第180話「アイリス王女、意見交換をする」
──アイリス視点──
『獣王騎』の起動実験が終わった後、アイリスはカイン王子たちと会談を行っていた。
実験後の意見交換をするためだ。
場所は『魔術ギルド』の応接室。
部屋にいるのはアイリス、それにカイン王子と老ザメルだ。
アイリスは落ち着いた様子で椅子に腰掛けている。
対するカイン王子と老ザメルは緊張した表情だ。
アイリスはあっさりと『獣王騎』を使いこなしてしまった。
もちろん、動かし方に雑なところはある。
それはユウキやオデットが指摘した通りだ。
だが、アイリスは『獣王騎』でゴーレムをあしらってみせた。
力加減にあやういところはあるが、それは練習すれば克服できるだろう。
アイリスほどの人材は、これまでいなかった。
他の者は『獣王騎』をあつかうことができず、魔力を吸われるだけだったのだ。
しかも、アイリスは王家の一員だ。
彼女が『獣王騎』の適格者になることは、王家が『獣王騎』を掌握したことを意味する。
アイリスはそれほどの成果を上げているのだ。
「いや、おどろきましたぞ。アイリス殿下!」
老ザメルは興奮した口調だった。
「わしのゴーレムたちが相手になりませんでした。アイリス殿下にあれほどの才能がおありとは!」
「夢中で動かしていただけです」
アイリスはおだやかな口調で応えた。
「ユウキさまとオデットが言っていた通り、私はまだ『獣王騎』を完全にコントロールできてはいません。まだまだ未熟者です」
「ですが、動かせたことに変わりはありますまい。殿下は他の者にはできないことをやってくださったのです! それは素晴らしいことですぞ!!」
「ありがとうございます。ザメルさま」
「しかも、稼働時間は1時間を超えておりました。スレイ家のご令嬢も同じくらいの時間『霊王騎』を動せますが……アイリス殿下も同じようなことができるとは、おどろくばかりです。『オデット派』は才能のある若者ばかりですな!」
「オデットのがんばりはすばらしいです」
「そうですな。わしはスレイ家のご令嬢こそ、次世代の『魔術ギルド』を担う人材だと考えております!」
「それで……うかがいたいのですが」
アイリスは老ザメルとカイン王子に視線を向けた。
「『魔術ギルド』は……私を『獣王騎』の適格者と認めてくださったと考えてよろしいのでしょうか」
「わしに異存はない。王家の方はどうなのだ? カイン殿下」
「正式決定はまだです。ですが、もう決まったようなものでしょう」
カイン王子はうなずいた。
それから彼は、頭を振って、
「アイリスは『獣王騎』の適格者だ。必要なときに、あれを操ることになるだろうね」
「ありがとうございます。カイン兄さま」
「だが、そのせいで、ひとつの問題が発生してしまった」
「問題ですと?」
老ザメルは首をかしげた。
「アイリス殿下は能力をお示しになった。そのお力を借りれば『獣王騎』や煙の『王騎』の調査も進むであろう。なのに……なんの問題があるとおっしゃるのだ?」
「魔術の問題ではありません。これは王家の──正確には、アイリスの将来の問題なのですよ」
「私の将来ですか?」
アイリスはおどろいた表情になる。
そんな彼女を見ながら、カイン王子は、
「アイリス、君は、国外に嫁ぐことができなくなったのだ」
「……あ」
アイリスは目を見開いた。
「それは私が『獣王騎』の適格者になるから……ですか?」
「そうだ。君が国外に出てしまえば、リースティア王国は『獣王騎』を操る力を失うことになるんだよ」
カイン王子はうなずいた。
「それは他国が『獣王騎』を操る手段を手にすることを意味する。国益を考えれば、君を国外に嫁がせるわけにはいかない。つまり、君の結婚相手が減ることになるのだよ」
「ああ、そんなことー。かんがえもしませんでしたー」
