第179話「アイリス王女、『獣王騎』を操る」
『獣王騎』の起動実験は『魔術ギルド』の実験場で行われる。
以前、デメテル先生が『霊王騎』の実験を行った場所だ。
あのときは『霊王騎』が暴走しかけたと聞いている。
ギルドに『王騎』の危険性を知らしめた事件だったそうだ。
今回の実験に立ち会うメンバーは、そのときとほとんど変わっていない。
老ザメルとカイン王子。デメテル先生。
その他『魔術ギルド』の上級魔術師たち。
違いは、俺とアイリスとオデットが加わったくらいだ。
「準備はよろしいですか。アイリス殿下」
俺は『獣王騎』の側に立つアイリスに告げた。
『獣王騎』は文字通り、獣のような格好をした『王騎』だ。
色は赤。
姿かたちは人間に似ているけれど、身をかがめた姿勢は獣のようだ。
特徴は、長い両腕と尻尾。
腕が長く見えるのは、指先に大きな爪がついているからだ。
立った状態でも爪が地面につくほど長く、鋭い
一撃で鎧を切り裂くそれが、『獣王騎』の主要な武器だ。
尻尾の先には槍の穂先のようなものがついている。
これも武器のひとつだろう。
頭と背中についているタテガミがより一層、『獣王騎』を動物っぽく見せている。
戦闘時にはこれが光って、敵を威嚇していたっけ。
そして『獣王騎』の叫び声には、魔物を暴走させる力がある。
以前の使い手はその能力で『アームド・オーガ』を操っていた。
そのときのことは、よく覚えている。
こいつをぶちのめしたのは、俺の『黒王騎』だったからな。
慣れない『王騎』で戦うのは本当に大変だった。
アイリスがこいつの使い手になるのは……複雑な気分だ。
味方が使ってくれるのは安心なんだけど、アイリスだからなぁ。
「くれぐれも無理はしないでください。殿下」
「わかっております。ユウキさま」
姫君の口調で、アイリスは答えた。
彼女はそのまま『獣王騎』の搭乗口に身体を滑り込ませる。
不安などはまったくなさそうな表情を見ていると……逆に不安になる。
アイリス──いや、アリスがこういう表情をするのは、なにか企んでいるときだ。
200年前『フィーラ村』にいたときはそうだった。
……でも、アイリスも成長しているからな。
信じよう。
アイリスが『獣王騎』の使い手になるのは、俺の手伝いをするためだ。
他意はないんだろう。たぶん。
『──それでは「獣王騎」に魔力を注ぎます』
搭乗口が閉じて、『獣王騎』からアイリスの声が響いた。
『念のため離れてくださいませ。ユウキさま』
「はい、殿下。俺は『霊王騎』のところにいます。必要なときにお呼びください」
『承知いたしました』
俺はその場を離れた。
実験場の隅には『霊王騎』と、その横で待機しているオデットがいる。
万が一、『獣王騎』が暴走したときに止めるためだ。
俺は小走りにそちらへ向かう。
やがて……深紅の『王騎』が動き出す。
はじめはゆっくりと。
次に、身体の動きを確かめるように、両腕をぐるんぐるんと回し始める。
スクワットをしたかと思ったら、身体を前に倒して、後ろに反らす。
それから『獣王騎』は俺とオデットの方を見て、うなずいた。
「起動したようですわね」
「ああ」
「心配ではありませんの?」
「心配だな。アイリスがやりすぎないか」
「魔力を吸われたり、『獣王騎』暴走したりといった心配は?」
「すると思うか?」
「……しないでしょうね」
「というか、余裕で動かしてるな」
「わたくしがはじめて『霊王騎』を起動したときは、ぎこちない動きしかできなかったのですが。どうしてアイリスはあんなに上手に動かせるのでしょう?」
「ライルとレミリアの娘だから」
「反論の余地がなくなりましたわ!」
「だよなぁ」
アリスの父のライルは、めちゃくちゃ努力していた。
努力するにも才能が必要だというけれど、あいつにはそれがあった。
小さいころから人の何倍もの努力をして……俺をさんざん補習に付き合わせて、村一番の勉強ができる子どもになった。
その後はみんなが認める村長になった。
賢者の称号を手に入れたのも、あいつの努力のたまものだろう。
アリスの母親のレミリアは、問答無用の天才だった。
