第173話「元魔王、A級魔術師ザメルと交渉する」
「……老ザメルが来たのか」
俺は即座に降下して、謎の覆面メイド──アイリスを抱え上げる。
同時に『黒王騎』の仮面越しにオデットと視線を交わす。
オデットが小さくうなずく。
それを確認してから、俺とアイリスは空中へと移動。
『黒王騎』を浮遊させながら、老ザメルと魔術師たち、兵士たちが全員、大広間に入って来るのを待った。
「こ、これは!? この惨状はなんなのだ!?」
老ザメルは青い顔で広間を見回している。
「フローラ! フローラは無事なのだな?」
「は、はい。あの……黒い『王騎』の方と、覆面のメイドさんが助けてくださいました。
「……黒い『王騎』。またあの方か」
老ザメルが『黒王騎』を見上げた。
あの人の前で『黒王騎』を使うのは2度目だ。
前は『中身はカイン殿下に違いない』と言ってたな。
それで正体を探られずに済んだのだけど、今回はそうはいかない。
そろそろ中身を詮索されても不思議はないころだ。
「事情を説明いたしますわ。ザメルさま」
オデットが前に出た。
「わたくしとフローラさまは、ダーダラ男爵家の婚約披露パーティに出席していたのです。ですが突然……テトランさまが連れていらした女性たちが、煙で作られた『王騎』──『ヴィクティム・ロード』で、出席者たちを拘束しはじめたのですわ」
「な、なんだと……?」
「わたくしとフローラさまも捕まりそうになりました。ですが、運良く黒い『王騎』の方が助けに来てくださったのです。黒い『王騎』の腕の中にいるメイドは、黒い『王騎』使いの仲間のようです」
オデットはさりげなく、俺たちをかばう位置に移動する。
老ザメルと魔術師たちが『黒王騎』を攻撃できないようにするためだろう。
さすがはオデットだ。
「わたくしたちはあのメイドさんの指示で、封印の『古代器物』を使ったのです。そして『ヴィクティム・ロード』を封印することに成功したのですわ」
「封印? 封印だと!?」
「ザメルさまに申し上げます。あの黒い『王騎』を敵に回すべきではありません」
オデットは老ザメルに視線を合わせて、宣言した。
「黒い『王騎』の使い手は、封印した3体の『ヴィクティム・ロード』のうち2体を『魔術ギルド』に譲ると言ってくれています。あの黒い『王騎』は、わたくしたちに敵対するつもりはないのですわ。これは魔術師であり、『オデット派』のリーダーであるわたくしの意見です」
「わ、私も、オデットさまに賛成です!」
フローラがオデットの言葉を引き継いだ。
「黒い『王騎』が来てくださらなければ、私もオデットさまも捕まっていました。出席者はみんな人質にされて……そのあとで『ヴィクティム・ロード』は、煙の触手を王都いっぱいに広げていたかもしれないんです! それを防いでくれた人を、攻撃するべきじゃないです!」
「黒い『王騎』の使い手が立ち去るならば、そのまま見送るべきでしょう」
そう言って、オデットは老ザメルと魔術師たちを見た。
しばらく、沈黙があった。
俺はアイリスを抱いたまま、『黒王騎』を浮遊させている。
今は、老ザメルたちの対応待ちだ。
強引に『ヴィクティム・ロード』を回収して去ってもいいけど……俺はできれば『魔術ギルド』を敵に回したくない。
今はオデットが俺をかばっている。それを無視して動いたら、話の通じない相手だと思われる。オデットの立場も悪くなる。それは避けたい。
ここは、老ザメルの判断を待つべきだろう。
「黒い『王騎』は味方だと言うのだな? スレイ家のご令嬢」
「ええ。そうですわ」
「だから……われらはなにもせず、黒い『王騎』が立ち去るのを見逃せ、と?」
「敵を作るべきではないと申し上げているのです」
オデットはドレスのスカートを握りしめた。
ぼろぼろになったドレスは、ここでの戦いが激しかった証拠。
それを老ザメルたちに示すように、オデットは堂々とした口調で、
