからユウキたちは潜入調査のメンバーとして、ジゼルを選出したのだった。
ただし、彼らのことは極秘とされている。
潜入部隊の存在を知っている者は数少ない。
国王と宰相、カインとザメル、国境に駐留する部隊の上官たち。
それと、外交使節の一部の者たちだけだ。
(マイロードとオデットたちを隣国に送り込むのは心配ですけど……)
いざというときのための対策は立ててある。
そのためにアイリスは、この会議への出席を望んだ。
タイミングをはかるために、出席者の声に耳を澄ませているのだ。
そして──
「──それでは確認いたします。私たち駐留部隊は、帝国に入った外交使節と常に連絡を取り合う。それは使者と使い魔のやりとりによって行われるということですね」
カイン王子の言葉が、謁見の間に響いた。
「それで間違いありません」
うなずいたリースティア国王の代わりに、宰相が答える。
「連絡が途切れた場合、あるいは、駐留部隊が危険を感じた場合は、動いていただいて構いません。外交使節の安全を最優先とします」
「王都に連絡する暇がない場合は、現場の判断で動いても構わないと?」
「殿下のおっしゃる通りです」
宰相はカインの問いに対して、真剣な口調で、
「ただ、帝国側を刺激しないようにお願いいたします。あくまでも使節の救出を優先してください。それに気をつけていただけるなら、あとは殿下たちの判断にお任せいたします」
「宰相閣下におうかがいします」
アイリスは一礼して、前に出た。
この機会を逃すわけにはいかなかった。
アイリスにとっては今後の行動を決めるための、またとない好機だ。
「国境で『獣王騎』を預かる者として、質問をお許しいただけますでしょうか?」
「……よろしいですか。陛下」
宰相が国王に視線を向けた。
「構わぬよ。アイリス。言ってみるがよい」
「ありがとうございます。お父さま」
アイリスは床に膝をつく。
「駐留部隊が危険を感じた場合は動いても構わない。ただし、帝国側を刺激しないようする……これが、王国の方針でございますね」
「その通りだ」
「人目をひかず、目立つことなく、帝国側を刺激しないようにする。それが可能ならば動いても構わない……ということですね」
「現場指揮官であるカインの許可があれば、そうなるだろうな」
「ありがとうございます。お父さま」
アイリスはふたたび一礼して、引き下がる。
言質は取った。
アイリスが欲しかったのは『帝国側を刺激しないことができるなら、動いても構わない』の一言だ。
『獣王騎』には暗視能力がある。
それは暗闇でも真昼のように、ものを見ることができるものだ。
カインたちはそのことを知らない。
これまで『獣王騎』の起動実験は昼間に行われていたからだ。
その場合、暗視能力を使う必要はない。
だから『獣王騎』の暗視能力については確認されなかった。
しかも『獣王騎』は、獣のように足音を消して動くことができる。
暗視能力と組み合わせれば、闇夜の中を、誰にもさとられずに行動することが可能となる。
それに国王の発言をまとめると、こうなる。
『カイン王子の許可があれば、アイリスは「獣王騎」を駆り、ひそかに帝国内に侵入可能』
──これが、アイリスの求めていた言質だった。
(それに……ナイラーラ殿下がおっしゃっていた『清き鳥』と『蛇』のことも気になりますから)
ナイラーラが『清き鳥』について詳しいことを語らなかった理由は、なんとなくわかる。
たぶん、彼女も実情を知らないのだろう。
帝国王家の中でも『清き鳥』については秘密とされているのだ。
それに警戒しているという『蛇』のことも。
(マイロードは『清き鳥』というのは諜報組織ではないかと言っていました)
200年前の『聖域教会』も、色々な手段で情報を集めていた。
彼らが『フィーラ村』の守り神、ディーン=ノスフェラトゥのことを知っていたのは、そのためだ。
そのような組織が、今も存続していてもおかしくはない。
それを示す言葉が『清き鳥』なのかもしれない。
(とにかく『外交使節を支援する』という口実があれば、いつでも動けるということですね!)
言質は取った。
アイリスはいつでも、マイロードのために動くことができるのだ。
──なにがあってもマイロードを守る。
──自分の地位も能力も『獣王騎』も、なんでも使う。
そんな決意を抱えながら、アイリスは会議を見守り続けるのだった。
第192話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。