普通の子どもが努力してできることを、いとも簡単に実現していた。
魔術を覚えるのも早かった。
レミリアに追いつくために、ライルがすごい苦労をしていたのを覚えている。
アリスはそんなふたりの子どもだ。
努力の才能と、天性の才能を兼ね備えていた。
それは転生しても変わってないんだろう。
グロッサリア男爵領で出会ったときも、アイリスは普通に『古代魔術』を使ってたからな。
そんなアイリスが『獣王騎』を動かすと、どうなるか──
「アイリス殿下は『獣王騎』を起動できたようです」
老ザメルは目を輝かせながら、『獣王騎』を見つめている。
「戦闘実験を行ってよろしいですかな。カイン殿下」
「ええ。これほど動かせるなら大丈夫でしょう。ですが……」
「どうされた?」
「激しく動きすぎのような気もするのです。魔力の消費は大丈夫だろうか」
「確認いたしましょう」
老ザメルとカイン王子が『獣王騎』に近づく。
「アイリス殿下におたずねいたします! 魔力の消費は問題ございませんかな?」
『……大丈夫、です』
アイリスの声が返ってくる。
『「獣王騎」をどこまで動かせるか確認しておりました。今後は、魔力を使いすぎないように気をつけます』
「戦闘実験を行ってもよろしいですかな?」
『大丈夫です』
「無理をしないようにね。アイリス」
老ザメルの言葉を、カイン王子が引き継いだ。
「これからザメルどのがゴーレムを呼び出す。ゴーレムは『獣王騎』を捕まえるように動くはずだ。戦わなくても構わない。アイリスはゴーレムに捕まらないようにしなさい」
『わかりました』
『獣王騎』の目の部分が、俺とオデットの方を見た。
あれは──
「……俺たちにいいところを見せようとしてる顔に見えるんだが」
「……奇遇ですわね。わたくしも同じことを思いましたわ」
俺とオデットの視線の先で、老ザメルがゴーレムを呼び出す。
数は4体。
サイズは、『獣王騎』よりもひとまわり大きい。
それらは『獣王騎』に向かって走り出す。
『獣王騎』を、四方から取り押さえようとしているらしい。
「ザメルどの。やりすぎないでください。相手はアイリスなのですから」
「わかっておる。以前のような失敗はせぬよ」
老ザメルが杖を振る。
「ゴーレムよ。『獣王騎』を取り押さえよ。アイリス殿下に怪我をさせぬようにな」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
地響きをさせながら、4体のゴーレムが『獣王騎』に近づく。
四方を囲まれた『獣王騎』に逃げ場はない。
ゴーレムの腕が伸びて、『獣王騎』に触れる──直前。
──『獣王騎』はゴーレムの前から、姿を消した。
「消えた、だと!?」
「そんな!? 逃げ場などなかったはず。どこに……」
老ザメルとカイン王子が声をあげた。
ふたりには『獣王騎』が消えたように見えたんだろう。
気持ちはわかる。
オデットもびっくりしてるからな。
「上だよ」
「……え?」
「『獣王騎』は地面を蹴って、垂直にジャンプしたんだ」
俺とオデットは顔を上げる。
宙を舞う『獣王騎』の姿が見えた。
ゴーレムに捕まる直前、『獣王騎』は身をかがめてから、真上に跳んだ。
その動きが速すぎたせいで、消えたように見えたんだ。
「速すぎますわ!? トーリアス領で見た『獣王騎』とは、動きが違いすぎます!」
「おどろいてる場合じゃないぞ。オデット」
俺はオデットの耳元でささやく。
オデットは即座に俺の意図を理解して、うなずいた。
「……それでいいか。オデット」
「……承知しましたわ」
「……それじゃ、一緒に声をはりあげてくれ。せーの、で」
「……はい。せーの」
俺とオデットは息を吸って、それから……。
「──アイリス殿下! 脚に魔力を集中しすぎですわ!」
最初にオデットが大きな声を張り上げた。
「──『獣王騎』が予想外に高く跳んでしまったのはそのせいです! 魔力を調整なさってください!!」
「──ど、どういうことなんだー。オデットー!」
「──アイリス殿下はゴーレムにおどろいて、脚に魔力を集中してしまったのです!!」