「テトランさまは『ヴィクティム・ロード』の使い手を王都に導きました。テトランさまが敵の正体を知っていたのか、利用されただけなのかはわかりません。ですが、リースティア王国を狙う敵は、確かにいるのですわ。この状態で、他に敵を作るべきではありません!」
「ご令嬢の言うことはわかる」
老ザメルはうなずいた。
「だが、わしとしては、あの黒い『王騎』をこのまま行かせるわけにはいかんのだ」
「ザメルさま!?」
「フローラにたずねる。黒い『王騎』の使い手とその仲間は、『封印の古代器物』を使ったのだな?」
「は、はい。お祖父さま」
老ザメルの問いに、フローラが答えた。
「謎の覆面メイドさんの指示で、オデットさまと私が封印の儀式を行いました。そして……『ヴィクティム・ロード』の封印をしたのです」
「つまり、あの『王騎』の使い手は『古代器物』を封印する技術を持っている……ならば、見逃すわけにはいかぬ」
「やめてください。お祖父さま!」
「ザメルさま! あの方たちは、わたくしとフローラさまを助けてくださったのですわ!!」
「わかっている。だが『封印の古代器物』と聞いては黙ってはおられぬ!」
老ザメルはフローラとオデットを振り払い、叫ぶ。
「お主らも知っておるはずだ! 200年前、『聖域教会』を崩壊に導いた賢者の伝説を!」
老ザメルの声が、広間に響き渡った。
「賢者は『聖域教会』が所有する『古代器物』を封印することで、あの組織を崩壊に導いた。そして、そこにいる『王騎』の使い手が『封印の古代器物』を持っているのならば……それは、伝説の賢者の関係者である可能性があるのだ!!」
……ああ、そういうことか。
200年前、ライルは『聖域教会』の『古代器物』を封印した。
その結果、あいつは『聖域教会』の恨みを買った。
あの組織の信奉者からは『裏切りの賢者』なんて呼ばれてるくらいだからな。
『ヴィクティム・ロード』を封印するアイテムを持つ俺たちが、ライルの関係者だと思われるのは当然だ。
老ザメルが情報を引き出そうとするのもわかる。
あの人は『魔術ギルド』の中でも、特に魔術にこだわりを持っている人だ。
『封印の古代器物』をよこせ……と言い出してもおかしくはない。
まずいな……。
俺は老ザメルと敵対する気はないんだが。
仕方ないか。ここは『ヴィクティム・ロード』を回収して脱出を──
「黒い『王騎』の使い手よ。わしはお主をこのまま見逃すわけにはいかぬ!」
老ザメルが一歩、前に出た。
「どうか話をさせてくれ! わしは……わしは……『聖域教会』を滅ぼした賢者さまに憧れて、魔術師になったのだ!!」
…………はい?
「…………お祖父さま」
「…………あの、ザメルさま? あなたはなにをおっしゃっているのですか?」
フローラとオデットが、ぽかん、としてる。
『黒王騎』の腕の中にいるアイリスも同じだ。
老ザメルは……興奮した表情だ。
その瞳は……子どもみたいにキラキラしている。
「伝説の賢者さまは『聖域教会』を滅ぼし、世界を救われた方だ! きっと魔術のためにすべてを投げ打っていたに違いない。だからわしは、あの方に近づくために、人生のすべてを魔術に捧げることを誓ったのだ!」
なるほどなー。
老ザメルは伝説の賢者……ライルの大ファンだったのか。
それでこの人は魔術をひたすら追及してたのか……。知らなかったよ……
「…………アイリス」
「…………はい。マイロード」
「…………このこと、知ってたか?」
「…………初耳です」
「…………俺もだ。まさか『魔術ギルド』にライルのファンがいたとは」
「…………父さんが聞いたら……どう思うでしょう?」
「…………ドン引きすると思うぞ」
「…………ですね」
俺とアイリスは小声で会話を交わす。
老ザメルのセリフは、俺たちにも予想外すぎたんだ。
「フローラも知っておるだろう? わしが『魔術ギルド』に入ると決めたのは、B級以上の者が『賢者』と呼ばれるからだと。その称号を得ることで、少しでも伝説の賢者さまに近づくためだと!」