アイリスは予定通りの言葉を口にした。
「私は、国外に嫁ぐことができなくなったのですか……」
「そうだね」
「では、私の嫁ぎ先は、国内の方になるのですね?」
「そうなるね」
「そうなのですか……」
「カイン殿下。話が飛躍しすぎていますぞ」
老ザメルは苦笑いを浮かべて、
「『獣王騎』の適格者になったために、ご自身の嫁ぎ先が限定される……突然そんな話をされては、アイリス殿下がとまどうばかりでしょう」
「わかっています。ですが、これは重要なことなのです」
「気持ちはわかります。わしもフローラの……孫の嫁ぎ先が気になりますからな」
遠い目をしてうなずく老ザメル。
「まだ先の話ではありますが、できるだけフローラには良い結婚相手を見つけてやりたいと思っております。もちろん、フローラの意見を無視するつもりはありませんが」
「私も同じ考えです」
カインの言葉を聞いて、アイリスはうつむいた。
強まる眼光を見られないようにするためだ。
(……その言葉を待っておりました。カイン兄さま)
こうなることは予想していた。
『獣王騎』の適格者になったアイリスを、王家が国外に出すことはできない。
アイリスの結婚相手は、国内の者に限られることになる。
また、アイリスは『獣王騎』を操るという成果を出している。
そのアイリスの意思を、王家は無視することはできないはずだ。
そして『魔術ギルド』は王家と深い関わりがある。
新たな『古代魔術』『古代器物』を見つけた者は爵位が上がるというルールがあるのも、そのためだ。
カインとザメルは、そんな『魔術ギルド』の重鎮だ。
ふたりの力を借りれば、アイリスの希望は通りやすくなる。
ここが正念場だ。
この先は、一言も間違えることはできない。
大切な人と、ずっと、ともに在るために。
「カイン兄さま。ザメルさま」
アイリスはふたりに向かってお辞儀をした。
「私は王家の人間です。結婚は、国のことを考えた上で行うべきだと思っております」
「ああ。立派な考えだと思うよ」
「ですから、嫁ぎ先が国内の貴族になることに異存はありません。そして、私が『獣王騎』の適格者になったことを考えれば、結婚相手は『魔術ギルド』に所属しているお方がよろしいでしょう」
「どうしてだい?」
「結婚後に私が『獣王騎』をあつかうこともあるでしょうから」
すぐさまアイリスは答えを返す。
「事情を知らない方であれば、私が『獣王騎』に関わることで『魔術ギルド』に呼びだされたら、不審に思われるかもしれません。ですから魔術のことや、『王騎』のことを知っている方が望ましいと思います」
「なるほど……」
「それに、結婚相手が優秀な魔術師であれば、私になにかあったときに力を貸していただけるでしょう」
「アイリスも先のことを考えているのだね」
「ご立派ですぞ。アイリス殿下」
「ただ……あまり強力な貴族の家に嫁ぐのは……よくないかもしれません」
アイリスは用意しておいた言葉を語り続ける。
「私が嫁ぐとしたら……歴史が浅く、新興の貴族家がよろしいと思います」
「相手の家が力を持ちすぎないようにするためだね?」
「そうです」
「王家の者が結婚できるのは、他国の者か侯爵家以上の貴族を選ぶのが慣例だ。だが、アイリスの場合は例外とする必要があるということか……」
「それが王家のためになるかと思います」
歴史の長い貴族家は、多くの貴族家と付き合いがある。
アイリスがその貴族に嫁げば、その家はさらなる力を持つことになる。
関係する多くの貴族も、その家と繋がることで力を得る。
それは王家にとっては望ましくない。
だとすれば、アイリスが嫁ぐのは歴史が浅く、貴族との付き合いも薄い貴族が望ましいということになる。
「しかし、あまり爵位が低い者に嫁がせるわけにもいかない。それでは王家があなどられる。最低でも伯爵家だ。歴史が浅い伯爵家で、新興の家となると……本当に限られるな」