「──そーかー。だから『獣王騎』がはげしくうごいて、たかくちょうやくしたのかー」
「──アイリス殿下は『獣王騎』をまとったばかりなのですわ!!」
「──ゴーレムのこうげきをかいひしたのは、ぐうぜんってことかー」
「──そうですわ。アイリス殿下ご自身も気づいているはずです!」
「──そうか! アイリスでんかもきづいているわけだなー!」
その直後、どぉん、と、音がした。
着地した『獣王騎』が、ゴーレムを踏み砕く音だった。
その音が消えてから、アイリスは──
『申し訳ありません。カイン兄さま、ザメルさま。うっかり「獣王騎」の脚に魔力を集中しすぎてしまいました』
──『獣王騎』をまとったまま、そんな言葉を口にした。
『四方からゴーレムが迫ってきたので、びっくりしてしまいました。反射的にそうなりました。次からは気をつけます』
「そ、そうか」
「アイリス殿下がご無事なら、それでよい」
よかった。
自分が『王騎』のあつかいに慣れていないことを、アイリスは思い出してくれたようだ。
あいつ……俺とオデットにいいところを見せようとしたな。
ゴーレムの攻撃をぎりぎりで回避したのはそのためだ。
でも、空中で宙返りするのはやりすぎだ。そのまま地上のゴーレムを蹴飛ばそうとしてたからな、あいつ。
初心者がそこまでしたら変に思われるってのに。
だから、俺とオデットがフォローすることにしたんだ。
だいぶ前に俺もアレク=キールスとの模擬戦で似たようなフォローをしてもらったことがあるからな。
それと同じ感じだ。
「アイリスがこれ以上やりすぎないといいんだけどな」
「難しいと思いますわ」
「そうなのか?」
「アイリスは、自分が戦えるところを見せたいのでしょうから」
オデットは言った。
「ユウキの横で戦えることを証明したいのですわ。他ならぬ、あなたの前で」
「だからって……あれはやりすぎだろ」
「やりすぎですわね」
オデットは口を押さえて、笑った。
「でも、乙女とはそういうものですわ。大切な人の前では、いいところを見せたいものなのです」
「そうかなぁ」
「なにか不審なところがありますの?」
「『フィーラ村』のアリスを知っている俺からすると、やっぱりなにか企んでいるように見えるんだよな」
「考えすぎですわよ」
「そうかな?」
「そうですわ」
俺とオデットが見ている前で、『獣王騎』の起動実験は続いていく。
──『獣王騎』が迫り来るゴーレムをかわして。
──後ろにまわった『獣王騎』が、足払いでゴーレムを転ばせて。
──前転や後転で、ゴーレムの脚の間を通り抜けて。
アイリスがやりすぎるたびに、俺とオデットがフォローし続けた。
実験時間は、1時間もなかったと思う。
すべての実験が終わったあとで、アイリスは『獣王騎』から出てきた。
俺とオデットは急いで駆け寄った。
俺は「お疲れですね」「大丈夫ですか」と声をかけて、オデットはアイリスの汗を拭う。 まぁ、アイリスは息も切れていないし、汗もかいていなかったんだけど。
そうして『はじめて「王騎」をあつかった王女殿下が落ち着くまでに必要な時間』を消費してから、俺たちは老ザメルたちのところに向かった。
老ザメルとカイン王子は、真剣な表情で、アイリスを見ていた。
そして──
「アイリス殿下のお力を見せていただきました」
「不安なところはあるが……王国には、アイリス以上に『獣王騎』を使える者はいないだろう」
老ザメルとカイン王子は、そんな評価を下した。
そして『魔術ギルド』はアイリスを『獣王騎』の適格者とすることを決定して──
それを王家に対して、カイン王子と老ザメルの名のもとに申請することになったのだった。
次回、第180話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。
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内海を越えてトーリアス伯爵領に到着したユウキとオデット。
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