「は、はい。何度もお聞きしました……」
「わしが『王騎』に夢中になってしまったのは、そのためなのだ。伝説の賢者さまが封印された『王騎』の謎を解けば、あの方に近づけると思ってな。だが、そんなわしをカイン殿下はたしなめられた。『我々は聖域教会ではない!』と言ってな。伝説の賢者さまを尊敬するわしが、『聖域教会』の真似をしてどうするのか、と……」
……そんなことがあったのか。
「そのわしが、伝説の賢者さまの関係者を、黙って見送れるわけがあるまい! で、できれば握手を……いや、それは恐れ多い。せめて話くらいはさせて欲しいのだ……」
老ザメルは叫びながら、俺の近くにやってくる。
でも、必要以上に近づこうとはしない。
まるで、俺が飛び去ってしまうのを恐れているみたいだ。
「黒い『王騎』の使い手に申し上げる!!」
老ザメルは声をあげた。
「まずは、孫のフローラをお助けいただいたことに、お礼を申し上げる」
「……人を害する者を、見過ごせなかっただけだ」
俺は魔王っぽい声で答えた。
「それに『聖域教会』は、自分の宿敵でもある。その関係者が怪しい『王騎』をあつかっているのであれば、見過ごせぬ」
「それでも、孫を救っていただいたことに代わりはない」
「ご老人よ。貴殿は『魔術ギルド』の重鎮なのか?」
知ってるけど。
言葉を交わすのは初めてという設定だからな。質問しておこう。
「おっしゃる通りです。黒い『王騎』使いの方よ」
老ザメルは胸に手を当てて、答えた。
「『魔術ギルド』ではA級魔術師を名乗らせていただいておる。伝説の賢者どのには届かぬ身でありながら、『賢者』と呼ばれておるよ」
「ならば、その賢者どのに──」
「いえ、貴公に賢者と呼ばれるのは心苦しい。『老人』あるいは『ザメル』と呼んでいただければ」
「わかった。では、ザメルどの」
「う、うむ」
「さっき貴族のお嬢さんも言っていたことだが、そこの2体の『ヴィクティム・ロード』は、この国の『魔術ギルド』に差し上げる」
俺は地面に落ちている、3つの赤い球体を指さした。
「あれが『ヴィクティム・ロード』の本体だ。3つのうち1つは、自分が研究のために持ち帰らせてもらう。調べることで『聖域教会』の司祭の居場所や、奴らの目的もわかるかもしれないからな」
「あれを封印したのは貴公だ。すべて貴公が持ち帰ったとしても、文句は言えぬ」
老ザメルは答えた。
「異論を言う者もあろうが、わしが説得しよう」
「助かる。だが、封印した『ヴィクティム・ロード』を渡すのは『魔術ギルド』を信じてのことだ。悪用しないと誓って欲しい」
「うむ。誓おう」
老ザメルの表情は真剣そのものだった。
この人は本当にライルを尊敬しているんだな……。
だったら、信じてもいいだろう。
フローラのこともあるし、老ザメルが『聖域教会』の敵であることは間違いないんだから。
「貴公がリースティア王国の味方であることはわかる。それに、貴重なアイテムを分けていただけるなら、拒否する理由はない。また、わしらでは……貴公を止められぬだろうからな」
「ご理解いただけて感謝する」
「わしからも、ひとつ聞いてもいいだろうか?」
「……どうぞ」
「貴公は……伝説の賢者さまの血縁でいらっしゃるのか?」
……正体を聞かれるかと思ったんだけど。
伝説の賢者のファンの老ザメルには、俺がライルの関係者かどうかが重要なんだろうな。
「自分が……伝説の賢者の家族であることは間違いない」
「そ、そうか。やはり伝説の賢者さまのご家族だったのか」
感動したようにうなずく老ザメル。
「も、もうひとつうかがってもよろしいか?」
「……答えられることであれば」
「わしは……『魔術ギルド』で高位についてから、賢者さまの記録を集めはじめたのだ」
……それは俺も見てみたいな。
どんな記録が残ってるんだろう?
