第186話「アイリス王女、帝国の皇女に会う」
──アイリス視点──
アイリスは塔の廊下を歩いていた。
王都にある牢獄用の塔だ。
ここは罪を犯した貴族などが収監される場所だ。
一般用の牢獄よりも環境は良いが、警備は厳重になっている。
出入りするには魔術的なロックがされた扉を開き、螺旋階段を通る必要がある。
その先にあるのが、貴人を収監するための牢獄だ。
「帝国皇女ナイラーラ=ガイウルは塔の地下牢に閉じ込めております」
C級魔術師デメテルは言った。
「帝国の皇女ですから、陽の光が入る上層階に入れた方がいいという意見もあったのですが……」
「『王騎』の中には、空を飛ぶものもおりますからね」
答えたのは、デメテルの後ろを進むアイリスだった。
彼女は魔術師としてのローブを着て、顔をフードで隠している。
王女が牢獄に出入りするところを見られないようにするためだ。
「帝国が助け出しに来ることを考え、地下に移されたのでしょう?」
「アイリス殿下のおっしゃる通りかと」
「それは、正しいご判断だと思います」
王国の味方である『黒い王騎』は空を飛ぶことができる。
他にも、似たようなものがあるかもしれない。
帝国の『王騎』が空を飛んで、ナイラーラ皇女を助けに来ることは十分に考えられる。
だから皇女は地下に収監したのだと、デメテルは説明する。
「アイリス殿下がナイラーラ皇女と話せるのは、15分程度とお考えください」
デメテルは言った。
「あの皇女が、予想外の手段で殿下に危害を加えることもあり得ます。危険を感じたら、私の判断でお話をお止めいたします。それを覚えておいてください」
「デメテル先生のご配慮に感謝します」
アイリスは堂々とした口調で答えた。
「ですが私は可能な限り、『魔術ギルド』の一員としての役目を果たす所存です。ナイラーラ皇女との面会を申し出たのは、私自身なのですから」
「相手が他国の皇女であるなら、王族が直接会って話を聞くことで、新たな情報が得られるかもしれない……殿下は、そうおっしゃったのでしたね」
「王都で事件が起きたのです。私の親友も巻き込まれました。王女としてこの事態を見過ごすことはできません。私は、できることをしたいのです。大切な人と、私たちの未来のために」
「……民と国のために。殿下は……そこまでの決意をされているのですね」
「先へ進みましょう。デメテルさま」
アイリスは迷いのない足取りで、螺旋階段を降りていく。
デメテルと護衛の兵士たちは慌てて後を追う。
兵士たちは、恐れを見せないアイリスを、感動した表情で見つめている。
王家の者がナイラーラ皇女のところに来たことはない。
地下牢を訪れたのは王家の尋問官と、『魔術ギルド』の内務担当者、それと、A級魔術師のザメルだけだ。
ナイラーラ皇女は彼らに対して、多少の情報を伝えた。
『エリュシオン』下層のことと、自分がそこを目指していたことについて。
だが、ガイウル帝国については、ほとんど話さなかった。
尋問官が聞くことができたのは、帝国についての一般的な情報だけだった。
──ナイラーラ皇女が『エリュシオン』を目指していたのは、自分の力を示すため。
──最強の『聖王騎』で『エリュシオン』の最奥に入る。
──その事実こそがガイウル帝国では重要。
そんなことを皇女は話していた。
それが皇帝の一族として生まれた者の、生きる目的であり、義務だと。
それ以上の情報は得られなかった。
その後の彼女は開き直ったように『「聖王騎」は失われた。壊したければ壊せ』と言うだけだった。
尋問は休止し、帝国との交渉がはじまった。
リースティア王国は、ガイウル帝国に使者を出した。
『ナイラーラ皇女の行いに対して抗議する。それに加えて、皇女の返還について話し合いたい』という書状と共に。
それに対する回答は『皇女の行いについてお詫びする。正式な交渉を行いたいので時間が欲しい』というものだった。
交渉は、そこで止まっていた。
事態が進展しないまま、王都のダーダラ男爵家で『煙の王騎』による事件が起きたのだった。
事件を知ったアイリスは、国王と宰相に申し出た。
『このような事件を見過ごすことはできない』
『王女としての責務を果たす』
『このアイリスが、ナイラーラ皇女と話をして、情報を引き出す』
──と。
その決意に押された国王と宰相は、アイリスの進言を受け入れた。
そうして今、アイリスはここにいる。
C級魔術師デメテルと、数名の兵士に守られながら。
地下に向かう螺旋階段を、迷いなく進んでいる。
魔術の灯りに照らされたその瞳は、決意に燃えている。
それはまさに、人々があがめるに値する、王族の姿だった。
そんなアイリスの姿に、兵士たちは感動しているのだった。
ちなみに、アイリスの頭の中では──
(マイロードの役に立ちたいです! マイロードが落ち着いて暮らせるようにしたいです!! そのためにできることはなんでもします!!)