「カイン殿下。ひとつ、よろしいですかな?」
不意に、老ザメルがつぶやいた。
「わしは、王家の婚姻に関与できる立場ではないのですが、頭に浮かんだ貴族の家があります。カイン殿下も同じなのでは?」
「……そうですね」
老ザメルとカイン王子はうなずきあう。
アイリスが嫁ぐことができる家は、次の通りだ。
・国内の貴族であること。
・歴史の浅い新興の……いわゆる成り上がりの貴族であること。
・伯爵以上の爵位を持つこと。
・家の者が『魔術ギルド』に所属していること。
・『魔術ギルド』に所属している当人が、信頼ができる人間であること。
すべての条件を満たす貴族家。
カイン王子と老ザメルが、思わず思い浮かべてしまった貴族家。
それはユウキ=グロッサリアの実家──グロッサリア伯爵家だ。
「……検討すべきだろうね」
しばらくして、カインは口を開いた。
「王家の者の婚礼についての慣例はあるが、アイリスの場合は例外とする必要がある。今のうちに、国として検討しておくべきだろう」
「『魔術ギルド』のA級魔術師として、賛成いたしますぞ」
「ありがとうございます。カイン兄さま、ザメルさま」
アイリスはふたりに向かって頭を下げた。
「ですが、それはまだ先の話だと思うのです」
「先の話……そうだろうか?」
「その前に、私たちはダーダラ男爵家で起きた事件について知りたいのです」
アイリスが『獣王騎』の起動実験に参加したのには、ふたつの目的があった。
ひとつめは、アイリスが国外に嫁がされることを防ぐことだ。
王家の者の結婚相手は、国外の者か侯爵家以上の者という慣例がある。
だが、アイリスが『獣王騎』の使い手になれば、国外の者と結婚させられることはなくなる。
今後もアイリスが『獣王騎』をあつかうのであれば、相手は魔術師の方がいい。
しかし、相手の家が力を持ちすぎないようにする必要もある。
そうなると、『王家の者の結婚相手は侯爵以上の貴族家でなければならない』という条件も、緩和される可能性がある。
ユウキとの結婚を進めるためには、いい機会だと思った。
もちろん、これはアイリスの独断で、ユウキには話していないのだけど。
そして、もうひとつの目的は──『オデット派』が、ダーダラ男爵家の調査に参加できるようにすることだ。
ダーダラ男爵家はおそらく、ガイウル帝国と繋っている。
そして帝国には、『聖域教会』の生き残りがいる。
彼らがなにを企んでいるのか、ユウキたちは知る必要がある。
だからアイリスは、自分が『獣王騎』の適格者となることで、その功績を利用することにしたのだ。
ダーダラ男爵家の調査に『オデット派』を参加させるために。
もちろん、こちらはユウキやオデットとも相談して決めたことだ。
「私の護衛騎士であるユウキ=グロッサリアさまは、ケイト=ダーダラさまの護衛に襲われております。また、煙の『王騎』が暴れた現場には、オデットと、同じく『オデット派』のフローラさまがいらっしゃいました。すでに、私たちは事件に関わっているのです」
本当は事件現場にアイリスもユウキもいたのだけれど、それは口に出せない。
だから姫君の表情で一礼しながら、アイリスは願い出る。
「そんな私たちだからこそ、調査のお役に立てると思うのです。どうかダーダラ男爵家の調査に、『オデット派』が参加することをお許しいただけませんか?」
「わかった。『魔術ギルド』賢者会議の議題としよう」
「わしも異存はない。皆の同意を取り付けるとしましょう」
「ありがとうございます」
アイリスは深々と頭を下げた。
こうして『獣王騎』の起動実験は終了し──
アイリスは個人的な願いを一歩進めて、『オデット派』としての役目も果たしたのだった。