「伝説の賢者さまは、幼いころから神童と呼ばれていたというのは本当だろうか!? 他の子どもたちの追随を許さぬほど賢かったという話を聞いているのだが……」
それは……デマだな。
ライルは神童じゃなかった。努力家だっただけだ。
限界まで努力したライルが、レミリアといい勝負だったから。
「そんな賢者さまに憧れて、多くの女性が求婚したという話を、吟遊詩人から聞いたのだが……」
デマだ。誰だよ、そんな噂を流したのは。
子どものころからレミリア一筋だったライルに、村の女性が求婚するわけがないだろ。
それに、ライルに近づこうとする女性は、レミリアがさりげなくブロックしていた。
本当にささやかなブロックだった。
子どものころからふたりを知っている俺じゃなければ、気づかないくらいのものだ。
「古代の研究者から買い取った資料では、伝説の賢者さまは、涙を見せない魔術の鬼だと……」
いや、誰だよ! そんな記録を残した奴は。
ライルほど涙もろい奴はいねぇぞ。
前世の俺を刺したときにもボロボロと泣いてたし。
まあ……前世の俺を殺したあとで、魔術の鬼になったのかもしれないけどさ。
「あ、あとは……伝説の賢者さまの奥方はたいへん賢い方で、策を立てて賢者さまを助けられたと……」
それは……信憑性のある情報だな。
レミリアは結構、策士だったから。
というか……。
「…………あのさ、アイリス」
「…………は、はい。マイロード」
「…………ライルについての間違った情報を流してたのって、レミリアなんじゃないか?」
「…………お母さんなら、やりかねません」
「…………だよなぁ」
「…………でも、どうしてそんなことを」
「…………ライルの影に隠れて、レミリアが『聖域教会』を潰す策を巡らせてたんだと思う」
「…………あ」
「…………『ライルすごい』という情報を流せば、みんなあいつに注目するだろ? その隙にレミリアが暗躍して、『聖域教会』を攻撃していたんじゃないかな」
「…………あり得る話です」
「…………だから、ライルについてのデマが残ってるわけか」
レミリアならやりかねない。
あいつなら『本当のライルは私と、フィーラ村のみんなだけが知っていればいい』とか言いそうだ。
それでライルファンの老ザメルにも、デマが伝わってしまったのかもしれない。
「────いかがだろうか、黒い『王騎』の方よ」
老ザメルは興奮した口調で、告げた。
「私は伝説の賢者さまに近づくために、これだけの情報を集めたのだが……」
「ザメルどのの努力は認める」
「おお」
「きっと……我が家族も感心していることだろう」
よろこんでいるか、ほくそ笑んでるかはわからないけどな。
ライルは……苦笑いするだろうな。
レミリアは……不敵な笑みを浮かべて、ライルに抱きついたと思う。
伝説の賢者夫婦は、そういうやつらだったから。
「貴重なお話をいただけたことを感謝する。それでは改めて、ザメルどのと魔術師の方々、王都の兵士どのに告げる」
俺は改めて、集まった人たちを見た。
「自分は『ヴィクティム・ロード』をひとつ回収して、このまま立ち去るが、構わないか?」
「A級魔術師の名において、認めよう」
老ザメルは床に膝をついて、答えた。
「貴公がいなければ、敵は王都を荒らし回っていたかもしれぬ。奴らの危険性は、この広間の惨状を見ればわかる。それを未然に防いでくれた貴公の提案を、断る道理はなかろう」
「しかしザメルさま。それでは……」
魔術師のひとりが声をかける。
けれど、老ザメルは頭を振って、
「先ほども申したであろう。我らに、あの黒い『王騎』を止められるか?」
「そ、それは……」
「スレイ家のご令嬢が正しいのだ。『聖域教会』の残党という敵がいる今、我らは、他に敵を作るべきではない」
老ザメルは、おごそかな口調で、
「これは『魔術ギルド』のA級魔術師、ザメルとしての決定だ。問題があるなら、わしが責任を取るだけのことよ」
「…………わ、わかりました」
「兵士の方々も、おわかりいただけたか?」
「「「は、はい。ザメルさま……」」」
「王家の方々には、わしからも説明する。その際はスレイ公爵家のご令嬢にも口添えをいただきたい」
「承知しましたわ。ザメルさま」
オデットがうなずく。
それから彼女はこっそり『行っていいですわ』という感じで、手を振った。
俺は地上に降りて、『ヴィクティム・ロード』の本体をひとつ、回収。
それから黒い翼を広げて、ふたたび空中へと舞い上がる。
「感謝する。王都の方々。そして──ザメルどの」
俺は老ザメルの方を見た。
「伝説の賢者……うちの家族を尊敬してくれていることに、感謝する。いずれ家族の墓参りをすることがあったら、ザメルどのの言葉を伝えることにしよう」
「感謝する。伝説の賢者さまの……子孫どの」
俺は老ザメルの言葉にうなずき返す。
まあ……俺は子孫じゃなくて父親なんだけどな。
子孫の方は、俺の腕の中だ。
ライルの娘──アリスの転生体で、ミーアの血を引く少女、アイリス=リースティア。
結局のところ、老ザメルはライルの子孫に仕えているようなものなんだ。
「…………ありがとうございます。ザメルさま」
そんなアイリスの言葉を聞きながら、俺は飛び立った。
そうしてマーサとジゼルが待つ宿へと戻ったのだった。
次回、第174話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。
コミック版「辺境ぐらしの魔王」10巻が、11月22日に発売になります。
フィーラ村を探しに行くユウキとオデットのお話です。
ユウキに背負われたオデットの表紙が目印です。
書店でお見かけの際は、手に取ってみてください。電子書籍版も同時発売です。