──そんな言葉がぐるぐる回っているのだけど。
やがて、アイリスは最下層にたどり着く。
彼女の目の前には、大きな金属製の扉。
扉には窓と、鉄格子がついている。
牢獄の中は、普通の部屋と変わらない。
机があり、部屋の隅には大きなベッドがある。
一日に何度か食事も届けられるし、魔術師が魔術で換気も行っている。
窓がないこととを除けば、過ごしやすそうな部屋だ。
ベッドには長い髪の少女が腰掛けている。
帝国の皇女、ナイラーラ=ガイウルだった。
「ナイラーラ皇女に、リースティア王国の第8王女、アイリス殿下が面会をご希望である!」
扉に向けて、デメテルが声をあげた。
部屋の中でナイラーラが、かすかに身じろぎする。
だが、それだけだった。
彼女は興味をなくしたように、視線を戻し、うなだれる。
「……会話に応じる気はないようです。どうされますか?」
「私が話してみます」
アイリスは一歩、前に出た。
牢獄にいるナイラーラ皇女をじっと見つめて、彼女は息を吸う。
そして──
「あなたの心臓を奪いに来た者がいます」
──そんな言葉を口にした。
「────!?」
ナイラーラ皇女が目を見開き、アイリスを見る。
デメテルもおどろいた表情だ。彼女も、はじめて聞く情報だったのだろう。
ふたりの反応に構わず、アイリスは続ける。
「その者たちは、あなたとそっくりの顔と、姿かたちをしていました。彼らは奇妙な『王騎』を操り、王都の貴族たちを拘束しました。おそらくは、彼らを人質にして、その身柄を武器に、あなたのところにたどりつくつもりだったのでしょう。ですが、彼らの目的はあなた自身ではなく。あなたの心臓だったのです」
「アイリス殿下……それは一体……」
デメテルのとまどう声。
アイリスは軽く手を挙げて、彼女を止める。
牢獄の中のナイラーラ皇女をまっすぐに見つめながら、語り続ける。
「私たちの推測は次の通りです。『ガイウル帝国の中枢には「聖域教会」の生き残りがいる』『彼らは皇帝一族の生命を左右するほどの力を持っている』『皇帝一族は「聖域教会」によって、なんらかの調整が行われた人間である』」
アイリスの言葉が、地下空間に響いた。
牢獄の中にいるナイラーラの表情が、変わる。
目を見開き、まるで怯えているかのように、震え出す。
「もしかして、謎の『王騎』の使い手は……あなたの予備として用意されたものですか?」
アイリスの視線が、ナイラーラ皇女に突き刺さる。
「帝国には、皇子や皇女に似た者がたくさんいるのですか? それとも、そういう者の中から選ばれた者が、皇子や皇女になるのですか? その皇子や皇女には、心臓になにかの技術が埋め込まれているのですか? だとしたら、ガイウル帝国ではどれほどの人体実験が行われているのでしょうか?」
「…………やめて」
「あなたが『聖王騎』を使って王国に侵入してきたのは、そのやり方に反感を持ったからですか? それとも『エリュシオン』の深い階層に行けば、状況を変えられると思ったのですか? これは私たちの推測ですが……あなたは、ガイウル帝国を変えようと思っているのでは?」
「やめて!」
ガン、と、ナイラーラ皇女が扉に額を打ち付けた。
「……やめて……それ以上……皇帝一族のことをあばかないで……」
「わかりました。推測はここまでにしましょう」
「あなたは……一体、なんなのだ……」
鉄格子の向こうで、ナイラーラ皇女がアイリスを見つめていた。
アイリスは軽く頭を下げて、
「あらためて自己紹介いたします。私はリースティア王国の第8王女、アイリス=リースティアと申します」
「第8王女? 低い継承権しか持たない人物が……どうしてそこまでの知識を……」
「私には敬愛する護衛騎士と、優秀な友人がいるからです」
アイリスはスカートをつまんで、一礼した。
「友人は、謎の『王騎』が人々を襲うところに居合わせました。彼女の話と、私の護衛騎士の推測を組み合わせた結果、今のような結論になったのです」
「……推測か」
「ええ。今の段階では推測でしかありません」
「気軽に、不要な推測を口にするものだな」
ナイラーラ皇女は目をつり上げて、アイリスを見た。
「仮にそれが事実だとして……どうだというのだ」
「どう……とは?」
「仮に皇帝一族が……なんらかの調整を受けていたとして、だからなんだ? 皇帝一族の恥をあばきたてて、リースティア王国になんの利益がある!?」
「恥ですか?」
「ああ。恥だとも。恥でなければ、さっさと口に出していた。国の情報を……ここを出るための取り引きに使っていただろうよ!!」
また、扉を叩く音がした。
「『聖王騎』を人質に取られても、これだけは言えなかった……偉大なるガイウル帝国の皇帝一族が……調整された実験体だなんて……言えるものか! 人とはおろかなものだ。自分たちと違ったものを忌み嫌い、石を投げる。人間とはそうしたものだからな!」
「わかります」
「わかるものか!」
「わかるのです」
アイリスは静かに、ナイラーラの視線を受け止める。
「自分たちと違ったものを忌み嫌う人のことも、そんなことはまったく気にしない人のことも、私はよく知っていますから」
「口でならなんとでも言える」
冷えた声だった。
皇女ナイラーラは目を見開き、噛みすぎた唇から血を流しながら、語り続ける。
「ああ……貴様の推測は正しい。その賢さを誇り、我々を笑うがいい!」
がん、がん、がん、と、扉が音を立てる。
「古代の技術によって調整された皇族。強者と戦って、その能力を証明しなければならない一族。帝国などと名乗りながら……『聖域教会』の残党を切り捨てることのできぬ者たちを、笑うがいい!!」
「笑いません」
アイリスはおだやかな口調で、答えた。
「どんなふうに生まれたかなんて、どうでもいいことですから」
「どうでもいい……だと?」
「少なくとも、私には関係ありません」
強い視線が、ナイラーラ皇女に突き刺さる。
迷いのない言葉に圧倒されたように、ナイラーラ皇女が後ずさる。
アイリスは彼女を見つめたまま、続ける。
「私にとって大切なのは、その人がどんな人物なのか。私がその人と一緒にいたいかどうかです。人と違った生まれ方をしていても、自分がどんなふうに生まれたのか知らない人であっても、私はまったく気にしません。寿命の長さが違っていて、同じ時間を生きられなくたって……構いません」
「…………なん、だと」
それは、ナイラーラ皇女にとって意外すぎる言葉だったのだろう。
彼女はこわばった表情のまま、震え出す。
アイリスはまるで祈るように手を組み合わせ、目を閉じている。
彼女の言葉に、偽りはない。
それを感じ取ったのか、ナイラーラ皇女の身体が力を失い、崩れ落ちる。
「……なんなのだ。貴様は」
ナイラーラ皇女は呆然とつぶやく。
「そのような考えを持つ者は、帝国にはいなかった。リースティア王国の王女は……そんな考え方をしているのか? 王家の者が……どんな生まれであっても関係ないと。本気で……?」
「『裏切りの賢者』のことを知っていますか?」
アイリスは、そんな言葉を口にした。
「『聖域教会』が滅びるきっかけをつくった賢者さまです。帝国の方ならご存じでしょう?」
「……あ、ああ」
「あの賢者さまは王族でしたか? それとも、高貴な身の上でしたでしょうか?」
「……いや、違う」
「では、どのような生まれの方でしたでしょうか?」
「どこかの、小さな村からやってきたのだと……聞いている。とある功績と、努力によって……賢者になったのだと」
「その奥方のことは?」
「賢者を常に支え続けた者……『策謀の淑女』か。あれも同じ村の出身だと言い伝えられている。賢者を支え続け……その後、姿を消したと」
「『聖域教会』は小さな村を出身地とする夫婦に倒されたのですね」
アイリスは、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「でしたら、生まれついての立場や身分など、特に意味はないのでは?」
「王族がそれを口にするのか!?」
「私ががんばって仕事をしているのは、王族だからではありません。大切な人に恥ずかしくないようにしたいからです。今、与えられている仕事をきちんとこなして、あの人の教育が正しかったってことを証明して、それを自慢したいからです」
「民に恥ずかしくないように……学んだことが正しかったと証明して、自慢したい。胸を張って生きたい。王族の価値は出生ではなく、どのように生きたかで決まると? そう言いたいのか?」
「解釈は、ご自由になさるとよろしいでしょう」
「…………ああ、そうか」
ナイラーラ皇女は痛みをこらえるように、つぶやいた。
「貴様は……すごいな。リースティア王国には……そんな王族がいるのか」
「私のまわりには、もっとすごい人がいます」
アイリスは答える。
「その人たちは、こう思っているはずです。『我が主君に恥ずかしくないように生きたい』……と」
彼女の口にした言葉が、地下空間に響きわたる。
デメテルと兵士たちは、眩しいものを目にしたように、震えていた。
ここでの会話は衝撃的なものだった。
アイリスは帝国についての推測を口にし、ナイラーラ皇女はそれを認めた。
帝国に『聖域教会』の残党がいて、その者たちが皇帝一族の存在そのものに関わっていることがわかったのだ。
帝国では人体実験が行われており、ナイラーラ皇女はその影響を受けているということが。
なのに、アイリスはまったく動揺していない。
それどころか「人がどのように生まれたのかなんて関係ない」と言い放った。
その言葉が、ナイラーラ皇女の心を打ったのだろう。
「……アイリス殿下は、いつの間にこれほど成長されたのでしょう」
デメテルは、そんな言葉をつぶやく。
「……護衛騎士の影響によるものでしょうか。それとも、ご友人であるオデットさまの? アイリス殿下がこれほどの才能をお持ちなら、次の世代の『魔術ギルド』を統べるべきなのは……」
言葉は声にならずに消えていく。
カイン王子の側近であるデメテルにとっては、口にできない言葉だったのだろう。
「あらためてうかがいます。ナイラーラ皇女殿下」
「……ナイラーラでよい」
「では、ナイラーラさま」
デメテルの動揺に気づくことなく、アイリスとナイラーラは、言葉を交わし続ける。
「帝国では『聖域教会』の残党による人体実験が行われている。その効果によって、皇帝一族は優れた能力を持って生まれてきている。それで間違いないでしょうか?」
「…………ああ、そうだ」
疲れたような声で、ナイラーラは答えた。
「このことは皇帝一族以外……誰も知らぬ。調整されて生まれたなど……民には……言えぬ」
「謎の『王騎』の使い手が、あなたの心臓を求めたのは?」
「……わからない。それは貴様らが調べるがいい」
鉄格子の向こうで、ナイラーラが膝をついていた。
彼女は唇をかみしめながら、アイリスを見つめている。
「王国の『魔術ギルド』よ。この皇女の身体を、自由に調べるがいい」
ナイラーラ皇女は宣言した。
「第一司祭の配下たちに付き合うのは……もう、疲れた。奴らのせいで、王家の恥も知られてしまった。ならば……リースティア王国の『魔術ギルド』にこの身を任せるのも、悪くあるまい」
「協力していただけるのですか?」
「……ただの取り引きだ」
「取り引き?」
「私は……自分の身体になにをされたのかを知りたい。そのために貴様たちの力を借りたい。その対価として……私は、帝国の現状について話す。それだけだ」
「十分です」
「……不思議な王女だな。貴様は」
「そうでしょうか?」
「帝国に貴様のような皇族はいない。いたとしたら……すぐに皇位を失うか、辺境に追放でもされていただろう」
「辺境に追放ですか。それも悪くありませんね」
「……辺境だぞ?」
「ええ、ですから、それも悪くありません、と」
「………………敗北を認めよう。この国の王女には……敵わぬかもしれぬ」
それで、面会は終わりとなった。
アイリスは王宮に戻り、王家の者に牢獄での話を伝えた。
デメテルは『魔術ギルド』で、老ザメルとカイン王子に報告を行った。
その結果、ナイラーラ皇女のもとに、王家と『魔術ギルド』から使者が派遣されることになり──
ナイラーラ皇女はガイウル帝国で起きていることについて、証言をはじめたのだった。
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